December 27, 2006

「わがやのお雑煮大会」へのおさそい


「おにぎりとおむすび」のエントリーで、映画「かもめ食堂」と、「おにぎり」あるいは「おむすび」という呼び方について書いてから、もう1週間以上が経ってしまいました。そこにわきたさんの書き込んで下さったコメントで、地方によって呼び名や形が違うという指摘がありました。そこから、雑煮も地方によってさまざまな材料と形があるという話題に移って行きました。
 お雑煮は行事料理なので今でも地方色が残され、古くからの地名と同じように歴史を読み取ることのできる資料となっています。しかし、現代の社会では、しごとや結婚による移動が増え、それぞれに生まれた場所と生活する場所、さらには親や祖父母の出身地などがお雑煮の形式に反映しつつ混じり合うようになっているのではないでしょうか。今からさらに時が経てば、雑煮そのものの交雑がすすみ、歴史資料としての雑煮の性格が曖昧になるでしょう。
 そこで、アースダイバーの主犯の諸氏と語らい、正月に同時多発エントリーを呼びかけようということになりました。

masaさんが「わがやの雑煮バトル大会」と名付けて下さりましたが、正月早々にはおだやかに過ごすべく、バトルをはずして「わがやのお雑煮大会」とさせていただきました。アースダイビング大会参加者、当ブログにコメントをくださるブロガーにメールをお送りし、それぞれのブログにて「わがやの雑煮」についてエントリーしてくださるよう参加を呼びかけます。さらに、それをお受け取りになった方からも、多くの方に呼びかけて下さるようおねがいします。材料や心構えの準備もあることでしょうから、多少の余裕をもって、本日、これをエントリーします。
上記の趣旨にもとづく企てですから、写真を含め、どのようなお雑煮を召し上がったのかということに加えて、それに影響をおよぼしたであろうご家族の出身地やお住まいの場所についてのご説明をお加えください。
かくして、2007年正月、雑煮についてのブログ横断一大新年会となり、さらに、お雑煮データベースができることを期待しましょう。
 なお、スパムトラックバック対策のため、現在はこのブログのトラックバックはとめてありますが、正月までに再開させます。・・・・・と書いたのに、うまくいかなくて、トラックバックはできないままです。ごめんなさい。

投稿者 玉井一匡 : 02:00 PM | コメント (25)

December 16, 2006

おにぎりとおむすび

OmusubiS.jpg DVDになったやつを次女が借りてきたので「かもめ食堂」を見た。
ヘルシンキの街、小林聡美がひとりできりまわしていると言いたいがそれほど繁盛してはいないという風情の日本食レストランに、まずは片桐はいりが、つぎに、もたいまさこが加わって、いっしょにレストランをやってゆく。と、書いていると桃太郎のおはなしのようだと思ったが、淡々と、しかし気持ちよくきれいなシーンの中に個性的な女たちがあらわれる画面は、「動くku:nel」のようだ。アルヴァ・アアルトの家具だななんて思いながら、ちょっとフィンランドの説明っぽいところがあるのは気になったけれど、ぼくはとても気持ちよくみた。すきだと思った。
それを見ながらぼくは母の妹つまりぼくの叔母のことを思い出した。この店のメニューの軸がおにぎりで、「おにぎりは日本人のソウルフードだと思うの」という小林聡美の台詞が出てくるからだ。

 いつだったか、叔母がこう言ったことがある。
「あたし、どうも気になってしかたないんだけれど、おにぎりっていうのは間違いだと思うわ」
「なぜですか」
「両手を使ってつくるから、おむすびなのよ。お寿司は左手で握って右手は添えるだけだからにぎりだけどね」
「なるほど」ぼくは深く納得した。
そういえば、ぼくの小さな頃には、うちではおむすびと言っていたし、「おむすびころりん」というお話もある。いつのころからおにぎりになってしまったのだろう。
縁を結ぶという。実を結ぶという。印を結ぶという、そしてなにより手を結ぶという。
美しい言葉だ。
叔母のそのことばを、この映画でだれかの台詞にしてしゃべらせたら、もっとよくなったろうな、フィンランドの人たちにも知ってほしかったな、この映画をつくった人に教えてあげたかったなと、ぼくはしきりに思った。
このごろ、ときどき昼飯のためにおむすびをつくって持ってゆく。すると、なんだか、自分でつくったおむすびがいとおしいのだ。

■関連エントリー
わがやのお雑煮大会/MyPlace

投稿者 玉井一匡 : 07:10 AM | コメント (28)

December 12, 2006

江戸の誘惑


先日のシトロアンネットの集まりで「ぼくは都合が悪くなって行けなくなったから、明後日までだがこれに行かないか」と五十嵐さんが封筒を取り出した。江戸東京博物館の「江戸の誘惑」である。2枚あったチケットをとなりの関根さんと山分けした。ぼくがありがたく誘惑されたのも、それが吉原の誘惑だったからだ。博物館にしては気の利いた外題だが、ボストン美術館の肉筆浮世絵でビゲローコレクションといわれるもので、明治初期にモースの日本に惹かれてアメリカからやってきたウイリアム・スタージス・ビゲローなるひとが寄贈したのだ。ビゲローは、フェノロサのもとで日本の美術品の保存修復につとめ、フェノロサがあまり重視しなかった浮世絵を蒐集し、それを後年ボストン美術館Museum of Fine Arts, Botonに寄贈したという。あまりに数が多く、大部分が手つかずだったものを1997年から日本の研究者の調査も行われて700点ものコレクションであることがわかったのだそうだ。

ビゲローがいなかったら、フェノロサにさえ顧みられなかった浮世絵たちは、とうに焚きつけになっていたかもしれない。伊藤若冲も、やはりアメリカのプライスコレクションがなければ、ぼくたちは見ることができなかったかもしれない。東アジアへ「進出」したアメリカの恫喝で開国した国の廃仏毀釈や西欧化のおかげで吐き出されたものが個人の眼と奮闘のおかげで残されたのだから、思いは複雑だ。
 それは吉原という世界そのものにも通じるところがある。美しくはなやかで教養もある女たちでつくられた別世界である吉原、男ばかりのきらびやかな芝居でもうひとつの別世界をつくった歌舞伎、江戸の洗練された文化をこの「江戸の誘惑」が見せてくれるのだが、一方には、女たちの悲惨な生活や農村での苛斂誅求、河原乞食とさげすまれた芸人や賤民の世界が背景にある。しかし、因果なことにそういう暗さがあってこそ、この華やかな世界は魅力と凄みを増すのだ。
 「吉原御免状」を読んでいるうちに描くようになった町の空間と生活のイメージを、浮世絵で具体的に肉付けできたことがすこぶる楽しかったし、北斎の娘・葛飾応為の一枚だけあって「三曲合奏図」という絵は、alpsimaにエントリーされたのを見て初めて知った「吉原格子先の図」でもそうだったように、あきらかにほかの絵とは異なる独自のものがあって、彼女が特別の才能の持ち主であることを再認識させる。
同じチケットで、アラーキーの写真展「東京人生」も見られるのに、時間の余裕がなくて出直さねばならず後ろ髪を引かれた。見返したところで柳があるわけじゃあないが、アラーキーには毒と華やかさが雑居している。その雑居のかねあいのほどは吉原というよりは岡場所のようなものかもしれない。

追記
iGaさんのコメントで、若冲のコレクターであるプライスは、フランク・ロイド・ライトの設計したプライスタワーという小規模な塔状のビルのオーナーの子息だったことを、ぼくは知りました。現在はプライスタワー・アーツセンターとして使われているようです。これが、そのホームページです。ここにはレストランや宿泊設備もあるようですから、ぼくたちも泊まることができるわけです。このサイトには、実現した唯一の、ライトによるSkyScraperだと書かれています。今の基準で言えば、「空を削る」というほどの高いビルではありませんが、数値としての高さではなくプロポーションや低層部との構成のしかたはいかにも空をめざしているようであるし、このビルの立ち姿はライトの好んだタチアオイを思わせるところもあって、いかにもライトらしいデザインだと思います。

投稿者 玉井一匡 : 08:58 AM | コメント (4)

December 04, 2006

タクワンのかほり

 今日の正午少し前にゆうパックが届けられた。週末に届けられ不在配達通知が残されていたので連絡したところ午後に持って来ることになっていたのに、予告よりも早く届けられた。不在配達の紙に書き加えられていたから何が誰から送られたのかはすでにわかっている。古山憲一郎氏から「たくわん」が送られてきたのだろう。ことは11月25日のエントリー「第4回アースダイビング:王子の玉子焼き・むこうじまのもんじゃ」のコメント欄に3年もののタクワンを入手したが「現代人の離婚の理由になりそうな匂いがします。」と古山氏がお書きになったのに端を発するが、何の脈絡もない乱入だった。やがて古山氏の友人iGaさんさんが事情を説明するコメントで続き、AKiさんもことがタクワンとあって及び腰でコメントに参加した。古山さんはお詫びの品を送ったから悶絶してくれとの再コメント。
包装はジップロック+ポリエチレン袋+封筒+ゆうパックの四重装にもかかわらず鼻をよせればしっかりにおう臭パックだ。おそるおそる包みをはがして手に取ってみると、たしかに強烈な匂いではあるが旨そうだと思わせる。外から2番目の包装である封筒には「本式の井戸端等、風通しの良い場所で開封して下さい」との警告文が書かれている。
「保管期間12月9日まで」と書かれたシール、「1日目」「2日目」という紙がセロテープで止めてある。予告の時刻より早く届けられたのは、郵便局ができるだけ早く縁を切りたかったからなのだろう。

 古山さんの警告に逆らってぼくは、うちの事務所のあるフロアの湯沸室をタクワンのかほりで満たして匂いを充分に吟味してみたかった。とはいえ、さすがに昼間は遠慮して、7時頃にタクワンを1本取り出した。全部で3本おくっていただいた。色は味噌漬けのような焦げ茶色、長さは27~8cm太さ2〜3cmほど、大根が牛蒡のような姿になっている。元の大きさは分からないが、3年間で水分はすっかりなくなって繊維だけになっているはずだ。クサいと思ったのは包みを開いた一瞬で、冷たい水で糠を洗い流してしまえば、もう旨そうなにおいとしか感じられない。くさやが、はじめはあんなにくさいのに、火を通すうちにうまそうな匂いに思われてくるのと同じようなものだ。先日の第4回アースダイビングで、kadoorie-aveこと小野寺さんに、中国の臭豆腐にまつわる話をうかがった。クサい、しかし旨いものについての楽しいはなしだが、ぼくはまだたべたことがない。
 自然がいかに合理的に作られているかを知るたびに、生物は身体にとって必要なものをうまいと感じるようにつくられているはずだから、食べたいと思うものを食べるのが身体にいいはずだと、ぼくは思っている。若い頃と今では、食べ物の好みがすっかり変わったのも、身体が必要にするものが変わったからだ。しかし、このタクワンのような存在は、その理論の基本から逸脱する。苦い、渋い、エグイ、辛い、酸っぱい、かたい、そしてクサいという、一般的には腐敗や毒を意味する排除されるべき味や匂いだ。しかし、「・・・であるほどいい」あるいは「・・・であるほど悪い」という単一の物差しでものごとを評価しないこと、さまざまな物差しをあててキラリと鈍い光を放つものを探り出すこと、クサみの中に別の旨さを感じ取るようになることが文化というものだ。若いご婦人の脚に喩えられるみずみずしいしろいやつが、細く黒く筋だらけに成り果てたのに、それはまた別の旨さを持ち始める。
 洗い終えると事務所に持ち帰り、できるだけ薄く切った。においの素を減らしたいからではなくて、目下、歯の治療中なので歯に負担を少なくしたいからだ。・・・・・・・旨い。お粥やお茶漬けでたべたらさぞかしうまかろう。古山さん、ありがとうございました。以後、あなたは古漬けのタクアンと分ちがたく結ばれたまま、ぼくの記憶にしっかりと保存されることでしょう。そうそう、臭豆腐(しゅうどうふ)も試してみなければ。

投稿者 玉井一匡 : 11:45 PM | コメント (12)