December 24, 2005

桑原弘明展 SCOPE

scopecartain.JPG
 ギャラリーに着いたけれど、ドアから2、3mほどのところに黒いカーテンが引いてある。今日は休みなのだろうか?しかし、記名帳が置いてあるぞと思っていると、にこやかに女の人が入ってきて会釈をしながら黒いカーテンの端をすり抜けて行った。そりゃあ暗くしたいのはあたりまえだなと気づいて名前を書いて中に入った。一辺が7、8cmほどの真鍮とおぼしき小さな箱が6つほど、ひとつずつ台の上に載せてある。箱の正面に望遠鏡の接眼レンズのようなものがひとつと、他の面に4つほどのガラスの蓋のついた丸い穴がある。レンズから覗くと、ミニマグライトのような小さなライトを持った人が丸い穴から光を入れてくれる。光を入れる位置と方向を変えると、超広角レンズで見るような箱の中の世界の時刻が変わる。季節が変わる。そして世界が変わるのだ。

 この小さな空間は動かない。視点も視界も固定されている。つくりものなのに、実物がぼくたちにもたらす以上のものを感じさせるのはなぜなんだろうという疑問は帰り道のぼくにつきまとった。
あの黒いカーテンが始まりなのだ。まず、カーテンを引いてギャラリーの中に暗い大きな箱をつくる。その中に8cmの金属の筐。その筐の中に小さな部屋。その奥にもっと小さな窓。窓の外には空がある。空には星が光る。限りない宇宙もこの筐の中にある。暗くすることで、ぼくたちの目はわずかな光も感じ取るようになる。小さくするることで、ぼくたちの注意力のすべてが数センチの範囲に注ぎ込まれ、注意力の密度が高められる。
桑原さんにうかがった話を思い出した。

 見る側と作る側に同じことが起きるのだ。
「やはり実体顕微鏡(両目で見る顕微鏡)もお使いになるんですか」
「ええ、部品をつくるときは実体顕微鏡を使うんですが、それを組み立てるときにはこうやって」
と、桑原さんは片目にレンズを取り付ける動作をしてみせる。昔の時計屋さんのように、眼窩にはめ込むレンズだ。なんと呼ぶのか分からないので、あとで調べると、アイルーペというのだった。
「こういうのもあるでしょ」と、ぼくはサンバイザーのような両目につけるルーペのしぐさをする。
「組み立てるときは、なぜか、片目じゃないとだめなんですよ」
「そうなんですか」
 たとえばICのような小さなものを組み立てるときには顕微鏡で覗きながら作業すると、それに応じた精度で人間の手は動かすことができる。そのことを、ぼくはとても不思議なことだと思っていたが、それと同じことなのだ。筐の中を見る時と同じように、作るときにも小さな範囲に限定すればそこにすべての注意力を集中することができるのだ。ところが組み立てるときには片目のルーペで見ながらでないと駄目だというのは、ちょうど杉本博司がニューヨークの自然史博物館のジオラマを片目で見たというのと同じじゃないか。部分を作る時には事実を両目で見た方がやりやすいけれど、想像力を駆使して世界を作ってゆく時には片目で見るのがいいのだ。液晶ディスプレイで写真を撮るときにも片目で見る方がいいのかもしれないぞ。
 
君好みだよと秋山さんから二度も電話をいただいた。ぼくもみんなに知らせたいが、もう今日で終わる。毎年12月に、このスパンアートギャラリーギャラリー椿とで交互に個展を開いてきたが、来年は今までのものをみんな展示するという。「12月になったら思い出してください」。
「スコープ少年の不思議な旅」をバッグに入れて「来年の手帳に書いておきますよ」といって外に出た。

投稿者 玉井一匡 : 08:08 AM | コメント (4) | トラックバック

December 22, 2005

皇帝ペンギン

 
 ギンレイホールで、記録映画「皇帝ペンギン」を見た。想像を絶する忍耐、存在の耐えられないかわいらしさ、親子の愛情。コミュニティ、高断熱、努力の非効率、それにひきかえエネルギー消費の高効率。いつもながら徹底した環境への適応。ことごとく胸を打たれる。
 南極という不毛の地で、もっとも厳しい気候である冬のさなかに卵を産み、メスはそれをつれあいに渡す。彼はそれを両足の甲の上にのせて、羽毛で包むようにして大切に大切にあたためる。そこから転げだすと、たちどころに卵は凍結して死んでしまうから、ひたすら立ち続ける。移動するときには両足のつま先を上げて卵が転がらないようにしながら踵だけで注意深くすこしずつ歩く。彼らは巣を作らない、持たない。なぜなら、体温の放出を減らすために、数えきれないほどのペンギンたちが文字通り身を寄せあっているからだ。もしもそれを真上から見たら、きっと蜂の巣のように一羽ずつが六角形になっているかもしれないなと思ったら、そういえばナレーションでは亀の甲羅がどうとかといっていたのを(字幕に依存して)思い出したが、そのことに違いない。ペンギンは直立するから、氷と接する面が少なくて、身を寄せ合うと互いの体が接する面が大きいのだ。中の方にいたらとても暖かいだろうが、周囲はさぞかし寒いだろうに、その入れ替えはどういうふうにしてされるのだろう。

 卵を抱えている間、父親は飲まず食わず、ただ両足の甲にのせた我が子を温め続ける。メスだってそのあいだ遊んでいるわけじゃない。卵を産んでオスにわたしたあと一列に並んで、海までの大移動をする。ここへ来るときが1回目でこれが2回目のMARCHE。目的は餌、孵化したときに子供たちに食べさせるためだ。走るメロスのごとく、母親たちはまた連れ立って長い旅をして戻り、数えきれないほどの仲間がいる中からちゃんと自分の子供をみつける。
 母親が帰るまでの間、父親ペンギンは体内に食べ物を蓄えているはずだし、母親も海から戻った後に、自分と子供の食料を体内に蓄えているのだ。食べ物を蓄積するシステムはどうなっているんだろうか、あの長い胴体も、それと関わりがあるにちがいない。
 原題を「LA MARCHE DE L'EMPEREUR」-皇帝の行進-という。産卵、メスの餌集め、雄の食料補給、長い行列をつくって決死の移動をする。わざわざ最も過酷な季節に卵を産み、冬眠もせずに立ちつくす。太陽の乏しい真冬に青々と葉を茂らせる彼岸花の偏屈を思い出すが、彼岸花は球根という食品庫を抱えている。しかし、それでもこうして繰り返すペンギンの生き方には訳があるはずだ。
 海からはなれた餌のない場所、最も寒い時期の産卵と子育てという選択は、天敵の少ない時期を選んだ結果にちがいない。だから戦う武器も逃げるすばやさももたない。命がけの大移動は大人たちだけで、卵から子供たちが孵るころには、温かくなって氷が溶け始めて海が見えて来る。次々と海に飛び込んでゆく。

ペンギンたちの至福のとき、豊穣の季節。初めて彼らが泳ぐ姿を動物園で見たとき、かくも自由に飛ぶことができるのかと、ぼくは感動した。彼らは、空でなく水の中という3次元を飛翔するのだ。冬の間ゴールキーパーだったペンギンは、夏には水の中を滑空するフォワードに変身する。苦難を耐えられるのも、この歓びがあるからなのだ。

投稿者 玉井一匡 : 12:15 PM | コメント (6) | トラックバック

December 16, 2005

THE PLACE OF HOUSES

 THE PLACE OF HOUSES
 Charles W. Moore, G. Allen , D. Lyndon , W. Turnbull
 MADCONNECTIONのおかげで「美の巨人たち」のチャールズ・ムーアとシーランチの2回目は見ることができた。見そこなった1回目では、シーランチとムーアについて「あまり有名でない」という解説が加えられたというので、ぼくはちょっと驚いてしまい、この本について書いておこうと思った。このBlogのタイトルMyPlaceは、この本とすくなからぬ関わりがあるから、いずれ書くつもりではいたが、先日、「アースダイビング@下北沢」にトラックバックされた脇田さんのblogでも「場所」と「空間」についてふれられていた。

 ぼくが、「場所」と「空間」を対立概念として意識するようになったのは、いまから30年も前にこの本を読んで、それから数年経ってからのことだ。ムーアはこの本のタイトルとして、SPACEと音を合わせるようにPLACEということばを選び、対立概念としたのではないかと気づいた。だとすれば、近代建築の中心をなすのはなによりもまず空間つまりSPACEだから、この本はまずタイトルがモダニズム批判なのだが、そこはムーアらしく正面からSPACEを批判したわけではなく、本の形式もその道具のひとつとして使っている。 建築の専門家に向けてではなく、自分のイエを建てようとしている人たちに向けて書くという形式をとったのだ。 
 序文には、スタイルブックのような本を作りたかったのだと書いている。住宅はかくあるべしと論じるのではなく、イエのさまざまなあり方を示し、住宅の「スタイル」を具体的に見せる。しかし、スタイルブックだからといって、モノとしての住宅を羅列するのではない。まちのありかた、生活、イエの構成のスタイルを具体的に説明しているのだ。これらは、そこから直接的に何かを学ぼうという実例であるよりは、むしろ根源的なところで共通する意味を読み取る寓話あるいは神話のようなものかもしれない。モダニズムは、普遍と純粋を目指したのに対して、住宅とまちの個別なありかたを具体的に語ったこの本の形式そのものが、実はモダニズムに対する異議申立てである。

 「THE PLACE OF HOUSES」をamazonで検索すれば、「なか見検索」で表紙と目次、本文の一部、索引を見ることができる。内容は、およそ4つの章からなり、それにチェックリストや索引が加えらるという親切な構成だ。
1)Houses of several places
2)The three orders
3)Setting out choices
4)Inflecting the scheme
「places」ということばは、1章目のタイトルに使われる。この章ではアメリカの、性格の異なる3つのまちをとりあげてまちと住宅の関わり方を示す。いいまちにいいイエがつくれられ、いいイエがつくられることでまちがよくなるのだというケーススタディである。
ニューイングランドの古いまちエドガータウン、大地震のあとに意識的にスペイン風の町づくりをしたサンタバーバラ(マイケルジャクソンが住んでいるので有名になった)、そして「美の巨人たち」に取り上げたシーランチはカリフォルニアの海岸の崖の上の別荘地。
これらは、すでに存在するものたち、周囲の自然環境、まち、これまで生きてきた人々、これまでに存在してきたまちのありかたを読み取り、それらを大切にした積み重ねがいいまちをつくった。シーランチでは、はじめの志とは少しずつはなれていった失敗についてもふれている。
1章目でまちとイエについて論じたあと、2章目以下では住宅の中身のスタイルに向かい、ひとつの住宅をつくることに目を転じる、つまり、イエがつくりだすPLACEである。
MOORE.jpg 「空間」は抽象的な概念だから取り替え可能なものであるのに対して、「場所」は、他にないそこだけそれだけの取り替えのきかない具体的なもの、たとえばひとりひとりの命のようなものだ。
 難しいことばをつかうのが好きな建築家たちは「ゲニウスロキ(地霊)」とか「トポス」なんて言葉を新兵器にして、かつてポストモダンを気取った。その追従者たちは過去の貯蔵庫からデザインのネタを取り出してきて不足を補うというぐあいに自分の表現の道具にした。しかし、ムーアは分かりやすいものやありふれたものを駆使して、たのしい気持ちいい場所をつくりだし、それが軽やかにモダニズム批判となったのだ。
 
 たとえばモダニズムに邁進するディベロッパーだって、彼らなりにいい都市、いい住宅、いいオフィスをつくることを目指している。しかしそこでは、すでにあるまちも、すでに住んでいる人たちも、積み重ねられた時間の痕跡も、現実に象徴的に清算してあらたに「現在」を塗り重ねる。それは、ニューヨークであれ上海であれ同じ広さおなじ形の土地であれば置き換えが可能な都市だ。ひとりひとりの命に想像力を及ぼすことなく、兵士の数の減少とその補充を考え、自分たちは命の危険にさらされることのない参謀本部のようなものだ。

 実を言えば、ぼくは厚い英語の本を進んで読み通すほどのことはしない。これを読んだのは、石井さんが翻訳しないかといってるけどどうだと難波が言ったからだった。面白そうだから、そしてなによりムーアの建築が大好きだったから、単行本の翻訳はしたこともなかったのに引き受けることにしたが、ずいぶん長い時間がかってしまった。石井さんはそのころイェールにいて、その間とうとう一度も会わずに翻訳をすすめて本になった。タイトルは「住宅とその世界」と提案したのがそのままつけられたが、本の性格からすればWhole Earth Catalogのような気軽なペーパーバックにしてほしかったがハードカバーの立派なものになって4000円近くになった。その後は再版されずに、絶版になってしまったが、原書はまだ買うことができる。鹿島出版会で担当してくださった編集の京谷さんは翻訳をとてもほめてくださったのだが、いまになって読み返すとアラが目について、できるものならやりなおしてもっと気楽な本にしたいものだ。このあと、やはりムーアの「BODY, MEMORY and ARCHITECTURE」(Kent C. Bloomerとの共著)という本も訳した。これも日本語訳はなくなったが原書はamazonで検索できる。ぼくはたしかそのまま日本語にして「身体 記憶 建築」というようなタイトルを提案したが、やはり立派な装丁で、「建築デザインの基本」なんていうつまらないタイトルになってしまったのに、なぜかこちらは再版された。

投稿者 玉井一匡 : 01:10 PM | コメント (12) | トラックバック

December 10, 2005

かわいい家並み:小さな影

 
 妙正寺川に来る鴨の数が毎年少しずつ増えている。毎朝のように餌をやる人がいるおかげなのだろう。石積みの壁をこわして、代わりに石垣模様の仮枠で打ち込まれたコンクリートの擁壁とコンクリートの川底になったのをぼくは嘆いていたが、苔が生えて古びてきたし擁壁と川底の接線に草が生えてきたおかげで、ぼくの目もすこし慣らされた。そこに朝日を受けた家並みの連なる影が擁壁に落ち水面には快晴の空が映っている風景は、ちょっとみるとかわいい町並みのようだ。
 ほんとうはほぼ同じ間取りなのに表面を少し変えただけの家をならべた、いわゆるミニ開発で、けっしてほめられた家並みではないのだが投影という変換をほどこすとなかなかかわいい町並みになる。ニセモノの石垣も、時間の経過とたくましい植物の発生という変換によってパターンの繰り返しがすこし気にならなくなったし、テカテカのアルミの手摺さえ鳥の糞がついてちょっとましになった。

だからといってお手軽なミニ開発やニセモノの石垣をいいとは言いたくないが、すくなくとも巨大な塔の職住接近とくらべればよほど罪がない。わずかな変換がなされただけでちょっといい風景になるのだから始めにもう少しよく手を加えればよくなるだろうし、これから手を加えることだって木造だからやりやすい。
 犬をつれて朝の散歩をすれば、花に水をやりながらご主人を見送る奥さんや、おぼつかない足取りでリハビリの散歩に行くお年寄りと挨拶をかわすことがこのあたりで多いのも、むしろ小さないえだから外に出やすいせいだ。そうしてすこしでも仲良くなると、家にもいいところをさがしたくなるのもたしかだ。
 大規模な開発や巨大な塔のなかの生活が仮りに気持ちのいいものだとしても、それは周辺の犠牲、あるいは、地形、歴史、思いで、地域社会の破壊という、後戻りのできないたくさんの消費と引き換えにもたらされたものだ。ためしに近くに同じような塔ができれば、すぐに失われる気持ちよさであることを思えば、それは「都市のチカラ」というよりは都市のチカラずくで手にしたというものではないか。

投稿者 玉井一匡 : 10:27 AM | コメント (3) | トラックバック

December 08, 2005

メメント モリ:長い影

 六本木ヒルズの森美術館の入場券で展望台「シティービュー」にも行ける。なにしろ、高台に高いビルが立っているのだから、ここからは東京タワーを眼下に見下ろすほどだ。午後2:40ころには、六本木通りをアメリカ大使館宿舎の近くまでとどくような長く黒い影を落としている。
 なぜ、こんなに高いビルを高台に建てなければならないのか、なぜこんなに大規模な建築を作らなければならないのかという、根源的な疑問が湧いてくる。もうオフィスビルの供給は十分だと言われてから久しいのに、空室を抱えているようでもない。
 「アースダイバー」に書かれているように、縄文期の丘の頂には古墳や墓が多く、それがのちに神社になったのだとすれば、六本木ヒルズの塔も仏塔のようなものだ。仏教寺院の塔、ストゥーパは日本では漢字で卒塔婆となって、墓の周囲に立てられているが、塔というものは、そもそもは釈迦の墓なのだ。
 六本木ヒルズの塔は、ひそかに墓としてつくられたのかもしれないと、ぼくは長い影を見ながら思い始めた。「メメント モリ」ということばを思い出したからだ。

 ぼくがこの言葉をはじめて知ったのは藤原新也の「全東洋街道」だった。「死を忘れるなかれ」という意味だと書かれていたと思う。現代の日本人は、死というものを、人間のであれ食用とする生き物たちのものであれ日常の世界から排除し忘れてしまおうとしているけれど、アジアの多くの国では死が、生きている人々のすぐそばにいるというのだ。しかし、ぼくはこの言葉を自分で直接に調べたことはなかった。googleで検索すると、「山下太郎のラテン語入門」というサイトがあった。ラテン語格言集というところの「Memento mori.」の項目にはこう書かれている。
「『メメントー・モリー。』と発音します。動詞 memini(メミニー) 『覚えている』の命令法が memento で、『覚えていなさい』。moriは、動詞 morior(死ぬ)の不定法の形。」
「死」は、近縁のイタリア語でMORTE、フランス語ではMORTだ。英語にも形容詞としてMORTAL(死すべき)がある。外国人に指摘を受けることは多いだろうに、ラテン語で死を意味する「mori」を会社の名称としてMORI BUILDINGが使い続けるのは意図的だろうが、なぜなのだろう。何かの「死」を葬る塔のつもりなのだろう。これができたおかげで空室が増えて取り壊される小さなビルなのか、もとの姿がすっかり分からなくなってしまった地形とともに消え去った、このまちの記憶なのか、それとも他になにかあるのだろうか。
 いずれにせよ、ぼくは、死とは生の一部分なのだということを忘れずにいたいと思う。

投稿者 玉井一匡 : 09:19 PM | コメント (9) | トラックバック

December 06, 2005

アースダイビング@下北沢


  アースダイビング@下北沢から、もう2週間が経ってしまう。いまさらのエントリーも恥ずかしいが、さりとて書かずにすますわけにはゆかない。
 何度となく近くを通りながら、これまでぼくは代々木八幡の境内にはいったことがなかったが、鳥居をくぐると中沢新一の書いている通り、すぐわきには縦穴住居が復元されている。本殿の賽銭箱の前が集合場所だから、ぼくは100円玉を入れて柏手を打つ。いつも神様には何も祈らない。なにも考えない。ただ耳を澄ますのだ。
振り返ると、むこうに縄文人とおぼしき家族がいる。杉本博司の撮影した自然史博物館のとは比べるべくもないが、縄文人の家族のジオラマである。ガラスの近くに寄って目を凝らすと奥の壁に水彩画が1枚かかっている。この神社のある高台は縄文時代には小さな半島で、頂に環状部落、足下には海の波がある。アースダイバーを読んでいなければこの絵にも気づくことはなかっただろう。

 アースダイバーマップというものを手にしただけでぼくたちの東京の読み取り方をすっかり変えたと、前に書いたが、高さの基準を平均の海水面(とはいうものの、標高ゼロってどういうことだ、海面はつねに移動するし波もあるのにどうやってゼロが分かるんだというのは、昔からのぼくの疑問だった)でなく30m高いところに移すだけで、場所についてのぼくたちの感覚がすっかり変わってしまった。陸の輪郭、言いかえるなら、ぼくたちの島のすがたを2次元で表現したかたちを具体的に体験することができるようになったのだ。現実の海面は時とともに高さを変えるけれど標高30mという海岸線は想像の中にしか存在しないので、かえって変わることがないのだ。しかも仮想の海岸線であるおかげで、そこにはいつでも行ってみることができる。・・・現実に。
さらに、そこは縄文時代の海岸線である。立体を2次元で表すだけでなく、時間さえ2次元であらわしていることになる。だからぼくたちは心を動かされないはずがない。さらに、今回はもっと心と想像力を刺激するものがあった。masaさんのハンドヘルドGPSという魅力的な道具だ。もとは軍事技術だが人工衛星のおかげで自分の立っている場所の平面的な位置と高さをその場で確認してしまう。あとになって移動した軌跡を確認することができる。masaさんは、約束通りにそれをblogに公開した。フィヨルドのように海と接する下北沢界隈の地図に、ぼくたちのたどった軌跡が書き込まれたものは、もっと多くの人を刺激したにちがいない。想像力は、ひとりひとりの内に浸透してゆくだけでなく、外に向かって沢山のひとたちにも広がってゆく。なんとすてきなことだ。

 そういうふうにして、ぼくたちの想像力が刺激されるのは、下北沢のまちのあちらこちらにしたたかに軽やかに生きる小さな店たち、坂やレンガ積みの擁壁、かまぼこ教会、細い路地などがあるからだ。そんな場所に、何十年も前に軍事的な目的で計画された道路を重ねてつくるとすれば、地形も、ひとびとが長い間に積み重ねきた小さな歴史も、すっかり消えてしまう。アメリカのように索漠たる広い国の真似をしようというのはわけが違う。勘違いも甚だしい。日本中の都市に起きている、なにより大きな問題は、大きな道路のまわりに大きな商業施設ができて、古くからのまちがさびれてしまうことだ。自然にできた下北沢の親密なにぎわいをつぶして、日本中のあちらこちらにできている同じ顔をしたまちを、わざわざもうひとつつくるにすぎない。バカとしか言いようがない。逆なんだ。むしろ、下北沢を見習おうというべきなのだ。
公共投資によって経済を刺激しようというのなら、もし、道路に金をかけたいというのなら、量や大きさではなく質を向上させればいい。歩道をひろげ、街路樹を植えればいい。
 道路、ダム、大規模開発、そして大国になりたがること。なんでも大きいほどいいというのは、大変な間違いだと、じつは大部分の人たちが気づいているはずなのに、「国家」を動かす人たちにはまだわからないらしい。木を見て森を見ないということばの意味するところは正しいと思う。しかし同時に、一枚の葉っぱの中に、宇宙のすべてを貫く原理が潜んでいるのだ。

投稿者 玉井一匡 : 08:19 AM | コメント (3) | トラックバック