November 16, 2008

お名前さま

Onamaesama.jpg
 先日、別々の店で接した店員が口にした同じことばづかいに驚いてしまった。
まずは園芸店でモミの木の予約をしたときに、つぎがその翌日、時代遅れで在庫のない蛍光灯の取り寄せをたのんだヨドバシカメラ秋葉原店でのことだった。
店員は受付カウンターの下から書類を取り出すと「『お名前さま』と電話番号をお願いします」と言うのだ。
 文字通り唖然としたのだろう、文句も皮肉も口にせずにぼくは氏名と電話番号を書いた。
いずれも男の店員だが、けっしてバカそうではなく親切でさえあったから、相手の態度に文句があるわけでもない。人並みの若者ですらこういう珍妙な物言いをすることに直面して、人間よりほかには頼る資源もないこの国の未来に不安を抱いたのだ。オレもトシだということでもある。その翌日、首相と呼ばれる男がお粗末な日本語力と人格を露呈した。ああいうオトナにならないように、彼らにひとことふたこと言ってやるべきだったかもしれないと、ぼくは思いなおした。

「お名前さま」という言葉遣いは、論理的に間違っているのだよ。
ひとの名前に「さま」をつけるのは、その名前の人物を敬うからだ。あるいは、相手に感謝しているからだ。さもなければ、敬っているとか感謝しているとか思わせたいからかもしれない。
「お名前さま」っていうのは、「お名前」というやつがいて、きみはそいつを敬っているということになる。さもなくば、「お名前」という名詞を敬うのか。
そうではないだろう。論理的にまちがっているのだよ。
だから「お名前」だけでいいのだ。
「お名前」が正しいのだ。
・・・今度、商品を受け取りに行くときには、そう言ってやろう。

 ぼくたちの親の世代くらいまでは戦前に受けた教育で、人間の身分や地位の上下関係によって社会の秩序を整理してきた。それが日本語の敬語のシステムをつくってきた。しかし、経済力はもとより地位や身分の上下と人間の価値とはかならずしも一致しないということが、現在ではほぼ共通の理解になってきたのと歩調をあわせるように、それまでの上下関係は弱くなって、代わりに相手を尊重することや感謝を示すことが敬語の基本をなすようになった。それ自体はむしろ、社会と言語の歓迎すべき変化であるはずだ。
 しかし、それが敬語を簡単にするという結果を生じた。たとえば、動詞はなんでも「・・・される」ひとつですませてしまうことになった。そのぶん過剰に相手をもちあげたり必要以上に卑下したりして敬語を数量的に増幅することで補おうとするようになったのだろう。そのあげく、言語の論理性さえおかしくしてしまったというわけだ。
ことばは時代や社会のありかたとともに変化するものであるなら、自分たちのことばは社会を反映すると同時に、社会を変えることもあるのだから、言葉は大切に育てなければならないのだと肝に銘じておこう。

投稿者 玉井一匡 : November 16, 2008 01:34 AM
コメント

kadoorie-aveさん
いつ、書き込んでくださろうとも歓迎です。
これも、気持ち悪いですね。だいぶ前から、政治家たちが座談会などであつまると「自民党さん」とか「社会党さん」というのをやっていたし、企業の連中が「東芝さん」だの「三菱さん」なんていう言い方をしているやつがいて気持ち悪いと思っていました。ぼくは、ものを知らないやつらとバカにしていました。いまではそういう使い方が多いのかもしれないけれど、ぼくはそういうのに合わせる気はいささかもありません。
たしかに、むずかしいのが増えているのはたしかですね。
銀行の窓口で呼び出すときには「角折江商会銀座支店さま」なんていいますが、あのばあいはほかに言いようがないでしょうね。身近なところでいえば。「yukiりん」なんて、面と向かえば「yukiりん」だけれど、コメントのアタマに書くときには「yukiりんさん」て書いたほうがいいか、みんなもそうしてるし、なんて思ったりやめたりします。もっともこの場合は、自分に「・・りん」なんてつけちゃうこと自体がおふざけなんだから、あまり気にすることもないんでしょうがね。
ふざけてなんかいないぞ、文句あるか!なんて、跳び蹴りを喰らうかもしれない・・・

Posted by: 玉井一匡 : November 25, 2008 04:09 PM

今頃書き込んでごめんなさい。『お名前様』ももちろん勘弁してほしいのですが、『○○会社様にお願いしました』とか『事務所様』、ついでに『社長様』『編集者様』という使い方も私は不慣れですが、私が間違っているのでしょうか?『○○会社のかた』『編集のかた』とか『○○社長』という言い方は失礼なのでしょうか?ずっとフリーでやってきて、かたくてきちんとした会社言葉で話したことがないので、最近はメールを書くのがコワイのです。『社長様の猫様がお亡くなりになりました。猫様のお名前様は?』などと言わなければいけないのでしょうか...???

Posted by: kadoorie-ave : November 25, 2008 12:53 PM

iGaさん
かつて、義弟が日本のマクドナルドに行ったらちゃんとした人が働いていると、日本の程度が高いことに感心していたことがありました。アメリカのファストフードの店というのは、本当に程度の低いやつもいて、それでも働けるようにマニュアルが完備されているのだときいて、そうだったのかと思いました。それは20年ほども前のことでしたが、アメリカのマネをさせられてマニュアルをつくっているうちに、いまや日本もマニュアルがなければやってゆけず、しかもマニュアルそのものもあやしいということになってしまったわけですね。
ブッシュとコイズミのときは、ちょうどいい程度だったが今度は大統領と首相の程度が、ひどく違うようだし、なにごとも時とともに変わるものですね。
それは、希望をいだかせることでもあります・・・CHANGE
(ちょっと加筆訂正しました)

Posted by: 玉井一匡 : November 18, 2008 09:58 PM

光代さん
 ぼくは、あのときテレビで生放送を見ましたから同時通訳が流れていました。そのときに通訳が「ゲイのひともレズビアンのひとも」と言ったのが印象的だったのですが、そのあとなんと言ったかを憶えていませんでした。だから、Googleで「オバマ、勝利宣言」を検索しました。
 下記のアドレスに日英両方の全文がありました。ここに「ゲイの人もストレートのひとも」と書いてあったのでぼくはそれを使ったのですが、英語はどうだろうと開いてみると「gay, straight」とありました。「レズビアンのひとも」とは、オバマは言っていませんが、同時通訳の人の判断で、アメリカでは「gay」は男女いずれも含むが日本語の「ゲイ」は男のばあいだけを意味するということで、「レズビアンのひとも」をつけ加えたのでしょう。
いずれにしろ、「ゲイのひと」を明言していることは間違いないですね。
日本語訳全文は
http://news.goo.ne.jp/article/gooeditor/world/gooeditor-20081105-05.html
英語全文は
http://news.goo.ne.jp/article/gooeditor/world/gooeditor-20081105-06.html

大阪では、まだ使われていませんか。光代さんが噛みつくのを楽しみにしています。

Posted by: 玉井一匡 : November 18, 2008 06:41 PM

日本語による会話の欠点として人称を省くことが多々ありますが、その欠陥が接客マニュアルにまで浸透してしまっていると思います。
本来なら『お客様のお名前と電話番号をお願いします。』と人称代名詞のお客様とすべき処を人称を省いている為、人称に付く『様』が宙に浮いて混乱しているのではないでしょうか。

いずれにせよ、とにかく『様』を付けておけば波風を立てずにトラブルを避けられるだろうとする『事なかれ主義』も問題ですね。

Posted by: iGa : November 18, 2008 02:29 PM

何度もごめんなさい。

オバマの演説で 印象的だったのは「障害者もそうでない人も」とか「ゲイもそうでない人も」と言う言い方でした。
日本語に訳した人のセンスかもしれませんが、「健常者とそうでない人」「ストレートとそうじゃない人」と言う言い方とは 全く意識が違うと感じました。
そこに彼の理念の高さと確固たる姿勢を見ましたが、同時に激しい批判を浴びるだろうなと思いました。
言葉を意識して使い方を変えて 文化を変えられるなら やってみる価値がありますね。

そして、「お名前様」に象徴される文化には 抵抗を示した方が良いな〜と思います。
大阪ではまだ聞いたことがありませんが、とっさの場合に備えてそろそろ覚悟を固めておきます!

  

Posted by: 光代 : November 18, 2008 11:52 AM

光代さん
 「お名前さま」なんていうとんでもない言い方をしているのが、けっしてとんでもない人間ではなく、感じのわるいやつではなかった。ということは、なにがなんでも売り上げをふやせという動機から発した「お客様をたいせつにしなさい」というような、抗いがたい力が上司からかかっているというような理由からなのかもしれませんね。つまり、自由とは対極の理由があるのかもしれない。
だから、言い方をなおすことではなくて、そういう言葉づかいはおかしいと思うような考え方をすることが大事なのでしょう。

オバマの勝利宣言の中で印象的だったのは、黒人も白人も金持ちも貧乏人もあらゆるアメリカ人が答えを出したという中にゲイもストレートもという言葉が含まれていたことでした。それは、対立や差別がまだ残されているということの反映でもあるかもしれないが、それと正面から向き合うということでもあるわけで、向かうべき自由を示していたのですね。

Posted by: 玉井一匡 : November 18, 2008 07:39 AM

玉井さん
言葉の混乱から察するに 社会の混乱はただの混乱でしかないみたいですね。だって、「お名前様」だなんて 「あり得な〜い」ですもん。
自由というより 行くべき到達点すら全く見えず ただただアタフタと漂っているみたい。

それでも 良いことが沢山あります。
性同一性障害の人が カミングアウトしやすくなっています。
女性の生理の話が 堂々と語られます。
庶民がネットという諸刃の剣ではあるけれど 武器を持ちました。
 
それらを何のためにどのように使いたいのか しっかり分かると とても住み良い社会に成るんでしょうが・・・。

Posted by: 光代 : November 18, 2008 12:22 AM

光代さん
そうですね。ことばだけを直そうとするんじゃなくて、いっしょに社会のありようについても検証しなきゃあ意味がないですね。
ことばが「間違いなく」使われる身分の固定した社会よりは、ことばが混乱しても自由な社会のほうがいいもの。

Posted by: 玉井一匡 : November 17, 2008 03:22 PM

「お名前様」に関する玉井さんの分析は 非常に明快で分かり易いですね。納得しました!
身分が存在していた頃の敬語から 今の時代の敬語に移る過程で、その敬語を再構築する元となる社会の構造が混乱しているんですものね。
言葉に 混乱が生じているのは当然かもしれません。
結局 言葉は社会を映すしか無いんですものね。

〜〜〜iGaさんと玉井さんのやり取りに 吹き出してしまいました。

Posted by: 光代 : November 17, 2008 02:23 PM

Chinchiko-Papaさま
そういえば、桐朋学園の校長先生だった生江義男というかたがいらしたのを忘れていました。すてきな教育の先頭に立っていらしたので、生徒からも親からも敬愛される教育者でしたが、お身内のかたかもしれませんね。

Posted by: 玉井一匡 : November 17, 2008 01:36 PM

ご近所で地域活動を一緒にやってる方に、ナマエ様という方がいらっしゃいます。生きるに江戸の江と書くのですが、「お名前は?」と訊かれたときに発生する“トラブル”の数々を想像して、いつもニヤニヤしてしまうのです。
オスガキの同級生のお宅でもあるのですが、今度お会いしたときに、「お名前のナマエ様」にまつわるエピソードをうかがいたくなりました。きっと、たくさんあるに違いないのです。

Posted by: Chinchiko Papa : November 17, 2008 10:46 AM

iGaさん
様がふたつじゃあいくらなんでもおかしいと、すぐにわかりますから、この場合は分かりやすいですね。
このごろ、住宅の工事名称で「五十嵐様邸」というのがありますが、あれもおかしいでしょ。「邸」ということばにはすでに尊敬の意味が含まれているはずですからね。
かつて「田中角栄邸」だったのが、逮捕されるとマスコミの呼び方はいっせいに「田中宅」になっちゃったことがありましたが、家に罪はなかろうにと思ったものです。

Posted by: 玉井一匡 : November 17, 2008 08:51 AM

似たような話で、最近は領収書の宛先を聞かれた時『上様で...。』では『上様様』と書かれるケースが....

そのうち合点したときにつかう『あ、そうか』は、国語力のない人に対しての『あそう、か』に変わるかも...

Posted by: iGa : November 17, 2008 08:01 AM

秋山さん
わたしも逆上していたんでしょうか。インターネットを検索するのを忘れていました。Googleでさがしてみると、「お名前様」は924,000件、「お名前さま」は2,930,000件もありました。中には「お名前『悠仁』 親王さま命名の儀」というのもありましたが、大部分は問題の「お名前さま」ですから、それについてこれだけの疑問の声があるのには少し安心しました。しかし、疑問の声も広がるでしょうがつかうやつも増えるでしょうから、ここはひとつ首相みずから正しい日本語について反省の演説でもしてもらいたいものですね。微力ながら、これからはこれに遭遇したらひとこと言うことにします。

Posted by: 玉井一匡 : November 16, 2008 01:56 PM

私もずいぶんと前にデパートで、「お名前様を..........」をと言われて、えぇーっ........と声を出してしまった事があります。

「お名前様」を Google してみたら、こんな事が書いてあるサイトがありました。きっと、こんなところが犯人なのでありましょう。
「...........日本語として普通はそんな言葉を使いませんが、社員教育用のマニュアルをつくっている会社では、自社教材の特徴が出るように、意図的に「へんな日本語」をマニュアルに書いたことがあります。その内容を、マニュアルを使っている企業が無批判に使っているのです。
「お名前様」は、大手の電気製品量販店などでも使われています。」

Posted by: 秋山東一 : November 16, 2008 09:59 AM
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?