June 02, 2010

Mさんの門:テイカカズラの花とタネ

TeikakazuramonS.jpg うちの玄関前の鉢植えの植物をいじっていると「おはよう!」という声がする。
振りかえると、いつも笑みをたやさないひとが手を挙げている。
彼は、背をまっすぐに伸ばして軽やかにあるく人でもあるから、会ったあとにはしばらくぼくもいい姿勢になる。
彼はDPEのあたらしい袋を持っていた。
「フィルムのカメラなんですか」
「そう、あたらしいのはダメなんだ。
川の擁壁の工事が面白くて、このごろ毎日、写真を撮りにいくから現場のおじさんたちもなかよしになっちゃった」と写真を見せてくれた。
それが昨年のことだ。近くの川の流量を増やすために、川底を1mほど深くする工事を始めて2年ほど経っていた。
たいていの人は音がうるさいの振動するのと言うけれど、工事を見ているのが面白いと思うひとは少ない。

 Mさんのすまいは、坂をすこしのぼったところにある、大谷石の擁壁に支えられた角地。
板張りの壁に瓦屋根という古い家の玄関前には、簡素な屋根をのせた門がある。
そこに蔓性の植物が巻きついていて、初夏には白い花が柑橘系の甘い香りをあたりに漂わせるので
ぼくはその名をたずねたことがあった。
テイカカズラっていうんだよ」
藤原定家ですか?」
「そう、定家みたいにしつこく墓石にまとわりついたりするから」
おおかた想いを寄せた女のひとの墓だろうが、定家がどんな風にしつこかったのかをぼくは知らなかったけれど
そのときはゆっくり話をしている暇がなく今もってたずねそびれたままでいた。
けれども、そんなふうに言われれば二度と忘れない。 
あるとき、Mさんは門を作り直した。
切妻の屋根は、竹を組んで藤棚のような形式にしたので下から見上げてもテイカカヅラが見えるようになった。

TeikakazuraMonnakaS.jpg 先週、そのテイカカズラが満開になった。あたりをただよう香りはそこはかとないおだやかな甘さだ。
朝、通りがかりにカメラを構えていたら向こうからやってくるひとがいる。Mさんではないか。
「テイカカズラの門がきれいだから写真を撮らせていただいています」
「中から見るのがいちばんいいよ」と、Mさんは門をあけてくださった。
大谷石の階段を数段上がるので、ふりかえると見おろすような位置になる。視界いっぱいにテイカカズラが広がっている。植物はそれだけではない。家のまわりには、数え切れないほどのさまざまな植物が埋めつくしている。ユキノシタ、木瓜、木賊、富貴草、オダマキ、ホトトギス、お茶の木、ヤマブキ、枝垂梅、アジサイ、ムラサキツユクサ、スグリ、胡桃・・・・すべて在来の植物なのだ。それに、生きのいいヤブ蚊もふんだんにかけた香辛料だ。

TeikakazuraTaneS.jpgTeikakazuraACS.jpg「ちょっとまって」と言ってMさんは玄関に入って小さな木の箱を手にしてあらわれた。
「これ、なんだかわかる?」
「・・・・・」
「テイカカズラの実とタネなんだよ」
おもいがけない形だった。細長いサヤの中に細長いタネがお行儀よく並んでいる。
サヤを開くと左右に一列ずつ。ちょっと触れるとタネがサヤからでて、タンポポのような羽毛をひろげる。それが風にのって翔んでゆくのだ。

「これ、ぼくが作ったの。傑作でしょ」
エアコンの室外機の目隠しが、独創的だ。作り替える前の門の柱だろう古い角材と植木鉢を積み重ねて、植木鉢の水抜きの穴に針金を通して縫い合わせてある。
「素人がつくるときにはプロみたいにつくろうとするんじゃなくて、プロより素敵なものをつくろうとするほうがいいとぼくは思う。こういうのはプロではできないですよ」と、讃辞をおくった。
 しかも、こういう古い和風の家のあるじが、かつてバレーリーノであったという取り合わせを思うと、ぼくはなんだかうれしい気分になるのだ。バレリーナっていうのは女の人で、男はバレリーノっていうんだと教えてくださったのもMさんだった。新国立劇場の舞踊部門チーフプロデューサーをやめたとうかがってから数年になるから、年齢はもう70をこえただろうが、20数年、Mさんは姿もふるまいもちっとも変わらない。

■追記
 テイカカズラの名称と定家の関係をまたMさんに質問すると、内親王の霊の出てくる能の話があったと思うよということだったので、今度はWikipediaの力を借りた。後白河天皇の皇女、式子内親王に思いを寄せる定家の恋を描いた「定家」という能の物語が、テイカカズラの名の由来なのだということがわかった。

投稿者 玉井一匡 : June 2, 2010 09:51 AM
コメント

えっ栗さん
このところいろいろなドタバタがあって、なかなか新しいエントリーができませんでしたが、おかげでえっ栗さんがここにコメントをくださったのかもしれませんね。Mさんは、ほんとうに魅力的な人です。接する相手の持っているものまで、自然に素敵にしちゃうんだと思います。
テイカカズラは常緑のツル性殖物なので、ときどきフェンスや道路の中央分離帯などに植えられていることがあります。

Posted by: 玉井一匡 : June 22, 2010 09:28 PM

おはようございます、ご無沙汰してます。
Mさん、玉井さんのブログを拝見しただけでも、そのお人柄の良さが伝わってきて、朝から爽やかな気持ちになったので、
実際にお会いしたらとても魅力的な方なのでしょうね!!

そして、テイカカズラ、今まで知らなかった植物ですが、わっさりと茂った写真の風情と、このエピソードでしっかり頭に
インプットされました!
いつか実物を見る機会があればいいなあと思います。

Posted by: えっ栗 : June 20, 2010 08:56 AM
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