January 18, 2009

池田学:「予兆」

IkedaYocho1S.jpg「予兆」の全図:図録から

 きのうの朝、娘がぼくの携帯電話を鳴らした。
「池田君の個展行った?」
「いや」
「今日が最終日だから、ぜひ行ったほうがいいよ。何かをひとつ越えたみたい。」
「ああいう情熱がいつまでもつづけられものなのかと、はじめの時に思ったけど、どうだった?」
「いや、もっとすごくなっているよ」まだ興奮が持続している。
ぼくが初めて彼の個展を見たとき「存在」という絵の緻密に、2年というのだったか毎日毎日ペンで描き続けて構築したことに、しかもそれを誇らしげでもなく楽しかった旅のことのように語る池田君に、ぼくはなかばあきれひどく尊敬した。しかし、これほどの情熱は時とともに揺らいでゆくものなのかもしれないと、なおのこと「世界」と化したその巨樹のあやうさを貴重なものだと思ったのだ。

昨年、ぼくにも個展を知らせるメールが届いていたのに、11月から長い期間やっていると油断していた。午前中の用事をおえてから、昼すぎに個展を見に行くことにした。

IkedaYocho2S.jpg「予兆」の部分:図録表紙 もとはA4見開き、A3の大きさだから、これではペンのタッチは見えない。

 iPhoneを片手にGoogleマップとストリートビューを見ながら中目黒の駅から川沿いに歩いて4,5分、駒沢通りに出る角の建物だ。
「ここだ、ここだ」とばかり、iPhoneに満足。
ちっともギャラリーらしい建物ではないがMIZUMA ART GALLERYと書かれている。

ドアを開けると正面の壁に、3.4m×1.9mという大きな絵がただ一点、これは 北斎の「神奈川沖浪裏」の、大きな波。
 このひとの絵は、ヒエロニムス・ボッシュペーテル・ブリューゲルがそうであるように、絵はがきほどの小さな部分を切り取っても、それだけでひとつの絵としての密度とストーリーが詰まっている。
だから、だれもが近づいて眼を寄せたくなる。すると、遠くから波と見えたものは、じつは流動化した大地が波のように盛り上がり崩れ落ちようとしている。
白い波頭と見えていたのは、近づけば雪なのだ。

 彼の描いたこれまでの絵は、小さな物語の集合が船となったもの(再生)であり、あるいは大地のような巨大な樹木(存在)だった。見方をかえれば、人間と物語が船や樹木に寄生していた。もうひとつのありようは、城(興亡)やビル(方舟)が無数に集まって九龍城のような巨大な集合体をつくるものだった。

 村上隆、会田誠、奈良美智らは漫画をアートにした。池田学は、その方向を担う作家とされているらしい。しかし、宮崎駿の世界のつよい影響をうけてきた池田学の今回のしごとは、宮崎の呪縛からの自由を獲得しようとしているように思う。
宗達ー光琳ー抱一は時代を共有することも直接の師弟関係もなかったが、彼らが前の走者とその作品を意識して描き続けることで琳派なる一派を形成したのだということを、じつは 昨秋の「琳派展」で、ぼくははじめて知った。彼らも、先行者を追ってゆき格闘し、乗り越えていったのだろう。
 物語がたくさんつまっている池田の絵を見ていると映画が思い浮かぶ。すると、一枚の絵というものがいかに時間から自由であったのか、映画はいかに時間に支配されているかに気づく。映画は、つねにひとつの方向に流れる時間から決して離れることはできないのだ。

 所詮、人間が自然を壊すことなど、できはしない。むしろ自然が人間をほろぼすのだ・・・流動化して波となり人間の文明を呑み込もうとしている大地は、そう言っているのだとぼくは思う。もしかすると池田君は、そういう大きなテーマを意識しないようにして描いているのかもしれない。下書きをせずに毎日毎日丸ペンの細い線を重ね、そのときの思いその時の関心そのときに獲得したものを書き込んでいって2年間を積み重ねた。
これまでの絵は宮崎駿の一部を語るものであるように感じるところがあったけれど、「予兆」では宮崎の影響を受容し肉体化し熟成させて、みずからを乗り越えたのではないか。樹木や船に凝縮していた方向を転じて、小さなよろこびや日々のできごとの向こうにある空間と時間を限りなく広くとらえようとしていると感じられるのだ。

■「予兆」を展示している壁の奥にも小さな絵が二点と彼のしごとが掲載されている本や雑誌があった。その中のひとつによれば、はじめ「予兆」は3枚の「フスマ」で構成していたが、11月に始まる個展をひかえた10月になって4枚にしたくなった。そんな時になって変えたとすれば、それははどこだろうかと絵を見ると、いちばん左の部分しかありえない。だとすれば、それは、北斎の波をほぼそのまま描いているところだ。たしかに、実は大地である右側の大波を、一瞬のあいだ海の波に見せるのには大きな効果がある。

■ART ACCESS INTERNET VERSIONというにサイトにインタビューが掲載されています。
 ART ACCESS INTERNET VERSIONというサイトの、'Round Aboutという、インタビューのコーナーがあって、その第60回が池田学。「予兆」について、下絵についてなど話しています。

■関連エントリー:Psalm of the sea:「池田学」と「満島ひかり」と「北井あけみ」

投稿者 玉井一匡 : January 18, 2009 11:58 PM
コメント

nOzさん
いらしたんですか。ぼくも行きたいと思いながら、東京の後に新潟というか長岡に来るからそのときに行こうかなどと悩んでいるウチにもうすぐ終わりになっちゃいますね。身近なひとに、この絵の衝撃を共有していただけるのはうれしい。このあいだ朝日新聞に出ていたのもエントリーしなきゃですね。この夏には、小布施の美術館(おぶせミュージアム)で池田学展をやるんだそうです。
http://www.town.obuse.nagano.jp/bijutsu/obusemuseum/obusemuseum_index.html

Posted by: 玉井一匡 : July 12, 2009 10:13 PM

15日まで上野の森美術館でやってるネオテニー・ジャパンで「領域」と「興亡史」の2作品を見てきました。
すごいですね!
作品の前で随分と長い時間、圧倒的なハッチングに惹き付けられて来ました。また機会があれば個展も見たいと思います。

Posted by: nOz : July 12, 2009 02:46 PM

きむらさん
あなたやこまばさんにも見せたいなと思いました。
これを見て、池田君と話したあと、自分にも力が湧いてきたと
むすめが言ってましたが、ぼくもそうでした。
ところで、日曜日はいい天気だったようですね。
あの谷戸の田んぼも、そういう力をもっているように感じます。
写真、楽しみにしています。

Posted by: 玉井一匡 : January 20, 2009 02:46 AM

思いをここまで表現できるなんて、すごいですね〜。
世の中ひろいな〜
田んぼの写真、せりうさぎさんからもメールが送信される予定です。

Posted by: きむらまこと : January 19, 2009 08:16 PM

kawaさん
ごめんなさい、またしても会期終了後の遅配エントリーになってしまいました。
kawaさんにも見ていただきたかったなあ。
この人は、こんなふうな描きかただけれど、とてもおだやでにこやかないい奴なのです。
先日は「ことし子供が生まれるんで、どういうふうになるか分からないんですよ」なんて言っていました。何が分からないんだろうと、あとになって思いましたが、たぶん、これまでのように集中して描き続けることができるかどうかわからないということだったのでしょう。そういう変化がどんなふうに影響するのかも興味深いところです。

Posted by: 玉井一匡 : January 19, 2009 04:04 PM

今日、1月19日に読んでいます。いやはや何ともあきれかえるしかありません。チンチコパパログ?をはじめてのぞいた時も驚きました。なんて一緒にするのは双方に失礼でしょうか。

Posted by: kawa : January 19, 2009 01:05 PM
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