July 30, 2011

ツユクサの鉢植え

Tsuyukusa2S.jpgClick to PopuPTsuyukusa1S.jpg

 直径60cmほどの浅い植木鉢を道路際に置いてある。春になると苗を買ってきて一年草を植えるのだが、冬には植物がなくなってしまう。今年は何を植えようかと考えているうちにツユクサがふえてきた。それならいっそのこと、ほかの鉢に出てきたやつもここに集めてみることにした。それが、いつのまにかツユクサの集合になり、こぼれんばかりにふくらんで直径90cmほどの半球になった。

 犬の散歩、といってもクーは足がうごかなくなったので、道路のわきまで連れていって用を足させるだけのことで、そのあとに水を撒く。だから、横にあるツユクサにもシャワーをかけてやることにしているので、そもそもツユクサを育てようと思ったのは、クーのために毎朝目にするからだった。
 若い緑を背景に青が浮かぶツユクサの群生は、水を浴びたあとはなおさら、そこから涼やかな風がこぼれてくるようですがすがしく、ぼくはすっかり気に入ってしまった。花としては、撫子よりツユクサの方がすきだ。花をクローズアップした写真をさらに大きくしてみると、青と白の羽をひろげて降りてきた小さな蝶のような姿をしている。そう思って見ると、つぼみの入っていた鞘がサナギの殻のように思えてくる。

Tsuyukusa3S.jpgClick to Jump into wikipedia
 日の盛りのころになると、花びらが萎れてしまうのだが、夜に見ると、しおれた花びらはなくなっている。さりとて、あたりに落ちているわけでもない。どうもサヤの中にいったん戻るらしいと気づいた。そして、翌朝にはまた花を開くのだろう。ちょっとした発見にうれしくなった。サヤの中の花びらはどうなっているんだろうかという疑問を解決するのは、さして難しいことではない。サヤを切ってみればいいだけのことだが、いまのところ、まだその気にならない。

 毎朝、水を遣るほかにもうひとつ、することがある。ところどころに穴の開けられた葉っぱを摘んでやるのだ。摘んでやるというのはツユクサのためのような言いぐさだが、人間の勝手な手出しに過ぎない。穴をあけるといっても、全体にわたって7,8mmの小さな穴を散らすという程度だから、植物を枯らすことはない。5%くらいの面積を食べるのだから、植民地経営としては控えめな搾取だが、観察していると犯人はオンブバッタらしいと気づいてから、見つけると取るようになった。

 ツユクサは、ただの雑草として暮らしていたときには、小さな穴があいたくらいで葉っぱを切られることもなかったろうし、バッタも自由に葉を搾取することができたのに、気の毒なことではある。しかし、穴のあいた葉をとって形をととのえてやると、ずいぶん見栄えがちがうのだ。手をかけてやると、ますますかわいくなってくるのは、星の王子様とおなじだ。
 鉢植えとは人工である。人工とは文明である。ツユクサを鉢植えにして手を入れていると、人間はこうやって自然を飼い慣らしてきたんだなと、文明の発生さえ思ってしまうのだ。

投稿者 玉井一匡 : July 30, 2011 10:24 PM
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