November 08, 2008

「彼らの居場所」と「クルディスタンを訪ねて」

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 ふた月も前のことだがアコーディオン奏者の岩城里江子さんからメールをいただいた。友人の写真家が新宿で個展をやっているので時間があったら見てほしい。国を持たない民族クルディスタンを撮り続けている写真家です。明日が最終日なのだが・・・とあった。masaさんと一緒に見に行ったら、玉井にも見せたいといわれたのだという。岩城さん自身のブログ「う・らくんち」に、この写真展についてのエントリーがあった。

 写真展は「彼らの居場所」というタイトルの、トルコのクルド人たちの生活を撮ったものだった。
 女たち子供たちの写真の多くは、こちらを見つめている笑顔が生きる喜びだけからから生じたものではなく、さまざまな悲しみや憤りを包む勁さのあらわれのようだった。
 彼らがイラクやトルコに住む少数民族として弾圧されていることや、かつて難民として受け入れを求めるクルド人を日本政府が強制送還したことを知ってはいた。しかし、イラクやアフガンへのアメリカ侵攻のかげに隠されて、どういう人たちがどんなところにどんな風に生きているのかという具体的なありかたを、これまでぼくは何も知らなかった。知らないということに気づいてさえいなかった。この写真展はそれを気づかせてくれた。
 写真展のタイトルは、このブログのタイトル「MyPlace」と重なる。しかも、佐藤真が監督したエドワードサイードについてのドキュメンタリー映画「OUT OF PLACE」とも関わる。

KurdVisit.jpg 会場には松浦範子さん自身がいらしたので、じかに話をうかがうことができた。じつは、ほんとうに伝えたいことを撮った写真は見せることができないのだという。そこに生活している人たちに迷惑がおよぶからだ。いつまでも会場で話をうかがうわけにはゆかないから、会場に置かれていた本を後日あらためて読んだ。
「クルディスタンを訪ねて」(文・写真 松浦範子/新泉社)
は松浦さんが文章を書き写真を撮った本だ。
 クルディスタンとはクルド人のくに・・・「彼らの居場所」だ。「アフガニスタン」がアフガン人の国であるなら「クルディスタン」はクルド人の国であるはずだ。しかし、クルディスタンは文化を共有するひとびとの集まる「くに」ではあるけれど、制度としての「国家」ではなく国土も持たない。クルド人はトルコ、イラク、イラン、シリアなどの数カ国に分かれて生き、「くに」は思いとして存在するだけだ。いや、クルド人が数カ国に分散して生きているという言い方は正しくない。彼らははるか昔から遊牧民として広大な草原を自分たちの居場所として生きてきたにもかかわらず、あとから来た「先進国」がそこに国境線を引いて、クルド人の生きてきた場所を勝手にいくつかの国に切り分けてしまい、そこに生きる人たちも切り離されてしまったのだ。同じように、現実の人間の生活と無関係に国境線を引いてしまった結果、内戦が生じているところが、世界中のいたるところにある。

 これはただの旅行記ではない。だが、みずから旅をしてさまざまな人やさまざまな出来事にふれ、それらをみずからのうちに肉体化し熟成して印画紙に残し文章にする。その意味では、たしかに旅行記である。はじめ別の目的でトルコを訪れたときに、クルド人の多い東部を訪れる。そのとき、著者はクルド人たちが差別や弾圧を受けている事実を知る。以来、カメラをかかえてクルド人の住むまちを何度もおとずれ、ときに小さなホテル、ときに友人のすまいに泊めてもらう。その家の娘たちの部屋に寝起きして、彼女たちの日常を共にする。女たちや家族のなかに堆積しているトルコ支配の残したきずを記憶に写し取ってきた。
 報道のために来たのかと追及をうける。軍に連行される。観光のために来たのだと言い続ける。みずから戦いの場に行くことはないが、命をかけて独立を勝ち取ろうとする人たちのあることを身近にする。政府によるクルド弾圧の話をしてくれる人たち、宿を提供してくれる人たちがいる。
文章と写真は対応していない。それは、受け容れてくれたクルドのひとびとにおよぼす影響を最小限にとどめようとする配慮からなのだろう。

 はじめに写真展を知らせるメールを読んで、ぼくは大石芳野さんの写真を思った。「クルディスタンを訪ねて」を手にしてみると、腰巻きには、すでに大石さんの推薦文が書かれていた。いずれも、戦いに家族を傷つけられる女たち、こどもたちを撮っている。大石さんは多くの国で、主にこどもたちに眼を向けているが、松浦さんはトルコのクルド人たち、それも女たちに重心が置かれているように思う。

 クルド人たちが自分の国家をもつことは、どうすれば実現できるのだろうかと、ぼくも考えずにはいられない。しかし、ユーゴスラビアやアイルランド、パレスティナ、つぎつぎと悲惨な歴史が思い浮かび、「麦の穂をゆらす風」で見たアイルランドの、肉親やかつての同志と戦わねばならない辛さをぼくは思い出す。
 クルディスタンの実現は可能なのかという思いに、松浦さんは立ち止まることもあるにちがいない。彼らに武器をとって戦うべきだとはいえない。言いたくない。なにをしてあげられるのかと自問するだろう。しかし、この写真や旅行記が、彼らの状況やひとりひとりの人間として生きかたをつたえて、遠くに住む人がそれを知り、思いを分かちあっていてくれる・・・すくなくとも、そう思えることだけでも大きな支えになるだろう。
 たしかなことは、世界中を切り刻んで山分けしようとしたことに対する逃れようのない責任が、西欧先進国にあるということだ。そして、ぼくたちの国家も同じことをしようとした歴史がある。

■追記(2008.11.12)
 松浦さんの2冊目の本が、近々刊行されるそうです。イランのイラク国境近くのクルディスタンを描いたものです。
「クルド人のまち」イランに暮らす国なき民:写真・文 松浦範子/新泉社刊/2300円

投稿者 玉井一匡 : November 8, 2008 06:21 PM
コメント

えっ栗さん
 ごめんなさい。返信コメントが遅くなってしまいました。
なんだかこのごろメールソフトがおかしくて、振り分けをきちんとやってくれず、コメントの書かれたことを知らせるメールがへんなところに入ってしまい、それを整理していたら、このコメントを知らせるメールを見つけたのでした。
 光代さん、えっ栗さんと、これをよんでくださった方が本を買って読んでくださって、多少ともクルド人たちの役に立てたのですね。
 厳しい状況にありながら、それでも希望を抱き誇りをもって生きているひとびとの存在を知って、ぼくはとても勇気づけられました。彼らがそうしていられる理由のひとつは、たとえ自分たちの国ではないにせよ、昔から住み続けてきた場所に生きているということではないでしょうか。

Posted by: 玉井一匡 : December 19, 2008 09:41 AM

こんばんは。玉井さんの記事を読んで、テストが終わったら絶対買おうと決めていた「クルディスタンを訪ねて」、アマゾンで注文してやっと手元に届きました!

12月は仕事が忙しくて、まだ出だしの所しか読めていませんが、年末年始のお休みにじっくり読んでみたいと思っています。

クルド人という民族がある事は知っていましたが、他は何も知らないということ、今までは興味をもつきっかけがなかったこと、今回この本を通して知っていけたらなあと思います。

Posted by: えっ栗 : December 13, 2008 09:35 PM

松浦さん
コメントを読んで、壁に磁石ではりつけたカードを取りました。「彼らの居場所」の案内状です。
その下に、黄色いチラシ「新刊図書のご案内」をたたんで重ねてあったのを思い出したからでした。
開いてみると、「2008年秋、待望の新刊!!**クルド人のまち** --イランに暮らす国なき民--」と書かれていました。
ごめんなさい、ぼくはこのチラシを個展の会場から持ってきて、写真だけを見てたたんだまま、はずかしいことに中味を忘れていました。
これはイランのクルディスタンの本だったんですね。

タイトルには、たしかに「まち」とありました。
そう、ぼくも、制度しての町や国に対して人間の生きる場所、時間、ひとびとのありようを指すことばとして、「まち」「くに」をつかうようにしています。
「町」や「国」には排他的な境界があります。
しかし、「まち」や「くに」には、入るのも出るのも自在、だれもがそこの住人なのだというようなところ。
「クルディスタンを訪ねて」を読んだあとで見ると、写真のひとびとのひとりひとりに、それぞれのよろこびや悲しみが
そして未来があるというあたりまえのことが伝わります。
この本の完成を楽しみに待っています。

 はじめにコメントを書いてくださった光代さんは、「クルディスタンを訪ねて」を注文なさったそうです。

Posted by: 玉井一匡 : November 12, 2008 04:36 AM

玉井さん、ありがとうございます。本当にありがとうございます。感無量です。そして皆様にも心から感謝申し上げます。
「MyPlace」「Out Of Place」「居場所」「まち」「くに」・・・、私の場合、遅ればせながらそういったことを思うようになったのは、クルディスタンに行くようになってからのことでした。かの地の一人ひとりの小さな声に突きつけられたのだと思います。もうすぐ二冊目の本が完成しますが、タイトルの一部には「町」や「街」ではなく、「まち」と入れてます。
またお目にかかれる時を楽しみにしています。

Posted by: 松浦 : November 12, 2008 02:52 AM

iwakiさん
ぼくは頼りない味方ですが、iwakiさんは、あのきびしい状況をやわらげ力づけることのできる、いい同志だと思います。ちからづよい母とミュージシャンをやっているんだもの。あの高原でiwakiさんがアコーディオンをかかえて、クルドのひとびとも政府軍に徴兵された若者も一緒に踊る様子が目に浮かびます。

Posted by: 玉井一匡 : November 10, 2008 03:09 PM

masaさん
ぼくもどう書いたらいいのか難しくて、本を読んでからと思って読めば、かえってもっと難しくなりました。
「くにざかい」というルビについてはぼくは気づきませんでしたが、おなじようなことばづかいで共感をもったところがありました。「女性」でなく「女」ということばが使われていたのです。世の中では、ニュースで男性・女性は肯定的な表現に、容疑者や犯人には「女」「男」というようなおかしな使い分けがありますが、女、男という言葉の方が具体的であるし、個体としてのひとりひとりの人間を伝えると思うのです。

Posted by: 玉井一匡 : November 10, 2008 02:28 PM

玉井さん

彼女のこと、ブログでエントリーしてくださって、ありがとうございます。
masaさんが会場に入ってこられてすぐMyPlaceのお話をされた時、ああ、ああと気持ちの中でなんだかするするともろもろがつながりました。
ほんとうに、おふたりが強い味方同士になったら、すばらしいですね~!

Posted by: iwaki : November 10, 2008 07:13 AM

松浦さんについては、僕もブログで紹介したかったのですが、彼女のイメージは微妙な多面体(^^;のようで、僕の思考力では何とも表現し難く、頓挫していました。…ので、このエントリーは、4番バッターに代打していただいたような感じです(^^;
とにかく、この写真群を見た途端に、「あ、これは玉井さんにもご覧いただきたい!」と思いました。その理由は、玉井さんが本文でも触れていらっしゃる通り(MyPlaceやOut Of Place)です。そして、玉井さんと松浦さんから感じられる真摯さからも、僭越ですが、もしや互いに強い味方たり得るのでは…と感じ、「ご覧いただきたいと同時に、松浦さんに会っていただきたい」と思った次第でした。蛇足ですが、案内状にある「国境」に「くにざかい」とルビがふられているのも、玉井さんがよく「まち」「くに」とお書きになっていることと通じるように思われて…です。

Posted by: masa : November 10, 2008 03:22 AM

光代さん
そうですね、いい写真ですね。おっしゃるように、情におぼれず流されずに、しかも強い意志をもって写真を撮っていらっしゃるんだと思います。
武器や戦車や傷ついた肉体などの直接的な被写体ではなく、なにかを失いながらそれでも笑みを浮かべる家族や女たちを写して背後にあるものを伝える。それはとてもむずかしいことでしょうが、じつはもっとも根に近いところで影響力をもつのかもしれないですね。

Posted by: 玉井一匡 : November 10, 2008 12:24 AM

>>報道のために来たのかと追及をうける。軍に連行される。観光のために来たのだと言い続ける。

この一文だけでも 厳しい状況が分かりますね。
カメラを持って 同じ戦いをしていらっしゃると思います。
写真がとても良いですね。
中に飛び込んで 生活を共にするだけじゃなくて、
情に溺れずに深い共感を持っていらっしゃる。
そして、その共感が クルドの人達を通して世界中に向けられていると感じます。

私は 自分が何を持って闘っていっているのか、改めて 認識を明確にしておこうと思います。
このエントリーのおかげで 自分の立ち位置の再確認作業が出来ました。

Posted by: 光代 : November 9, 2008 10:38 AM
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