April 03, 2011

たんぼ沿いの土筆・川べりの桜

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 地震であれ津波であれ、自然の尺度では日常的な活動にすぎないものが人間の世界にとってはおびただしい被害をもたらす災害になった。それがまた技術の愚かさを露わにする大きな災難を導いた。それでも、自然は着々と季節の変化をすすめてゆく。
 新潟では、福島から避難してきた人たちを近くの体育館でも受け入れているが、ショッピングセンターではにぎわいも棚の商品も普段と違いがないし、まちの雰囲気も東京のように活気のなさは感じられない。県庁に勤めている隣のTさんにそう話したら、新潟県は全国でも一番多く避難のひとたちを受けいれていると教えてくれた。夜中でも、震度5を超える地震がくれば彼はすぐに県庁に行く。新潟は、災害への備えを日常生活のかたわらにいつも置いているようだ。

 火曜日に新潟から東京に戻ろうとしてバス停に向かっているとき、低い位置にある田んぼと歩道をつなぐ斜面に、まだ多くの草たちが冬枯れの葉をのこしているのに土筆が顔を出し埋めつくしていた。まだダウンパーカーがほどよく感じられるほどの冷たい風にも、春はもうやってきているのだ。
 カメラを取り出して写真をとったから、遅れを取り戻すべく走ったけれどおよばず、あと50mというところでバスが発車して、ぼくは新幹線の予定を一本おくらせた。

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 金曜の朝、事務所にゆく途中の神田川べりの桜並木が、つぼみを開きはじめていた。いつもの春とおなじように、数本の木からクルクルクルと竹とんぼのように花びらを回転させながら一輪一輪と桜が舞い降りて、道路に春を散りばめていた。ぼくも、いつもの春のように帽子を左手にとって、一輪ずつ花をあつめた。見上げれば、二羽のスズメが枝をあちらこちらと渡りながら花をつついては落としている。毎年のように。

 東北にも、やがてさくらの春がくる。地震と津波がなにもかも奪い去ったが、それでも奪い残したさいわいがいくつかある。これから春に向かおうとする季節もそのひとつだ。桜の花の下にブルーシートを広げて綱を張り大声で酔っぱらう花見は風流からはるかに遠いが、さりとて、津波は天罰だと暴言を吐いた知事が掌をかえすように花見は自粛すべきだなどと言えば、きみにそんなことを言われる筋合いはないと思わずにいられない。
 それよりもむしろ、花と再生の季節に際して、日本と世界の骨格をつくるための大きな目標を提示すべきではないか。自然環境を破壊しない(原子力に依存しない)エネルギー形式、そしてエネルギーやモノを無駄に消費しない生活形式を目指して再出発しようというだけでいい。北国の春をともによろこび楽しむ花見をその出発点としよう・・・そんな発言に多くの人たちが応え、実現のための具体的な行動に立ち上がろうとする。それほどの信頼を得ることのできる人が、どこかにいるはずだ。

■関連エントリー
岩波書店の英断!世界1月号PDF公開/MADCONNECTION 3月28日:世界1月号の『特 集 原子力復興という危険な夢』をPDFで公開しているというエントリー。
ここでは、風力や太陽光発電の可能性についても論じています。
■関連ウェブサイト
「世界」1月号/岩波書店:上記のエントリーからのリンクと重複しますが念のために

投稿者 玉井一匡 : April 3, 2011 04:21 PM
コメント

光代さん
 そうですね。インターネットというものは、どこかが中心というのではなくすべての発信者が同時に受信者でもあり、すくなくとも可能性としてはだれもが同等の機会を持っている。ピラミッド型の頂点にリーダーがいてその指揮のもとに動き出すというのではないネットワークなのでした。地中海南岸の国々で短いあいだにあのような変化を生むことができたのも、そういうネットワークのおかげでした。
 そういう形式は、おそらく、傑出したリーダーがいないかわりに大部分の人間がある程度の力をもっているという日本のありように、とても合っているのかもしれませんね。それを磨きましょう。

Posted by: 玉井一匡 : April 4, 2011 02:22 AM

きっと 誰でも知っている人ではない人達が(できれば私達も) コツコツと本気の再出発のために動くのだと思うのです。
「信頼を得る事のできる人」になるべく 毎日 ほんのほんの少しでも 先に進みたいと思っています。
そんな時、玉井さんのブログは いつも私にエネルギーをくれるのです。

Posted by: 光代 : April 3, 2011 11:08 PM
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