September 27, 2010

「ミッドナイト・ララバイ」:サラ・パレツキーと村木厚子氏

MidnightLalaby.jpgミッドナイト・ララバイ/サラ・パレツキー著・山本やよい訳/早川書房(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 女私立探偵のハードボイルド小説作家としてスー・グラフトンについては以前に「ロマンスのR」をエントリーしたが、彼女とならぶサラ・パレツキーの新刊を読み終わった。
 いつもどおり密度が高い構成で、時代のかかえる問題を衝くテーマに正面からぶつかり、けっして期待を裏切ることがないので、広告で知ってからずっと待っていた。この写真は、書店の包装紙で表紙を覆われたままにした。安っぽい漫画のようなデザインで内容まで安っぽく見えるのが耐えがたいからだ。「ミッドナイト・ララバイ」なんていう甘ったるい日本語タイトルの原題は「HARD BALL」だ。とはいえ、いつもは単行本を出してしばらくして文庫になるのに、今回、早川はいきなり文庫を出してくれた。

 主人公の探偵ヴィク・ウォーショースキーは、かつて刑事弁護士だったが仕事に嫌気がさして探偵に転じた。シカゴのサウスサイドに生まれ育ったが、そこは貧困や黒人たちのすみついた工場地帯だったから、社会をさまざまに分かつカテゴリーの境界を間にして生じる矛盾をヴィクはするどく感じ取り、それに対して強くときに過剰に反発する。たとえば白人と黒人、金持ちと貧乏人、権力を持つ者と持たざる者、さらに男性と女性。
 その境界のウチとソトのつくりだす不平等をなくすために作れたはずの法そのものも、それによって護られる者と護られない者・支配する者と支配されるものをつくりだすということについて、ヴィクは我慢がならない。だから境界の存在をいつも嘆きつつも、かえって気持ちを奮い立たせて行動の原動力に変えて、有利な立場を利用するやつらに果敢にあるいは無謀に戦いを挑まずにいられない。

 警察官・検事という人々と被疑者の間には、とりわけ堅固な境界があって、極端なワンサイドゲームをおこなわれることが法によって容認されている。そこでは、一方が相手を監禁して情報を遮断し、強者は望むとおりの言葉と態度をひきだすことができる。それは、国民を護るためにつくられ容認された徹底的に不平等な法なのだ。それを、おのれという一個人のために、あるいは、ある集団のために利用しようとすればどんなことでも可能になってしまうのはあたりまえのことだ。
 そういうことをするやつらに我慢のならないヴィクは、真実や公正よりも利益を第一に考えるマスコミ、警察や検察とも対立を繰り返すから、自身がいつもあぶない立場に立たされる。にもかかわらずそういう生き方を保ち続けられるのは、身のまわりや遠くにさまざまな友人たちがいるお蔭なのだ。ヴィク自身がそうであるのはいうまでもないが、彼女たち彼らは、みなそれぞれにとても魅力的な人たち。シリーズものの推理小説は、登場人物が魅力的でなければつづけられないのだ。

 いま、こうしてヴィク・ウォーショースキーをみると、村木厚子さんのことを思わずにいられない。検察官いや検察そのもの、もしかするとその上位にあったものたちの意図によってなされた証拠捏造で、突然、犯罪者に仕立てられた彼女の無念と絶望、やり場のない怒りが思い浮かぶからだ。彼女の勤務した厚生労働省とは、皮肉なことに不公正の被害者を応援するための部署だ。
 村木氏が、獄中で読んで勇気づけられた本の二冊のひとつに、ウォーショースキー・シリーズの第一作「サマータイム・ブルース」の一節をあげている。無罪判決直後の週刊朝日(9月24日号)のインタビューだ。「ミッドナイト・ララバイ」が本屋に並んだのはさらにそのあとだが、もしかすると彼女は店頭に並ぶ前にこの新作を読んでいたかも知れない。これまでのシリーズの中でもヴィクの本領がもっともつよく発揮されているし、村木氏のおかれた状況と重なるところが多い。

 いま、サラ・パレツキーは国際ペンクラブの大会に出席するために日本に来ている。それに合わせてこの本が出版されたそうだ。だとすれば、パレツキーと村木氏の対談を実現して本にほしいものだ。それを考えつかない編集者がいるとは思えないから、近い将来にそれを読むことができるかもしれない。

 ぼくが週刊朝日を読みはじめたのは、秋山さんからの電話によるすすめのためだった。大新聞やテレビ局による反小沢キャンペーンに対して、ブログやtwitterなどの新しいメディア、週刊誌などの非記者クラブメディアを通じて上杉隆岩上安身らが展開する主張、つまり、小沢バッシングは、既得権益を守るために官僚+大マスコミの連合体によってなされているのだという指摘を読むべきだと秋山さんは力説した。ぼくは、テレビや新聞の報道をそのまま信じようとは思っていないが、twitterは何ヶ月も開いていないし週刊誌は生まれてから10冊とは買ったことがなかった。菅直人が消費税10%を言い出したのは官僚と結託したからだとtwitterに書かれていると聞いたのも秋山さんからだった。

 週刊朝日に引用されていた「サマータイム・ブルース」の文章はつぎのような件りである。
「あなたが何をしたって、あるいはあなたに何の罪もなくたって、生きていれば、多くのことが降りかかってくるわ。だけど、それらの出来事をどういうかたちで人生の一部に加えるかはあなたが決めること」

投稿者 玉井一匡 : September 27, 2010 11:47 AM
コメント

大山さま
 サラ・パレツキーが、短歌にどう参考になるのだろうかと不思議に思い、大山さんのブログを開いて納得しました。こういう短歌だったんですね。
私は、ちょうど今もサラ・パレツキーの新作「ウィンタービート」を読んでいるところです。いつもながら人を踏みつけにするやつらに強気で挑むヴィクに共感しつつ心配しています。タイトルと表紙カバーのデザインの安っぽさは、なんとかならないのかという思いは毎度のことですが。
 もしもヴィクが日本にいたら、東電を相手にどんな風に戦ってくれるかとも思います。

Posted by: 玉井一匡 : September 20, 2011 04:09 PM

今日の短歌を詠むために、参考にさせていただきました。ありがとうございます。

Posted by: 大山千恵子 : September 19, 2011 03:47 PM

aiさん
 ぼくも、彼女の小説は全部読んだと思いますが、シリーズでも屈指のできです。ぜひお読みください。
サラ・パレツキーが村木さんの話を聞いたら、きっと喜んでくれるでしょう。ぼくは、シリーズ一作目をちょっと眼を通してみたのですが、内容をまったく憶えていません。いま読んでいる本を終えたら、「サマータイム・ブルース」を読もうと思っています。

Posted by: 玉井一匡 : September 27, 2010 06:33 PM

サラ・パレツキーは昔大たい読んで既に古本屋に売ってしまいました!(^^)!
新しい本が出ているのですね。本屋にはしらなきゃ!
村木氏が獄中で読んで勇気づけられたというのはいい話です。
とんだ事件に巻き込まれ、ねつ造していたのが検察の人間というのが本当にドラマのようで信じられないと思っていたところですから・・・。

Posted by: ai : September 27, 2010 05:14 PM
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