July 17, 2010

「芸能的な由緒正しさの終幕」:小沢昭一

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 前回のエントリーに加島裕吾さんが長いコメントをくださった。小沢昭一の談話として朝日新聞に掲載された記事について触れ、記事を紹介したサイトのリンクも付け加えてくださった。じつは、はじめぼくは池澤夏樹と馳星周のエッセイとともに小沢昭一の記事を加えた三つのことを書こうと思ったが長くなりそうだから別の機会にエントリーすることにしたのだった。じつをいえば、前のふたりよりも、小沢昭一の発言の方がぼくも好みだ。
 加島さんの小学生時代、父上が大学の先生として松本にいらした。そのとき、芸者置屋の二階を借りて住んでいらしたので、裕吾さんは美しいお姐さんたちにかわいがられて育つという、すてきな(あるいは教育上よろしくない)少年時代を送った。孟子と老子はかくも違うというべきだろうか。だから、裕吾さんは小沢昭一の話に共感できるとおっしゃる。

 小沢は、子供の頃、あまり強くはないけれど美男で人気の力士が贔屓だったので、千秋楽の打ち上げにつれていってもらったことがあった。そこで、後援会長である名古屋の遊郭の大店の女将のことばを聞く。
「関取、大髻を崩して勝つより、負けてもいいから様子よくやっておくれ」
それをきいて、なるほど相撲の世界には別の価値観があるのだと子供ごころに思ったというんだから、ませたガキだ。
「芸能的な由緒正しさの終幕」:2010年7月7日

 相撲は芸能であり、彼らは常人とははなれた異界をつくってきた。そういう世界があるほうが面白いじゃないか、しかし、この様子ではそれももう終わりだなあというのが小沢昭一のつぶやきならぬ嘆きだ。ちなみに、だいぶ前のことだが、丸谷才一も相撲は芸能だと山崎正和との対談で言っている。「半日の客 一夜の友」

 今回のできごとで、「賭博」をした力士や親方ばかりが責められることを、どこかおかしいと感じるのは小沢だけではないだろう。むしろ大部分の人がそう感じているはずだ。相撲取りが堅気の人間を博打に引きいれて借金地獄に放り込んだわけではない。力士たちはカモにされたのだ。金を賭けずに麻雀をやるやつがいるか、二十歳前に酒を飲んだことのないやつがいるかと、思わないやつはどうかしている。

 これを機会に相撲の世界を「健全」なものにしようという改革はなされるのだろう。だからといって、この出来事を突破口にして純粋な加害者たる暴力団そのものを壊滅させてしまうことはけっしてありえない。なぜなら、やくざは犯罪者の秩序を形づくる重要なしくみのひとつとして機能する側面があるからだ。

小沢昭一が「芸能的な由緒正しさの終幕」というとき、「由緒正しさ」とは日常の我々の世界からいえば社会的な規範からの逸脱という伝統のことだ。芸能は社会的規範や制度からの逸脱を特性としているということだ。秩序と、それからの逸脱とは対立するものではない。それは補完するものなのだ。社会的規範へ反抗しようとも否定しようともせずに、ことは彼らの世界のなかで完結させなければならないというのが不文律である。だから、お縄を頂戴しようとも異界に生きるひとびとは悪うございましたと頭を下げるばかりなのだ。パチンコは現金でなく景品だから合法にされているはずだが、必ずすぐ近くにある交換所を通り抜ければたちどころに現金になる。

 そもそも賭博そのものは決して悪ではないことは、国家が示している。なにしろ、国家が胴元になって儲けている博打には、競馬競輪競艇と数多い。悪いのは賭博をすることそのものではなく、国家や自治体を胴元としない賭博をすることなのだ。殺人でさえ、国家が制度のもとにおこなう死刑や無差別の空爆は正しい行為とされる。

 中世までは博打も芸能の一種だったと網野善彦は書いている。古代の中国から、戦の前には占い師の力を借りて吉凶を知ろうとした。占いと博打とは、ほとんど同じ根から成長したものだ。博打の多くは、寺や神社の境内で開かれ、寺銭ということばの起源になった。そういう小世界が幾重にも重なっている世界のほうが味わいがあると思わないか。相撲取りたちがトレーナーを着て、ファミコンだのパチンコなんかばかりで暇をやり過ごす姿を想像しても、ぼくはちっとも楽しくない。

■関連エントリー
「初めての相撲:場所と時代と四季」/MyPlace

投稿者 玉井一匡 : July 17, 2010 12:33 AM
コメント

玉井さん 私も全く、博打は嫌いです。それというのも、小学校に入る前、父母が芸者置屋の女将さんや旦那と夜じゅう麻雀をするのにつきあわされて、タバコの煙の燻る中に寝かされた思いがあるからでしょうか。それと人間国宝を招いたのは浅間温泉芸妓組合でした。個人で迎えるには財力がもちません。彼らは自分たちの本来の仕事である芸に誇りを持ちたかったんだし、実際にプライドを持っていたんだと思います。言い忘れましたが、加島の曾祖父は木場の材木問屋で、曾祖母は深川の芸者でした。そういう柔らか筋から固い面倒くさいやつが生まれてくるものです。
 ところで、玉井さんも勝負事は嫌いではないでしょう?サッカーだって一種の勝負事ですよね。私たちの中に、自分の応援するものが勝ってほしいというのは本能的にありますよね。賭け事の好きな人たちに取ってその勝ち負けごとのすべてに賭けは存在していますね。また、試験である点数以上取ったら好きなものを買ってやるなどというのもありますね。
 辞書を見ると、博打の木というのがあります。木の皮が剥がれて裸になるのを、博打に負けて丸裸になることを例えて名前がついたとあります。博打を禁止した裏には、この丸裸になって家族に迷惑が掛かることを禁止しようとしたのではないでしょうか。このような法律が一人歩きして、マスコミは相撲のような世界での狭い話を大きく話題にして徹底的に取材する。取材をすればぼろは幾らでも出てきますよね、あのような小さな社会なのですから。あるブログに「暴力団の資金源が賭博や賭場なのはむしろ健全なんだ。それを潰しやすいからって目の敵にするから麻薬いったり闇金いったりフロント企業としてインサイダーやったりするんだよ。」というのがありました。
 元貴闘力が言ってたのはたしか、大鵬の跡を継いだがその横綱の名を汚すことになったから引退し、離婚してひとりで暮らすということだったと思います。もし私が仕事を失い、そして家族も子供も失い、ひとりになったら多分生きていく力をなくしてしまうのではないでしょうか。家には新聞もテレビもないので、部分部分しかわからないので申し訳ありませんが、この貴闘力に悲哀を感じたマスコミはあったのでしょうか。その彼を助けるべく力が働いてもいいのではないでしょうか。たかだか博打でここまで失っていいものでしょうか、たしかにばかなことだとは思いますが。それとも貴闘力はさらに博打にのめり込んでいくのでしょうか。
 たしかに博打の好きな人には玉井さんのいうような性格によるものがあるかもしれません。貴闘力のようなかなりまっすぐな人か、もしくは物事を綿密につめる人が博打に向いているような気がします。わたしたちのような理屈っぽい人間はあまりむかないように思います。そう言った意味では相撲のスタイルと関連があるとは思いますが、だから醜名の世界と関係があるかと言われるとどうでしょうか、あるもないも両方がいえるようなきがします。。
 今回のことを思うとマスコミは、もう時代遅れになった相撲界に見切りをつけはじめたのではないかと思ったりもします。それまでさんざん国技として持ち上げた相撲にかれらが愛想が尽きた。そして徹底して批判をする。批判はもとのものがあって成り立ちます。ところが今回はその根幹さえもつぶしかねない勢いです。このマスコミがまるで生き物のように共鳴しあって過剰に批判を加える姿に、マスコミの怖さを感じます。その共鳴を玉井さんは偽善と言われたのだと思いますが、いかがでしょうか。
 最後に付け加えますが、浅間温泉の芸者衆も稽古の後は、芸妓組合がもつ温泉に入ったり(私たちのそこで朝風呂に入ってから学校に行きました)浴衣で涼んだりと、座敷前の彼女達にものんきな楽しそうな姿がありました。

Posted by: 加嶋裕吾 : July 23, 2010 09:46 PM

AKiさん
 東京というまちは、麻布にも上原にも高級住宅のたちならぶところばかりでなく下町のような一郭があるというのが面白いところですね。高台と低地でまちが構成されるという地形の特色が現れているのでしょう。小沢昭一が住むには、上原の下町のしもたやという屈折のほどが、なるほどという感じですね。
 世間に、ある種の意味を担わせられていることを、もちろん小沢昭一は意識しているでしょうから、その上でどういう家に住むかというのは、なかなか容易な選択ではないでしょう。
そういえば、渥美清が代官山の同潤会に住んでいたというのも、なるほど興味深い選択だと思いました。そして、ますます好感をもちました。

Posted by: 玉井一匡 : July 23, 2010 03:07 AM

上原三丁目の上原中学校に沿った道際に、小沢昭一の家がありました。それは上原という場所からすれば、場違いな下町風の「小さな仕舞た屋」という感じの家でありました。何度か、彼がそこから出かけるのに出会したことがあります。
その家を見る毎に、なるほど……彼はこんな家に住むのか、と思ったものです。しかし、その家もいつの間にか無くなり、いまでがは、飛び抜けてつまらない建物が建っています。

Posted by: AKi : July 22, 2010 07:13 PM

加島裕吾さま
 正直なところ、このエントリーを書くときに芸者さんたちの修行の厳しさについての想像力は、ぼくの頭の中からはすっぽり落ちていました。しかも、師匠の稽古には人間国宝の囃子方まで指導に招くほどの修行がなされていたとは思いもかけぬことでした。それというのも、格の高い置屋だったからのことでしょうね。
 芸者の世界と同じように、相撲の世界にも厳しい修行があって、それは常人では耐えられないほどのものであるとぼくたちは思っています。外国からやってきた若い力士たちが、短い時間で見事な日本語を身につける様子、あるいは下位の取り組みから番付が上がってくるにつれて、ただのデブでなくおそらくは筋肉を脂肪の下に秘めた、ある種の美しさが現れてくる。そういうありようのをみると、それまでの稽古を感じながら、背後にはいじめのようなものがあることを思います。

 今回、名前の出てきた力士たちの顔ぶれを見ると、じっくり組んで四つ相撲を取るというより、立ち上がり一気に攻める力士が多いように感じられたので、取り口と博打(語呂合わせみたいですね)には関わりがあるのではないかとぼくは感じました。つまり、今回のことは醜名の世界とまったく別の世界のことではないのだろうとぼくは思うのです。
 また、ある友人が、あれは改革をかかげる貴乃花を支持した親方たちを追い出すために、反貴乃花の連中がマスコミを動かしたのだと言っていましたが、自分たちの首を賭けて貴乃花を支持しようとした思い切りには、博打をうつこととどこかでつながるように感じます。その後の展開を見ると、なるほどと思います。

 念のために付け加えておきますが、私自身はいわゆる勝負事を好きではありません。麻雀は、何十年もやったことはないし、パチンコなど五回もやったことはありません。しかし、多数の人がやっているような賭事を、大変な犯罪のように言い立てるマスコミの偽善は、何を生むだろうかと思うのです。
 

Posted by: 玉井一匡 : July 20, 2010 11:07 PM

玉井様 私の過した子供時代をおかき下さり、恐縮です。ただ、芸者の置屋での経験は玉井さんの想像とは、かなり違うものです。というのは、信州の浅間温泉は当時約70人の芸者がいました。最盛期は120人と聞いています。この置屋に毎朝、若い芸者が通ってきて鼓や三味線の稽古をします。私と弟がこの稽古を見る時は正座をします。お師匠さんであるそこの女将は鹿革の扇子のようなものを持ち、太鼓のリズムを打つのです。その稽古が大変に厳しいものでした。そして、一年に何回か、歌舞伎の囃子方の人間国宝だった十一代目田中傳左衛門がやってきて、お師匠たちに稽古をつけるのです。その後に宴会となります。
 そのように、芸者衆はかなり厳しい修行を積んでいたのです。そして、芸者のその後は保証も無く、旦那が亡くなると細々と生計をたてるという、老いて師匠や役員になれない芸者の老後は寂しいものもありました。そのような華やかさの裏に生活をしたのです。ですから、小沢昭一がかいたような世界ではなく、私たちがいたのはもっと地味な厳しい修行の世界だったのです。私は、相撲もこの部分が忘れられてるのではないかと思います。芸の世界の修行は全く厳しいものでそれを過ぎると、初めて人前へ出れることを子供時代に知ったのです。私たち兄弟にも三味線を習わせろと勧められましたが、母がこのような世界に入られたら困ると、断ってしまいました。
 このような世界が芸能の世界で、それが普通の世界とは違うと思うのです。そこでの修行はある意味人々の裏を見ることでもあり、決して本人が主役であるものではありません。相撲とて、芸名が主役であり、既に個人を離れています。そしてあのような賭博をするのは個人のほうなのです。芸者が禁じられた恋をするのも個人の方です。個人の教育の問題で、ここに混同があります。
 そしてあのような味わいが忘れ去られていく、これはどうしようもないものだと思います。ではあの世界をどうしようと言うのでしょうか。公式で明確な会計のもとに厳しい修行を積んで、清らかな生活を送り、老後が保障される。これはいいことですが、その裏の失われていくことは小沢のように口を濁して、その塩梅が現代の尺度でははかれない以上、過ぎ去ってゆくことだねと言うしかないのではと思います。ここはけっしてきれいだけの世界ではないのですから。

Posted by: 加嶋裕吾 : July 19, 2010 06:24 AM
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