April 28, 2009

献体

Kentai1.jpgしばらく前から、献体をしたいと母が言うようになった。20年以上前に死んだ義父も、そういっていたが、そのうちにガンがみつかって手術もムリだといわれると、そんな手続きなどすっかり忘れてしまった。
 ぼく自身も死んだら、献体をしてもいいと思っているから「この年まで生きて、もう何の役にもたたないからせめて何かのお役に立つようにしたい」と母がいうのもわかるつもりだ。
「献体」をキーワードにしてGoogleで調べたら53,400件もある。そのうちのトップにあるのが「財団法人 日本篤志献体協会」だ。献体とは何であるかということ、どうやって登録するのかが書かれている。
登録は、協会ではなく実際に献体しようと思う大学などにする。昨今は希望者が増えているのだが、ところによって違いがあり、不足しているところもあれば辞退する大学もあるから、具体的に大学病院に問い合わせてほしいなどと書かれていた。献体登録者の総数が216,420名を越え、そのうちすでに献体した人が81,942名あるそうだ。

Kentai2S.jpg申込書:Click to PopuP
 身内に卒業生がいる地元の大学病院として新潟大学医学部か日本歯科大学と考えたが、新潟大学の窓口がインターネットではわかりにくかったので日本歯科大学のサイトで調べてからに電話をかけると担当者がおおかたの説明をしてくれた。

 後日、A4の封筒に入れられた書類が届いた。青い紙に印刷された説明書類と白い紙の申込書類がそれぞれ数枚あった。
親、子、兄弟など肉親の同意書に署名捺印が必要だという。
ぼくと妹は本人が希望するのだから同意する。母の弟妹も、すぐに同意してくれるだろうと思ったが、郵送というわけにはゆかないから母の弟である叔父一人と叔母二人に会った。前もって母本人から電話で説明しておいてもらったのだ。
母の2才下の叔母
「この年齢になると、お姉さまの気持ちは分かるわ。とにかく、あたしは散骨してもらいたいの。お墓になんか入るのはいやなのよ」
と言ってさばさばと同意してくれた。
しかし、歳のはなれた弟妹がむしろ抵抗があるようだった。
ひとりは「賛成はしないが、子供たちが同意して捺印したあとで印は捺す」といい、ひとりはちょっと顔をしかめた。
ふつうの場合、火葬場に向かう出棺のあと病院に運ばれて、2年後くらいのうちに解剖して火葬したあとに戻ってくるという時間のかかりかたが、二人ともどうも気になるというのだった。
たしかに、具体的な状態を想像すると、あまり気持ちよくはないのはわかる。本人にすれば、どのみち自分がいなくなってからのことだから大して気にならないのだが、残される人間は、いまどうなっているのかということが想像されて抵抗があるからなのだろう。

*送られてきた封筒の中の書類はつぎのようなものだ。
A 説明書類
 ・献体の輪をひろげようー白菊会
   献体とは何だろうか
   献体についての質問と答え
   献体に絶対必要な同意
 ・白菊会の献体のこころ/白菊会・入会のしおり
 ・おねがいー歯科学生のためにも「献体」を
   歯の病気とからだについて
   歯科大学で教えていること
   人体解剖実習について
   献体篤志家について
B 申込書類
 ・入会登録申込書
 ・同意書

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おにぎりとおむすび/MyPlace

投稿者 玉井一匡 : April 28, 2009 03:05 AM
コメント

I.C.Dを植え込んで、いるけど、オッケーですか 

Posted by: 稲森年和 : February 27, 2010 09:56 AM

加嶋さん、わきたさん
一生考えて、最後に死ぬ前に何とか間に合うように自分なりに納得できる結論をみつけたいというような、手ごわい問題ですね、こいつは。
手ごわいだけでなく、だれもがそれぞれに考える普遍的で大きな問題。
わたしも、暫時、しごとに戻ります。

Posted by: 玉井一匡 : May 6, 2009 12:10 AM

玉井さん、加嶋さん、こんにちは。
グレーの壁、グレーの長城、ちょっと休憩中です。皆さんのお考えを咀嚼することを丁寧にしたいと思います。もう、しばらくお待ちください。お二人がお書きになっている宗教と科学、それはどういう意味で宗教と科学とお考えなのか、そのあたりをきちん理解しておきたいと思います。科学的知識は、多くの一般の人びとにとっては、自分自身でその確からしさを確認できるわけではありません。それは、科学者という専門家集団のもつ社会的正統性/正当性、その集団から発信される情報、それらが社会に共有され(流布され)、私たちはそれを確かなこと(あるいは真理)として受け止める、そのような情報にもとづく価値を実感する(様々なテクノロジーを通じて)…、そのような過程や構造とともに存在していると思います。このあたりのこと、もう少し、整理して考えを述べようと思います。私のばあい、お二人の科学に対するスタンスとは違っているようです。もうひとつは、過去に何度もいわれてきた、近代化のプロセスとともに語られる、個人主義、市民社会、啓蒙、呪術からの解放…そういった一連のことがらを、お二人のようには素直には受け入れられないということなのかなと思います。さらに付け加えれば、矛盾する表現ですが、「生」の最後の瞬間、「生」から「死」へとむかう過程を、どのように生きるのか、その過程のリアリティ(時には正視できないような…)をどう考えるのかということです(その経験を人には伝えられない…)。大往生できれば、こんな幸せなことはないのですいが、多くのばあい、そういうわけにはなかなかいきません。というわけで、もう少し時間をください。

Posted by: わきた・けんいち : May 5, 2009 04:16 PM

玉井さん 上座部の話、反省されたとは驚きました。文章でのやり取りは嬉しいものですが、書いた後に私も反省ばかりで、後まで考えが残って困ります。私の勝手な論理におつきあい下さる、玉井さんとわきたさんには申し訳なく思っています。明日私も各駅停車で上京します。もしかしたら1、2日失礼するかもしれないので、お書きします。
  玉井さんの子供の頃の話、私は逆のように覚えています。なにか高校を出る頃まで、「死」はすぐそこにある、もしくは自分がそこから出てきたもののように感じていました。子供が寝るのが嫌だと言うのは、出てきた所に戻ってしまいそうで怖いのではないかと考えたことも有りました。そして、高校時代は、「おれは何故生きているのだろう?」と考えてばかりいて、鬱病に近いような状態でした。その後、大学に行く頃になってから、宇宙や、地球の膨大な歴史の長さに、玉井さんと同じような虚無感というか無力感を覚えました。この無力感から、自我、もしくは自分の意識について私は考え始めましたが、玉井さんは––「永遠の死」を乗り越えるだけの力を自分の中につくりあげたいものだと考えています。そのひとつとして、自分を自然の一部であるととらえる––とおかきですが、私は、自分の無意識がすでにそれまでの歴史を含んでいるように感じる時があります。それが自然の一部ではないのかと思うのです。そして、自我が寿命の中の自分ではないのかと。このことにつきましては、唯識を読みましたが、解決には至りませんでした。
 何年か前本家であるいとこが亡くなった時に、お墓をあけたことがありました。その中にはいくつもの骨壺があり、ああ、これがおじさんだ、あれがおばさんだ、といつまでもそこにいるようでかわいそうな気がしました。新潟の墓のなかに骨をまくのはみんな一緒でいいですね。でも、死んだ後までも一緒なんてたくさんだ、というのは、やはり死後の生をどこかで感じているからなんでしょうかね?

 山本七平についてお書きになっていることから思いましたのは、最近感心して私が自分の考えていることに勝手に当てはめた、物理学におけるシンメトリー「対称性」でした。このシンメトリーを老子の「陰と陽」に充ててみたのです。。例えば内と外、男と女、意識と無意識、自分と社会、宗教と科学、有と無。これらのように二つがそれぞれに補い合って一つの世界を作り上げるものがあるように思い、それをシンメトリーとしてみたのです。そして少しずれているかともいますが、玉井さんが言われた、認識によってわかったことと、未明なこと、「わかっている部分と認識されているが解明されない全体」もこのシンメトリーになるのではないかと思ったのです。これまた、勝手な言い分ですが。最近の科学では、わかっていることのほうが少ないと言っていますよね。

Posted by: 加嶋裕吾 : May 4, 2009 09:58 PM

加嶋さん、わきたさん
 おはようございます。昨夜おそく、Macはまだ記憶の移植の途中ですが、わたしも母のいる新潟に来ました。新しいETCカードがまだ届かないので電車で来ました。Macは、まだ無線LANが使えません。そのうち、どうも眠くてたまらず、コメントは今朝になってしまいました。己の蒔いた種で生じた事態を、私は災厄なんて書いていました。わきたさんのMacも回復した由、安心しました。

 司会のようなことを言ってしまいますが、おふたりは、このテーマについて語っていただくには格好の組み合わせなのだなと、いまさらながら思いました。
加嶋さんは毎年一度、バリにいらっしゃり、高齢だがお元気な父上と身近に生活していらっしゃる。わきたさんは、環境社会学の分野の研究者として中国の死生観の研究をなさり、健康状態のおもわしくない父上がいらっしゃる。
 わたしは、じつをいえば加嶋さんと先日お会いしたときに初めて上座部仏教という言葉を知りました。それまではもっぱら小乗仏教と言っていました。たしかに、どちらを大であり小であるということにもともと私も疑問を持っていましたから、wikipediaを開いてみると1950年の仏教会議ですでに小乗という言い方をやめることにしたということを知って、驚きかつ反省しました。
 話し言葉は、どうしても時間軸にのせられるので話が線上に並んでしまいますが、こうやってコメントのやりとりをすると、横に縦に広がるのがとてもいいですね。少しじれったいところがあるのを補ってあまりあります。
 ところで、加嶋さんがおっしゃるとおり霊というのは、私は苦手ではありますが、まったっく気分を害することなどありません。そもそも私がそれを苦手になったのは個人的な理由によるものなのですから。

 それでいて、私は子供の頃から「死」が怖くて仕方なかったので、死を克服することが宗教のもっとも重要な役割だと考えていました。小学生の時代にも、自分がいないということが永遠に続くことを想像すると、気が狂いそうになってしまうのでした。星を見ていると、あの光は何億年も前のものであって今はもうないのかもしれないという想像は、自分が存在しなくなってからの永遠という時間を思い出させるので、夜空を見ても想像がそういう方向に広がらないようにしました。
 だからこそ、なにか超越的な力をもつ存在を自己の外に人格化するような考え方ではなく、「永遠の死」を乗り越えるだけの力を自分の中につくりあげたいものだと考えています。そのひとつとして、自分を自然の一部であるととらえる考え方に可能性があると思っています。散骨という考え方も、そのひとつなのではないでしょうか。
新潟・・・といっても、地方や宗派でいろいろあるのでしょうが、うちのあたりの納骨のしかたがなかなか興味深いと思っています。墓石の前の線香や花をあげる石をはずして、その下にある穴に入れるというのはほかと同じでしょうが、骨壺のまま入れるのではなく骨だけをそこに流し込むのです。その骨室(というのでしょうか)の底が土になっているので、いずれ骨は土に還ってしまうし、ほかの人たちといっしょになるのです。だれもが墓石のあるところに葬られるようになったのはさほど古いことではないのでしょうが、「土に還る」という意味では、なかなかいい風習だと僕は思うのです。もっとも、女の人にすれば、いわゆる嫁ぎ先のあんなやつと一緒くたにされるのはいやだと思うかもしれませんね。叔母が、お墓でなく散骨というのは、それもあるようです。

 超越的な力についての話のときに、よく思い出すことがあります。
かつてスプーン曲げが注目を浴びていたときに山本七平が書いていたことです。客観的に解明できないことは真実ではないとするのは、人間が犯してきた過ちを避けるための約束事なのだというのです。
呪いをかけて誰それを殺したというような廉で処刑されるということが、西洋では魔女裁判や異端審判という「正式な制度」のもとでなされてきたし、日本でも正室の死を願って加持祈祷をしたなどという話はいくらでもあります。そういうことに対する反省として、やっとつくりあげたのがその約束事であるというのです。ぼくは、その考え方に共感し、いまもそう考えています。むろん、同時に、いま理解できないことも真実である可能性があることを認めるのが科学的というものだとは思っています。

Posted by: 玉井一匡 : May 4, 2009 11:14 AM

玉井さん、大変でしたね。マックお悔やみもうします。私のマックは移動にもかかわらず、元気ですが、気をつけなくては。
わきたさん、
わざわざマックと取り寄せられての大変ご丁寧なコメントありがとうございます。ご両親の面倒ご苦労様です。私は父と近くに住んで毎日通っています。幸いに86にしてまだまだ元気です。皆様同じような年代の方は同じような問題が起きますね。
 私も一昨日遅く戻って失礼な調子で書いてしまって、気分を害されたのではないかと心配していました。まず、霊性のことですが、たぶんお嫌いか信じていらっしゃらないのは玉井さんだと思います。(ごめんなさい、玉井さん、マックの上にさらに追い討ちをかけまして)
 わたしは、絵の個展のプロデュースや編集の仕事をしています。その関係で、全く何もない部屋に画を架けた瞬間に起こる新たな雰囲気をどのように説明したらよいのかと考えます。そこにはなにか空間に調和した感じが生まれたり、暖かみや、時には冷たさや、いろいろ感情に訴えた空気が生まれます。それが画を正面から見ているのではなく、部屋に入ったとたんに感じられるのです。これは、例えば絵によって気が満ちているとも言えるでしょうし、精神が現れているとも言えるでしょう。ある人は画に霊性が宿っているからだとも言えるかと思います。私もその通りだと思います。だた、鈴木大拙がかいている日本的霊性と一般に言われる霊性とが同じものではなく、また霊性と言えば、いろいろな解釈ができますよね。それのにもかかわらず、霊そのもののことはわからない。その為に使いたくないだけなのです。直感に訴えるものでしょうか、そういうと直感の説明がつきませんが。論理のデフレに陥ってしまいます。それでもなんとかして説明をしようとしています。宗教も宗教と言う全体は知覚できても、宗教の本質は本当はわかっていませんよね。そこで宗教の個人化と言うことは私は言いたくないように思うのです。それでは宗教がなになのかを考えているのです。多分無意識の中にある生命への肯定でしょうか。(簡単に書きましたが、本当は一生懸命考えているのです。)
 ダークマターについては失礼しました。私もそれほど詳しくないのですが、宇宙が膨張して行くにはこれがないと膨張できないともいいます。また、最近では、無がないと現在の世界が証明できない、などと今まで精神の中で思っていたことが、物理の世界で話されているのをよく目にして、芸術のサイドからコメントしてみたいと思って、勘で意識と比較して言ったことなのです。また、ダライラマが『科学でわかったことは、教典から外すべきだ』と言っているのに、共感を覚え、そこで極力物理や量子論などに目を通そうとしているのですが..。けっして超越的な思考ではないのです。できるだけ、自らの体験を基にそこを比較して理屈を進めようとしているのです。
 松岡正剛(彼の賛否は別としまして)の本を読んでいましたら、ちょうど、日本書紀の書かれた藤原不比人の頃に藤原氏が伊勢神宮のまつりごとを占有して、都合良く操ったためにフルコトが失われた、古代の言葉が失われ、日本の価値観をあらわすコンセプトがどんどん失われたとありました。それを復活させようとしたのが、本居宣長であり国学であると言うのです。わたしはモガリやその他の古代の儀式による言葉で表現されたものが出てくると、そこに違和感を覚えるのです。また振り出しに戻りますが、そう言いながらしっくり来ないと言うのは、わきたさんに反論をくわだてたところで、やはりモガリですね。でも私も、私の骨などはどこでもいいから捨ててくれて結構だと思っています。
 上野さんの場合、なんとなく統一感がが少し欠けてるように思えてしまうのですが。あの方の強い調子に較べると、微笑ましいと言うか。
 私の言ったことは、仏教においての『生、老、病、愛別、死」です。死はほぼ寿命の一杯まで生きられようになった。老いもかなり最後まで元気です。病もかなり治る。生まれるのはよくわかりませんが。ただ、私たちに完全は有りませんよね。そこを考えれば、ほぼOK
なのではないかと思うのです。健康で寿命一杯の生きて不安のない人はそろそろ向こうに行こうかなどとおっしゃいますね。そして穏やかな様子を見せる。私たちの時代は寿命を成就できるようになったのではないかと思います。
 ただわきたさんがおっしゃるように、悲しみや苦しみを受ける力は弱くなっているかもしれません。
 ただ、これからのことは明確には言えませんが、寿命がある程度成就できる時代になったことがわかれば、その安定を土台に次の精神が生まれるのではないだろうか、とういのが私の勘ですが,,,。生の不安が減れば、子だくさんの時代は終わり、当然人口は減ると思います。極端ないい方ですが、これからがまたスタートとなるとはお思いになりませんか?芸術方面の新たなものはここいらへんが鍵だと思えるのです。

玉井さん、そろそろお出番ですが、マックなおりましたか?

私も長文の上、わきたさんのようにはまとめられずに失礼をしました。

Posted by: 加嶋裕吾 : May 3, 2009 11:05 PM

玉井さん、こんばんは。
玉井さんの「ひさしぶりのグレーのかたまりの応酬でたのしみです」というコメント欄の書き込みに、過剰反応(?!)してしまいました(^^;;;。

さて、とんだご災難だったご様子。いっぺんに、とんでもないことが集中したりするんですね。私のMacBookのほうは、職場のほうへ、パソコンショップの社員の方に「往診」に来ていただき、問題のマイクロソフト社関係のソフトを再インストールしてもらいました。結果として、元気になりました。問題についてですが、「こんな問題は初めてですね〜」と言われて、一瞬、焦りました。が、なんとかなりました。玉井さんちのMac君の復活を祈っています。

Posted by: わきた・けんいち : May 3, 2009 08:43 PM

加嶋さん、わきたさん
グレーのかたまりをありがとうございました。
 私は、この一週間というものさまざまな災厄に見舞われ、まずは30数年ぶりに財布を紛失。クレジットカード、免許証、ETCカード、保険証、病院診察券、図書館、JAF、つやたのカードその他の再発行手続きをしたと思ったら、MacBOOKが動かなくなりました。アップルストアに連れていくと、やはりハードディスクが駄目になっているというのでした。思えば、十数年Macを使っていて、ハードディスクの昇天は初めてのことでした。
自分が何者かもわからない空っぽの脳に交換されたMacブックに、いま、アプリケーションとデータを移しているところです。これを終えて、晴れて今夜はコメントしたいものです。

Posted by: 玉井一匡 : May 3, 2009 06:35 PM

加嶋さん、こんばんは。

この連休は、老身の世話や介護をするために兵庫県の両親の家に詰めています。両親の家にいくにあたって、MacBookを持参する予定にしていたのですが、朝、慌てて車に積み込むのを忘れてしまいました。今日、妻が運んでくれて、やっとコメント欄でお返事できるようになったという次第です。コメント欄でのお返事が遅くなり、申し訳ありません。

さて、「社会現象でなく、私のこと」とお書きになっていた点をよくわかっていないままに、コメントをしてしまい申し訳ありません。ご気分を悪くされたとしたら、どうかご容赦ください。「私の宗教観」「宗教も個」とお書きになっていることは、まさに、現代社会で多くの人が思っておられることですし、私自身もそうだと思いますので、たいへん納得いたしました。「宗教の個人化」という現象です。教団宗教に属して信仰を深めていくのではなく、その人ごとに、なんらかの考え方や情報にもとづき、主体的にある種の「霊性」(スピリチュアリティ)を獲得していくことです。加嶋さんは、「霊性」(スピリチュアリティ)という言葉、あまりお好きでない「神秘主義」の一種のように受け取っておられるのかもしれませんね。ただ、これは定義の問題とお考えいただければと思います(「神秘主義」もどのように定義するのかが重要ですが)。個々人が「聖なるもの」を経験したり、あるいは「聖なるもの」との関わりを生きること、さらにはそのような働きを指す概念のようです(私は、宗教学を専門にしているわけではありませんので、曖昧になりますが…)。科学的な知見をもとに、そこに死生観に通じるイメージをもつことは、そういう意味でまさしく「宗教の個人化」なのではないかと思います。そのような個々人が獲得していこうとする世界観は、その人なりの安定的な死生に関する意味(ないしは実存)を与えるのではないかと思うのです。

私自身、自分が死んだとき散骨してほしいなあと思っています。場所は、神戸沖、琵琶湖、岩手山麓(岩手県)の三カ所です。このような希望は、もはや珍しくもないものですが、私のばあい、自分が環境社会学という学問を専攻するとともに、これら三カ所は自分と深いかかわりがある場所だからです。「死んでしまえば、意識も何も存在しないのだし、遺体もただの物質なのだから、どうにでもしてくれ」とはやはり思えません。もうひとつは、私自身が現在、浄土真宗系の大学に勤務していることも大きいかなと思っています。私自身は、浄土真宗の門徒ではありませんが、現在の大学に異動してから、親鸞聖人の考え方や、「浄土」教的な仏教の教えに、いろいろ学ぶところがありました。けしてきちんと勉強したわけではなく、これは単なるイメージでしかないのかもしれませが、私にとっては大切なことかなと思っています。私自身は、このようなことを「神秘主義」だとは思っていません(もちろん定義を明確にしなくてはいけないのですが)。しかし、これは私なりの「宗教の個人化」現象なのだと思います。

少し前に、社会者の上野千鶴子さんの『おひとりさまの老後』という本を読みました。この本については、賛否両論かあろうかと思いますが、私はその内容よりも、上野さんが、自分が死んだら京都の大文字山の「大」の字の左上、「犬」という漢字のちょうど「点」の部分に遺灰を埋めてほしいと希望されている…そんな内容のところに驚きました。近代主義的といいますか、個人主義的といいますか、そんな方が、自分が若いとき仲間と過ごした思いでの場所「京都」を見渡す場所に埋めてほしいとお考えなのです。そこには、かつて大切にしていたペットも埋められているのだそうです(場所は秘密ということだったように思いますが)。ここにも、上野さんなりの「宗教の個人化」現象を見いだすことができるように思うのです。

さて、加嶋さんが、お書きになった「ダークマター」についてですが、これは「人間が見知ることが出来る物質とはほとんど反応しない゛とともされており、そもそも本当に存在するのか、もし存在するとしたらどのような正体なのか、何で出来ているか、未だに確定されておらず、不明のままである」(wikipediaの説明ではありますが)ということなのでそうですね。これは、神や仏とは違いますが、まさにそこから何かをイメージする(意識のエネルギー)ということからすれば、超越的存在と同じような位置づけになるのかと思うのです。そのようなイメージをお持ちになりながら、そのことをして「自らの精神を頼りに考え、次のステージに進むことと」といった大変近代主義的なお考えに立つのだとすれば、私は加嶋さんとは異なる立場なのかなとも思いました。

私や私の両親は、介護保険制度や医療保険制度の支援を受けながら、両親は晩年を生き、私は家族として支えているわけですが、ここしばらくの経験でも多くのことを学ぶことができたように思います。たしかに、仏陀が生きた時代と比較すれば、「生、老、病、死、愛別、死」の問題は軽減されたとは思いますが、「ほとんど解決された」とはとても思えません。現代は、「生、老、病、死、愛別、死」があたりまえのように、身近にゴロゴロ存在していた時代(ほんの半世紀前まで。もちろん大災害や戦争がおこっている場所は別ですが)とは違うわけですが、逆に「生、老、病、死、愛別、死」が不可視化(見えにくく、実感しにくくなり、突然のそのような苦しみや悲しみに強く動揺してしまう…)され、そのような苦しみや悲しみを受け止める個人の力や、それを支えるまわりの人びとの力も弱くなっているように思います。だからこそ、そのような社会状況のなかに、現代人ならではの「生、老、病、死、愛別、死」の新たな実存的な苦悩や恐怖が存在しているのだと思うのです。できるだけ明確に書こうとしましたが、超超・長文になりかえってわかりにくなったかもしれません。そうであれば、申し訳ありません。

最後に、上座仏教の地域に、中国人の2人の僧侶が大乗仏教を伝導し、そこにボブドゥールが建設されたということに私も大変驚きました。興味深い事実を教えていただき、ありがとうございます。奈良に住んでいますし、時間的余裕があれば、「善財童子」のことをもっと知りたいなと思いました。

Posted by: わきた・けんいち : May 2, 2009 10:09 PM

わきたさん
今もどりました。一つだけ申し上げて、寝ることにします。私の述べたことは社会的現象ではなく、私のことなのです。別のいい方をすれば、現代はようやくムーブメントのような最大公約数から逃れられた私が有るのではないかと思っているのです。ですから私の書いていることは私で、わきたさんにお伺いしているのは、わきたさんのことといえるかもしれません。そして私は山の中に住み、人々のグループには属していないのです。たしかに私の宗教観が現れているかと思います。そして宗教も個のもを考えています。それが宗教と言えるのかもわかりません。
 古代に氏族それぞれの宗教があった為に統一できなかったものを、仏教を取り入れることによって全体性を持ち得た、そのことが終わったともいえるかもしれません。現代では仏陀が提示した苦しみ、生、老、病、愛別、死はほとんどが軽減されたか、解決されたように考えています。そのような当時の不安を逃れた私が、不安を除いた宗教観を持つの時には、神秘主義ではなく、初めて、自らの精神を頼りに考え、次のステージに進みうると思っているのです。まだ途上ですが。そしてダークマターもムーブメントやスピチュアリティーとは関係なく、意識を考えた時にそのエネルギーの形態が近いではないかと思ったのです。
 もうひとつ、ボルブドールには中国から二人の僧がやってきて布教したのではないかとのことでした。そのまわりはヒンドゥーで、現在は上座部と大乗が交互に儀式を取り持っているそうです。本来だったら上座部であってもおかしくない位置なのに、大乗のもとになる宗が海を渡って、日本と同じ頃に届いたのは、驚異的です。そして、奈良の東大寺では華厳経の中心となる、善財童子の像が見られないようなのです。入法界品は華厳経の代表的な教えで、東海道53次もこれによって制定されたそうですね。おやすみなさい

Posted by: 加嶋裕吾 : May 1, 2009 12:53 AM

玉井さん、加嶋さん、こんばんは。

バリの葬式のこと、興味深いですね。リンク先には、「遺族に悲しみの顔が見当たらないのは、死者の霊は炎とともに舞い上がり天界に達し、よりよい存在となって生まれ変わると信じているからだ」とあります。死に際しての感情の表出というものは、多分に文化的・社会的なものだということでしょうか。私がたびたび訪れている中国では、日本人からすれば、信じられないぐらい泣きます。それも大声をあげて泣きます。特に、そのように泣くのは女性です。儒教的な発想ですが、親に対する「孝」の観念が強く、葬式では、泣くことが親孝行のひとつのあらわれなのです。本当に、泣き崩れるという感じです。日本であれば、そのような感情の表出には、多くの人びとが違和感を感じると思います。中国では、泣き崩れるほどに感情を表出することがなければ、むしろ批判されます。そのため、そのように感情を表出できないばあいは、泣くための女性を雇ってくるほどでした(これは農村部のほうのことですが)。最近は、あまり見られなくなりましたが、「泣き女」といいます。かつては職業化されていました(これは、朝鮮半島もそうです)。

ボロブドゥールのことは、宗教学者でもインドネシア研究者でもないので、よくしりません。wikipediaを見ると、船のレリーフの写真がありますね。上座仏教が盛んな東南アジアで、ボロブドゥールは大乗仏教なのですね。勉強になりました。

さて、加嶋さんの本題についてです。私の理解では、徳川幕府時代の寺請制度は、差異はあっても基本的には東西に関係なく、同じ制度なのではないかと思っています。もちろん、関西は文化的蓄積がありますから、宗教的なものを感じとる「景観」や「場所」が、関東と比較して相対的に多いとは思っています。そして「殯」(もがり)についてですが、これは関西人であってもそういう経験はありません。「殯」は古代の宗教的儀礼だからです。

加嶋さんは、「過去の直感と全体の時代からようやく逃れて個の自立をえようとしてできる時代になってきた」とお書きになっていますね。私は、そのような全体的なるものとの切り離しが近代化の過程で進み、宗教が社会生活の全面から後退し、従来の制度化された仏教等の教団宗教にリアリティを感じとることができなくなったからこそ、新たな死生観の再構築を人びとが求めているのかなと思っています。スピリチュアリティと宗教研究者が呼ぶ現象です。自分は無宗教であると思っていながらも、そこには広い意味での宗教的なものに対する希求があるわけです。散骨、自然葬、樹木葬…。あらたな形式の葬儀は、神や仏といった従来の超越的存在ではなく、自然や生態系といった「大いなるもの」の元に還っていきたいという意識が存在しているように思いますが、これもあらたな死生観の再構築といってよいかと思います(もともと、日本にはこのような発想がありました)。死んでしまえば、何も残らない、ただの物質に還元されるだけだというのとは違います。自分ではできない、自分の死後の在り方(埋葬や弔い方)を、そのような形で自己決定したい(これまでのように家の墓に埋葬されるのではなく…)という現代人の空洞化した死生観にたいする渇望がみえてきます。加嶋さんの宇宙物理学の知見による説明にも、私は、そのような宗教性を感じるのです。スピリチュアル・ムーブメントの語りのなかには、しばしば現代科学的知見が登場します。そのうえで、献体という行為にも、私は、ある種の菩薩行的なものを感じます。

超大型のグレーの壁になりました(^^;;;。

Posted by: わきた・けんいち : April 30, 2009 08:06 PM

玉井さん わきたさん こんにちは、ホテルに着きとりあえず書いています。
私も神秘主義は思考の安易な飛躍だと思って、きらいなのです。ところで玉井さんのおっしゃっている、ゲームなどの時の判断はどうも最近の研究では、自分の意識が決定したと考えるよりもずっと早く脳が決断を下しているという研究があります。
 また、バリの葬儀は
http://www.apa-info.com/kasousiki.html
ここに詳しいのですが、死者は穢れと捉えられているようです。一度葬式の風景を見たことがありますが、黒いシャツを着た人々がただ進んで行くようで、そこにはあまり悲しみは見えませんでした。
それから話がいくつもありますので、もう一「補陀落」についてですが、これは華厳経によってインドの南に位置するとあり、チベットのポタラ宮もこれによるとありますね。直接は関係ありませんが、今年、2月にボルブドールに行きましたところ、上座部仏教だと思ったら、奈良東大寺と同じ華厳経でした。そして、建設年代も780年頃から100年間と奈良の大仏とそれほど違わない年代、どうしてこんな南の島の真ん中で日本と同時期に華厳経を信じたのか不思議でおどろきました。そのレリーフには船のものが有ったのでしょうか、覚えが有りません。ここいらはわきたさんがお詳しいのではないでしょうか。
 そして本題ですが、私たちがいろいろな習慣や因習から空洞化したのは関東と関西は違うのではないかと思いました。今関西にいますが、私の想像ではありますが、関東は江戸幕府が国民をすべて寺の管理下に置いたことによって、それ以前の諸々の習慣から離れたのではないでしょうか。ですから、モガリなどは関東人には経験もなく、その香りさえもないように思うのです。関西でしたら、滋賀に入ってくれば、湖東の山々を見ればそこにすでに中世からの何かを感じるように思うのです。私も霊という言葉で表されたものは過去のものとしていますが、しかし、関西の伝統的な雰囲気や、あの修験の山々の霊験あらたかな(!?)様子を見ると、そこにはなくなった人々の堆積の多さを感じるように思えるのです。
 また、現代の私は、過去の直感と全体の時代からようやく逃れて個の自立をえようとしてできる時代になってきたと感じています。その時代には、それまでの全体を中心とする因習から、私自身の内に蓄えらた歴史によってできるだけ誠実な判断ができないかを考えています。その点で、死は大きな生命に再び属するのだということも否定しません。最近の宇宙物理学などを見ていると、宇宙の大部分を占めると言われるダークマターは意識によく似ていませんか?質量がないのに大きく人間の中を占めている。
この意識がどうも何かを言っているようなのです。
ですが献体に反対ではなく、私の母もそうすると随分前から言っています。やはり抵抗してみても殯に戻ったみたいです。失礼しました。

Posted by: 加嶋裕吾 : April 30, 2009 05:15 PM

「仏教なのに鳥居がついていて、全く神社ですね。熊野だから神社がつよいのでしょうか。」>玉井さん

このことは、熊野地域に限りませんが、神仏習合、本地垂迹の影響だと思います。4つの鳥居についてですが、私はよくわかっていないのですが、ネットで多数紹介されていますね。「発心門」「修行門」「菩薩門」「涅槃門」という四つを門を表わしていて、死者はこの4つの門をくぐって往生すると考えられていたようです。

ところで、玉井さんが『補陀落渡海記』をお読みになったどのような感想をおもちになるのか、期待していますね。

Posted by: わきた・けんいち : April 30, 2009 02:47 PM

玉井さん、じつは、私のMacもはやくも入院しそうな感じです。困りました・・・。

Posted by: わきた・けんいち : April 30, 2009 09:06 AM

わきたさん、加嶋さん

あれれ、ごめんなさい。
じつはまたぼくのMacBookが健康状態に問題があり、娘のやつを借りて書いているんで、どこかで間違えたんだなあ。あとで、元気な方の自分のMacで訂正します。

Posted by: 玉井一匡 : April 30, 2009 08:37 AM

わきたさん
こんな船なのですか。仏教なのに鳥居がついていて、全く神社ですね。熊野だから神社がつよいのでしょうか。
図書館で井上靖全集を借りてきましたが、まだ読んでいませんが、わきたさんのあらすじも、じつはあえて読んでいません。興味深いことに、この全集には「天平の甍」といっしょにおさめられています。これは、鑑真が何度も何度も日本への渡航を失敗した艱難辛苦のすえに視力を失いながらも日本にやってきた話ですよね。「補陀落渡海記」も、ぼくは即身成仏の物語かと思っていましたが、どこかにあるはずの補陀落島にゆこうというのだから、日本に渡った鑑真の延長線上にあるのだということに気づきました。

殯という習慣は、昭和天皇がなくなったときにじつは初めて知りました。それも、様子を想像するとおそろしげなことに思われました。
たしか、バリにはまだ残っているのだときいたことがありますが、加嶋さんはたびたびバリにいらしてるんですよね。

Posted by: 玉井一匡 : April 30, 2009 08:31 AM

た、玉井さん・・・「Posted by: 加嶋」になっていますよ・・・。

Posted by: わきた・けんいち : April 30, 2009 08:29 AM

加嶋さん
本人の希望にはとても強いものがあるので、ぼくはそれを尊重しようと思っています。「どうも抵抗がある」という叔父、「そうなの?たのまれればしかたないけれど・・・」というニュアンスの叔母、ふたりとも同意書の署名はしてくれると言っています。しかし、考えているうちに、ふたりの受け取り方にも共感できるところがあるのに気づいたという感じなのです。
2年後くらいに戻ってくるのだとしたら、その間を宙ぶらりんの気持ちでいなければならないと叔父叔母は思っているのでしょう。さらにぼくは、その間はどういう状態にして保存しているのだろうとも、考えてしまいますが、後者については、あえて思い浮かべないようにしようと思っています。
とはいえ、近頃の医学部の学生は、楽だし汚れないという理由で眼科の志望者が多く、いわゆる成績のいい学生が眼科にいくようになってきたという話もきいたことがありますが、そういう気持ちで医者を志すやつらのためになあという気分もなくはない。しかし、そうじゃないやつもいるということで、それは納得できる。

残るのは、加嶋さんのおっしゃる無意識、あるいは素人の直感です。
ぼくは神秘主義や霊のようなものは全く信じられないのですが、素人の直感や無意識、あるいは脳の中の古い部分は信ずべきところがあるのかもしれないと思います。たとえばゲーム的な経済操作などに対する「なんかおかしい」という直感は、やはり正しかった。それは、根源的なところで価値をはかることができるからではないかと思うのです。

Posted by: 玉井一匡 : April 30, 2009 08:09 AM

玉井様 ご期待に応えまして、グレーの長城を築けるか努力することにします。と言いながら、あしたから京都に出張の準備のために、頭がほかにいってしまっています。明日のバスの中で少し考えてみます
 わきたさんありがとうございます。川瀬さんのことは殯の森より前にご自身の妊娠写真を展示したときに奈良の友人の紹介で知っていました。ところが残念ながら僕も見ていないのです。
 たしかにわきたさんがおっしゃったように、殯と繋がっているように思えます。こちらももう少し考えてみたいと思います。

Posted by: 加嶋裕吾 : April 29, 2009 09:35 PM

加嶋さん、わきたさん
外出中なので、うちに帰ってからゆっくりコメントします。
ひさしぶりのグレーのかたまりの応酬でたのしみです。

Posted by: 玉井一匡 : April 29, 2009 05:55 PM

玉井さん。補陀落渡海に使用した船は、こんな感じだったようです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Fudarakusanji02s1024.jpg

Posted by: わきた・けんいち : April 29, 2009 03:31 PM

玉井さん、こんにちは。あの映画っていうのは、「おくりびと」もそうですね。私は、「もんしぇん」のつもりで書いていました(^^;;。「おくりびと」については、映画館にいっているゆとりがないので、DVDを買ってしまいました。でも、まだ見ていません。そのうちに…とは思っていますけど。それから、「補陀落渡海記」についてですが、作品自体はこんな感じです。「熊野補陀落寺の代々の住職には、六十一歳の十一月に観音浄土をめざし生きながら海に出て往生を願う渡海上人の慣わしがあった。周囲から追い詰められ、逃れられない時を俟つ老いた住職金光坊の、死に向う恐怖と葛藤を記す」・・・です(--;;。ドーンときますのでご注意ください。

加嶋さん、こんにちは。加嶋さんがお書きになっていることは、遺体をどう考えるのかということですね。「殯(もがり)」に関係することのように思いました。wikipediaの説明ですが、以下の通りです。「殯(もがり)とは、日本の古代に行なわれていた葬儀儀礼で、死者を本葬するまでのかなり長い期間、棺に遺体を仮安置し、別れを惜しみ、死者の霊魂を畏れ、かつ慰め、死者の復活を願いつつも遺体の腐敗・白骨化などの物理的変化を確認することにより、死者の最終的な「死」を確認すること。その棺を安置する場所をも指すことがある。殯の期間に遺体を安置した建物を「殯宮」(「もがりのみや」、『万葉集』では「あらきのみや」)という。」この説明にある「別れを惜しみ、死者の霊魂を畏れ、かつ慰め、死者の復活を願いつつも遺体の腐敗・白骨化などの物理的変化を確認する」というプロセスを、私たちは失ってしまっているので、加嶋さんがお書きになった無意識といいますか、精神の古層にあるものが、しっくり来なくさせているのかもしれません。「殯」といえば、河瀬直美の「殯の森」という映画がありましたね。私は、見よう観ようと思いつつ、仕事にかまけて、チャンスを逸してしまいました。この「殯の森」もDVDで観るしかないのかな・・・。なんだか、さびしいですね~。

Posted by: わきた・けんいち : April 29, 2009 02:21 PM

玉井さん、わきたさんお久しぶりです。
 私は文中の『ひとりはちょっと顔をしかめた、二人ともどうも気になるというのだ』にしばしば同じようなことを感じています。私の家族の問題もあり考えているのです。私の家ではごくごく内輪の葬儀しか行わないとなっています。その私にも「どうも何か」が引っかかるのです。同様に火葬にもすこし違和感があります。何故、どこに「引っかかる」のでしょうか。これは『残されたものの気持ち』からではないようなのです。何かが厭がっているように思えるのですが、よくわからない。お母様のご兄弟も良くはわからずに「嫌だ」とお応えになっているのではないでしょうか。
 私は、おふたりがおっしゃっている「生命の大きな流れ」と「自我(=私を認めている意識とでもいうのでしょうか)」が自分の体内で、どのような関係にあって考えや感情が出て来るのかを時々考えます。私も空洞化の為にこのような考えに及ぶのでしょうが、意識と無意識(自立的、内的意識とでもいいますか)を考え、また無意識を使って(ほんとうかなあ?!!)例の山の中の家で坊さんのように感じ考えたのです。かっての人々はこの無意識による直感が理性よりもはるかに強かったのでしょうね。
 献体に対しては、どうも自我からではなくその無意識が何かを言っているように思えるのです。ああ、理屈っぽい上に神秘主義っぽいですね!
 だから献体に反対だというのではないのです。どうも本当にはしっくり来ないのは何故でしょうか。これから少しずつでもこのような疑問が明らかになるといいのですが。この点いかがですか?

Posted by: 加嶋裕吾 : April 29, 2009 09:01 AM

わきたさん
 そのとおり、花粉症でもブタインフルエンザでもありません、ご安心を。
「あの映画」って、「おくりびと」のことでしょうね、もちろん。
じつは、ぼくはまだみていないのです。ギンレイホールで5月2日から上映するので、いままで我慢していましたが、そういうテーマなのですか。

 死んだいのちが自然に還るという受け取り方は、おそらく人間に共通する死生観自然観でしょう。さまざまに洗練され純化された多くの宗教も、根本を掘り下げていけば、まちがいなく「自然」という地層に達しているでしょう。抗しがたい自然の力への畏敬や畏怖が宗教を生み出したにちがいないのですから。
だとすれば、いまの時代は人間のせいで自然そのものが危機に見舞われているけれど、そのおかげであらゆる宗教がおなじ発生をもっていることに、みんなが気づくきっかけになるかもしれないと思いたいのです。

Posted by: 玉井一匡 : April 28, 2009 10:38 PM

玉井さん、くしゃみが出たのは、東京が原因でしたか・・・(^^;;。

さて、「生命の大きな流れ」のことですが、あの映画のテーマとも重なっていますね。かつては、年忌があけると個別の祖霊はその個性を消して、先祖一般になっていきました。自己の存在が、大きな超越的存在に包み込まれていくわけですね。最近の散骨や樹木葬も、大いなる自然、生態系といったものに還っていくことを望むわけですから、構造的には同じでしょうか。柳田國男の説ですが、かつて日本人は、自分たちの祖先が近くの山のあたりにいると考えていたわけですから、そう考えるとましてや、ということになるのかな。

また、そのうちにお会いしたいと思います。

Posted by: わきた・けんいち : April 28, 2009 09:03 PM

わきたさん
しばらくです。さきほど、秋山さんやmasaさんといっしょに宮脇檀さんの設計の船橋ボックスという住宅を見学してきたところです。現地ではわきたさんの話題が出ましたよ。
 古生物学は、おそらく生命を大きな流れとしてとらえるものでしょう。それと、人間ひとりひとりのいのちをかけがえのないものとして、点のように考える臨床医学とは、生命のとらえ方としてある意味では対極にあるものなのだということに気づきました。解剖教室にいらしたかたのことをうかがって。
 先祖をうやまい、自分の死後のひとびとにも思いをのこすという伝統的な死生観は、じつは生命を大きな流れとしてとらえるということだと考えれば、共感をおぼえます。
 いつだったか、どのエントリーだったか、わきたさんが井上靖の「補陀落渡海記」のことを書いてくださったことがありましたね。まだ読んでいなかったことを思い出して、いま図書館をさがしてさっそく予約しました。

Posted by: 玉井一匡 : April 28, 2009 07:55 PM

玉井さん、こんにちは。おひさしぶりです。
私の知人に、かつて日本歯科大の解剖学の教室に勤務していた人がいます。その知人自身の研究テーマは、古生物学で、哺乳類(特に象)の骨格から進化を研究することにあったと思うのですが、そのときは解剖学教室で助手をされていました。献体のことについても、いろいろお話しをうかがった記憶があります。献体を受け入れる側や、解剖実習の話しだったと思います。

かつては、自分が死んだあとのことは、一定のパターンがあり、どう祀られるかは自明のことでした。考える必要はありませんでした。しかし、「死生観」が空洞化してしまった現代社会では、空洞化しているからこそ、自分が死んだあとのことについて(身内が亡くなったあとのことも含めて)、生きているあいだからいろいろ真剣に考えざるを得ないようになっているように思います。お母様の献体と、叔母様の散骨(自然葬)とはまったく違うことのように思えますが、一番根っこにあるものは同じようなお気持ちなのではないかと思います。

Posted by: わきた・けんいち : April 28, 2009 02:48 PM
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