February 18, 2009

アカガエルと不耕起栽培

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 近頃ではアカガエルを見ることさえ滅多にないが、先日の日曜日、彼には恐怖を味あわせてしまったけれど、ひさしぶりに手にとってみることができた。田んぼの中にはタマゴもたくさんある。中には、オタマジャクシになりかけているやつも沢山いる。卵を手に掬って近くで見ると、ひとつひとつが球形のゼリーの中にまもられているのがタピオカのようでちょっとうまそうにみえた。
 そこにはニホンアカガエルとヤマアカガエルの二種類がいるときいたので、その場でiPhoneを取り出しGoogleで探す。「ヤマアカガエル、ニホンアカガエル」と打ち込むとカエルのサイトがみつかったが、なにさま片手にカエルを持ったままでは、はなはだ扱いにくい。写真をとって、あとから調べることにした。目の後ろから背中に伸びる線のパターンで見分けがつくと書かれている。
こいつを放してやってから、水路に潜んでいるやつをみつけたので腹ばいになって3㎝ほどまでカメラをちかづけて写真を撮った。これは、ニホンアカガエルのようだ・・・と、あとになってインターネットで確認した。もちろん、カエルは田んぼに返してやりました。
 が、アカガエルにかぎらずアマガエルもそうだが身体の表面をつつむ液体は有毒なので、カエルをさわったままの手で目をこすったりしないようにしなければならないと書いてありました。こどもたちにさわらせるときには、あとで手を洗わせるようにしなきゃいけないわけだ。

 田んぼにメダカが棲まなくなったということが世間で言われるようになったのは10数年前のことだろうが、実をいえばそれまでぼくは気づいていなかった。何十年も、年に何回も新潟と東京を行き来していたのにだ。アカガエルがいなくなったのは、メダカがいなくなったのと同じく、乾田化が理由だ。産卵時期に田んぼの水がなくなってしまったのだ。
 農業を効率よく営むためには、機械をつかってできるだけ大規模に米作りをするのがいいと考えられてきた。鋤き起こすときには土が乾いてしっかりしていないと、大型の農業機械が田んぼの中に乗り込むことができない。それに、いったん水をなくしてやると稲は水を求めて深く根を伸ばすのでしっかり稲が育つのだと、農家のひとに教えてもらったこともあった。それぞれにいろいろな理由があって、不耕起栽培に踏み切る人はまだまだ少ないそうだ。

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 アカガエルを見たのは、千葉県多古町の桜宮自然公園だ。ここは、面倒をみることがむずかしくなった谷津田を、周囲の里山をふくめて自然公園として公開した。その田んぼの一画を、不耕起栽培とその普及活動をしていらっしゃる鳥井報恩氏が米作りをひきうけた。不耕起の田んぼは大型の機械で田を鋤き起こすことがないので、冬も水を張ったままでおく。刈り取ったあとの稲もそのままにしている。二番目の写真で、残されたままの稲の切り株(というのだろうか)が水の中から顔を出しているのがわかる。
 だから、アカガエルをはじめとしてさまざまな生き物が育つのだ。カエルがいれば鳥はカエルを食いに来る。ヘビもふえたそうだし、カワニナも育って、それを食べる蛍も飛ぶようになったそうだ。人間が自然環境の一部分をとりはずすと、そこに依存していた生き物やその生き物に依存していた別の生き物が減ってしまうけれど、取り外したものをもとにもどしてやるとこんどはまた少しずつ生き物が増えてくれるのだ。里山は自然そのものではなくて、長い時間をかけて人間が飼い慣らした自然だが、放置された田んぼが増えればむしろ自然が広がるはずなのに、谷津田が生き返るとむしろ自然が生き生きしたように思えるのはなぜなんだろう。
 農業は人間と自然の境界にある。なかでも谷津田は自然と人間の領域がうまく重なり合っている領域だったのだ。グラデーションのように徐々にやさしくなっている人工と、おだやかになった自然が混じり合っているところなのだろう。

■関連エントリー
1.やせがえる/MyPlace
2.やせがえる・後日譚、というよりも先日譚/MyPlace
3.コモリガエル/MyPlace
■追記:アマガエルの目力(「メカ」ではなく「めぢから」と読んでほしい)
wikipediaのニホンアマガエルの項目にはおどろくべき記述があった。彼らの目はリトラクタブルなのだそうだが「大きな獲物は眼球をひっこめ、眼球の裏側で口の中の獲物をのどの奥に押しこんで呑みこむ。」というのだ。目の玉がとびだすってのはあるが、目の玉で食い物を押し込むっていうんだからとんでもないやつだ。

投稿者 玉井一匡 : February 18, 2009 06:53 PM
コメント

きむらさん、コメントありがとうございます。
「玉井さん、お米作りにきょうみあります?」という瀬利さんの、芝山からの明るい電話に「あるよ!」と答えると、田んぼがあいたので米をつくるんだという
「新潟にも2,3週間に一度行くからお手伝い程度しかできないけど」と返事して、とりあえず顔合わせということで八日市場に行きました。あの田んぼを始めることになった経緯も、米作りの具体的なことも、何も聞いていなかったのに。
でも、いいメンバーでたのしみです。
ことしは、まず乾田で第一歩来年は水を抜かずに不耕起ということですね。両方経験できるのはかえっていいと思います。親子ほども年の違う仲間なのに、つい忘れてふるまってしまう脳天気なのですがよろしく。

Posted by: 玉井一匡 : March 6, 2009 11:11 AM

来年は水をいれた田んぼにむけて準備します。
すこしずつ多くの生き物にかえってきてもらいたいですね。

Posted by: きむらまこと : March 6, 2009 05:19 AM

あかねこさん
アカガエルはカエルとしては産卵の時期が早いようですね。インターネットで調べて知ったことですが、2月から3月にかけれ産卵すると書いてあります。あなたのところにいるのは、ガラスに貼りついたり家の中に入ってきたりする行動からすれば、きっとアマガエルでしょうね。アマガエルは、少なくなったとはいえ今でもまだけっこうみつけるのは、田んぼに水のある時期に産卵するからなのでしょう。

ところで、このカエルの性別ですが、光代さんのコメントを読んで以前の「やせがえる」のエントリーを思い出して、このアカガエルはどっちかなと考えましたが、この子もオスだと思っていたようです、ぼくにつかまったやつは、写真をみると、思いのほかへいぜんといていますね。
*オタマジャクシのサイトがありました。
http://jinen-juku.hp.infoseek.co.jp/otama-zukushi.html

Posted by: 玉井一匡 : February 19, 2009 02:16 AM

もうかえるが出てきてるんですね!!
それがびっくりです。

うちのほうだと、かえるをみるのはやっぱり梅雨の時期が多いです。とくにウチのほうは田植えの時期が遅いのでおたまじゃくしを見るのもけっこう遅いほうだと思います。おたまから替えるになりたてのちびたちが、玄関のガラスにたくさん張り付いています。なぜか部屋のなかにまで迷い込んできて、ほこりまみれで発見されるやつもいます。

人には同じ田んぼにみえるけれど、かえるたちやらそこにいるカブトエビやらホネエビやらにはなにかがわかるんでしょうね。かならず、おたまやらなんやらがたくさんいる田んぼと、まったくいない田んぼがあります。

ちびのころは、庭におたまじゃくしがいるような池があるといいなーと思ってました。

・・・それにしても、玉井さんにつかまっちゃったのは、『彼』だったんでしょうか?それとも、もしかして『彼女』だったんでしょうか?

Posted by: あかねこ : February 19, 2009 12:54 AM

光代さん
 カエルがお好きなんですね。かわいいですね、ほんとに。
写真でみると、ちっとも怖がっていないように見えるんですが、こわくなかったわけはないでしょうね。水の中にいるのは別の子なんですが、カメラをギリギリまでちかづけても身動きしませんでした。
 じつは、このときの目的はカエルではなく、米づくりの方でした。
アカガエルのはなしはそのマクラのようなものなのですが、けっこう長くなったので本題はつぎのエントリーですることにしました。
この鳥井報恩さんは農業高校の先生をしていらした方で、生産農家とはべつの経歴をおもちです。ぼくもこの日に初めてお会いしたばかりなのでくわしいことは分かりませんが、これから少しずつエントリーしていきます。
誤字の訂正といっしょに、すこし加筆しました。

「やせがえる」のこと、どんなエントリーなのかお待ちしています。

Posted by: 玉井一匡 : February 18, 2009 09:00 PM

不耕起栽培は 勇気が要るでしょうね。
上手く回るまで 何年を掛けられたんでしょうか・・・・その強い信念に 頭が下がります。


それにしても これらのカエルの可愛いこと!!!
たまりません。

私は玉井さんのブログエントリーの「やせがえる」に関して 書きたい事があるのに、未だに 立ち向かう勇気が無くて書けていません。カエルを見る度に 思い出すのです・・・・・。

Posted by: 光代 : February 18, 2009 08:03 PM
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