June 30, 2004

drum machine

tokyoplastic.jpg

友人(本間さん)から送られてきた。
「drum machine」というタイトルのアニメーションである。東京プラスチックという会社のサイトだが、面白い。開いた画面の東京プラスチックという文字をクリックすると始まる。
「意表をつかれる」「たのしい」がシンプルに作られている。
ホンダのアコードの部品の実写アニメーションも面白かったが、これはずっとシンプルに、従って手間も費用も格段に少なく作られているのだろうが、テンポと動きかたに共通する楽しさがある。

投稿者 玉井一匡 : 02:53 PM | コメント (0)

June 21, 2004

カフェ杏奴:こだわりのないということ

AnnneCounterS.jpgClick to PopuP
  林芙美子の住んでいた家のことを書いたぼくのエントリーに「いのうえ」さんという方がコメントをくださった。近くにあるカフェ杏奴という店に時々寄るんだが、いいところだから寄ってみてください、すてきな「ママ」がやっているんだと書いてあった。ちょうどぼくの自転車通勤の途中だから、行ってみようと思いながらなかなか寄れないまま数ヶ月が経った。なにしろ営業時間が午前11:30から午後7:00だから通勤帰宅の時間とみごとに合わない。やっと先々週の土曜日に初めて寄った。

 用事があって昼近くになって出かけたから、珍しいほどの上天気も手伝ってのんびり自転車を走らせた。自転車通勤をしてもう7,8年になるのに、スピードの持続を意識せず、時間も気にせずに自転車を走らせたのは、これまでに記憶がない。そうやってゆっくり乗ると、自転車というのはなんと気持ちのいい楽しいものなんだといまさら気づいて、「カフェ杏奴」に寄ってみようという気になったのだった。

 店はこのうえなく愛想のない外ヅラだが、中にはいると、古い喫茶店ならオイルステインにしそうなところがペンキ塗りにしてあるのがオシャレだ。窓際に席を占めて、パイプをとりだし久しぶりにタバコを吸いながら読書をして1時間半ほども座っていた。この時間にやってくる客の大部分はカレーを一緒に注文するが、ぼくは遅い朝食をすませて来たからブレンドコーヒーだけなのに、コーヒーカップが空になると、氷を浮かせた小ぶりのガラスのピッチャーを「どうぞごゆっくり」といって置いていってくれた。テーブルには一輪ずつ別々の花がガラスに生けてある。高い天井に中二階と半地下があるなかなかひろい空間で、店のあるじ一人だけで何もかもやってしまうからなのかもしれないが、ほどほどに客を放っておいてくれる。みせの大きさと、客に対する接し方の間合いがいいのだ。そのせいなのだろうが、常連の客が多いようだった。

  翌日、ようやく杏奴に行ったことをコメントに書き加えると、いのうえさんがもういちど書いてくださったので、一週あけた土曜日に店に寄った。帰り際に、いのうえさんのコメントのおかげで店に寄ったという顛末をあるじに話すと、「2時間ほどまえにいらして、そのことをお聞きしました」という。「4年前に店を始めたんですが、お金は掛けられなかったから、テントは見積を取っただけでやめてしまったし、店の名前を杏奴にしてブラインドを杏色に替えたくらいで、内装はほとんど前のままなんです」。にもかかわらず、店の手入れと客への配慮が行き届いている。店についてもそんな具合だが、客に対しても近づきすぎず冷たくもなく、淡々としかしにこやかに接しているのだ。そういう「こだわりのなさ」が、この店の「場所」をつくっているのだとわかってくる。

 このごろ、「こだわり」という言葉が肯定的な意味で使われることに、ぼくはいまでも慣れない。というよりもむしろ気に入らない。こだわりを漢字で書けば「拘泥」だろう。もとは、否定的な意味として使われていたことは辞書も証言する。ぼくの持っている1981年版の広辞苑には「こだわる」の項目にこう書かれている。(例文を省略)「1)さわる。さしさわる。さまたげとなる。2)かかわる。かかりあう。拘泥する。3)故障をいいたてる。邪魔する。」と。最新の広辞苑がどう記述しているか、まだぼくは知らない。だから「こだわりの一品」だの「こだわりの住宅」などとテレビのリポーターが言うと、さも難しそうな偉そうな顔をしたシェフや上っ面だけの建築家が思い浮かぶ。そういう番組をどうも信用する気がしない。

 この店とそのあるじのふところの深さ、にもかかわらず、いいかげんにならずアイデンティティをしっかり失わないというありかたは、やさしいものではない。ひとりだけでみせをつくればこそできる細やかな配慮は、ぼくには行きにくいあの営業時間のおかげなのだ。
「店の名前からすると、鴎外と関わりがあるんですか?」と、帰りがけにたずねると
「鴎外のお嬢さんの名前からとったんですが、鴎外とはなんの関係もありません」という。
地図:新宿区下落合4-2-6 大友ビル1階

投稿者 玉井一匡 : 07:29 PM | コメント (12) | トラックバック

June 18, 2004

GOOGLE catalog

 本間さんからこんなメールが来た。・・・・・「恐ろしい」としめくくってある。
たしかにこれは、印刷メディアがここだけはと護ろうとしていた領土を、インターネットがこともなげに手に入れてしまったような感じがする。

 GOOGLE catalogのTopPageを開くと、ページの最後に「6600以上のカタログが検索できる」と書いてある。カテゴリーを選ぶとそれぞれのカタログの全ページを読めるのだ。印刷情報をスキャナーで読み込んで、それをPDFデータとして保存しておくのだろうが、これはもしかすると変換という余分な作業を必要とする日本語の、英語に対するハンディキャップを和らげてくれるかもしれない。かつてアルファベット言語圏でテレックスが優位だった時代、日本ではFAXが圧倒的に発達し、それがやがてテレックスを放逐したことを思い出す。

 本間さんは、バラバラに裁断した雑誌を自動スキャナーで読み込んでPDFデータにしてDVDに保存している。読み込み終わった本を希望者にくれるというのを続けている人だ。そのひとにさえ「おそろしい」と言わせてしまうこともにも驚く。

****本間さんからのメール****
うわさのグーグル新機能です。
何が出来るかというと「LEGO」とか「NSX」とか入力すると、USAの主だった通販カタログを全文検索して、該当の単語が出ているカタログページがずらずらとグラフィックで表示されます。もちろん引っかかったカタログは500ページあっても1000ページあっても端から端まで閲覧可能です。全文検索なので「RIAA」とかマニアックな単語もOK。
 恐ろしい。

投稿者 玉井一匡 : 08:24 PM | コメント (2) | トラックバック

June 16, 2004

コレクティブハウジングと生協

seikyouchirasi1.JPG  seikyouchiraasi2.JPG 生協のチラシも増え続ける

 昨日、NPOコレクティブハウジングの宮前さんとべつの話で始まった電話だが、今週の末に京都で生協のひとたちにコレクティブハウジングについて話をするんだということに話が及んだ。
 彼女はコレクティブハウジング社というNPOで広報担当のような立場を担っている理事なので、コレクティブについてのさまざまな取材やら、「コレクティブハウジングって何なんですか?」という素朴な疑問を持っているひとりひとりからの電話の相手までやっている。コレクティブハウジングというものにさまざまな形式がありうるのは当然だが、その基本的な思想を理解してくれる人が、メディアを含めてとても少ないとよく言う。けれども、生協のひとたちは、その根本のところについては分かっている人たちだから、コレクティブハウジングについて理解してもらえるだろうという期待をしているのだ。

 

わが家で参加している生協は、注文した「もの」を毎週水曜日に配達してくる。そのときに次週の注文のためのチラシをごっそりと置いてゆく。その量が時と共に増えて、いまでは新聞の折り込みのチラシを凌駕する勢いである。生協という組織もそれが扱う商品も、この世界の「経済の成長」という病から脱することができないことが読みとられる。
 消費の拡大を食い止めることが、生協の重要な役割のひとつにちがいないとぼくは思うが、それを損なう組織の拡大をなんとかしなきゃあならない。「経済は成長し続けなければならないのか?」という命題は、人間という種が生き残れるかどうかを決する世界共通の問題のはずではないか。コレクティブハウジングについて生協のひとたちに話すなら、そのことを話してほしいと宮前さんに言った。なにもえらそうに批判がましい言い方じゃあなくたって、「これからコレクティブハウジングも同じ問題を抱えるだろうから、一緒に考えてください」という立場で話せばいいんじゃないかと。
 成長とは、経済規模の数量的な拡大と同義語ではないはずだ。しかし、「成長」が生物についての言葉であるのを考えると、いずれ成長には死というものが待ちうけている。もし、経済成長という言葉をつくった人が、成長のあとには必ず訪れる経済の死を見こんでいて、だからいつまでも成長すればいいものじゃないよといいたかったのだとすれば、経済学者もすてたもんじゃない。

投稿者 玉井一匡 : 11:23 AM | コメント (2) | トラックバック

June 10, 2004

クロスクラブ・山口文象邸

 safariでこのエントリーを開き、ちょっと訂正したあとで保存のボタンをクリックした途端に日本語の文字がことごとく「?」に化けた。こうなるからいやいやexplorerを使っていたのに、ひさしぶりに試したおかげですっかり書き直す羽目になった。同じことを書くのもいやだし、いっそのこと書き方をちょっと変えてしまうことにした。
クロスクラブ 中野→久が原
click image to pop up
 5月22日土曜日、中野哲学堂の自宅から久が原のクロスクラブまで、自転車で行くことにした。この日ここで、1:30から集まりがある。
 先日は、リートフェルトの製図板についての議論と探検でわれわれのBlogネットワークが盛り上がったが、リートフェルトと時代を共有するバウハウスに学んだ建築家、山口文象の自邸が「クロスクラブ」である。リートフェルトが終生職人であろうとしたように、山口文象にも職人としての血が流れていた。久が原の、このあたりは、近くに山口文象・RIAの久が原教会や、清家清による住宅もある。大きな区画、広い直線の道路で構成される住宅地で、この町がつくられた時代の近代解釈の結果なのだろう。
 

 中野からおよそ20km、あやしい天気なのに自転車を使ったのはわけがある。Mapionでみると、1/10000で8枚の地図をひたすら縦にならべ最後に1枚だけ東に加えるとクロスクラブにゆけるというのに興味を引かれた。途中14本の鉄道をこえる。東京という都市の筋肉組織の断面を走るようなものだということに興味があったし、途中で雨が降ったところで、どれか近くの電車に乗ってしまえばいいのも気が楽だ。A4にプリントアウトして貼り合わせた地図はひたすら南北に細長い。細長く、ミシュランのガイドブックの幅に合わせて折りたたんでジーンズのお尻のポケットに入れた。なんとか霧雨以上の雨にも遭わずに久が原についた。

 おもての道路から見ると、クロスクラブは棟を奥に偏芯させた大きな切妻の屋根が、1階から始まって2階建ての空間を包んでいる。軒高が低いおかげで、道路からはいささかも大きさを感じさせない。RCとレンガに白い塗装をした壁と屋根は縁を切ってあるが同じ面でそろっているので、ちょっと気づかないことがあるが伝統的な瓦屋根が載っている。棟梁の息子に生まれバウハウスに学んだ山口文象の、伝統とモダンに脚をのせた立場が読みとれる。石垣と軒先をそろえた外泊の集落も思い出す。
 下屋をつくって家を小さく見せたり、平屋のように感じさせるのは、日本の家とりわけ町屋のつくりのたしなみ、美意識の基本だ・・・土蔵を例外として、日本の住宅は平屋、そして小さく感じさせることが原則である。

 いまは、長男であるピアニスト・作曲家の勝敏さんご夫妻と、母上である文象夫人が住んでいらっしゃる。3人の家族で住む住宅としては広すぎるので、それをなんとかして元のようにして生かしていこうという奮闘の結果がクロスクラブである。
 数年前に、あるクライアントが自宅を建て替えて兄弟の集合住宅+パーティー会場にしたいという話があったので、ぼくはクロスクラブに案内した。勝敏さんはオーナーとしての、とても大変な仕事で、なかなか儲かるわけではないなどと話した。それだけが理由ではないがぼくの施主は計画を取りやめた。勝敏さんはまっすぐな人なのだ。
 たまたま子供さんがないおかげで、元の空間と静けさが保たれている。主に2階部分を住宅として利用しながら、1階の居間から中庭につづく部分が、音楽教室、パーティーやコンサート、雑誌の撮影などに利用されている。
中庭から離れを見る 中庭から見た母屋
 白く塗装したレンガの壁の奥にある木製のドアを開く。玄関の階段を数段上ると、グランドピアノのおかれたホールのひかえめな明るさの奥に中庭がある。靴は脱がないからホールと中庭は、ほぼ同じレベルなので、玄関、ホール、中庭へと空間が気持ちよく連続する。この季節には、桜とコブシの大木は、若葉が開放的な屋根のように上空を包み、緑に漉された光がタイル張りの中庭に落ちている。床はコンクリートの平板にタイルを貼ったものを敷いてあるので、日本のコートハウスとしては例外的に広い中庭だが、床面の微妙な変化が空間を単調にしないのだ。

 北側に2階建ての母屋、南側に平屋の離れがある。この土地は南北の両側に道路があるので、離れも間口いっぱい道路に接している。母屋とは独立して道路から出入りできるから、パーティーに使われるときには、ここが控え室になる。
 山口文象の時代には、その一番弟子というべき植田一豊氏がここで新婚時代をすごしたことがある。そこに、実弟でのちに都市住宅をつくった編集者植田実さんが居候していた。
 その植田一豊さんを中心として「でかんしょじいさんの読書会」というが、実は植田さんの独演会の小さなあつまりを月に一度続けてきた。いつのまにか交通の便利さでうちの事務所でやるようになったが、文象氏の命日の来る5月だけはクロスクラブを会場にお借りして、勝敏さんのために音楽をテーマにすることがこのところ恒例になっている。

 山口文象・RIAは、コートハウスをはじめ、多くの都市住宅をつくったがその後は都市の再開発などの仕事が中心になった。山口文象邸は、それひとつを切りとればすぐれた住宅建築だが、RIAが重心を移していった「まち」という視点からみれば閉鎖的で、敷地の大きさを考慮すればなおさらだがまちとの接点が少なすぎる。しかし、住宅からクロスクラブとなって、あつまりの会場としてだれもが利用することができるようになったのは、むしろまちと建築のかかわり方として大きな進化だとぼくは考える。クロスクラブという名は、晩年にクリスチャンになった文象氏だったから十字架を意味するものでもあるが、ひとびとが、あるいはさまざまな世界が交差する場所たらんという意味も込められているのだから。

クロスクラブ 〒146-0085東京都 大田区 久が原4-39-3
     電話:03-3754-9862 fax:03-3751-0496

投稿者 玉井一匡 : 11:45 AM | コメント (0) | トラックバック

June 06, 2004

ボールの行方


 昨日、夕方の現場打合せのあと、ヤクルト*巨人のチケットをもらって神宮球場に行ってきた。
 ぼくは子供時代から熱心なジャイアンツファンだったのに、数年前からは、勝っても負けてもよろこぶことができる。勝ったときはすなおに喜ぶのだが、負けたときにはナベツネめざまあみろと喜ぶのだ。ジャイアンツのファンは、こういう屈折した悦びを楽しめるオトナでなければならないのだと、友人には言う。だが実は、いずれのときも心底からよろこぶことがでなくなってきた。

 無理矢理に制度を変えて始めたフリーエージェント制で、ビッグネームにはことごとく手を出して、金力に任せて4番バッターを集めまくるというやり口にはファンでさえ腹が立つ。そのたびに、ベンチや多摩川のグラウンドに若い選手が腐ってゆく。それがはなはだしい今年は、数年前までそれぞれに4番を打っていた連中がベンチでカビを生やしている。よそにいれば、かれらはまだ4番を打っているはずだから、日本の野球のレベルを低下させている。
 サッカーの日本代表や贔屓のチームがが勝ったときのような大喜びができないから、年ごとにジャイアンツのファンでなくなってくる。とはいえ、そのかわりに他のチームを応援することにはならない。だから日本の野球そのものに興味が薄れてきた。

 ひさしぶりにスタンドに座っても、勝ってもいい負けてもいいと思っているので、「何を食べようか」と考えたり、夕暮れの空の美しさを見ては、屋根のあるグラウンドより空の下の方がいい、人工芝より天然芝がいいなどと考えながら、妙な余裕にひたっていた。上原が三振をとってチェンジになるときには、キャッチャーの阿部が受けたボールを3塁側のスタンドに投げ込む。そのとき、いつもぼくたちの席の4,5メートル左にボールが落ちることに気づいた。そのころには、あたりのだれもが気づいていたから、6回裏に三振を取って阿部がダッグアウトに戻り始めると、観客が立ち上がって手を挙げる。池に投げられる餌を求めて水面に口を出す鯉の群れさながら、あるいはパスを請求して手を挙げるサッカーのフォワードのようだ。観客が直接の捕球に失敗したボールはコロコロと座席の足下を転がって、ひとびとの手を逃れたあとにぼくの隣の席までやってきた。思わずしゃがんで手を伸ばしたぼくはそれを拾い上げると、反対側の隣席にいた娘にすばやく手渡した。
 腰をおろしてグラウンドに目をもどすと、隣に並んだふたり連れの一方が「ボール誰がとったのかしら?」と言っている。わからなかったのだろうか?娘と目を見合わせた。そういえば僕が拾ったとき、その座席の主であるこのひとはどこにいたのだろうか、ぼくには全く記憶がなかった。そのままの所にいれば、ボールの隣に彼女のふくらばぎがあったはずだが、そんなものを見た覚えはないけれど、そう言われるとなんだかひとのものを取っちゃったんだろうかという気がしてきた。だからといって、あなたのものだと言ってボールを渡そうとも思わない。

 ファウルボールを直接にキャッチした人たちは誇らしげにボールを掲げ、彼あるいは彼女と競わなかったまわりの人たちは拍手で祝福する。それはスポーツとしての喜びのようだ。だが、数メートルをコロコロコロと転がってきたボールには、幸運が秘められている気がした。ぼくたちはボールをかざすよりも大切に手のひらに納めていた。
 つぎにボールが投げ入れられた時には、遠くの席にいた子供たちも気づいたらしい。グラブを手にした子も含めて、数十人が通路に集まって競争に加わってきた。もし、もう一つ取ったら、向かいのちびにやろうなどとぼくは思っていたが、もう競り合いに参加することさえできなかった。帰りがけ、娘が手にしたボールを、じーっと見つめて目を離さない男の子とすれ違った。

投稿者 玉井一匡 : 11:40 PM | コメント (4) | トラックバック