April 24, 2005

Bird's h@us

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Be-h@us展に、野澤さんは小さな写真を貼り付けたボード6枚のほかにもまた魅力的なものをつくった。鳥の巣箱なのだが、どれもみんなひとひねりしてある。表に焼鳥屋のメニューがはってあるやつ、屋上緑化のために屋根に土をのせたもの、そして空と雲の絵が描かれていて空にとけ込んじゃう巣箱は出入り口の穴と木の節が同じ面で並ぶように作られている。もうひとつは横長で、裏に透明のアクリル板のふたをつけた巣箱(写真)。これには、「NO ROOM」と「FOR SNAKE」という文字が書かれていた。一部屋は「空室なし」で、もう一つは「ヘビさんのおへや」って 意味なのか思っていた。あとになって写真を見直したら、「ヘビ立ち入り禁止」って意味なんだと気づいた。ヘビが横になりやすいような横長の巣箱に、中味つまりごちそうがよく見えるのに入らないでっていう意地悪な巣箱なんだ、これは。
23日、世田谷美術館のあと関越道を新潟に走った。トンネルを境に春と冬の終わりが隣り合わせの道を急ぎながら、母の住む新潟の家にあるケヤキの木の足もとに「巣」の残骸がのこされたままになっているのを思い出した。


 針金のハンガーがケヤキの足下に散在している。樹上に巣をつくっていたカラスが、なぜか引っ越していったあとに少しずつ壊れておちてきたものにちがいない。カラスは、ヘビとならんで小さな鳥たちの恐れる敵の双璧だ。そのカラスも人間だけは恐れるから、人の通り道からあまり遠くないところに巣箱を置くのがいいのだと、聞いたことがある。
都知事にはとりわけ嫌われるカラスだが、かれらが青と白だけの針金を集めたのを見ると野澤さんの空の巣箱を思い浮かべた。もしかするとこいつらは、巣を空にとけ込ませようとしたのかもしれないぞと。やつらはこのほかに木の枝も使っていたが、そういえば、野澤さんの巣箱はどれもが木のほかに金属やプラスティックを使ったハイブリッドだった。 
 もうひとつ、巣といえば殻々工房の見学会のときのことを思い出す。メニューのひとつにハチノス(牛の第2胃)のトマト煮があって、ぼくは酒も飲まないのに酒の肴はことごとくすきだから、うまいうまいと食べてばかりいた。あとになって、あれは「Bee-h@us」というつもりだったのかな。そう言って欲しかったのかなと思ってメールを送ったら、そういうつもりではなかったと返事があったが、どうなんだろう。
  そのうち殻々工房で巣箱の展示会が開かれるのが楽しみだ。もしかしたら野澤夫妻、むかしむかしは鳥だったのかもしれない。

投稿者 玉井一匡 : 08:37 PM | コメント (4) | トラックバック

April 20, 2005

Be-h@us展といういえ・Be-h@usという行為

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 ほんとうは9:30に搬入という予定だったのに、すっかり遅れて12:00を少しまわってから、Be-h@us展の会場である世田谷美術館の区民ホールにたどりついた。おだやかな春の日差しのなかの公園を歩く道がやけに遠く感じられたけれど、まだ会場の設営は終わっていなかった。Be-h@usの実物をここで組み立てるのだから、けっこう時間をとられるのは当たり前なのだった。予定された位置にパネルが並んでいるのを見ると、みんなA1パネルを縦づかいにしている。しかし、ぼくは横づかいだ。ビニールの袋から出さずに、さりげなく立てかけておいた。レイアウトを修正して明日持ってくることにして実物の組み立てに加わった。

見学会には参加したことがあるのに、ぼくはまだBe-h@usを実際に作ったことがないので、組み立てに自分で加わると、疑問をもっていたことがわかってくる。接合部がシンプルであそびがないから、寸法が明瞭だ。その意味でたしかに、ぼくが望んでいる「住めるスチレンボード模型」という概念に近い。伝統的な工法の巧妙さに感動するが、同時にこのシステムのシンプルさにも胸躍る。屋根には垂木、壁の間柱、床の根太がない。100㎜前後の断熱材をはさんだパネルを柱と梁でつくられるフレームのあいだにはめ込んで、ミミを釘で留めれば躯体ができあがってしまう。そういうことを、マニュアルで読んだり見学会で見たりするのとは違う納得が、自分たちで運びどうやってつなぐのかを考えたりピンを叩いたりすると得られる。
 ぼくは、4m×4mのちいさないえにBe-h@us tinyというタイトルをつけて出した。以前に翻訳したタイニーハウスという本のタイトルとリンクさせたのだ。プロトタイプとしてのBe-h@usとして考えたつもりである。ことしの年賀状のデザインに、その外側だけつくったものを置いた。Be-h@us展のパネルには、つぎのような説明を書いた。(縦づかいの修正版で)

    *   *   *   *   *   *   *
 これは、Be-h@usでつくるプロトタイプのひとつというつもりで考えたから、具体的な場所も住み手も存在しない。
ただ、住みかた・生きかたは想定している。小さな家で生活すると、その中だけで完結せずに自分の庭やまわりのまちを含めて自分のいえだと考え、大切なものだと思うことができる。もちろん、自分のいえも隅々まで把握することができる。Be-h@usの小さい家なら、自分でつくることもできる。だから、生活に不十分と感じないですむ範囲でできるだけ小さな家を提案したいと思った。また、Be-h@usは床に断熱をせず基礎の外側で断熱をするから床下も室内と同じ熱環境にあるのだと現場見学会で聞いた説明が記憶に残っていたから、そこを生活空間に取り入れたいと思っていた。
 一番長い柱で高めの平屋にして基礎を少し高く作り床下も利用することにした。床下の天井高は通路になるところが梁の下でぎりぎり180㎝、他は床を30㎝あげて桐のフローリングを置くから1.5mの天井高の茶室にしたいと思った。床の下は収納に利用する。階段は狭いし天井は2m10cm以下だから、建築基準法では居室ではない。基礎や浄化槽のために掘った土を周りに積んで、崩れないようにネットで押さえておけば、やがて野の花に包まれる。緑化基礎だ。工事中に使った足場のパイプと足場板はデッキに利用し、ときにテントを張る。テーブルは壁に折りたためる。
屋根に太陽電池を張れば電気は自給自足も可能。2*4mのちいさな屋上も、ふたりの会話や昼寝には十分。風呂はなくてシャワーだから温泉や銭湯を利用、地域経済に貢献する。

投稿者 玉井一匡 : 02:04 PM | コメント (1)

April 17, 2005

山手線の不思議な物体


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日曜の昼過ぎ、高田馬場から山手線に乗った。車両に足を踏み入れると、その前の床に不思議なものが置いてある。
 発泡スチロールのウェディングケーキのようなものに、さまざまなキャラクターの人形が張り付けてある。そこから2mほど離れて、向かいのドアの脇の座席に妙な恰好をしたおじさんが座っている。スカートをはき、花柄のシースルーのブラウスを着て、胸を何かで膨らませているのに、顔は日に焼けて浅黒く、鼻の下と顎にひげをたくわえている。彼と物体との間には何かの関わりがあるにちがいない。
 ぼくは、なぞのデコレーションケーキに近い、おじさんの反対側の空席に腰をおろした。膝の上にデジカメをのせて、目立たないようにシャッターを押したが、まったくのピンぼけで、もう一度おちついて撮り直すとやや余裕ができたから、列車が駅に停まると乗ってくる新しい乗客が、これを見つけたときの表情に、ぼくは興味をそそられた。

 笑いをかみ殺しながらおじさんと謎の物体をみていたが、30人ほど乗り込んできた乗客の大部分は、たとえば酔っぱらいの嘔吐を見るように目をそらし、何も見なかったような顔をしている。
ただ二人だけ例外があった。若い男が、うれしそうに物体をみていたが、やがて携帯電話を取り出すと、メールを書いているような顔をして写真を撮った。もう一人、母親に手を引かれた5,6才の女の子が、後ろを振り返って興味をあらわにしたが、母親は目をそむけて子供の手を引っ張っている。見る人たちの反応は、おじさんと同じくらい興味深かった。
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 やがて、原宿に着く前に、おじさんはウェディングケーキのようなやつに近づくと両手にとって頭の上に載せた。なぞの物体は帽子だったのだ。ちょっと話してみたいと思っていたのに、おじさんが降りそうになったのでぼくはあわてて立ち上がり近づいた。
「これ、おじさんがつくったんですか?」
「そうだよ。学校で習わなかったかい?」
「こんな変なもん、学校なんかでならわないよ」
「尋常小学校でならったぞ」
「ほら、赤い鯨のミニチュア」と言って、正面につけられたプラスティックの箱の中で泳いでいる金魚を指さした。
原宿で降りようとするので、おじさんのあとをあわててぼくも追った。
「写真とっていい?」
「いいよ」といってプロレスラーかボクサーのようなポーズをとる。
写真を撮っているうちにドアが閉まりそうになったので振り返ると、車内の人たちはぼくのことを「向こう側」に行ってしまった人間のように見ている気がした。

投稿者 玉井一匡 : 09:57 PM | コメント (6) | トラックバック

April 16, 2005

半島を出よ・上


  手に汗をかくからだろうか、ぼくが本を持ち歩いているとすぐに汚れてしまう。教科書などすぐに読み込んだようになったから、学生時代にはたいへんな勉強家の本のように誤解された。だから本を買うときにはカバーをつけるかと尋ねられると必ずお願いしますと言う。でも表紙を見ていたいと思う本のときには、スキャナーで読み込んでプリントアウトしてカバーをつくる。
 この本の表紙は、博多の地図にヤドクガエルの写真をちらしてある。カエルだけが光沢のあるインクで印刷されていて、それがあざやかで毒々しい。ヤドクガエルというのは、この写真で初めて知った。Googleで検索してみると、800件あまりある。いちばんうえのサイトを開いてみるとペットショップで売っているらしい。南米の蛙で、毒矢をつくるのに使われたが、強い毒があるのは種類が限られるしペットとして与える餌では毒がつくられないと説明がある。毒ができないというのは、きっとウソあるいは謙遜にちがいない。飼ってみたいとおもった。

 まだ上巻の半分を読んだにすないが面白い。世界に引き込まれる。村上龍の小説は限りなく透明に近いブルーとコインロッカーベイビーズしか読んでいないけれど、それは好きじゃないからではなくて、出版されてすぐに読んでとてもいいと思ったから、気楽に読み流せないからなんだろう。コインロッカーベイビーズのあとがきに、著者は100メートルを走るようにして42.195キロを走ったと書いていた。
 「半島を出よ」は、13才のハローワークのように登場人物がやたらに多くて、だから履歴書のようにひとりひとりの背景説明を書いているし登場人物のリストもので読みにくい。それでもおもしろいと思えるのは、日本の現在のありかたについての批判を、北朝鮮の若者たちの目を通して描いていることに同感するからだ。9.11にワールドトレードセンターにつっこんだ若者たちは、きっとただの狂信者ではなく、別れを惜しむ人たちが沢山いたはずで、それを捨てて飛び立ったに違いないが、大部分のメディアは、ひとりの人間として彼らを描写することがなかった。だから、彼らの目を通してアメリカのあり方、それに追随するぼくたちのありかたを問うことはなかった。
 いまもぼくたちは中国のデモのなかに、自分の気づかないあるいは気づかないふりをしている日本のあり方を、読み取らなければならいはずだ。
 

投稿者 玉井一匡 : 09:07 AM | コメント (3) | トラックバック