October 10, 2010

彼岸花4:彼岸過ぎから

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 もうだいぶ前のことだが、すきな花だから彼岸花は以前にも一度エントリーしたことがある。(「彼岸花:両義的な偏屈」/MyPlace)こいつは毎年ふしぎなくらい正確に彼岸のころに花を咲かせるから日照時間を物差しにしているのかと思っていたが、今年はあきれるほどのあの暑さのせいなのだろうか1〜2週間遅れて彼岸が過ぎてから咲いた。気温の変化も関知して咲くのだろう。今日、新潟にやってきたら、鮮やかな草の緑を背景に一面にというには数が少ないが全体にちりばめられている。惜しいことにちょっと盛りを過ぎていたが、それでもきれいだ。この花は、よくみるとたくさんの花が茎を中心にして円を構成するように集合していて、線香花火が四方に火花を散らしているように雄蕊がのびている。

 うちの墓地に、ぼくはこの彼岸花を育てている。もともと二三カ所に球根があつまって、30cmほどの塊になっていた。球根は、毎年のようにふくらんでゆくから、周りの方にある球根は外へ外へと増えてゆけばいい。しかし、群れの中央では外にむかっては膨らんでゆきようがない。だから、上の方に膨らんで、地表に盛り上がってゆく。そういうのをみていると、豊穣というよりはあまりにも窮屈そうだったので、それを株分けしてやった。いずれは秋になると一面の彼岸花に墓石が埋もれるようにしたいとくわだて、縦横1mの格子の上に数個の球根の塊を植えた。いまはその途上あるから、身をよせあう数本ずつの花が1mほどの間をあけて散在している。
 

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 いなかのことだから、うちの墓は寺ではなく家の前の道路をはさんだ向かいに、カイヅカイブキに囲まれた3m×5mほどの一郭に墓が7つ建っている。ひところ、父が墓に凝っていた時期があって、「**家先祖代々之墓」というのはいけない本来はひとりにひとつずつ墓を建てなければいけないのだと主張していたが、自分の順番が近づいてきたので何か思うところがあったようで「玉井家始祖歴代之墓」という七つめをつくった。
 以前に親戚の家の墓が30以上もあったのをひとつにまとめたことがあったが、うちもひとつにまとめたいと母は口癖のように言う。たしかに、あまりたくさんあるとついつい億劫になってしまうのだ。

 ちなみに、7つの墓の内訳は、ぼくとの関係で表記するとつぎのようなものだ。
1)始祖歴代 2)曾祖父母 3)祖父 4)ぼくの姉妹 5)そのむかしに間引きされたり、もう少し近いむかしに中絶されたりした子たち 6)歴代の先祖やぼくたちに迷惑を受けた人々 7)かかわりのある生き物たち

 ぼくたちに食われた生命たちは、7)の墓に入っているのだろうか。
この地方、それとも浄土真宗がみんな莊なのかもしれないが、墓に入れる骨は骨壺にいれない。納骨の時には骨壺から骨だけを注ぎ込む。骨を入れるところの底は土になっているから、骨は文字通り土に還るのだ。だから、そのうち僕の肉体は土になり窒素やカルシウムが彼岸花の一部になるのだ。
DNAの存在や、生命を動的平衡ととらえる生命観は、じつは始祖歴代だの**家先祖代々の墓という考え方が必ずしも鬱陶しい家制度のしるしというわけでもないように感じさせるようになった。

■関連エントリー
彼岸花1:両義的な偏屈
彼岸花2:冬/記号としての緑
彼岸花3:窮屈な成長

投稿者 玉井一匡 : October 10, 2010 11:36 PM
コメント

AKiさん
さっそく、佐賀井さんのブログに行きました。
きれいですね。あそこには、行ってみたいと数年前から思いながら、いまだに行っていません。じつは、いつかはあのような一面の彼岸花にしてやろうと思っています。

Posted by: 玉井一匡 : October 20, 2010 01:03 PM

佐賀井君のブログ studio SHOH に、すばらしく立派な彼岸花の写真があります。
http://shoh.sub.jp/aaa/2010/10/post-5.html

Posted by: AKi : October 20, 2010 09:48 AM
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