December 05, 2010

卵をめぐる祖父の戦争

「卵をめぐる祖父の戦争」デイヴィッド・ベニオフ 著, 田口俊樹 (翻訳) /ハヤカワ・ポケット・ミステリ

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 ひと月ほど前にaki's STOCKTAKINGのエントリーでこの小説を知って読みたくなったが、読みかけの本があったのでとりあえず図書館のウェブサイトに予約した。忘れたころに知らせが来た。
この本を読み始めたとAKiさんへのメールに書いたら、さっそく電話が来た。
「・・うふふ、どこまで読んだ?」・・・AKiさんが大好きな物語だから話したくてウズウズしているのだが、読んでいないヤツにあまり話せない隔靴掻痒が手に取るようにわかる。
 はじめの状況設定だけで当時のレニングラードの様子と戦争そのものへの批判的な姿勢をのみこませてしまう着想が見事だ。原題の CITY OF THIEVES(盗人たちの都市)よりも「卵をめぐる祖父の戦争」という日本語のタイトルの方がずっと魅力的に感じた。・・・物語に入り込みはじめたばかりだったぼくは、そんなことを話した。

 この戦いは、極寒のスターリングラード(サンクトペテルブルク)をナチスドイツ軍が包囲して補給を断ち、市民とソ連軍を窮乏に追い込もうとしていたということぐらいしか、ぼくは知らなかった。AKiさんの頭の中では、大好きな戦車T-34キューベル・ワーゲンなどが走り回っているのだろう。ぼくは、12個の卵が並ぶ表紙のデザインが気に入っていた。ほら、原作とならべて較べれば、こっちの方がいいでしょ?・・・その後も、二日続けてAKiさんの電話があった。

 早川書房のポケット・ミステリー・ブックは裏表紙にあらすじが書かれているけれど、ぼくは読む前にストーリーを知りたくないので本文を読み終わってから目を通すことにしている。自分でネタをバラしたくないが、多少の説明をしないとAKiさんとの会話ほども話すことができないから、そのあらすじをそのまま引用してしまおう。

・・・「ナイフの使い手だった私の祖父は十八才になるまえにドイツ人をふたり殺している」作家のデイヴィッドは、祖父のレフが戦時下に体験した冒険を取材していた。ときは一九四二年、十七歳の祖父はドイツ包囲下のレニングラードに暮らしていた。軍の大佐の娘の結婚式のために卵の調達を命令された彼は、饒舌な青年兵コーリャを相棒に探索に従事することに。だが、この飢餓の最中、一体どこに卵なんて?ーーー戦争の愚かさと、逆境に抗ってたくましく生きる若者たちの友情と冒険を描く歴史エンタテインメントの傑作。・・・

City25thHour.jpg 目をそむけずにいられない残酷なエピソードがところどころにあるのに、読後には爽快感が残った。残酷は、この時の物資の窮乏のほどとナチスのふるまいを伝える。それを主人公と読者が乗り越えられるのは、相棒のコーリャが徹底した自信家で楽観主義、絶えることのない下ネタ混じりだが饒舌なインテリであることも効果的だが、それにまして物語の構成が複雑で巧みなのだ。凝っているけれどわかりやすい。

 物語の書き手はデイヴィッドという小説家、この本の著者と同じ名だ。プロローグは、フロリダに移り住んで隠居生活を送る祖父を訪ねてレニングラード包囲戦の話を聞くところから始まる。「現代ー悠々自適の老人ーフロリダ」という時間・人間・空間の組み合わせが、「1942年ー少年ーレニングラード」という組み合わせと重なりかみあってつくられる世界がおもしろいんだ。ナチスドイツとスターリンソ連の作り出す凄惨で凍てつく寒さの世界の物語も、フロリダという未来が約束されていることをぼくたちは知っているから楽しむことができる。
 プロローグでは地の文の語り手デイヴィッドは「私」と書かれているが、物語の本文に入ると祖父のレフが語り手になって「わし」になる。彼は物語の中では17歳のレフだが、現代にいて1942年のできごとについて話している語り手としては、すでに老人なのだ。「わし」を目にするたびに、これは昔の話だということをぼくは再確認して、すこし安堵する。英語はどっちにしろ「I」なんだから、「わし」を選んだのは、もちろん翻訳者のしわざだろう。

 読後感が爽快なのは、これが戦争そのものについての物語であるよりはレニングラード包囲戦を背景にした青春の冒険物語だからだろう。青春は、己が何ものであるか、つまり世界とは何であるかを知ってゆくことだ。大佐の娘の結婚式のための12個の卵を手に入れるという、平時ならさしたる価値のないもののために命がけの行動に踏み出さざるをえない理不尽にあって、レフはすこしずつしたたかに変わってゆく。ぼくたちは、その体験をレフと共有することがうれしい。

 この著者のデビュー作だという「25時」(原題:The 25th Hour)は、スパイク・リーが監督した映画ギンレイホールで観た。これも、翌日の25時までの一夜という圧縮された状況を描いて、緊迫感に満ちていた。本はまだ読んでいないが、日本語訳は新潮文庫の「25時」がある。
この小説も、きっといつか映画になるだろう。

 この本は、自分のものとしてそばに置いておきたいと思った。紙を重ねた小さな直方体の中にある世界を、ぼくのものにしておきたいからだ。このごろ、amazonはもっぱらインデックスとして利用して、多少とも本屋の役に立つように店に行って買うことにしている。

■追記
amazonのCITY OF THIEVES のレビューを見たら、表紙の絵でふたりが雪の中を歩いている先にニワトリがいると書いてあった。絵を拡大してみるとなるほどその通りだった。もしやと思ってニワトリの足跡の数を数えると・・・12だ。卵の数と同じではないか。日本版のデザインの方が、ずっと上だと思ったが、あちらも頑張っているのだ。

投稿者 玉井一匡 : December 5, 2010 03:14 PM
コメント

AKiさん
 ぼくは戦車が特別に好きというわけではないし、戦争のこともろくに知りもしないのに、この物語がとても好きになりました。
この小説には普遍的な魅力があるからなのでしょう。少年が、世界の両端にあるguerreとgirlに正面からぶつかるのだから、世界の大部分が見えるようになるのはあたりまえかも知れない。それを、魅力的に描けるかどうかが問題なのでしょうが、この物語では人間がそれぞれにとても魅力的につくられているんですね。

Posted by: 玉井一匡 : December 7, 2010 03:13 AM

この物語の底に流れるのは、Boy meets Girl……、という永遠のテーマなんでしょうね。
独ソ戦、レニングレード攻囲戦という過酷な状況の中でも、やっぱりね……と安心できるのが、いいですね。

Posted by: AKi : December 7, 2010 12:15 AM
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