October 12, 2009

中村俊輔 スコットランドからの喝采

Shunsuke.jpgマーティン・グレイグ 著/田澤 耕 訳 /東本 貢司 監修/集英社
 numberの書評でみつけた。グラスゴー出身のイギリス人である著者が本人の独占インタビューをせずに徹底的に周辺取材をし、日本人読者のためにではなくセルティックのサポーターのために書いた本だから、日本語への翻訳も当初は予定されていなかったというので読みたくなった。中村俊輔のプレーと態度が、セルティックを愛する人たちにどのように受けいれられたのかが、チーム関係者、選手、ファン、友人の言葉によって書かれているのだ。
 原題の「THE ZEN OF NAKAMURA」は、おそらく中村俊輔を通じて見た日本文化観を示しているのだろうが、ぼくたちからは、セルティックファンの俊輔観を通じて、スコットランドのひとびとについても知ることができる。

 2006年11月20日に俊輔の成功させた一本のキックに、冒頭から53ページをついやしている。チャンピオンズリーグマンチェスター・ユナイテッドを破りグループリーグを突破してベスト16へみちびいたフリーキックを、世界中のセルティックファンがどこでどんなふうにして見たかを発掘する。トロントにはじまり、シチリア→ロンドン→ナッシュヴィル→ラスヴェガス→オンタリオ→リオデジャネイロ→ヨハネスブルグ→埼玉→そして、あの試合の行われた地元のグラスゴーに戻ってくる。
 当時世界で一番強いと考えられていたし、結果としてこの大会で優勝したチームの、やはり世界で1,2のゴールキーパーを相手に、ほかのだれの力も借りずにフリーキックを成功させたことも、それがチームを初めてのベスト16を決定づけたこともぼくたちは知っていた。
しかし、セルティックのサポーターたちがどんな風に、そしてどれほどこのフリーキックをよろこんだかを知ることで、ぼくたちはこのゴールと俊輔の意味がわかる。それだけでなく、スコットランドの人たちについて理解することができる。よろこびを露わにすることのなかった俊輔に彼らが謙虚を読み取ってくれる。それによってぼくたちの方も彼らのことを知るのだ。

 NBAにも同じ「セルティック」という名称のチームがある。ボストンには、同じケルト人のアイルランドからの移民が多いからだ。かつてwikipediaのないとき、「セルト」というのは「ケルト」のことなのだと、気づくまでずいぶん時間がかかった。ボストンがアメリカの独立戦争に点火したのも、アイルランドのイングランドに対する強い反抗心があったからだろう。イギリスは、サッカーでは4つの国に分かれているようなもので、得か損かわからないがナショナルチームが、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの四つに分かれていることも、イギリス本国さえUnited Kingdom(連合王国)のようなものなんだということを実感させる。古いものを残そうという意志がヨーロッパに強いのも、そういう根が深いからなのだろう。
 日本が、どこもかしこも同じようなまちになってしまうのはまったくつまらないことだが、大国が強引に力で併合したわけでもなさそうなのにユーゴスラビアのように反目して人は殺し合い、都市を破壊しあう。それは、もっとつらいことだ。

俊輔の決めたフリーキックの映像:2006年チャンピオズンリーグでマンチェスターUtd.相手の二本

投稿者 玉井一匡 : October 12, 2009 08:39 AM
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