July 10, 2009

ソーラーエネルギー

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 先日、朝の5時にクルマで帰ってきた両親が、眠り込んでいる乳児をふたりそのままクルマにおいて寝かせているうちに死んでしまうという事件が新潟県の三条であった。ぼくは自分がそそっかしいから、そういう話をきくと子供もさることながら自分の不注意で子供を亡くしてしまった若い両親の後悔し続ける生涯を思わずにいられなかった。
 おかげで、前日に友人が貸してくれたVHSのテープをクルマに置きっぱなしだったことを思い出した。建築家フランク・ゲーリーについてのドキュメンタリー映画「SKETCH OF FRANK GEHRY」は、まだ半分しか見ていない。
 行ってみると、ダッシュボードの上で直射日光にさらされていたテープはこんなこわい顔ををしている。近頃のクルマのフロントデザインさながら人相の悪い顔のようだ。どこかの怪しいメーカーの製品だからだろうと思ってよくみればSONYと書かれていた。これも新潟の出来事だ。ゲーリーのビデオは残念なことだし貸してくれた友人には申し訳ないことだが、太陽の熱の力はなかなか大したものだと感心してしまった。

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 太陽エネルギーというと、なんだか「地球にやさしい」特別のエネルギーのように感じてしまうけれど、じつは地球の生物はすべて太陽の熱や光によって命を育てているし、石油すらそうやって生きていた生物からできたものなのだから、あらゆるエネルギーはすべて太陽から来ているのだから太陽のエネルギーが莫大であることはあたり前なのだ。しかし、あらためて太陽の力をみせつけられて、ぼくはwikipediaを調べてみたくなった。「太陽エネルギー」という項目がある。
 そこには、サハラ砂漠の半分に太陽電池を敷き込めば世界の電力需要がまかなえると書かれていた。地中海をはさむ北アフリカとヨーロッパの地図に添えられた説明には「右からドイツ、EU25カ国および全世界の需要と等しい電力を太陽エネルギーで発電するのに必要な面積」とある。これはサハラ砂漠の半分には遠くおよばないから、そのまま鵜呑みにはできないが、サハラ砂漠の半分としても世界中に分散して太陽光発電をふやして原子力発電をなくすことは不可能ではないだろう。核兵器に対するオバマの姿勢と同じように、少なくともなくすことを目指すべきではないか。
 たしかにまだ困難はある。日照の少ない国もあるし、都市ではビルが影をつくるだろう。直流を交流に変換するか電気製品を直流で動くようにしなければならない。
いま、多くの国家では温暖化を理由に原子力発電の危険を忘れようとしているが、困難と危険性を比べれば太陽光発電の方が可能性は大きいのは明らかだと、ぼくは思う。原発の事故はそのときの被害が莫大であるうえに何百年にもわたる影響を残す。そのうちに原発の廃棄物の危険性をなくす方法がみつかるだろうという執行猶予に頼って地中に埋めている。しかも、原子力発電所でつくり出すエネルギーのうち70%は熱として捨てているのだ。


■wikipediaの英語版で、太陽の熱エネルギーをSOLAR ENERGYといい太陽光発電をSOLAR POWERというのだと知った。
*SOLAR POWER (太陽光発電)
*SOLAR ENERGY (太陽熱利用)
*PHOTOVOLTAICS(太陽電池)

投稿者 玉井一匡 : July 10, 2009 04:11 PM
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