May 01, 2011

「朽ちていった命―被曝治療83日間の記録」

KuchiteittaInochi.jpg「朽ちていった命」-被曝治療83日間の記録 /NHK「東海村臨界事故」取材班/新潮文庫

 小出裕章氏は、先にエントリーした講演の中で2枚の写真を見せて、この本と事故について触れている。
 1999年9月30日、燃料をつくる作業の途中でウランが臨界状態に達して放射線を発し、作業をしていた人たちがそれを浴びた。この本で焦点をあてる大内久さん(35歳)は83日後に、もうひとりの篠原理人さん(40歳)は211日後に亡くなった。小出氏が見せたのは大内さんの腕の、事故当日と10日後の写真だ。当日は、ちょっと腫れているという程度だったものが、10日後には皮膚がすっかり剥がれている。原爆の被災者の皮膚がごっそり剥げ落ちるという記述は、何度か読んだことがある。それが、日常的な作業の過程で原爆とおなじことが起きたのだ。劇映画でさえ、ぼくは残酷なシーンでは目をつぶることが多いが、写真を見てこの本を読まなければならないと思った。
大内さんと治療に当たった医師団そして家族の、おそらくは敗北におわることを自覚した戦いを描いたドキュメンタリー番組をNHKが制作し、それを本にまとめたものだ。

 小出氏の話によって、原発が事故を起こせば想像をこえる広大な範囲に被害をもたらすこと、しかし、じつは原発をやめることは可能であることをぼくたちは知った。そしてこの本で、被曝したひとが想像を絶する苦しみを強いられた挙げ句に、たったひとつの命を奪われることを知る。

 福岡伸一の「生物と無生物のあいだ」は、生命とは何かという命題について納得できる説明をしてくれた。生物は、摂取したものを分子レベルまで解体して、それをあらたな細胞として構築してみずからを更新しつづけているのであると。

 放射線によって遺伝子をこわされれれば、細胞を再生産することができなくなる。とりわけ皮膚や粘膜、血液のような新陳代謝の活発な部分が機能しなくなるのだ。皮膚を「第三の脳」と呼んだ本も、かつて生命について新たな眼を開いてくれたが、大内さんは、放射線を受けなかった背中が健康な状態でありながら、照射された身体の正面は皮膚が再生産できなくなり、表皮のない状態のまま表面から体液が失われていき、体内への侵入者とたたかう細胞や血液をつくることができなくなった。細胞の再生産と外敵の排除という、生物の根幹をなす機能がうしなわれたのだ。
この事故の、大内さんの被曝量は20シーベルトとされた。

 何億年もの進化を経てつくられた、巧妙精緻のかぎりをつくした生命というシステム、それを含む自然というさらに大きなシステムを、ただ大量にお湯を沸かすというだけの単純きわまりない目的のためにつくられた原子炉という巨大な道具のために無残に踏みにじられるのだ。大規模な爆発が生じれば、何万の人間が大内さんの苦しみを味わう。あまりの不条理というものではないか。こんなものをつくり続け使い続けることは、どうみても間違っている。

■ 関連エントリー
小出裕章氏の講演とインタビュー/MyPlace
「生物と無生物のあいだ」/MyPlace
「第三の脳——皮膚から考える命、こころ、世界」/MyPlace

■ 関連ウェブサイト
高木学校:原子力の危険性について警鐘を鳴らし続けてきた高木仁三郞氏が科学教育のために設立した。そのホームページでは、放射線量は1ミリシーベルトをこえてはならないと訴えている。
よくわかる原子力/原子力教育を考える会・持続可能な社会をめざして・・・・
東海村JCO臨界事故/wikipedia
シーベルト/wikipedia:すっかりお馴染みになった単位だが、なにをどう表示するのかと考えるとよく知らないことに気づいてwikipediaをひらく。
生体の放射線被曝の大きさの単位だから線種によって重さをつけているのだ。通常の行為で受ける被曝量のリストがwikipediaに出ていて、単位はミリシーベルトで表記されている。
CTは7-20ミリシーベルトとなっている。だから現在の放射線量は大したことはないという文脈で語られるけれど、医療現場では「屋内待避」するほどの放射線を浴びせているという言い方もできる。
大内さんの受けた20シーベルトは20,000ミリシーベルトだから、とんでもない被曝をしたわけだ。

投稿者 玉井一匡 : May 1, 2011 06:00 PM
コメント
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?