January 25, 2009

知られざる豊かな国キューバ

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 「知られざる豊かな国キューバ」という催しを、当日の土曜日になって中野区の掲示板で知った。今年は、キューバ革命50周年チェ・ゲバラ生誕80周年だ。
 キューバについてのぼくのさまざまな知識は、時間も場所もあちらこちらに点在しているので、ひとつに結ぶとその像はぼやけてしまう。40年以上も前に心動かされたフィデル・カストロやチェ・ゲバラへの共感と敬愛。 娘や友人などがキューバに行ってきたときに聞いた、具体的だが断片的な話。 キューバ危機とアメリカのキューバ侵攻作戦。ヘミングウェイ、「老人と海」。野球やバレーボールチームの躍動と力強さ。「ブエナビスタ・ソシアルクラブ」のひとびとと音楽の魅力。ボートで脱出してカリブ海を渡る人たち。都市でも進められる有機農業。

 いまのキューバはどうなのかを知りたくてぼくはこの催しに行くことにした。
現在、世界中が陥っている経済危機は、きっとアメリカ史上最低の大統領が、ぼくたちの国の首相などの協力でもたらしたこの状況だが、いずれいつかは来る必然的なものでもあった。
成長させ続けなければならないという経済の構造が、資源も廃棄物の捨て場も有限な、地球という場所につくられている事実をあわせれば、いつまでもこのまま続けるわけにはいかないという答えが出てくるのだ。
 すると、ソ連の崩壊とアメリカによる経済封鎖で危機を先取りしたキューバが、うまくやっていければ、これから目指すべきモデルになるのではないかという期待がぼくにはあるのだ。

第一部 講演とパネルディスカッション、第二部 ダンスと音楽という構成の、第一部だけにぼくは参加した。パネラーは、写真家でカーニバル評論家という白根全、ジャーナリスト・NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表の工藤律子キューバの有機農業などをよく知る長野農業大学の吉田太郎ゲバラについての著作の多い戸井十月の4氏。

冒頭に駐日キューバ大使が話した。儀礼的な挨拶を予想していたぼくには、さすがカストロの大使と思わせる饒舌と情熱。白根氏は、キューバの人々のカーニバルにかける熱さについて写真を背景に、工藤氏はキューバの生活は楽じゃないんだということを具体的な日常生活から、吉田氏は統計や歴史の視点からやはりキューバの困難や矛盾を話した。おかげで、やや会場が沈んだ。
そこで戸井十月が登場。フィデルとゲバラの志の高さを語り、いろいろ問題を抱えているけれど、それでもこうやってみんなキューバを応援しようという気持にさせる魅力があるんだという発言で会場に元気をとりもどした。(この会場では、カストロとは言わずフィデルと言った。弟のラウルと区別するためなのだ・・・と思っていたら、キューバではカストロのことをファーストネームで呼ぶらしい)こうして振り返ると、この四人による構成はよくできていたのだ。

 カストロの個人崇拝はないし肖像などもほとんど掲げられていない、ゲバラの壁画があるだけだとキューバに行った人たちは言う。まっとうな社会主義なら個人崇拝を否定するのは当然のことなのに、北朝鮮はもちろんソ連中国をはじめとする社会主義諸国はあのざまだから、キューバのありようは稀なことなのだ。
教育と医療はもっとも重要なことだとしてとくに力を注いで顕著な成果を上げ、いずれも無料で受けられるが、国内には受けた教育を生かす場が少ないし、ソ連の崩壊とアメリカによる封鎖がもたらす物資不足で、とても苦しい生活をしている。優秀な医師たちを南米をはじめ各国に医師たちを派遣して、なんとか外貨を獲ている。物資の足りない生活をしながら国民がかろうじて耐えてきたのは、カストロをはじめ幹部が特権的な生活をしていないからだろう。
 物質的な満足よりも精神的な満足が大切だと言われても、国民の我慢にも限界があると工藤氏はいう。だが、物質と精神という対立概念だけではない。べつの切り口をみれば、他者より優位に立つことに価値を置く立場と、他者と分かち合うことに価値を見出す立場・・・つまり競争と共生という対立概念がある。フィデルやゲバラは、物質であれ精神であれ、他者より優位に立つことによってではなく、他者とよろこびを分かち合うことで満足を得られる世界をつくろうと出発し、それを持続してきたのだ。

Che.jpg「チェ 28歳の革命」・「チェ 39歳別れの手紙」を監督したスティーブン・ソダーバーグは、戸井氏によれば、はじめゲバラのことをほとんど知らなかったし、さまざまな障害もあった。しかし、ブッシュがあまりにひどいので、この映画を作らなければならないと思うようになったという。だとすれば、この映画ができたのはブッシュのおかげというわけだ。経済封鎖も、むしろキューバを持続させ結束させる効果があっただろう。
 イラク戦争や金持ち優遇政策にしても、じつは現代の世界の経済システムがいかにひどいものであるかという本性をあきらかにするという役割を果たした。オバマの登場も、ブッシュがいたからこそ実現したのだろうし、ブッシュのおかげで多くの人間の生命を失い、あるいは苦しい生活を強いられることになったが、それによってカストロやゲバラが目指したものの価値に気づくことになれば、結果として人類が救われることになるのかもしれない。

投稿者 玉井一匡 : January 25, 2009 11:55 PM
コメント

iGaさん
ありがとうございました。見ます。
去年、BSではフランスのテレビ局によるカストロのインタビューを延々とやっていましたね。彼の情熱と記憶には、そのたびに感心します。
「知られざる・・」のときに白根全氏が言っていましたが、「アメリカがキューバを挫折させるのは簡単で、封鎖を解いて航行も物資も出入りを自由にしてしまえばいいんだから」と言っていましたが、その通りだとぼくも思います。
キューバは、資源不足の中でどうやって生きるかというテーマの実験室でもあるわけだから、環境投資で経済再生を志すというなら、完全自由化をしないようオバマにはひそかに願っています。
まずは、キューバに行ってカストロと会って話して欲しいと思うのですが。

Posted by: 玉井一匡 : January 28, 2009 04:01 PM

2/8(日)午後10時からのNHK・ETV特集で『キューバ革命 50年の現実
~米国人ジャーナリストが記録したカストロ政権~』が放送されます。
経済封鎖を続けている敵国のジャーナリストから見たキューバですから、社会主義体制の矛盾を探り出す内容の様ですね。しかし合せ鏡として資本主義体制の矛盾が、どれだけあぶり出されるか、メディアの意識も問われるのかも。
イデオロギー云々よりも、搾取の先鋒にフロリダ・マフィアを使った大国の支配に隷属せずに小国のアイデンティティを守ろうとしたのがキューバ革命だったように思えます。
http://www.nhk.or.jp/etv21c/lineup/index.html

Posted by: iGa : January 28, 2009 12:02 PM

Chinchiko Papaさま
ぼくたちのころは、サトウキビ刈りの手伝いにキューバに行くというのがあるそうだという話を聞きましたが、オレたちが行って助けになるんだろうかと、思ったものでした。しかし、実際に行ったという人間には今もってあったことがありません。
ゴルビーのソ連が「CHANGE」と言っていたとき、彼らにはキューバという国のことなどあまり眼中になかったのではないでしょうか。彼らの理想は、むしろアメリカ合衆国だったのかもしれない。なにしろ、United Statesと社会主義共和国のUnionという構成は、じつはよく似た大国なのだと思うのです。
 いまでは、南米の国々は、スペイン語によってむすばれるゆるやかな連合を目指しているのだろうと、ぼくは思います。(ブラジルは、ちょっと仲間はずれになるのかな)

Posted by: 玉井一匡 : January 26, 2009 10:48 PM

わたしより10年以上、年上のお兄ちゃんやお姉ちゃんたちは、盛んにキューバへ向けてサトウキビ収穫の援農へ出かけていました。わたしの世代では、三里塚の農家へジャガイモやサツマイモ収穫の援農に出かけたのがせいぜいでした。
小田実の「何でも見てやろう」あるいは、手前ブログ味噌ですが高良とみの「どこへでも行ってやろうじゃないの」のひそみに倣えば、わたしの世代はキューバに対する関心はそれほど高くなく、80年代に入って登場したゴルバチョフのいるソ連への関心が急激に高まっていたのを憶えています。つまり、書かれているようなスターリニズム、あるいは官僚テクノクラートの支配に対するアンチテーゼを、ソ連自身の中からどのようなかたちで生み出しえるのか?・・・という未曾有のテーマですね。
ちょうど、わたしがシベリア抑留者の日本人墓地慰霊団にひっついて、イルクーツクやクラスノヤルスクを訪問した80年代の半ばごろ、ソ連におけるキューバの扱いはそれほど目立たず、むしろ西側諸国の情報が溢れ始めていた時期でした。シベリア鉄道の貨物線を大型戦車50台ぐらいが輸送されているのを見て、「撮影してもいいか?」と訊いたところソ連の添乗員に「どうぞどうぞ」と言われて「ホントに?」と耳を疑うほど衝撃的な、そんな時代のまっただ中でした。

Posted by: Chinchiko Papa : January 26, 2009 03:15 PM
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