July 22, 2010

岩城里江子 求道会館ライブ

OkaeriSnowballS.jpgClick to PopuP スノードーム

 7月18日、本郷の求道会館に行った。
「レコ発ライブ」って、なんだろう?とはじめにチラシを見たときには思ったのだが、岩城里江子さんのレコード(CD)発売記念ライブなのだ。
 この日、ぼくは夜に新潟に行かなければならないので、しごとの切れのいいところで出ようなんて思っていたら気づいたときにはもうあと20分で開演という時間だ。あわてて南北線の地下鉄に跳び乗って「東大前」で下車、Googleマップを開いたiPhoneを片手に走っていくと、木造三階建ての下宿屋・本郷館がまだあった。解体されるといわれて見に来てからずいぶん経つのに、まだ生き延びたのかと安堵するが、「私有地 立入禁止」と書かれている。見学者が多くて迷惑しているのだろう。求道会館はその一軒おいた隣だ。

 玄関前にふたり、若者がいた。「はじまりました」と言ってくれる。一曲目が終わったらはいりますというのに、大丈夫ですとドアを開けてくれた。正面の中央にアコーディオンを抱えた里江さんが、満員の聴き手を前に演奏している。背後には、阿弥陀像だろう仏像が六角形をなす祭壇の中央にある。建物を一度見に来たことがあるのに、なんだか不思議な気がした。あとになって考えると寺院では僧が祭壇に向かってお経をあげるのに、里江さんは阿弥陀様にお尻を向けて人間たちに笑顔を見せているからだったのだろう。
 二曲目との間に、ふたりの娘たちといっしょにベンチにすべりこんだ。キリスト教会のような建物だが浄土真宗の建物なのだ。求道などと、肩に力の入った名称の会場で彼女がライブを開くことになった経緯をぼくはまだ聞いていないが、演奏を聴いているうちに、ここがふさわしいことだったと感じはじめた。僧が仏よりもひとびとに向かって語ること、僧でないひとも人々にむかって語りかけることとこそ、創設者がここをキリスト教会のような場所にした意図なのだろうと感じたからだ。

OkaeriPoudcakeBoyS.jpgClick to PopuP
 里江さんのCDのタイトルは『O-KA-E-RI』という。この一年間、ライブをせずに見たり感じたり聴いたり曲をつくったりして過ごしたあとに戻ってきたから、「おかえり」なのだ。
しかし、ふつうなら「ただいま」っていうだろうに自分に自分でおかえりなのか?ということに気づいたのは、数日後のことだった。この人のばあい、それが不自然なことに感じない。「おかえり」って言ってくれるたくさんのひとたちの立場に立っているからなのだろう。ステージにいる里江さんのほかに、向きを変えてもうひとりの里江さんが客席に座っているのだ。そういえば、「アコーディオンは鍵盤が演奏者には見えないんです。わたしは目をつぶって弾くから同じことですが」といっていた。もしかすると、このひとは演奏者である前に自分が聴き手だと思っているのではないか。文字を逆向きに読むと「RI-E、AKO」になるんですなんてことも言っていた。(「アコ」はアコーディオン)あちらからもこちらからも見るのが好きなんだね。

 あたりまえだが曲目は大部分がCDからの曲で、アコーディオンとのなれそめからメコンやハワイへの旅を話しながらの演奏がここちよい。音は演奏者からだけでなく上からもよこからも後ろからも、身体に染みこんでくるようだったのは、キリスト教会のような空間のせいなのかもしれない。アコーディオンは笙の笛がルーツらしいと、よく彼女は話すのだが、ぼくは、どこかで読んだことだったかやはり里江さんの話だったのか、そのむかしバグパイプの代わりに船乗りが持っていくようになったという話を思い出す。ひと月ほど前に、ぼくは初めてバグパイプを近くで目にしてちょっとだけ触らせてもらった。

 スノーボールを作ってもらったんだときいていたので、会場で実物をみつけるとすぐに手に取ってみた。雪ならぬ桜吹雪が、スキップをする里江さんに降り注ぐ。これは、スノーボール作者である友人がジャケットの写真からつくってくれたという。ジャケットの写真も友人の松浦範子さんがイラクに出発する寸前に撮影してくれたから夏に桜吹雪になったそうだし、おみやげにひとつずつ渡してくださったパウンドケーキは友人が焼いたものをその息子さんがずっと籠に入れて捧げ持って配ってくれた。たくさんの人たちがよろこんで支えている。
音楽も、ひとも、そして場所も、とても気持ちのいいライブだった。いつもの演奏がエネルギーに満ちたものであるとすれば、この日のライブはおだやかな風のようだった。

 会場の求道会館は、名称をまっすぐそのままの建築で、浄土真宗の僧・近角常観が、建築家武田五一に設計を依頼して設立された。おそらくキリスト教会における牧師と信者のような関係を仏教寺院にもつくりあげたいと考えられたのだろう。信長にさえ立ち向かった浄土真宗の門徒は、当時のキリスト教の影響も受けなかったはずはないのだから、もしかするとこういう形式の仏教教会がかつてはつくられていたのかもしれない。近角常観の孫にあたる近角真一氏が中心になって修復し東京都指定の有形文化財の指定を受けた。・・・などと知ったふうなことを書くけれど、ぼくがこの建築を知ったのは友人が教えてくれたからで、近角真一氏が学生時代一年後輩だったから、なおのこと興味をいだいたのだった。
 公式サイトによれば、設計に12年かけたが工事には6ヶ月、40年ほど使われたのち44年閉鎖され6年をかけて修復、今年で6年になる。
この時間の流れ方と、ここに注がれたもの、ここが生み出したもの。まわりのまちといいこの場所といい、ぼくはいつのどこにいるのかをすっかり忘れた。

■関連エントリー
O-KA-E-RI/aki's STOCKTAKING
O-KA-E-RI/kai-wai散策
荘厳なステージへO-KA-E-RI/LOVEGARDEN
ただいま/う・らくん家

投稿者 玉井一匡 : July 22, 2010 11:35 PM
コメント

わきたさん
 親鸞聖人は寺にとどまらず、あちらこちらと教えを広めるために奔走した人なのでしょう。教授と通ずるところがあるかもしれませんね。
新潟の田舎の方では・・・ウチのほうはということですが、盆暮には檀家がお中元や歳暮を包んでお寺にご挨拶に行きます。座布団が二、三十枚くらい周囲に並べられている広い部屋に住職か奥さんがいらして、三十分か、ときには一時間くらい、そこにいるひとたちと四方山話をしてくるのです。普段は会うことのない人たちと話をするのが、ぼくはちょっと好きです。

Posted by: 玉井一匡 : July 26, 2010 04:18 PM

親鸞聖人と親しいわけではありませんが、親鸞聖人のことは、今の職場に異動したことをご縁に、いろいろ勉強させていただいています。念仏が禁止となり、親鸞聖人は越後に流されたことから、真宗が盛んということなんですね。いつか親鸞聖人の足跡を訪ねて新潟を訪ねてみたいと思っています(出張では新潟にいくことはありますが…プライベートではないもので)。東京では、求道会館にお付き合いいただけるとのこと、ありがとうございます。楽しみにしています。

Posted by: わきた・けんいち : July 26, 2010 09:58 AM

iwakiさん
 ごめんなさいというか残念なことにというか
上に書いたように一曲目の前半を聴きそこなってしまいました。
でも、きもちよかった。
WUUでも満員だったと、さるところからうかがいました。
順調な出足ですね。

Posted by: 玉井一匡 : July 24, 2010 02:29 AM

わきたさん
 わきたさんが、龍谷大学の教授であることをすっかり忘れていました。
親鸞さんとは親しい間柄だったんでしたね。
新潟では大部分が浄土真宗で、ウチもその例にもれません。
わきたさん、今度東京にいらしたらこの求道会館にいらしてみてください。つきあいます。

Posted by: 玉井一匡 : July 24, 2010 02:18 AM

>ステージにいる里江さんのほかに、向きを変えてもうひとりの里江さんが客席に座っているのだ。

シビレました~この発想・・・うっとり。さすがの玉井父さんです。先日はご来場ありがとうございました。そしてこのうっとりエントリーもありがとうございます。
読むたびに、自分のあの日の演奏の格が上がっていくような気さえ起きてしまうような・・・(いや、錯覚だ!)

翌日の柏はものすごく現実感があったのですが、この日はまことにつかみどころのないふわふわとしたふしぎな時間でした。
阿弥陀様にお尻を向けて、だってMCで突っ込もうと思ってたのに、すっかりうっかり・・・とほほ。
でもみーんな笑っていて、幸せだったなあー。(わきたさん、帰りに覗いたら阿弥陀様は微笑んでらっしゃいましたよーーん)

残念ながら玉井さんがご存知の近角さんは外出されていたのですが、奥様は二階でずっと聞いてくださっていて、そのシルエットが黒く浮かんでそこだけしっとりしていました。
(わたしだけ、ステンドガラス越しに空をずーっとみておりましたー!ラッキー!)

一番前でカメラを抱えてくださっていたmasaさんやcenさん、友人たちの渾身のサポートでわたしにもものすごく気持ちのよい風の吹いた一日でした。
その風の中あのちゃりんこでガシガシ走ってみたいですね。

Posted by: iwaki : July 24, 2010 12:11 AM

玉井さん、こんぱんは。
「寺院では僧が祭壇に向かってお経をあげるのに、里江さんは阿弥陀様にお尻を向けて人間たちに笑顔を見せているからだったのだろう」っていうのに、大笑いしました〜♪でも、阿弥陀様も親鸞聖人も一緒に笑っておられると思います。

Posted by: わきた・けんいち : July 23, 2010 11:03 PM

masaさん
 ライブのあとなのですか。だから、さっさと帰っちゃったの?
でも、あのあたりはこういう自転車で移動するのに向いていますね
さきほど、来客とスイス陸軍の軍用自転車の話をしましたが、あっちは銃をとりつけるところなんかがあるそうで、彼はしきりにほしがっていましたが40万くらいするようです。変速機はあるのでしょうか。
おっと、里江さんのエントリーなのに自転車の話題で盛り上がってどーする!!! 里江さん、ごめんなさい。

Posted by: 玉井一匡 : July 23, 2010 05:36 PM

玉井さん、僕もたったいま、後追いになりましたが、関連エントリーをしました。ところで、cenさんのロングテールバイクの写真は、お察しのとおり、このライブの後に撮ったものです。

Posted by: masa : July 23, 2010 01:33 PM

masaさん
なーんだ、そうだったんですか。masaさんは二階席にいるだろうと踏んでいたから上を見ると海津研がビデをカメラをもっている姿しか見えないし、一眼レフのパシャッタ音が聞こえなかったから、masaさんどうしたろう体調が悪いのかと思っていました。
 娘たちは、せっかくだからCDにサインをしてもらう、でもほかの人を先になんて言うし、研ちゃんととひさしぶりで会ったから彼らは話していたり、ぼくは建築を見て回ったり、まったく別ルートの知人が妻子をつれて来ていて話しをしたり、いつのまにか最後の数人になっていました。
もしかしたら、cenさんが長い尻尾にまたがる安田講堂前の写真は、あの日の前に撮ったものなんですか。

Posted by: 玉井一匡 : July 23, 2010 11:58 AM

な、なんと、玉井さん、会場にいらしたのですか!?
僕はcenさんと一緒に一番前の席に座っていました。そしてずっと「玉井さんがいらっっしゃるはずだ...」と、二人で後ろを振り向いたりしていたのですが...探せずじまいでした。が、そういう事情だったわけですね。
また、ライブが終わった後に、CDを買ってリエさんにサインをもらおう...などと思っていたのですが、あの盛況...。cenさんと「こりゃリエさん、対応の大忙しだから、僕らはこのまま引き上げよう...」と、そのまま会場を後にした次第です。ということで、何とあの、そう大きくはない会場でスレ違ってしまったようですね。

ところで、リエさんの音ですが、雑味が無い...ということを強く感じました...。

Posted by: masa : July 23, 2010 10:43 AM
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?