September 26, 2005

映画 もんしぇん

10年をこえる時をかけてやっとできたが、見てもらわなきゃはじまらない。
Goshoura.jpg 御所浦町:click image to jump up to Google マップ


 いい年をしてと思いながら、ぼくはいまだに飛行機では窓際を選んでしまう。空から地上を見ると実物の地図がよくわかるからだ。広い平野と山の裾が接するところを見れば、緑の海に浮かぶ島のようだが、それもむかしは本当に海だったのだろうと想像して時間を遡る。山の頂から地球の表面は下ってゆき、海の下を通り向かいの島とはつながっていて、ただそこに海の水が載っているだけだと感じられることもある。里山に抱かれたところが心地よい「谷戸」となって集落ができるように、緩やかな斜面に囲われた小さな湾は、もうひとつのしあわせな地形だ。里山は人の住む里と自然の山が接するところだが、入江では海と山の間に集落がある。いずれも、複数の世界が重なった場所が小高い地形によって外界からまもられて小世界がつくられる。
 小さな島の小さな入江を舞台にした「もんしぇん」という映画が、先日、やっと内輪の試写会にたどりついた。音のないビデオや編集途中のものは見たけれど、最終的に編集された映像を、ぼくはまだ見ていない。

 もんしぇんなんてタイトルは何も思い起こさせないと反対する意見も多かった。いまでは、この地方でさえあまり使われることもなくなった言葉だからだが、この地方で「もんしぇん」ということばは「だから」という意味につかわれるのだという。そういえば、長崎県出身の母方の祖父は、東京に住みながら最後まで長崎弁が抜けなかったが「俺が行くしぇん」というぐあいに「しぇん」ということばを「・・から」という意味に使っていた。
 理由と結論を結ぶ接続詞は論理をつくりだすが、だからといって、かならずしも行動を導くわけではない。 世界は両義的あるいは多義的な事象に満ちていて論理はいくつもあるのだが、行動はひとつを選ばねばならない。多義的な小世界をつくる入り江、それが小さな島の中にあるとすればなおさらだ。しかし、多義的であることは不明瞭であることと同じではない。入り江や谷戸は多義的な植生や生物相があるが地形は明快である。だからそこには、ひとつの小世界がかたちづくられる。ぼくたちがこういう地形を理想のひとつとするのは、明快な構成の器に多義性が盛り込まれるからなのだ。何億年か前に両棲類が海から陸に上がったときも、それはきっと入江からだったろう。この島では、恐竜の骨の化石が見つかり、御所浦白亜紀資料館という小さな博物館もある。

 この映画は、上の衛星写真の島、熊本県御所浦、正確には御所浦町の牧島を舞台につくられた。あるいは、この島の小さな入り江がこの映画をつくったというのがふさわしいのかもしれない。
 物語は・・・・身ごもってひとりになった若い女が、故郷の近くの入り江にたどりつく。はるという。
そこには老人ばかりが土人形(どろにんぎょう)をつくりながら屈託なく暮らしている。中にただひとり、ちいという若い女が一緒に住んでいるが、けっして口をきこうとしない。心ならずも迷い込んだはるは、そこを出て行こうと思いながら老人たちに引き止められ、もとよりかれらの作る世界に好奇心をもたずにはいられない。さらにあらたな老人たちも加わる。・・・産む、産まない、帰る、残る、不安、やすらぎ、老い その中ではるは、そこの場所とそこに住む人々にひかれてゆく。

 最終版を見てもいないのに勝手なことを書くのは、この映画の作られる過程を、ぼくは長い間そばにいて見たり脚本を読んだり、この島にも行ったりしてきたから、どういう素材があり何をこころざしているかはわかっているつもりだからなのだ。うちの事務所が彼らの打合せの場所になっていたから、来れば論争がうるさいけれど、しばらく来ないとさみしくなった。そんなわけだから、ぼくには公正な評価をすることはできない。若者たちを応援するけれど、かといって思いもしない褒め言葉を使いはしない。そういう立場で、来年に予定している公開まで、この映画とそれに関わることを、ときどきエントリーしてゆこうと思う。

このブログ内の関連エントリー
mF247/*音楽配信サイト & 脈動変光星
*「もんしぇん」の公開
*もんしぇんの試写会
「もんしぇん」と「一角座」
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*追記:初めてGoogleマップをご覧になるかたへ

 写真をクリックして、googleマップの画面に移ったら、いろいろと画面を変えることができます。
・右上の「マップ」というボタンをクリックすると、同じところが衛星写真から地図に変わります。
・左に、上が+下がーになっているスライド式のコントロールがありますが、このつまみを上に引くと大きく、下に引くと島は小さくなる代わりに、下端までいっぱいに動かせば地球全体が出てきます。
・位置を変えるには矢印をクリックして東西南北に、どこかの場所をダブルクリックすれば、そこが画面の中心になります。
 まだ、不十分なところが2つあります。今のところ日本とアメリカとイギリスしか細かい地図が用意されていないこと。もうひとつ、地域によって写真のクローズアップの限界が違うことです。大都市ではひとつひとつの建物が認識できるくらいまで近づけますが、たとえば御所浦のようなところだと、あるところから先は写真が見られなくなってしまうのですが、遠からずそれもかわってゆくでしょう。

 インターネットのこういう使いかたは、はじめに構想したひとたちの意図をもっとも表しているもののひとつだと思います。それはきっと、場所についての人間の感じ方考え方を感覚の段階で変えてゆくでしょう。高いところから見た写真では国境線なんか見えない。中央がえらくて地方がそれに従属していると考えることや、ここは自分たちの領土だといって国家が対立していることなどを別の目でみることができる。いますでに東京経由でなければ世界とつながらないという考え方は弱くなりつつあることがもっと進み、それぞれの場所がそれぞれにいいんだという見方が進むだろうと想像すると胸が高まります。じつは大都市と同じように、小さな島の小さな入り江は世界とつながっている。むしろ、世界の本質にずっと近いところにあるのだと。
「日本海とGoogle マップ」も、お読みになってみてください。

投稿者 玉井一匡 : 01:20 AM | コメント (5) | トラックバック

September 22, 2005

プルートウ

 浦沢直樹の「プルートウ」の第2巻をHさんが持ってきてくれた。前にエントリーしたが、彼は読み終わった本をDVDに保存する。背表紙の部分を裁断機で切断し、自動スキャナーで取り込んでDVDにしてしまったので持ってきてくれたのだった。いらなきゃ捨てていいよというが、ぼくの好きそうなやつを選んでくれるから、ぼくは捨てない。パンチで穴をひとつあけてリングを通した。第1巻は、まだ裁断していないのを持ってきてくれたのが事務所に置いてあったから、それはHさんに返した。
「プルートウ」は、鉄腕アトムの生まれた2003年4月7日を記念して浦沢が書いた鉄腕アトムの物語なので、表紙には作者として「浦沢直樹×手塚治虫」とある。雨の中で傘をさしたアトムがカタツムリを見つけるという登場で第1巻は終わった。だから、アトムが本格的に出てくるのはこの2巻からなのだ。浦沢がこの企画を虫プロに持ち込んだときのことを、手塚治虫の息子である手塚眞があとがきに書いている。一旦は婉曲に断ったのに、試作版をもって再度訪れたので、さすがに了承せざるをえずに浦沢に注文をつけたのだそうだ。キャラクターも浦沢流で描いて手塚治虫にガチンコ勝負を挑んでほしいと。

その注文のとおり、お茶の水博士、田鷲警視、アトム、そしてウランちゃんも登場するが、浦沢流の人物になっていて、長いあいだぼくの記憶に固定されてきたものとの違いが、彼らの登場のたびに感慨をあらたにする。たとえば漫画を実写版の映画にしたときの違いとは、別の違いがあるんだ。
人間をはるかに越えた能力を持ちながら限りなく人間に近い感性をもつロボットの苦悩は、アシモフ原作のアイロボットがそうであったようにロボットSFに共通のテーマだが、浦沢が丁寧につくりなおしたキャラクターは手塚が書かなかったものを表現する。手塚の人間たちはロボットのように見えるが浦沢のアトムは人間にしか見えない。手塚のアトムは未来とロボットを考えさせたが、浦沢アトムはロボットを通じて現在の世界と人間を考えさせる。イラク侵攻の問題も取り込む。浦沢が「やわらちゃん」を書いた人でもあることを思えば、かくも性格の違う漫画を描いてしまう才能に敬服する。
ところで、plutoは冥府の神、惑星の名では冥王星だ。海王星はなんとなくtitanだと思いこんでいたのだが、調べてみたら大間違いでtitanは土星の第6衛星。カタカナで使われると、あるときは金属のチタンになり、ロケットならタイタンと表記される。船の名になればタイタニック。つまり、titanは太陽系の惑星とはレイアがひとつ違うのだった。海王星はneptune。
2巻の最後のページには、それまで後ろ向きだった少女が憤慨してふりかえるクローズアップのウランで終わる。

投稿者 玉井一匡 : 02:30 PM | コメント (0) | トラックバック

September 16, 2005

水辺の花

8月上旬の日曜日、暑さのさなかに葛飾区の水元公園を見に行った。江戸川沿いに残された三日月型の池を取り込んで、あまり人工的な加工を感じさせない、いい公園だ。金町が最寄りの駅だが、江戸川をはさんで松戸の真向かいの位置にある。立体的な変化には乏しいが、水辺にあるので、植生や平面的な表情がゆたかで、しかも空が広い。あらゆるものの境界は、空間であれ文化であれ知的領域であれ、かならずおもしろい楽しい気持ちいい。日当りがいいので、連れて行ったクーは毛皮をまとっているからすぐにへこたれた。
 その池の中に立つ丸太の杭の先端が腐敗しているところに、植物がしっかり根を下ろしている。構築物としては崩壊が進んでいるのに、生物の世界から見れば、死んだ樹木を微生物と植物が生命に変えているのだ。杭の繊維が水を吸い上げるから植物にとってはすこぶる具合がいいのだろう。赤いちいさな花の房が咲いているが、ぼくは名前を知らなかった。


その次の週末に新潟に行った。雨模様の日だったが夕方になって晴れてきたので、夕焼けの田んぼ道、自転車を走らせた。農業用水路をホタルが住めるようにするという計画を亀田郷土地改良区が進めているのを、気になっていたのにまだ見ていなかった。日が落ちる前に様子を見ようと新潟スタジアムの近く目指して急いだ。水路は、これまで機能優先で索漠たるものがつくられてきた。鉄板の矢板を垂直に叩き込んでその頭をコンクリートでつないで擁壁にしている。さらにそれが内側に倒れないように水平にパイプを付けて支える。水量の多いときには流れも速いから大人でも落っこちたら這い上がれない。魚も住まなくなったつまらない水路には、こどもたちも寄り付かずにファミコンやプレステに向かう。だから子供が落ちることも少ないだろうが、落ちたら助かるとは思えない。
 矢板はひどく錆びて、つつけばポロポロと剥がれるほどにいたんでいる。そこで、どうせ直すなら水路を自然の流れにすこしでも戻そうという計画なのだ。とはいえ、もともとは決して清水の流れるところではないのだからホタルが棲むようにするのは容易なことじゃあないだろう。というわけで、工事がどう進められているかを見に行ったのだった。
 「東京の公園と原地形」でいわれるような「谷戸」とはちがって、このあたりでは、周囲に葦の生い茂る湿地のことを「やち」という。「谷地」ではなくて「野地」と書くのかもしれない。「やち」だったあたりの一部には植えられた蓮や蒲が花をつけ、また一部は水際を石積みで固め斜面に花が満開だった。数台のユンボも置いてある。やあ、水際には水元公園で見たのと同じ花だ。
 写真をたよりにtacがBotanical Gardenを検索して見つけ出した。「ミソハギ」という。溝萩と書くのかと思ったら「禊萩」ーみそぎ萩ーと書き、湿地に咲くとある。水際に咲く花は、背景がいいことでずいぶん得をするし、それを見ている立場のぼくたちも、水辺の気持ちいいところにいるので、花を美しく感じるから二重に得をするわけだ。

投稿者 玉井一匡 : 01:35 AM | コメント (0) | トラックバック

September 13, 2005

西麻布押入の下張


  click

きのうから新聞もテレビも見る気にならないけれど、そのかわりに、机の引き出しに入れた古い新聞を思い出した。数年前に西麻布の古い長屋をそば屋に改装する現場で、2階の押入の壁に張られた紙がはがれて裏面がみえていた。はがしてみると、1933年・昭和8年3月25日の東京朝日新聞夕刊の一面だった。見出しに「ナチス独裁の覇業遂に完成す」「ドイツ国会愈可決」とある。ヒトラーの写真は、両目と口、正確には口髭に線香をあてたのだろう、焼けこげた穴があいている。新聞はナチスの独裁が完成したことを歓迎しているようだが、この読者はヒトラーの写真に線香で穴をあけたいと思うひとだったことが、ぼくにはうれしい。

 ヒトラーの写真の下に書かれた解説にはこうある。
「共和国ドイツの運命を決すべき劃機的議会は廿三日午後二時開会、一時間にわたるヒトラー首相の施政方針演説後三時間休憩、六時十五分再開され憲法の変更を目的とする全権委任法を可決した、其可決には出席議員三分の二の賛成を要し従って中央党の向背が注目されたが同党は誠意ある国政の運用を政府に希望したのみで簡単にこれに賛成し、社民党の九十四票の反対投票に対し、国粋社会党、国権党、中央党、バヴァリア人民党、国家党などを合わせて賛成は四百四十一票にのぼった、全権委任法は、憲法に規定された国会、大統領、参議院などの権限の重要部分を政府そのものに譲渡するもので国政の基準たる憲法はその髄を抜き取られ政府は名実ともに完全なる独裁権を握るに至った、国粋社会党の党歌の合唱耳を聾する「ハイルヒトラー」の交響楽のうちに議会は無期休会を決議し、かくてドイツ共和制は成立後十四年にして実質的に圧殺された(写真は得意のヒトラー氏)」
 このころの新聞の記事には「。」がなくて「、」ばかりなのだなんてことを発見した。見出しではナチス独裁を言祝ぐようだが、記事の内容は必ずしもそうではないようにも思える。先日、朝日新聞の記事、加藤紘一の談によれば「小泉さんはひとりでワグナーを聴きながら決断する」そうだ。2/3なんていう数字をみると心配になるが、ヒトラーの真似はワグナーを聴き入るくらいのことにしておいてほしいと願うばかりだ。

投稿者 玉井一匡 : 11:44 AM | コメント (4) | トラックバック

September 04, 2005

柳川堀割物語


「柳川堀割物語」/監督 高畠勲・製作 宮崎駿DVD
 もう20年近く前に、福岡県出身の友人に勧められたのを10年ほどしてやっと見た。それも、新宿のつたやで1本だけの古びたビデオを借りたのだった。以来、このビデオは買っておこうと思いながらそのままになっていたのだが、先日、クライアントとの打合せでこの映画の話をした。ぜひ見てほしいと思ったのでamazon.comでしらべたらちゃんとあるが在庫わずかだと書いてあったから絶版になるのかと心配してあわてて注文したのに、今ではそんなことはなにも書いていない。
 福岡県柳川市を縦横にめぐる掘割と、そこに生活するひとびとのドキュメンタリー映画で、一部に説明のためにアニメーションが使われている。DVD版の「映像特典」のひとつ「赤坂憲雄が聞く高畑勳と柳川掘割物語」を見ると、はじめはアニメーションとしてつくるつもりだったのが、実写のドキュメンタリーになったという。それを見て赤坂憲雄と中沢新一との対談「網野善彦を継ぐ」を思い出した。引っぱりだしてみると、表紙は日本海をはさんで逆さまになった日本列島が配置された地図だ。こんな表紙だったんだっけ、われながらほんとうに忘れっぽいやつだとあきれてしまった。

 現代社会の、川や海に対する重ね重ねのひどい仕打ちは、山の奥でも都市の中でもいたるところで目にする。それだけに柳川の堀割に対する市民の思いや、そこに注ぎ込まれてきた愛情と労力を知ると、いまぼくたちの生きているこの時に残された掘割に書き込まれたものの厚みと重さを実感する。この映画を勧めてくれた友人にとっては、堀割のたくみな機能や歴史が印象に残ったらしいが、ぼくにとっては、下水道係長・広松伝氏というたった一人の人間の情熱と行動力がいかにひとびとを動かしたかという物語として記憶されていた。見直してみると、じつは友人の視点に割り当てられた時間のほうがずっと多い。
 ひところ堀割がどぶ川と化していたので、一部を除いて暗渠の下水道にすることを決定し、国庫補助もきまっていた。にもかかわらず、堀割を残すべきだと広松氏が市長に進言すると、市長は6ヶ月の猶予を与え、その間に説得力のある資料をそろえることができれば提案を受け入れようと答える。その結果、補助金も返上し、多くの市民による参加の意欲と行動をひきおこして堀割を蘇生させる。さらに、それを維持する仕組みも生き返らせる。たった一人の人間が始めたことが、少しずつ人間を動かし、それが重なることによってどれほどの重要な結果を残すことができるかという、勇気づけられる物語だ。YanagawaSatelite.jpg
さらに、もっと本質的なことも描かれている。
 人間と水の接点として、堀割という仕掛けはもっとも密接で小さい。小さなものが集積することによって構築された微妙で巧妙なネットワークなのだ。近代の技術の多くは、規模をより大きくすることで効率の向上をはかってきた。下水を暗渠にして大規模な廃水処理場で処理した水を川や海に放流するというのも、そのひとつだ。しかし、じつは大規模にまとめるというシステムは、必ずしも効率がいいわけではないということがわかる。大型のコンピューターから端末の小さく能力の劣るコンピューターへと樹木の枝のようにつくられたシステムが、パーソナルコンピューターが互いに同じレベルでネットワークを構築するというシステムに移行したことが思い浮かぶ。
 かつての堀割は、道のように物流と人の移動をささえるものであり、雨水を逃がす排水路であり、農業用水路であり、さらに明け方の水のきれいなときには上水路でさえあった。じつは双方向のネットワーク、あるいはブロードバンドなのだ。

 宮崎駿と高畑勲は、このころ監督と製作を一作ごとに交代しながら映画をつくっていた。この映画は高畑監督+宮崎プロデューサーという体制でつくられた。たしか、ナウシカのあとという時期だが、決して興行的な成果は望めない種類のドキュメンタリーであるだけに、彼らのこころざすものが何であるかを直接に物語る。高畑によれば、この映画をつくったころの広松氏は、役場の中でむしろ浮いた存在になっていたという。行政に携わるひととして、これ以上ないほどの成果をあげた人が、そのような立場を余儀なくされるという精神風土にも、浚渫が必要だ。
このごろぼくは、なにかというと、Stay hungry. Stay foolish. ということばをよく思い浮かべる。この映画をみてもそうだった。Appleコンピューターのスティーブン・ジョブズがスタンフォードの卒業式に招かれたときに、Whole Earth Epilogから、引用したことばだ。「満足するな、目先のことにとらわれるな」なんていわれるとどうも説教くさいが、Stay hungry. Stay foolish. なんてジョブズが言うと、そうだなあと納得してしまう。

 ぼくは一度だけ柳川に行ったことがあるけれど、もうずいぶんと時が経っているが、その後の柳川がどうなっているのかについても気になって探した。

・第2回『にいがた堀割・堀端会議』シンポジウム「城下町柳川の堀割〜再生の意味を説く」 講演1 故 広松 伝氏
・熊本県立大学環境共生学部柳川の堀割「再生」について考える —フィールドワーク実施報告—

投稿者 玉井一匡 : 10:19 AM | コメント (0) | トラックバック