October 09, 2008

彼岸花3:窮屈な成長

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先週、 白い彼岸花を買ってきて植えたと野澤さんがエントリーをされたときに、「彼岸花:両義的な偏屈」という3年前のエントリーにコメントを書いてくださった。
 田舎によくあることだが、新潟にある墓はお寺の墓地ではなく住宅のならぶ一画にカイズカイブキの生け垣で囲われた3間角ほどの敷地に七つの墓が立っている。ひところぼくの父は、墓はひとりずつつくるものだと言っていたことがあったからだが、自分が入るときが近づいてきて、ひとりひとりの墓にしていたら数十年もしたらだれも来てくれなくなるということに気づいたのかもしれない。「玉井家父祖歴代之墓」ならまとめてもいいのだと言い出した。ぼくにはほとんど関心のない問題だからなぜなのか本人に聞いたことはなかったが、増殖することはなくなった墓は七つで安定した。
 そこに、秋分の日のころになると、きちんと彼岸花がひらく。

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ここを、いずれ秋は彼岸花が、春は水仙が一面に埋め尽くすようにしたいと思って、ときどき根分けして花の咲くところを拡げている。花が終わったら球根を根分けしていいだろうかと作一さんに相談すると、花が終わるとすぐに葉をつけるので、春になって葉がなくなったときに根分けするのがいいと言われた。
 ここに花を置いておいても見る人はあまりないから、十数本を切り花にしてうちに持ってきた。野に密生している様子を再現するように大きな器に入れたいと思ったが、そんな鉢はない。・・・が、大きさをもてあましていた大きな角のある樽を使うことにした。プラスティックの洗面器に水を張って剣山を沈めて彼岸花を挿した。なにしろ彼岸花の花には葉がない。かわりにツワブキの葉の茎を短く切って洗面器の姿がみえないように隠した。

 それから10日ほどしてから見ると、盛り上がった球根の集合からは、もう緑色の芽が出ているが、そこは、ことしは花をつけなかったところだ。なにしろ彼岸花の球根は、集合してどんどん増殖してゆくので、周囲のやつは外側にひろがればいいが、真ん中にいるやつらはふくらんだりひろがったりする場所がない。たがいに成長するための場所を求めるが二次元では解決しようがないので、かたまりの中央部が上に向かってふくらんでゆく。あまり窮屈だからなのか、花もつけない。そいつらは春になったらばらして全体に散らしててゆき、やがては一面の彼岸花の野にしてやろうと僕はたくらんでいる。

 だが、これが野生の状態だったらだれも株分けをしてやらないはずだ。際限なく増え続けたやつはどうなるのだろう。上に膨らんだあげく外に放り出されるのか、つぶされるのか、それとも共倒れになるのだろうか。といっても、人間は彼岸花を嗤う立場にはないのかもしれない。ひたすら経済の成長を続けているうちにどこかにしわ寄せのゆく世界もおなじようなものではないか。資源も国土も限られたのを承知の地球の上で成長の行き場がなくなり、他者を排除しようとしている。巨大になりすぎたやつは膨張することをやめて生きてゆくか枯れるしかない。枯れたところで、彼岸花には墓地が用意されているのだが・・・

■関連エントリー
「彼岸花1:両義的な偏屈」/ MyPlace
「彼岸花2:冬/記号としての緑」/ MyPlace

投稿者 玉井一匡 : October 9, 2008 08:45 PM
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