July 22, 2006

デジカメの帰還


 小さな段ボールが宅急便で届けられた。こわれたカメラに保証書と保険の書類を添えて送ってくれという「カメラのミツバ」からの指示に従い、リコーのカプリオGXを買った時の箱に入れて送った。その同じ箱が帰って来たのだ。あけてみると、ぼくが送ったカメラだった。割れた液晶モニターが交換され、周囲の枠の凹んだ部分もなおっている。修理できない場合には、買った金額の90%のお金が振り込まれるという、保険の規定だったから、そうなるのだろうと思っていたので予想外のことだった。
すっかりそのつもりになっていたから、どのカメラにしようかと、あれこれ見てまわったのだがこれという決定的なデジカメがなかなか見つからない。

コダックのV570が第一候補だったのに、いまひとつ性能に不満があるなと思っているうちに、いつのまにか「生産完了」として、秋葉原のヨドバシカメラからさえ、すっかり消え去った。リコーのCaplioR4も魅力的だが、デザインにちょっと不満がある。こうして見るとGXも悪くないなとも思ったが、だからといって後継機種のGX8にするのも芸がないなと思いつつ、保険がどういうことになるか待っていた。「じゃあ、後継機種が決まるまでこれを使ったら」とmasaさんが以前に使っていたカメラを貸してくださった。これもなかなかいいな、なんて思っていたところだった。
リコーのいまどき、ちゃんと修理してくれたことがうれしかったし、「愛情が足りないんじゃないの」とAKiさんに言われたのにもちょっと反省していた。こんどはもっとかわいがってやろうと思う。
 しかし、今週には、iBookがとうとう立ちあがらなくなり、Appleストアに連れて行ったら5万円弱の修理費がかかると言われた。病弱なやつだった。修理費は最後の18000円ほどだけ払ったが、保証でカバーされた修理費は購入価格をはるかに超えた。
「うちのは一度もこわれたことがない、これも使い方に問題があるよ」ともいわれた。しかし、3年半の間、350日は一緒に連れ歩いてよく働いてくれた。いまもまだ、ぼくの机に載っている。

投稿者 玉井一匡 : 07:37 PM | コメント (6) | トラックバック

July 20, 2006

おとなりから西瓜


 東京に戻った翌朝、電話が鳴った。おとなりのEさんの夫人からだった。「西瓜が送られて来たので、おひとつお届けします」
おとなりはご夫婦お二人だが、うちは食欲旺盛な親子がいる。それをご存知だから、何かが郷里から届けられると、ときどきお裾分けしてくださる。もちろん、こちらにも到来ものがあれば玄関のインタフォンを鳴らす。
重いものを届けていただいては申し訳ないから、あわてて玄関に走りドアを開けると、すでにE夫人が大きなスイカを抱えて立っていらした。お礼を申し上げながら受け取ってスイカをみると、大きいだけではない。頭に40cmほどの蔓がついている。
「こんなふうに蔓を切っちゃったらこの先のスイカも、みんないっしょに取らなきゃならないでしょうね」

「いいえ、ここのスイカは、ひとつのツルにひとつか、せいぜい二つしか実をつけさせないんです」
うーむ、内心ぼくはうなった。なるほど、一本の蔓についた実を間引きしてひとつだけにしてしまうのだ。栄養を集中させて、うまい実を育てる。あらゆる努力を惜しまず手を加え、少しでもうまいスイカを作ろうと努力する、こんな芸当は、日本でしかできないだろう。ある種の感動と、でも・・・という気持ちとが混在していた。日本の農業が安い輸入品に勝つには、こういうやりかたがひとつの重要な方法であることはたしかだ。しかし、そんなふうにして作られた繊細なスイカを、当然のようにして食べるようになって、いいのかなとも思う。でも、関アジや関サバだって、ぼくはまだ食べたことがないんだから、このスイカを食べることも滅多にあることじゃない。そんな心配は不要なのかもしれない。そういえば、このスイカのようにして厳選して育てられるものたちの話が、つい先ごろ、他にもあった。友人から、ランチュウの子供はいらないかと言って来たのだ。こちらは、スイカとは逆に、はねられた連中だった。
いただいたスイカは、まずは仏壇に供えた。まだ味わってはいないが、そろそろ手塩にかけられたスイカの成果を確かめたい。シールには生産者の写真もある。

投稿者 玉井一匡 : 05:03 PM | コメント (9) | トラックバック

July 18, 2006

新潟の田んぼと長屋

 7月14日金曜日、やがて日付も変わろうという深夜、私のところにこんな電話がかかって来た。
「急な話だから笑ってくれていいけれど、これからいっしょに新潟に行きますか? ぼくはまだ事務所にいて、これからうちに帰ってクルマでここにもどってから行くけれど、ウチに泊まるから交通費宿泊費は不要」
「行きます」即座にこたえる。
「ほんとかい。じゃあ、事務所にもどったらまた電話するよ」
1:30になろうかというころになって、電話をよこした男からやっと連絡があった。彼の事務所から私の自宅までは、この時間なら5分もあればおつりが来る。
・・・・・・・・という具合にことははじまったのだが、kai-wai散策「月夜の京島で」のコメントにこの事情をすでに書いたので、ここではそれとは逆の側から書くことにした。もちろん、「私」はmasaさんで、「電話をよこした男」はぼくだ。

土曜日は仕事とご近所ワークだったが、翌日は自由時間ができたものの雨ときどき曇り。近くの田んぼの景色をmasaさんに見せたのだが、あいにくの厚い曇り空でこんな具合だったからふた月ほど前の田植えの作業中の写真を、ぼくはアップロードした。水を張られながらまだ田植えの済んでいない水田は、まるでどこまでも続く池のようだ。農道に並んでいる四角い緑色は、田植機にのせるために四角いパレットにのせられた苗たちだ。田植機で往復して来ると、空になったパレットとこれらを交換する。これほどの広いところに、あまねく水をゆきわたせる技術と労働が何百年も続けられたことを思うたびにぼくは胸を打たれる。なにしろこの一帯は標高1mほどで海から10kmほどのところにある。斜面にしたら1/10,000の勾配ということになるのだから。
そのあとで、新潟市の旧市街、下町(しもまち)といわれる信濃川の下流一帯に侘び錆び建築を探しに行った。予想をはるかにこえるほどのmasa好みの家屋があった。新潟島ともいわれる旧市街は、周囲を海と河に囲まれ、海沿いには高台がある。それに、信濃川河口の一帯は、かつて内陸から水路を経て運ばれて来た米の集積地として栄えた。長屋や町屋の豊富な環境は整っているのだ。川の上流の森が河口の漁業資源をゆたかにするように、新潟では上流の豊かな水田が河口の一帯に低層高密度のまちをつくったのだろう。
ふたつめの写真は、すでに空き家になった二階建て二軒長屋。玄関のわきに張ってあるタグには「新潟市 水洗便所」とあるのが、潮風で風化した表面からはすっかり塗装が剥げおちて、それがとてもうつくしい。そういえば、neonさんが表紙をお描きになった「福祉史を歩く」に、明治中期から後期の日本の県別の人口統計表が掲載されていた。これには、ぼくはいまだに半信半疑なのだが、明治中期には新潟県が日本でもっとも人口が多かったことが記されている。このまちの密度の高さと古い水洗便所のタグのやや誇らしげな表情は、そういう歴史と何かの関係があるのかもしれない。

投稿者 玉井一匡 : 04:31 PM | コメント (13) | トラックバック

July 10, 2006

ToshoCalcio-4


ワールドカップは、スケジュールをすべて終えてしまったけれど、どこかにまだ燠火がくすぶっているような気分だ。決勝ではどちらを応援しようかと考えた末に、ジダンの最後を飾らせたいとフランスを応援していた。それだけに、ジダンの突然の不可解な頭突きにはおどろいた。もしかすると、ひとつの大会で2枚のレッドカードをもらうというのは初めてのことではないだろうか。まだまだジダンは80%くらいのできと思っていたのを、あの少し前、フランス大会を彷彿させる強烈なヘディングシュートを放って見直したあとだけに余りにもったいない。ろくに使われなかったトレゼゲはただひとりPKを外したあとにユベントスの降格が待ち構えている。なんだか苦い後味を沢山のこした。その点で日本は、ぼく自身も含めてもうとっくに切り替えが済む能天気でオシム歓迎ムードに染まってしまい、「オシムの言葉」はamazonも在庫がないのか古本の方が高い値段がついているし、新宿図書館は所蔵の4冊の本に予約51件もあるそうだ。ところで、トルシエの通訳だったフローラン・ダバディのblogで、「日本サッカー協会会長に立候補します」というのを書いているのが、なかなか面白い。
さて、本題のToshoCalcioですが・・・・・・

1位、2位とも予想的中された方はゼロ。わずかに、3位のドイツをtetsuyukiさん、nozKさんのお二人が的中されたので、表の通りKAD3さん、tetsuyukiさん、nozKさん、MIROさんの4人で23,000円の図書カードを山分けすることになりました。お一人当たり5,750円です。もしもフランスが勝っていれば、tetsuyukiさんの独り占めでした。・・・・カードは郵送もしくは、ご近所の場合にはお手渡しします。
途中で間延びするので、次回からはベスト8を当てるのも加えて3ステージ制にする改正案を委員会に上程することを検討中であります。もうすぐ女子ワールドカップの予選がはじまるし、北京オリンピックの予選もありますね。その前に、全試合をDVDに移して反省しよう。こんどは、僕も、もうすこし確率を考えることにします。
ではまた北京で。

投稿者 玉井一匡 : 12:38 PM | コメント (7) | トラックバック

July 02, 2006

デジカメを悩む

 CaplioFront.jpgこのところ、エントリーをしようという意欲がちょっと衰えていた。ワールドカップでの日本の敗退もあるし、しばらくスパムトラックバックの攻撃を受けていたこともある。だがほかに、もっと大きなわけがある。
 2、3週間ほど前のこと、車の運転席に腰掛けてドアを閉めた。が、半ドアの赤いランプがついた。またシートベルトをはさんだかと思ったが、見るとジャケットの裾がはさまっている。持ち上げるとポケットがちょっと重い。思い出した、中にデジカメが入っている。・・・・・・おそるおそるカメラを取り出してスイッチを入れてみると、ジーと音を発ててちゃんとレンズが伸びるぞ。しかし、液晶に明かりがつくと、こんなことになってしまう。というわけで、この写真は、いずれも携帯電話の30万画素のカメラによるものだ。
液晶ディスプレイの左の縁がドアにはさまれてへこんでいるし、画面は割れてしまっているらしい。家電メーカーの友人は、修理費35,000円くらいだなという。カメラより高い。

 kawaさんのblogに書かれていたリコーのCaplioGXが、なかなか評価が高いので、カメラ屋で実物を手に取って調べたあと、ウェブショップで買ったのだった。28mm相当の広角寄りの3倍ズームレンズ、単三電池2本で動き、1cmまで接写できるマクロ機能という能力が、新型が出たおかげで60000円台が26000円台になるというコストパフォーマンスは他の追随を許さなかった。
なのにぼくは、デジカメの壊れたその夜に、レンズが2つ付いたコダックV570のサイトを開いて研究をはじめた。そのことを話すと「きみは愛情が足りないんじゃないの」とAKiさんにいわれた。たしかにそうだ。少し反省したぼくは、金もないことだし、しばらくは液晶ディスプレイでなくファインダーでこのカメラをつかって写真をとったのだが、ディスプレイがないとさまざまな設定もできないし、もちろん写真を見ることができないから、写真を撮る機会がめっきり少なくなった。それが、一昨日、念のために保証書を見てみようと思い立って、引き出しから取り出した。たしかに保証は対象外だ。しかし、・・・・保険はきくようだぞ。全部ではないが、修理できれば90%を保険で負担するし、できなければ90%が帰ってくる。「うふふ」だ。blogに書こうという気になった。
 ぼくは、またデジカメの研究にとりかかった。V570の23mm相当の「超広角レンズ」は、固定焦点で80cm以下には近づけない。ISO400からは、画質が急に悪くなるので200までしか使いものにならないと書いてあった。だからなんだろうか、AKiさんによれば、ストロボをonにするのがデフォルトなのだが、再起動すると、かならずデフォルトに戻ってしまうのだという。ぼくは、ストロボは極力使わないから、いつもISOを400、ストロボはoffという設定にしておくのだ。それに、ディスプレイの側のデザインが、ひと昔前のアメリカの家電のようで、ぼくはちょっと好みではない。うーむ、これは、アメリカ人向けの、手軽さを第一にしたところがあるのかもしれない。
 どうせ、保険が通るまでは時間がかかるのだろう、ゆっくり研究することにしよう。

投稿者 玉井一匡 : 11:00 PM | コメント (8) | トラックバック