September 07, 2009

差別と日本人

SabetsuJapan.jpg「差別と日本人」/野中広務・辛淑玉/角川oneテーマ21(新書)

 野中広務氏と辛淑玉氏というふたりが、「差別と日本人」というテーマで対談をするとすればおもしろくないはずがないと、広告を見てすぐに読みたくなった。
野中氏は自民党の実力者でありながら、イラクへの自衛隊派兵に正面切って反対したし、いわゆる被差別部落の出身者であることをみずから公言、複雑なレイアを重ねている人であることは知っている。しかし、ぼくは辛氏については著書を読んだこともなかったしテレビで見たこともなかった。
 読んでみると、案の定とても刺激的で、たちまち読み終わった。自分自身と周囲の人たちの受けた差別、それに対していかに戦いどう克服して来たかを、一方がきき手となり他方が語る。伝聞ではなく自分自身の体験を、同じような体験を共有するもう一人が引き出すのだから、言葉は強く重い。

 野中は、差別される人たちの状況を向上させようとするに留まらず、差別される人たちが過剰に補償を求めることにも、それがむしろさらなる差別を生むとして批判してきた。そういう批判を説得力のあるものとするのは、この人の言葉でなければできないだろう。
 章の終わりごとに辛による解説が書かれている。そこだけは文字がゴシック体で強調され、辛が野中の発言と行動について、ときに共感しときに率直な批判を加えるが、基本的には野中広務という存在を肯定した上で書かれていることが読み取れる。野中は、校正の段階でも、この文章に目を通しているはずだから、彼はそれを受け容れているのだ。
辛は、「辛淑玉公式サイト」で、ダイバーシティー(多様性)ということを会社のミッションとして掲げている。そのひとと、自身が多様性に満ちた活動をしてきた野中の面目躍如たるものだ。

 麻生太郎や石原慎太郎、小泉純一郎、安部晋太郎についての歯に衣着せぬ批判も痛快このうえない。彼らはいずれも少なくともある時期には人気をもっていたが、彼らに対する批判的な見方が浮上し政治的な大転換が起きようとしている現在、その人気が何に基づいたものだったのかを確認しておくべきだろう。彼らには差別をうけるものや弱者の立場に対する想像力が欠けているために、その行動や発言を一見すると、あたかも明快で歯切れよく決断力があるように見えるからなのだ。
 ナチによってあれほど悲惨な目に会わされたユダヤ人が、イスラエルという国家をつくりあげるやパレスティナ人に対してナチのような態度を取ろうとしている現実を見ても、ことは人間のかかえている普遍的な問題なのだ。だとすれば、おなじような考え方の芽が自分の裡にも潜んでいるかもしれないことを自覚して目を光らせていなければならないだろう。

辛淑玉/wikipedia
野中広務/wikipedia
辛淑玉公式サイト

投稿者 玉井一匡 : September 7, 2009 02:59 AM
コメント

りりこさん
 日本は、難民を受け容れることにかけてはすこぶる消極的なですが、アメリカは多くの難民を認めるという点で、立派だと思うことがあります。しかし、それは彼らの抱えている原罪を償おうとしているからではないかと、よく思うのです。 先住民たちから白人が土地を奪って国をつくり、アフリカからは家畜のようにして捕らえた黒人を連れてきて奴隷にした。彼らの国づくりの原点は犯罪から出発しているようなものではありませんか。

 その罪の意識となんとか折り合いをつけて自分たちの成り立ちを正当化するとすれば、「この土地はだれもが自由に来て開拓することができるところなのだ」という論理をつくり信じる必要があった。それを実現しようとしたのが、たとえば積極的な難民の受け容れやグリーンカードの抽選配布などの制度なのでしょう。 その一方で、国家としての一体性をまもるために、つねに他国とのあいだに対立関係と戦争状態を維持し続けなければならず、国の中と外の境界に立った人たちには、ことにつよく、内側に立つ証しを求めた。
 そういうことだったから、太平洋戦争中の日系アメリカ人は過酷な負担を強いられることになったのではないでしょうか。

 とはいえ、人間としては、すこぶる人なつこく善良ですらあるのだから、国家という制度の持たざるを得ない冷たさを、ひとりひとりの人間としてつながりや、もしかするとブログの力も借りて、ゆるやかなものにしてしまいたいと思うのです。

Posted by: 玉井一匡 : September 8, 2009 11:05 PM

わたしのおじさんは(血縁としてはおばの夫)ハワイに移住した日系人(夫婦とも日本人)の息子で(日系二世)、陸軍の軍人でした。ハワイの日系移民1世の差別はそれなりにすさまじく、息子としては軍隊で活躍するべきだったのでしょう。積極的にそうなるべきだと感じてアーミーに入ったそうです。職業軍人として暮らし、リタイアしてアメリカ人として死にました。米韓の戦争のときは前線にいました。

息子が2人いるのですが、ひとりは積極的に兵役で従軍し、もう一人は自分のアイデンティティは日本人だと信じて日本に留学留年して兵役を逃れました。

兵役を逃れた方の息子(わたしのイトコ)は自分は日本で日本人でもなかったことを思い知ってアメリカに帰り、俳優になり、アジア人差別をそれなりに感じつつ、B級映画で爆死したりしながら今はそれなりに仕事をしています。

ここのねっこにはずっと、差別が絡んでいます。考えることが多いことがらだと思います。
アメリカの中のアジア人差別のこともさることながら、日本人の中のアジア人差別、それよりも琉球、アイヌの問題は、表ざたに早くなったらよいのにね。
韓国、北朝鮮の在日の方々とお付き合いがあるのですが、非差別意識の強さに比して、日本人の差別意識は表面化していないだけに難しいのだなと感じます。
思いもかけないくらい強く「差別されている」と感じる気持ち。わたしの「みんな同じじゃない」と思っている気持ち。その温度差がいまだによくわからなくて戸惑い続けています。

Posted by: りりこ : September 8, 2009 08:44 PM

Chinchiko Papaさま
 東京にもアイヌ語が地名として残されているということを、いつだったか、ぼくはChinchiko Papaにうかがって初めて知りました。けっこうあれは、ぼくの目から鱗が落ちました。なんだか、アイヌは昔から北海道だけにいたと思いこんでいただけなんだ・・・ということに気づいたんですからね。
 江戸時代には、大部分のひとは、自分を「日本人」とは思っていなかったでしょう。肥後だの、会津の国の人間だと思っていた人間を、むりやり日本人にさせようとしたから「標準語」を押しつけたり神社を強引に一元化しなければならなかったんですね。

 そもそも、国家というものは約束ごとであって、たまたまこの国は海によって隔てられているから国土は比較的排他的な定義がしやすい。でも、人間や文化は固定したものではないから力づくで排他的な境界をつくらざるをえない。敵をつくることによって国をまとめるのと同じように、「日本人でないもの」をおくことによって、「日本人」をまとめようとした。それが、差別というものなのでしょう。

Posted by: 玉井一匡 : September 8, 2009 04:24 PM

その昔、国家観が確立された主に明治期からでしょうか、これまた「明快」かつシンプルに「みんな同じ日本人じゃないか」という感情論的なコトバが、国境線(それは時代によって膨張したり伸縮したりですが)の内側で盛んに言われつづけてきました。現在でも、「日本人ならば」とか「おまえ日本人だろう」ってな言いまわしで、その感覚は生きつづけていますね。「同じ日本人」であるからみな平等で対等なのではなく、「同じ日本人」であるがゆえに同じ思想や史観、社会観、生活観を共有しろと恫喝しているわけで、この表現には少なからず嫌悪感をおぼえます。だから、この著作のタイトルに含まれた「日本人」にも、ちょっとひっかかってしまうのですが・・・。(ちなみに本書は未読です)
15年戦争で、「皇軍」へ徴兵されたアイヌ民族や琉球民族は(他の植民地の民族も同様でしょうが)、「日本人」の証しとして「日本人」兵士以上に「勇猛果敢さ」が求められ、突撃の先頭に立った(立たされた)という現象は、どこか「米国人」である証しを立てるために最前線に立った米軍の日系米人兵士とウリふたつで、非常に悲しいエピソードですね。下落合にも、米国義勇軍に参加した「日本人」が住んでいましたけれど、どのような想いで最前線に向かったものか・・・。
アイヌ民族から見ればシサム(シャモ)、琉球民族から見ればヤマトンチューとされる「ヤマト民族」でさえ、ほぼ同一あるいは近しい言語をつかっているとはいえ、いまだ地域によってはまったく異なる集団(民族)同士の集合体だと考えていますので、その固有の差異や地域性を相互で認知し合った地平からこそ、「同じ日本人じゃないか」という非常に差別的な視点が乗りこえられるんじゃないかな・・・などと考えています。
地域(集団)ごとに、同じ思想や史観、文化などが成立するはずもなく、それらの違いを地域ごとに明確化し、肯定するところから(当然対立もするでしょうが)、非常にシンプルかつ単眼的な「同じ日本人じゃないか」的な抑圧・差別の構造や視座が、少しずつではあるでしょうが解体していくのではないかな・・・などと、地域サイトをつづけながら想像しています。

Posted by: Chinchiko Papa : September 8, 2009 11:22 AM

光代さん
 そういうやつが男に多く、権力を持っている人に多いというのは、男が権力を持っていることが多いからでもあるんでしょう。それ以上に女であることでハンディキャップを負わされてきからであるのは当然ですね。
 辛淑玉は、女であり、在日の、しかも北朝鮮の人であることで幾重にも閉じこめられていながら、かくも強く自由に生きていることはじつに爽快ですね。

Posted by: 玉井一匡 : September 7, 2009 10:25 AM

「・・・・・想像力が欠けていることによって、行動や発言が一見して明快で歯切れよく決断力があるように見えるからなのだ。」

本当にその通りですね。単純にしか考えていないからこその明快さってありますものね。
差別問題だけでは有りません。
様々な場面で このように感じる事が良く有ります。
そして、それは男性に多い!
そして 権力を持っている人の方が多い。

つまり強い立場になると 立場が弱い人の事がわからなくなるってことでしょうね。
だとしたら、私自身 どう言った場面で、あるいは状況で、或いは側面で 強い側に立っているのかを しっかり見つめておいて、自覚しておく必要が有るなと思います。


自分という存在の中に 天使にも悪魔にもなる要素が常に有って それをどうコントロールするかが 自分という人を形作るのだと思います。
そう、瞬間ごとに自分をどう生きるかを 決めて行っているのだと思います。ライブです。

Posted by: 光代 : September 7, 2009 09:03 AM
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?