September 21, 2011

9月19日・さよなら原発+高村薫インタビュー

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 19日午前中に「香港“女子的&路地的”裏グルメイラスト展」に行って小野寺光子さん、初対面のこももさんに香港の話をうかがって、「女子的」と「路地的」のイラストの画風がちょっと変わったことなど質問をしたりしたあと、昼過ぎからは明治公園の「9.19さよなら原発」集会+デモに参加した。
明治公園にデモのために集合するのは何十年ぶりのことだ。公園がいっぱいで入りきれない人がたくさん出るほどだが、6万人あつまったと壇上から報告された。実感としてもそれくらいだったろう。集会からデモにうつろうと立ち上がったときに全体を見回したら、われわれと同じような年頃の人たちが多い。
 先ほど壇上からメッセージをつたえた呼びかけ人たち、鎌田慧、大江健三郎、澤地久枝、内橋克人、中では落合恵子が若い方で、ぼくより1,2才上だから、山本太郎をのぞく全員がぼくより年長だった。若い人たちは、別のところに集まってデモをしたのだろう。「kai-wai散策」のエントリーには、別のデモの様子がある。
 ぼくは、ここに来るまで考えていたことを改めた方がいいと思いはじめていた。できるだけ多くの人たちが一つのデモに集中するのがいいとぼくは思っていたのだが、この集合場所には、この人数で精一杯だ。

 そういう印象は、3つのグループにわかれてそれぞれのコースを歩き始めてからさらに強くなった。11日には、歩道側まで警官の壁を構築して、デモと歩道の間の行き来を妨げて、出入りしようとするヤツを逮捕さえしたときいていた。ところが、我々が青山通りに出ようとしていると、「はーい、つぎの信号を右折してください。気をつけてください」と、警察官が言った。デモで警官の、こんなおだやかなものの言い方は初めて聞いた。参加者が多かったので、警官の人数が分散して歩道側に警官の壁をつくる余裕がなくなったのだろう。しんがりに近かったぼくたちがNHK前に着いた時には、とうに太陽が沈んでいて7時近かった。

 さまざまな主張を掲げて同じ時間帯にいくつものデモを打てば、警察は分散した。もし、それぞれに主張の違うグループが一緒にやれば、壇上に上がって主導権をあらそうこともあっただろう。だったら勝手にやろうというのではなく、原発をやめようという基本的な主張を共有する複数のグループが時間帯だけはそろえる、できればルートも効果を高めるように協議会のようなものを設けて議論し調整すればいい。日本では北アフリカの一連の行動のようなことは起こせないだろうが、日本なりに携帯・twitter・フェイスブック・SKYPEによって連携することができるだろう。

GenpatsuTakamura0919.jpg高村薫インタビュー/YouTube
 その夜、報道ステーションで古舘伊知郎による高村薫のインタビューを見た。20年も前に原発を題材にした小説「神の火」を発表した高村は、いつもそうであるように徹底的な取材取材にもとづいて克明に原発を描いている。とうの昔から原発について考え抜いたうえでこの現実を迎えたひとがインタビューで語った意見は、いま日本人が共有しなければならないものを簡潔に示していた。
「福島は、元通りには回復できない被害をうけたという厳しい現実を認め、さまざまな困難はあるだろうが、原発の再稼働をしないという厳しい決断をする。その上で、何が可能であるかを政府が提示するべきだ。厳しい現実と厳しい決断をすることが希望なのだ。」と語っている。この映像がYouTubeに残されているので、見てほしい。
 デモの最後のあたりで、信号の前におだやかな表情で見覚えのある人が立っていた。かつての東大全共闘代表・山本義隆氏だと思った。先端の物理学者であった彼は、いま何を考えているのだろう。彼もふくめ、この日のデモに参加した人たちの多くが高村薫の意見に同意し思いを新たにするだろう。

■関連エントリー(この日集結したJEDIのブログ)
9.19「さよなら原発」/aki's STOCKTAKING
9.19さよなら原発/MADCONNECTION
NO NUKES ! ALL ST☆R DEMO 2011.9.19/「kai-wai散策」

投稿者 玉井一匡 : September 21, 2011 07:14 AM
コメント

光代さん
 高村薫のインタビューをきいたとき、ぼくも八路発言を思い出して、彼も、このようなことを言いたかったのだろうと思いました。
彼が大臣になったときに、脱原発の人だと聞いて、この内閣に多少の期待を抱いたのでしたが
町を死に追いやった犯人は、いまだに何の捜査も受けないというのに
「死の町」をなんとかしなきゃと言おうとした大臣を辞めさせたのだとすれば、愚かなことですね
ぼくはいま、新潟に向かう高速のサービスエリアにいるのですが
試しにMacBookを開いたら、ネットがつながったので、コメントを書きました。

Posted by: 玉井一匡 : September 23, 2011 11:26 AM

無神経で受け入れがたいことを言ったと言う事で大臣が辞任せざるを得なくなりましたが、そのように感じたくらい悲しい絶望的な光景であったのだと思います。
それを受け入れず 大臣を非難するだけに終わってしまっては、立ち直る事が本当に出来ないのではないかと むしろ不安になるのです。
現実を直視する所にしか 次への足がかりが有りませんものね。
多様な動きをコツコツとして行かなくちゃ・・・。

彼女のこのインタビューは 私にとって「8 1/2」に出会った時くらいの 手応えでした。
有り難うございます!!

Posted by: 光代 : September 22, 2011 04:00 PM

光代さん
 おなじことを言ったり書いたりしても、誰の発言であるかによって
意味も、その深さや重さも違うと思います。
大地も木も、もとには戻れないとこの人がいうとき
それはつらい事実ではあるが受け容れなければならないと感じます。
だから、それを引き起こした原発はやめるべきであり
そこに生活できなくなる人たち、不自由な生活を強いられる人たちはみんなでどうやって支えるか考えようと、立て直すことができるはずだというのですね

それにしても、YouTubeなどがあるおかげで、この人や小出裕章さんの話を映像として見ることがで来るのだと、つくづく思います。


Posted by: 玉井一匡 : September 22, 2011 03:01 PM

高村さんのインタビューは 私のブログでも紹介させて頂きました。
良い言葉に出会いましたね。
「厳しい現実を認めて 厳しい決断をする。
 それが希望だ」

そして、「日本の財産は自然の風土」だと。

私は恵まれたこの自然風土を大切にする所にしか 日本の希望・日本の未来はないと思います。

原発を止めよう。

Posted by: 光代 : September 22, 2011 07:53 AM
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