September 19, 2011

「9.19 さよなら原発」

SayonaraGenpatsu.jpgクリック→公式サイトへ
 9月11日から9月19日にかけて、全国で脱原発のさまざまな集会やデモがおこなわれている。
ぼくはそのひとつ19日の「さよなら原発集会」に参加しようと思っている。主張にさしたる隔たりがない数々の行動が同じ日にある中で、ぼくがここに参加しようとするのは、おそらくここがもっとも多くの人が参加する行動だろうと思うからだ。

 福島原発の経過と今後について、近く首相が国連で報告する。世界の目が日本に向けられているいま、あらゆる脱原発の行動は、ひとつに集まって日本の国民の意志を世界に示すのがいいことはだれにも分かっているだろう。にもかかわらず行動が分散するのは、おそらく行動する側とそれを規制する側の双方に理由がある。行動側は、グループごとに主張に違いがあり、団体ごとの間には主導権争いのようなものがあるのだろう。それに対して、規制する側は上下関係の支配によって統率される一つの組織だし、つまらない法の後ろ盾があるうえに仕事なのだから、彼らはまとまりがいいのは当然のことだ。

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 日本でデモや集会がひとつにまとまることを阻んでいるのは、空間的な条件がある。日韓ワールドカップのときに、ソウルは十万人単位の人たちが市庁舎前の広場にあつまって韓国を応援したことが、チームを盛り上げた。アメリカでも、ホワイトハウスの前にある大きな広場で、公民権運動やベトナム反戦運動に人があつまった。しかし、東京ではそういう象徴的な広場にはひとを集まらせないように工夫をしている。外苑絵画館前広場はフェンスで囲って野球場にしてしまったし、国会前には警官がつねに目を光らせている。新宿西口に人が集まって開かれた「フォーク集会」のときには、ここは広場ではなく歩行のための場所だとして道交法違反で取り締まった。東京都庁前広場の使用を都知事が認めるはずもない。
 安田講堂前の広場は、かつての機動隊と学生の攻防のあと、地下に学生食堂をつくり地上をつまらない植え込みにして学生が集まることができないようにした。ここを設計した香山壽夫建築学科教授は、その後愛知県立芸術大学のキャンパス建て替えのマスタープランに関わっている。

 いま、新宿でおこなわれるデモの終着点が東口の「アルタ前」ときに「アルタ前広場」と呼ばれる場所になることが多い。これを「広場」と言うのは、さすがに気が引ける。警察がいつも「通行の邪魔になります。ただちに解散してください!」と大音量の拡声器で叫ぶのも、そこだけ取り上げればもっともだ。これが日本の広場だと世界に伝えるのも、日本人の民意を表現することがどういうしょぼい状況にあるかを伝えるのには、大いに役立つかも知れない。柄谷行人が「反原発デモが日本を変える」と言ったのも、この「アルタ前広場」に停めたワンボックス車の上だったのだ。

投稿者 玉井一匡 : September 19, 2011 07:29 AM
コメント

Tosiさま

力をもとにした支配と被支配、上下関係というシステムが
不公正を保存したままであれ、安定と秩序と平和を部分的で一時的であるにせよもたらしてきたかもしれない
しかし、そのシステムは核兵器を正当化し原発を容認し、遺伝子工学の暴走、臓器売買を生んだ
政治の世界では、支配する側が際限のない力と富の蓄積と行使におよぶほど
支配される側は、越えるべきでないものを越えることで対抗するようになった

際限のない力による支配は
人間に対してだけでなく自然に対してもおよび
われわれは身動きがならなくなったのですね
自然からの反撃を、これまで犠牲にされてきた人間からの反撃に擬人化するのは大きな間違いでしょうが
自然がこれまでに構築してきた精緻な秩序の破壊がさらに進めば
自然というシステムの復元力が人間を滅ぼすように機能するでしょう

そう考えると、赤祖父俊一氏が指摘するように
十分な検証を受けないまま二酸化炭素だけが地球温暖化の原因であるように決めつけることは
ほかの原因や、人類が対処すべきもっと重要な問題を隠蔽する結果をまねくうえに
原子力発電を正当化し、さらに地球環境を悪化させるという考え方は
正しいだろうと思います。

Posted by: 玉井一匡 : September 25, 2011 08:39 AM

senrinoinkyoさま

我が身を振り返ってみれば
「盗人のたね」は世の中ばかりでなく、自分自身あるいは人間ひとりひとりの中にも、次からつぎへとわいてでてきます。
人間は長い間、同じ問題に向き合ってきたのであり
それは解決されないまま現在にまで来てしまった。

このごろ、われわれ門外漢さえ身近になった放射性物質の半減期の気の遠くなるような長さのおかげで
人間の歴史のこれまでの時間がいかにわずかなものにすぎないのかということを実感として植え付けられました。

おかげで、数百年も千年も前の思想を、同時代の考え方や現実と同じところにならべて考えることができるようになり
財産が急に増えたような気がします
問題は、それをこなすべき己自身の容量と処理能力がふえたわけではないということです。

Posted by: 玉井一匡 : September 25, 2011 07:00 AM

人間と自然、あるいは人間と人間のあいだの関係が、支配や搾取でなく、共生や連帯であることを可能にするようなオータナティヴな知のパラダイムが必要であるとしたら、私は「力ではない知」ということがなによりも重要だと思うのです。アドルノたちが指摘するように、近代の「科学」が家父長的でマッチョな特徴をもっていたことは否めないのではないでしょうか。
現在考えなければならないのは、これまでの「進歩」とその「諸成果」が人間と自然におよぼした膨大な損害を軽減させるための努力と、同時に、持続可能で環境負荷のできるだけ少ない、脱成長=定常型の経済・社会モデルをめざすための努力です。そのためにオータナティヴな技術が必要としても、それは必ずしもより「先端的」な技術であるべきというわけではなく、場合によってはより「ローテク」なもの、先人たちの知恵から想を得たもの等を選択することが望ましいこともありえると考えたいものです。
それから、今日、テクノクラート的国家や多国籍的大企業ばかりでなく、研究者たちの起業にいたるまで、「研究」と「経済活動・ビジネス」は明確な線引きも困難なほど一体化しているようにみえます。こうしたことは、再生可能エネルギーなどの分野であればむしろ歓迎すべきことなのかもしれませんが、とくにバイオテクノロジー分野において顕著であることに危うさを感じざるをえません。
横から失礼いたしました。

Posted by: Tosi : September 23, 2011 09:10 PM

自然の根源を知ることは必要だがそれを変えようとするのは間違い には反省を込めて賛意を表します。しかし卑近なことわざですが「浜の真砂は尽きるとも世に盗人のたねは尽きまじ は人の性(さが)かもしれません。私は浄土真宗ですが蓮如のお文にあります。なお小生は理科系で理論物理の湯川秀樹にあこがれて大学を選びましたが、最先端の物理学によれば宇宙は無と有の繰り返しと。だんだん抹香臭くなって参りました。後期高齢者のせいですね。

Posted by: senrinoinkyo : September 22, 2011 08:04 AM

senrinoinkyoさま
 返信コメント、おそくなり申し訳ありませんでした。

もともと、人間の文明は進歩と成長をつづけずにはいられないというありかたが限界に達してどうにもならなくなっていた。
文明それ自体に大きな問題があって、原子力技術はその典型あるいは象徴のようなものではないでしょうか。
それを、文明全体で見れば小手先にすぎないもので繕って解決だということにすれば
文明を改めるせっかくの機会を失い、やがて人間という種は地球からなくなるのではないでしょうか。

物質の根源、生命の本質が何であるかを知ろうとすることは間違いではない。
しかし、それを「応用」しようとすることには、どこかに限界をみずから設ける必要がある。
動き始めたら、止まらなくなるものには手を出すべきではないということを我々は身にしみて知りました。
遺伝子を加工する応用技術も、みずから増殖できるという生命の本質を考えれば
原子力技術と同じ危険があることに、専門家はきづいていることでしょう。
動き始めたらもうどうにも止まらないというという性質は、「技術」の進歩そのものにも共通するものですね。
それは、儲けはじめるととまらないという経済も符合しているのではありませんか。

人間が持続可能な種であるために、あるいは人間を持続可能な種にするためには
動き出したら止まらないという反自然技術をつかわないようにようにするシステム
それをつくる革命を起こすべきではないでしょうか。
繰り返す天災によって、自然というものの、何たるかを叩き込まれたいま
日本列島に住むわれわれはその革命の先頭に立つ機会と義務を与えられたのだと、わたしは考えます。

Posted by: 玉井一匡 : September 22, 2011 07:51 AM

台風が過ぎてみると今年の日本はまさに「災害列島」
自分の一生を振り返ると戦争に負けて焼け野原になった日本を良くしょうと思って頑張ってやってきた。原子力も日本のエネルギー事情を良くしようとしてやった。それが裏目にでたのは神でない身の知るよしもなし。日本人とはそんな人種であり非難するのは忸怩たるものがある。大学3年の時広島に行った。当時は草木も生えないと言われた。それが今は大都会。福島もやがて復活するだろう。政府や原発を進めた関係者を責めてもしょうがない。と感ずる今日である。この隠居は原子力学会会員、放射線化学会会員だった。

Posted by: senrinoinkyo : September 21, 2011 04:30 PM

iGaさん
 返信コメントおそくてごめんなさい。
皇居前の松って、いつ植えたんでしょう。血のメーデー事件のあとなんでしょうね。天安門広場というのもあるから、広場があればいいというわけじゃないけれど、まず人が集まるというところからデモクラシーが始まると考えるのと、大衆をどうおとなしくさせるかというところから考えるのとおおきな違いがあるという気がします。中国は、天安門であんなことが起きるとは思っていなかったのでしょうね。

Posted by: 玉井一匡 : September 20, 2011 02:02 PM

皇居前もそうですね。
黒松を植えて人が集まることを封じてしまいましたね。

昔々、20世紀梨で有名な山陰地方の県庁の第二庁舎の基本計画に携わったことがありますが、駐車場の屋上を人口地盤の広場として前面道路からの大階段とペデストリアンデッキで繋げる提案をしましたが...県庁側からそんな広場を設けて赤旗を振られたら困ると、速攻で却下されましたです。

Posted by: iGa : September 19, 2011 10:38 AM
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