July 19, 2011

なでしこの優勝

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 とうとう、なでしこJAPANは優勝してしまった。
 ぼくはほとんど眠っていないのに、興奮のせいかしばらくは眠れなかったが、8時ころには、快晴の太陽もまだすこしおだやかだったから、日なたで短パン一枚で眠った。11時過ぎまで綿のように眠ると腹・顔・足の前面が真っ赤に焼けていた。翼朝になって、ヒリヒリする痛みから、やっと解放された。
 グループリーグから決勝まで、これ以上考えられないほどの劇的な過程と結果だったから、ハードディスクからダビングしたDVDは、何度も見ることになるだろう。MADCONNECTIONのエントリーに、「男子A代表が常に監督の名を冠としたチーム名で呼ばれているのに対し、女子は大和撫子に因んで『なでしこ』をチーム名としている」ことについて書かれているが同感だ。男子チームは監督が代わるたびにゲームスタイルを変えてきたが、なでしこは同じ名称をもちつづけ、チームの一貫したアイデンティティーをつくりあげてきた。

 彼女たちが最後の最後まで力を振りしぼるのは、この大会に限ったことではなく、何年も前からこういう戦いかたを続けて、ワールドカップやオリンピックの代表権を手にしてきた。だから、ことし5月の遠征の2試合でアメリカ代表に連敗しても、「試合でつかんだものがある」と選手自身が言えば、そうなのかと信じられた。
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 PK戦で最後の一本を冷静に決めた熊谷は、出発前の韓国との親善試合では試合開始後すぐに頭を蹴られて交代しながら、保冷剤を頭に載せたまま試合を見続け、終了後に病院に行って何針も縫った。おかげでワールドカップのはじめの試合では、傷口をなにやら布で蔽って出場し、20歳の乙女としてははなはだ情けないカッパのような姿でプレーを続け、ドイツの新聞に勇敢を讃えられた。
 だれもがそういうギリギリの戦いを何年も続けて、ワールドカップの決勝で勝つまでレベルを向上させたのだ。

 男子のサッカーを向上させたのは、Jリーグの発足や芝生のスタジアムという環境の整備だったが、なでしこたちをこれほど粘り強くさいごまで全力をつくすようにさせたのは、皮肉なことに逆境だった。女子のサッカーチームは、会社の気まぐれな方針転換で、いとも簡単に廃部になってしまう。だから、所属チームを存続させるためには、とにかく代表チームで結果を出し続けなければならなかったから、最後まで力を振りしぼって戦ってきた。
この優勝で観客が増え、もっといいスタジアムで試合ができるようになり、サッカーをやる少女も増えれば、もう一段階なでしこが成長するだろう。

 サディスティックな猛練習で支配する監督がいるわけでもなく、選手たちひとりひとりが考えることで、あれほどの体格や身体能力の差をもつ相手に技術とチームワークで互角以上にわたりあえるいいチームができたのだ。なでしこの勝利によって、力ずくではないサッカーの可能性を世界に示した。
おそらくぼくたちの住む小さな島のくには、大きさや高さや単なる早さを競う力ずくではなく、鉄の規律でもなく、あたまを使うきめ細かな連携というのが、じつは性に合っているのではないだろうか。
なでしこ:撫子

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投稿者 玉井一匡 : July 19, 2011 05:30 PM
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