October 28, 2004

新潟県中越地震-2 小千谷・宮川さんから

小千谷に住む宮川さんからメールが来た。
クルマが土砂に埋まったあの場所を、彼は10分前に通ったのだときくと、新幹線の脱線と同じようにわずかな時間のちがいが大きな結果の違いを生むのだと感じる。

*宮川さんからのメール
 本日やっと会社に来て、地震後のお客様対応をさせて頂きました。地震の直後から、会社にはたくさんの御見舞いの電話と地震対応の電話で会社はパニックです。すぐに連絡できなくて申し訳ありませんでした。
 私の家はなんとか大丈夫で、家財が散乱した状態ですんだのですが、すぐ近くの実家が、構造はなんとか保つ事ができたのですが、内部の壁が落ちたり筋かいが折れて壁を突き破って出たり、お風呂の外壁が落ちて露天風呂になったりで大変です。でも家族全員無事で助かりました。

今日、土砂崩れの最後の綱が切れた報道があり、本当にくやしいです。現場の川岸の反対側から見たのですが、地獄の世界です。私も崩落現場を崩落の10分前に通り帰ったので、今思うと複雑な気持ちです。

日本全国各地から様々な救援物資や援助活動の為に来て下さる方に本当に感謝しています。

守門の実家は電気ガス水道と復旧して今は通常の生活に戻りつつ後片付けに追われています。私たちは今も避難生活で、車の中で寝泊りしています。食事は配給と外での調理で本当につらいです。避難所は避難民で満員です。衛生面が非常に悪いです。
 いろいろと心配につながるようなこと書いて申し訳ありませんが、こんなような状態です。また落ち着いたら報告しますのでよろしくお願いします。
 ご心配頂きましてありがとうございました。

投稿者 玉井一匡 : 06:08 PM | コメント (0) | トラックバック

October 27, 2004

ChicagoBikemap

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久しぶりにサラ・パレツキーの新作「ブラック・リスト」が出た。女私立探偵ヴィク・ウォーショースキーを主人公とするシリーズだ。シリーズ物の多くが、いつも同じまちを舞台にする例にもれず、ヴィクシリーズはシカゴを舞台にしている。池波正太郎もそうだが、同じまちを舞台にする小説はまちの描写が具体的かつ詳細だから、地図を片手に、あるいは栞がわりにはさんで読むと、楽しみは倍増する。

 これまでずーっとヴィクシリーズを読んで来たのに、なぜかシカゴの地図を見ながら読んだことがない。ぼくの悪いくせで、先入観にとらわれるところがある。なにしろ、いまだにドイツとヒトラーの縁が切れず、ワールドカップではいつもドイツの相手を応援する。ぼくが中国人だったら、競技場で日本チームをののしるのだろう。シカゴに対しては寒く索漠たる都市という勝手な先入観がどこかにある。アル・カポネのせいなんだろうが、ホームアローンも高津臣吾とシカゴ・カブスも、F.L.ライトもシカゴ・トリビューンもミースのレイクショアドライブ・アパートメントも、それを変えられなかった。
 ところが、今回はシカゴの地図を見たくなった。久しぶりのヴィクシリーズだったので、じっくり読みたくなったのだろう。シカゴ市のサイトにはChicago Bike Mapというのがある。地図を開いてみると丁寧で美しい、自転車道路は形式に応じてさまざまな色で表現してある。自動車との共存の仕方や駐輪のしかたも美しくていねいだ。自転車にこんなに親切なまちなんだと思うと、すっかりシカゴ観がかわってしまった。日本にはこんな地図もこんな自転車道路をもっている都市もぼくは知らない。なんのことはない、この地図だけでぼくはシカゴに行ってみたいと思うようになってしまった。

投稿者 玉井一匡 : 09:40 PM | コメント (0) | トラックバック

October 26, 2004

新潟県中越地震-1

mother.jpg
 新潟に母が住んでいるので、いろいろな方が地震を心配してくださる。
家は新潟駅から真南に7キロほど、クルマで約10分の新潟市の郊外の亀田町で、中心に近いわりに周囲には田んぼが広がっている。「亀田のあられ」の亀田製菓があるところで来春は新潟市に合併する。さいわい震源地からは70キロくらいはなれているので、影響はだいぶやわらげられたようだった。
被害は洗面所の壁に張った30センチ角の壁材が1枚落ち、納戸にあった置物がひとつ倒れて壊れたくらいのもので、支障はほとんどなかった。棚の上に置かれた花瓶さえ落ちることもなく無事だった。250キロほど離れた東京でもかなり揺れたにしては、影響が少ない。

 はじめの地震のとき、ぼくは京王線の電車に乗っていたはずだが、まったく気づかなかった。笹塚駅から自転車で自宅に向かう途中、携帯電話にしらせがあったので自転車をとめて母に電話をかけた。 地震の直後にはまだ通じた電話で、母と家の無事は確認できた。しかし、その後は、あちらこちらにかけても「この地方は通話が大変込み合って、かかりにくくなっています」というメッセージしか聞けなくなった。
 *24日の朝、長岡の高田さんにかけた電話が通じた。新潟で一緒に仕事をしている高田事務所は設計施工で住宅を中心にやっている。「建物は大丈夫だがモノが倒れました。電気とガスと水道が通じないので、クルマの中で一晩過ごしました。うちで作ったものは、さいわい瓦が落ちたとか設備が傷んだというくらいのようです」という。
*小千谷に自宅のある宮川さんには23日も24日も携帯電話にかけたが通じない。
*25日朝、新潟市の八幡さんに電話がかかった。「新潟(市内)ではガラスが割れたくらいの被害ですが、長岡では電話も電気も復旧しましたが社員の半数が休んでいます。コンピューターがまだですが」

*25日の夜になって、小千谷の宮川さんから電話が来て、やっと様子がわかった。もしかすると読んでもらえるかもしれないと思って送ったeメールをを、長岡にある会社で見たという。「ありがとうございます。家族は、みんな無事です。」と、いつも通りの明るい口調だ。しかし、状況を聞いているとちっとも明るくない。
「今日は会社に行ってきました。いつもならクルマで20分くらいですが1時間半ほどかかりました。ところどころ通行禁止なんで迂回しなければならないもので。
女房がしごとで遅くなるというので早く帰ったので、うちまで2,3分のところではじめの地震に会いました。家に着いたところで2回目の揺れが来て、立っていられずにしゃがんでしまったら、ちょうど子供が泣きながら外に飛びだしてきました。」
「家の近くにいられたのは不幸中の幸いでしたね」
「私の自宅は無事でしたが、両親の家は桜町というところにあっていちばん被害の多いところなので、家が壊れたのでアーチ型のガレージに住んでいるんです。お金をかければ直せるとは思うけれど、今の家に住むのを気持ち悪がっているし、電気、ガス、水道が通じません。」
 奥さんの実家は小千谷から近いが、もっと山の方にあって守門(すもん)というところにある。8時就寝4時起床という昔ながらの生活をされているのだと、話に聞いていた。
「奥さんの実家は?」
「やはり家はダメで、ガレージ住まいです。電気は来ていて、ガスはもともとプロパンなのでだいじょうぶです。水道も出ますが、水道がなくても山の水が使えるんです」
寸断されると使い物にならない水道や都市ガス、道路とはちがって、ソーラーエネルギー、浄化槽、山の水、自然のエネルギーの独立したシステムは災害にもつよいなと思う。
「知っている人で亡くなった方もあるの?」
「近所の方が2人、亡くなりました」
「四駆のクルマ(ビッグホーン)が新潟の家においてあるから、新潟(市)に行くことがあったら、もっていっていいですよ。中で寝るのにも走るのもいいでしょ。カギはオフクロがもってるから」
「亀田にあるんですか。ありがとうございます」
すこしうれしそうに言ってくれたが、宮川さんの携帯電話の電池を消耗するのが気になって、心配を残しながら電話を切った。

投稿者 玉井一匡 : 08:07 AM | コメント (6) | トラックバック

October 23, 2004

ビッグリバー

huckdad.jpg  長女が家族にチケットをプレゼントしてくれたので、「ビッグリバー」というブロードウェイのミュージカルの日本公演を見た。「ハックルベリー・フィンの冒険」をミュージカルにしたものだから、ビッグ・リバーとはミシシッピのことだ。隅田川を大川と呼んだのと同じだなと思いながら地図を見ると、ミシシッピはシカゴのあるイリノイ州からセントルイスをへてニューオリーンズで海に出るのだからまったく大きさがちがうんだ。そのあいだ10州の境になってアメリカを縦断する。日本のシンボルとされるのは富士山だが、アメリカのシンボルはミシシッピ、山でなく川なのだ。大きな川は、対岸同士は隔てるけれど上流と下流にとっては離れたところを結んでくれる。
 耳の聞こえない出演者が1/3を占めながら、音楽劇を聾者が演じるという逆説と不自由を、むしろ表現の豊かさに変換してしまっている。聞こえる人たちも含めて全員が手話を併用する。とはいえ、そこに至るには想像をこえるものがあったにちがいなく、2年をついやしたのだという。

 表現が豊かになるのは、手話という表現形式がひとつ加わる結果だけではない。聾者の代わりに、さまざまなかたちをとって他の出演者が話し歌うからだ。たとえば原作者のマーク・トゥウェイン役が狂言まわしをしながら、ハックの台詞もしゃべる。ハックの父親は同じ服装のもうひとりの役者が鏡の中の姿として登場するがすぐに鏡の外に飛び出して、ハックの親父の台詞をしゃべる。ある役の台詞は、舞台の奥の高い台のうえから聞こえる。人形浄瑠璃の人形と人形使いと囃子方の関係のようだ。あからさまにほかの出演者が歌い語ることで舞台に厚みを増す。

たった一度だけ、短いあいだ音がまったくない沈黙の時間があった。手話だけが歌っていた。
そのときですら、感じたのは不自由より大きくなった可能性だった。もともとおたがいにことばの通じない人間で作られた社会では、聞こえない話せないというハンディキャップ、そして手話ということばも数多くのことばのひとつにすぎないのかもしれない。

「ああ楽しかった。もう一度見たい」と、翌々日に見た次女は言ったが、ぼくはおもしろかったが楽しいとはいえなかった。舞台の左右に縦に流れる電光掲示板による日本語の字幕というメディアが、ぼくの聞き取りの能力不足を補い理解を助けてくれたが、おかげでひどく目が疲れ、楽しいとおもえる気持がちいさくなったんだろう。たのしむためには、字幕は余分なメディアだったのかもしれない。
むすぶものとへだてるものは、なかなか一筋縄ではゆかないもんだ。

投稿者 玉井一匡 : 04:00 AM | コメント (0) | トラックバック

October 20, 2004

深川萬年橋

 また、台風がやってきた。
 朝、あかるくなるとぼくはルーフバルコニーに様子を見に行った。この前の台風からカメが1匹、そこを歩いているのだ。大雨がふるとすぐに水かさをます妙正寺川が自宅の近くを流れている。10月9日の台風の中、はずんだ声で次女が事務所に電話をかけて来た。「帰りがけに川の水を見に行ったら、川のほとりでカメを見つけたけどどうしようか!」しばらくのあいだウチに逗留させることにした。

 some originの吉田さんから案内をいただいたので、自宅からも近いのもてつだって台風の翌日に「一衣舎秋展」という織物の展示会をのぞきにいった。和服の女の人たちばかりの中にいささか場違いにまぎれこんだ気がしたのに、茶室でお茶までごちそうになった。
そこで、ギャラリー「ゆうど」の夫人と、おそらくそのお嬢さんと同席した。「うちはもう30年以上もカメをかっていて、今年も8つの卵が孵りました。30年目ころから卵を産むようになったんですよ。放っておくと親が卵を食べちゃうから、さがして別のところに置いておくんです」と言われる。カメを飼っていて卵を孵すというひとに直接のはなしを聞けるのは初めてだ。しぜんに、昨日、ウチのむすめがカメを見つけたんですというはなしになっていった。そんなわけで、このカメとの浅からぬ因縁を信じて、当分のあいだウチに置こうと思いはじめた。別れぎわに、「亀を見にいらしてください」と言ってくださった。
 茶室でこんな話をうかがったせいか、広重の江戸百景に、橋の欄干の手前に置かれた手桶の取手にカメのぶら下がった浮世絵があるのを思い浮かべた。亀を買った人は橋の上から川に放してやる。生き物を自由にしてやることで功徳を積むのだ。日本的あるいはアジア的な江戸時代のこの風習は、功徳をつませるためにわざわざカメを捕まえるという逆説もおもしろいが、何も消費せず傷つけずに経済活動が行われる。循環型社会のシンボルのようなものだ。そういうところがぼくは大好きだ。近景にカメと欄干があってその間から富士山が見える。これは小さなこどもの目の高さだ。
題名がわからないからgoogleで探す・・・・江戸百景、放生会、・・・「深川万年橋」
地図をひっぱりだして見ると、池波正太郎の「剣客商売」にときどき出てくる小名木川にかかる橋だ。江戸時代の地図を見ているうちに、前にも同じことを知ってうれしかったのを思い出した。すぐ忘れちゃうのも困ったものだが、そのたびに喜べるのもいいじゃないかと考え直す。江戸では橋詰めでよくカメを売っていたんだというから、万年橋を選んだのは、もちろんその名前に亀の長寿を重ねてのことなんだろう。

 

投稿者 玉井一匡 : 08:34 AM | コメント (10) | トラックバック

October 08, 2004

9.11 IN PLANE SITE:ないという証拠、あるという希望

pent02.jpg
ペンタゴンには飛行機が突っ込んだという痕跡がない・9.12の写真

 大量破壊兵器が「ない」という証拠を出せと、アメリカはイラクに要求したが、それを示すことができないという理由で戦争をはじめた。その揚げ句に、大量破壊兵器が「あった」という証拠を見つけられなかったことをしぶしぶ認め、サダム・フセインに代わってアメリカ政府がイラクの無実を証明した。同時に、WTCの犠牲者をはるかに超える数のイラク人とアメリカの兵士を殺し、あらたな憎しみと、またいつか起きる悲劇の種を大量に生み出した責任が誰にあるのかも証明した。
 何かが「ある」という証拠を示すのはやさしいが、何かが「ない」と証明するのはとてつもなくむずかしい。「ある」という証拠は、どこでもひとつでも見つければいいけれど、「ない」ことを示すには、国中のどこにも何もないということを示さなければならないのだから。

 友人が「911 IN PLAIN SITE」というビデオをダビングしてくれた。念のためにつけ加えれば、これは制作者がダビングを奨励している。 このテープを見るとアフガン攻撃の根拠にしていた同時多発テロについてさえ、われわれに伝えられたことは事実とはずいぶん違うようだということが分かる。これはすべてテレビやDVDや本で公開された映像を根拠にしている。主なものはつぎのような映像で、みな複数の映像で確認される。
1)ペンタゴンに旅客機が突っ込んだといわれるのに、飛行機の残骸などなにひとつ「ない」し旅客機の大きさと被害の程度が合わないことを示す映像
2)WTCに突っ込んだ2機目の飛行機の腹に何か細長いものがついていて、それが飛行機のぶつかる寸前に閃光を放つ映像
3)その物体をひそかに空港で旅客機につけることは不可能だし、ぶつかったときの目撃証言も、あれは旅客機じゃないと言っている
4)WTCのタワーが崩れ落ちるすこし前に、低層部から高く煙が立ち上った
5)救助に参加した消防士たちが「爆破による解体工事の壊れ方とそっくりだ」と語る映像
 このビデオに指摘されるまで、アメリカでも日本でも、マスメディアはこの事実をほとんど検証しなかったし、いまでもあまり取り上げられない。この事実を検証するのでなく、ビデオの存在を伝えるにとどまっている。このビデオの制作にあたって各テレビ局に映像使用の同意をもとめたが得られなかったというのもその理由のひとつなのだろう。

 これまでは、隠された真実を伝えるのは、どうせだれも真に受けないようなメディアとウワサの役割だった。スポーツ新聞の大見出しは僅かな兆候からありもしないことを騒ぎ立てるものだということを多くの読者は知っていてそれを楽しむのだが、ときには思いがけぬ真実が書かれることがある。それは、真に受けてもらえないメディアが、信用されないからこそ、そのおかげで光を放つ、もうひとつの重要な役割なのだ。河原乞食と蔑まれた役者や芸人が、ときにお上を批判することができたように。
 同じように、ウワサの多くは真に受けてもらえず、相手が多すぎてどんな権力も締め付けようがない。おかげで、隠された真実を潜めつつ広げることができる。インターネットとりわけBlogは、マスメディアの武器を手にしたウワサのようなものだ。ウワサのように自由だがウワサよりはるかに速く広く伝わり、国境すら軽々と越え、引用と画像とリンクそして日本の新聞にはない記名が信頼性を高める。
 あらゆるものが中央集権をなす日本というシステムにぼくたちは塩漬けにされてきた。しかし、この国のありかたをひとりひとりの人間がみずからの手でつくり動かせるものに変える力がBlogには「ある」のだとぼくは信じたい。
 

投稿者 玉井一匡 : 01:41 PM | コメント (1) | トラックバック