October 20, 2008

トロピカーナフィールドのエイ

RaysWinS.jpgClick to PopuPRaysTouchS.jpg
とうとうタンパベイ・レイズがレッドソックスをなんとか降してアメリカンリーグの優勝を決めてしまった。左の写真は、優勝直後のレイズのウェブサイトのムービーを止めたものだ。このとき岩村は、まだ右手にウィニングボールを握りしめている。
10年前1998年につくられたばかりの弱小チームをぼくが気にするようになったのは、昨年、ヤクルトから岩村が移ってからだから1年前のことにすぎない。Wikipediaには、去年までのことがこう書かれている。
「デビルレイズ時代の10年間の通算成績は645勝972敗(勝率.399)という数字で、2004年の地区4位以外はすべてのシーズンで地区最下位だった。勝ち越したシーズンは一度もなく、シーズン70勝に達したのも2004年のみ。」
去年まで、チームの名称はDevilraysといった。パンクロックのグループやプロレスラーならともかく、「悪魔」なんていうのは野球チームはつけそうにない名称だ。どういうわけだろうと気になったので、去年のシーズンはじめにチームのホームページを開いてみた。

 ホームはフロリダ半島西岸の中央に位置するSt. Petersburg:セントピーターズバーグ。(ロシア語ならサンクトペテルブルグだが、関係はなさそうだ。)devilrayは、このあたりの海、TampaBayだろう、にいるエイの一種なのだ。10年の実績の結果、勝利の女神は悪魔には微笑えまないという結論に達したのだろう、今年からDevilをはずして「Rays」になった。「ray」は「エイ」のことでもあるが、その前に「光線」の意味だ。太陽が売り物のフロリダだから「光」をチーム名にしたわけだ。それでも、ユニフォームの左の袖にはエイのアイコンがついているから、けっしてエイを捨てたわけではない。なにしろこのホームスタジアムであるトロピカーナフィールドの右中間フェンスのすぐ内側(いや、外というべきか)のスタンドにはRays Touch Tankと名付けられた、容量10,000(約38,000L)ガロンの水槽があって、20匹以上のcownose rayという種類のエイが泳いでいる。フロリダ水族館:THE FLORIDA AQUARIUMと提携して2006年にはじめた企画だそうだが、この池の中にレイズの選手がホームランを放り込むと、5,000ドルがチャリティに、2,500ドルが水族館にスポンサーから寄付される。この池のことを読んで、ぼくはますますDevilraysが好きになった。応援のときにファンがいっせいにカウベルを手にして鳴らすのは、このcownoserayにちなんでのことなのだろうか。
 試合前には子供たちにエイを触らせてくれるそうだ。youtubeを探してみると、こんな映像があった。

投稿者 玉井一匡 : October 20, 2008 01:24 PM
コメント

いやいや、だれにもありがちなことです。
なーんて、オレと一緒にされたくないか。
せっかく思い出した映画だから、見るつもりです。
なにしろ、今月いっぱいは60才以上が半額なのだ。

Posted by: 玉井一匡 : October 28, 2008 02:34 AM

汗顔の至りってやつでしょうか。

Posted by: kawa : October 27, 2008 11:13 PM

kawaさん
そうでしたか。そう聞いてwikipediaを調べてみました。
シドニーポアチエは南部の人種差別をいやがっていたので、映画の舞台はミシシッピだが大部分をイリノイで、綿畑はテネシー州で撮影したとありました。イリノイは、ずいぶん北ですけどね。

Posted by: 玉井一匡 : October 24, 2008 11:09 PM

景色が良く似ていたので南の方はみんな、あんな風なのかと思いました。夜の捜査線はミシシッピのどこかだそうです。
乱暴な事を言いました。ごめんなさい。

Posted by: kawa : October 24, 2008 09:35 PM

kawaさん
「夜の大捜査線」て、タンパだったんですか。
ぼくも見たはずだがすっかり忘れてる。TSUTAYAで借りてくるかな。

Posted by: 玉井一匡 : October 24, 2008 08:00 PM

タンパ・レッドのウィキペディア、早速拝見しました。断片的だった知識がやっと繋がりました。
あちこちをのぞいている内に、前からもうひとつ区別のつかなかった、ナショナル印のスチールギターとドブロとの関係も分かりました。
ストリートビューで見たタンパの街は、何十年か前の’夜の捜査線’とあまり変っていない様に見えました。
ウィキペディアもストリートビューも前からあった訳ですから、自分で捜せば良かったのですよね。
でも玉井さんの好奇心と便利な世の中に感謝します。

Posted by: kawa : October 24, 2008 04:33 PM

kawaさん
ぼくももうひとつコメント。
TampaはTampaBayをはさんでSt. Petersburgの対岸ですね。
テレビでは映らなくても、今のぼくたちにはストリートビューがある。
TAMPAのまちは、大部分の道路で見られるじゃないですか。通りの名前がわかれば、彼の育った家は今もみられるかもしれない。
wikipediaやYouTubeもそうだが、Googleマップとストリートビューは、ほんとにすてきな仕掛けですね。

Posted by: 玉井一匡 : October 24, 2008 12:22 PM

kawaさん
そういえばkawaさんはヤクルトファンでしたね。ヤクルトは、どこかの馬鹿チームにエースと4番バッターをかっさらわれてしまったし、その前の年には岩村がフロリダの脳天気なビリチームにいっちゃったし、と思っていたら、今年はフロリダでは面白いことになりましたね。今日は、4−0で勝っている。
TAMPA REDっていう人をぼくは知らなかったので、さっそくwikipediaを読みました。自分のうちを、リハーサルスタジオに開放したりミシシッピデルタからシカゴに出てきたばかりの連中を泊めてやったりしていたから、ブルースコミュニティのセンターになっていたとあります。かみさんが'53年に死んでから、酒浸りでアル中になったそうだけれど死んだのは77年。いいやつだったんですね。両親に先立たれ孤児になったあと、祖母さんと叔母さんに引き取られて育ったというタンパのまちも好きだったんでしょう。
http://en.wikipedia.org/wiki/Tampa_Red
YouTubeで探したら、レコードやカバーのギターを聴くことはできましたが、ちゃんと聴きたくなりました。本人の姿は見られませんでした。amazonを探してみようかな。
しかし、こんなのに耽溺してた高校生って、生意気なやつだったんだろうなあ。
 

Posted by: 玉井一匡 : October 24, 2008 12:08 PM

あれっ、ホームタウンはセントピーターズバーグ。
タンパじゃないのか、今気が付きました。
タンパは映りそうにありませんね。

Posted by: kawa : October 24, 2008 02:47 AM

きっかけは、私も岩村でした。
けれどもうひとつ興味があったのはタンパという地名です。
ブルース畑の名前には地名を取り込んだ物が多くて、メンフィス・ミニーやメンフィス・スリム、ルイジアナ・レッドなんてのが一杯あります。
メンフィスやルイジアナは知っていても、タンパなんて地名は、タンパ・レッドがいなければ知らなかったでしょう。
フロリダ州タンパ、高校の時から耳に残っています。
けれどどんな所か知る機会は、ありませんでした。30年以上経ってこんな機会が来るとは思いませんでした。
去年は松坂のおかげでボストンの街が沢山映りました。
今年はタンパの街が見られたら嬉しいのですが。

Posted by: kawa : October 24, 2008 02:39 AM
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