March 22, 2007

さくら・3月22日・駒塚橋


 「なんという種類なんでしょう。ソメイヨシノじゃなさそうですね」
 ひとりのお年寄りにたずねられた。
 「さあ、ぼくにはよくわかりませんが、色が白いし房が小さいですしね。」
 「そう」
 そういえば、桜の種類をぼくはろくに知らない。
 しらべてみようと思ったことがない。
 桜は植物というよりも春のできごとのように感じられるからなんだろうか。
 「この樹が、いつもいちばん先に花をつけて、小鳥がつついて花を落としてくれるんですよ。」
 「ほら、あのヒヨのしわざだ」とご老人が指をさした。
 見上げると、ヒヨドリが一羽、枝に止まっている。

 いつもの年のように、神田川が椿山荘に出会う少し手前、駒塚橋、南のたもと西側にある桜は、このあたりの神田川岸の桜並木が数ある中で、一本だけ花を開かせた。通勤途中に、ぼくは自転車をとめて、樹の足許に落ちている花を拾い集めていた。ご老人も、ここを毎年のように楽しんでいらっしゃるようだ。
 去年は雀が桜を落としてくれた。去年、ぼくは毛糸の帽子に桜を入れて頭にのせていったが、今年はすくなかったから毛糸の手袋に入れて事務所に連れていった。去年と同じ、そして先日の桃の花と同じ白い長方形の皿に水を張って浮かべたけれど、白いうつわに白い花では春の華やかさにかける。この皿はもともとは写真の現像につかうもので、厚くて重い。aiさんのお店「藍CRAFT」のような上等なものがないけれど、器を代えてガラスに春をそそぎこんでやることにしよう。

投稿者 玉井一匡 : 11:54 PM | コメント (8)

March 12, 2007

桃の花をひろいあつめて

Click to Bloom
 愛犬クーと散歩に行く途中、階段のわきにまるで雑草のように勝手に生えたという風情の桃の木があって、季節になると花を咲かせ、小さな実をたくさんつける。けれど公園の外だからだろうか、小さいまま落ちた実はみんなに踏みつけられたりするから、あたりはきたならしくなるが桃の実の香りに満たされるのに、なんだか大切にされていない。ことしは、桜はまだ咲きそうもないのに桃の花がはやい。
 先日の強風の翌朝、その木があたりにたくさんのつぼみを散らせた。ぼくは、いつも腰につけているケースからデジカメを出して首にかけ、つぼみをそのケースにいっぱい拾った。去年は桜の花を浮かべた白い皿に水を張って、今年はモモの蕾を浮かべた。日ごとにつぼみは少しふくらんできたけれど、このままでは開くことのないままに腐ってしまいそうだったから、つぼみをほどいて花びらにして浮かべてやった。(click to pop up and bloom)
つぼみのままたくさん水に浮かんでいると、なんだかニンニクの梅酢漬けみたいな色になってしまうので、ちょっとがっかりしたのだが、花びらになると、にわかにさわやかな桃色になった。花びらを透かしてとどく光のおかげなんだろう。

 そう感じたのは、つぼみを拾い集めた翌々日、本来あるべき枝に咲いた花たちが空を背景にしていると、それらを光が通り抜けるととても美しかったからだ。それを待ちかねた小鳥たちが花をつついては、花弁のそろった花を道に落としてくれていた。ぼくはヒヨドリの贈り物をありがたく拾い集めて、器に水を張って浮かべてみていると、ひとつひとつの花がこんなに大きいのかと思うほど花弁を精一杯に開いた。
PeachBlossoms3.jpgClick to pop and pick up
 数日経っても、花はまだ器の中に元気でいるのをみているうちに、ちらし寿司を食べたくなってしまった。三月三日のひな祭りには、ぼくは東京にいなかったのだ。冷凍庫にはホタテ貝の断片の冷凍と殻付きのボタンエビは生で食べられそうだし、裸にされた冷凍の小エビはゆでる、干し椎茸もある、スーパーで菜の花と蓮根を買って来た。賽の目に切ったダシ巻き玉子、エビを散らし、菜の花を茹でてさらに散らす。樹の間がくれに色が見えるのが美しいと思いながら食べているうちに記録写真を撮るのをおもいだした。慌てて撮った写真には、すでに樹の間がくれの風情はなくなっていた。

 こんなふうに、満開の春の花たちやちらしずしの上の景色は、すぎてゆく季節をあたらしい季節で包み込む。空間や季節を向こう側とこちら側にきっぱりとへだてるのではなく、それらが透けるかさなり具合をさまざまなかたちで受けとり表すというありようを、ぼくたちはたくさん受けついでいるのだ。
季節のある国で春と秋に祭りが多いのは、あたたかさの訪れるよろこびと収穫への感謝のためなのはいうまでもないけれど、季節を重ね着するようなときを楽しむことができるからでもあるにちがいない。

投稿者 玉井一匡 : 02:57 AM | コメント (4)

March 06, 2007

FON が、やっと

WhiteBandLong.jpg もう一昨年のことになるのかもしれないが、大部分の地下鉄の駅で無線LANがつながるという記事を新聞で見てすぐに、ぼくはiBookを抱えて地下鉄のコンコースへ行った。つながったと思ったら、会員になって料金を支払わなければこの先には行けないよという。ホリエモンのやることだ、金になることしかやらないのは当たり前だなと、思いつつちょっとがっかりした。
 しばらくして、スターバックスも地下鉄の駅と同じネットワークに加わった。事務所の近くにあるスターバックスで試してみたが、地下鉄のときと同じことだった。
 ところが、今年のはじめ、まだ冬休みのあいだのことだ。用事があって事務所に寄った帰りに、同じスターバックスに行った。窓際のカウンターに向かい、椅子に腰かけてMacBookを開いてみると、うちの事務所のAirMacにつながるではないか。みんなの無線LANを、こうやって利用しあえばどこでも無線LANのラップトップがインターネットにつなげられるじゃないかと、すっかりうれしくなった。しかし、それにはあやしいやつがシステムに入り込めない仕組みが必要だ。

 ひと月ほど前、留守中にAKiさんから電話があった。「ちょっとおもしろいことがある」ということづけが残されたので、何だろうかと、さっそく電話をかけた。
 FONという、スペインから始まった面白い「ムーブメント」があるというのだった。無線LANの能力を二つに分けて、一方を自分のネットワーク専用に使い、残りをFONに登録した人に公開するという方法で、いわゆるユビキタス状況をつくろうというのだ。費用は、無線LANの機械を買うための1980円だけで他には何もかからない。ぼくが思い描いたようなことが安全にできるのだ。しかもgoogleMapで世界中にあるfonの無線LANの場所を示してくれる。
そのうえ、持ち主の専用ネットワークの名称が、なんとMyPlaceというそうだ。ぼくのこころざすMyPlaceとは言葉の意味する範囲が微妙にちがうけれど、お互いのもっている領域の一部分を利用しあおうという基本精神は同じだ。
 AKiさんはすぐに機械を注文して、着々とFONのネットワークが構築されていった。が、ぼくの方はなかなかうまくいかない。
やっとのことでつながることはつながったが、位置が地図上に表示されない。表示されたら、スタバに行ってエントリーしようと思っていたのに・・・・・という状態がしばらく続いた。それが、やっとのことで昨日になってオレンジ色の小さな円で表示されるようになった。まだ、ぼかしのグリーンの円は表示されないけれど、たいしたことではない、いずれできるだろう。

 公開するネットワークの名称は頭に「FON_」というのをつければ、あとはすきなように決められる。ぼくは、FON-FairGroundとした。fairgroundとは「移動遊園地の開かれる場所」のことだ。「The First of a Million Kisses」というアルバムの一曲がFairground Attractionというタイトルで、演奏するグループの名も同じFairground Attraction。はじめ、てっきり野球のファウルグラウンドに対するフェアグラウンドなのかと思ったが、辞書で調べて納得したのだった。
FONはまだ完全ではない、住所もまちがって表示される。しかし、もう待っていられないぼくはMacBookを連れてスタバに来た。
FON-Maps.jpg FON Mapsを開くと、いつも世界地図から始まる。目的地に達するまでがまだるっこしいのだが、ユーラシアとアメリカ大陸が二つずつある世界地図は、どこだって地球の一部で、中心も周縁もないんだということを言いたいのがわかる。
左の地図をクリックするとFON Mapsに飛ぶはずだが、いまはブラウザーがFireFoxかExplorerでないとうまく開かない。safariでは地図がでてこないのだ。まだまだFONのシステムは完成していないが、それだって、できるだけ早く公開しようとしているからだと、ぼくは肯定的に評価して見守ってやる気になっている。「ユビキタス」というものには不気味な力を感じてしまうところがあるが、こんなふうにあれこれ接続に苦労したり地図を見たりしているうちに、具体的な人や場所を思い浮かべられるようになる。そのおかげで、なんとなしの安心感ができた。
いつのまにかカプチーノがすっかり冷えてしまった。

*追記 0327/2007 :さきほどaiさんから、やっとつながったというコメントをいただいた。盛岡に行く機会があれば、かならずうかがいたいと思っている「藍クラフト」のお店の場所がFONの地図で確認できた。市役所の近くに、うちの事務所と同じオレンジの丸印で表示されている。盛岡市役所と書かれている文字の下だ。


投稿者 玉井一匡 : 10:45 AM | コメント (18)

March 03, 2007

大石芳野写真展「眼差しの向こうにあるもの」

IMGevent2nd.jpgWhiteBandLong.jpg

いつまでも考え続けずにいられなくさせる写真展が、2月27日から3月4日まで、銀座のシンワアートミュージアムで開かれている。「眼差しの向こうにあるもの」〜アジアの子どもたちと戦争・平和・未来〜大石芳野写真展(エファジャパン主催)である。
 またしてもエントリーが遅れてしまったが、2日目の2月28日に開かれた大石芳野さんイーデス・ハンソンさんとの対談を聞きに行った。
 展示されている写真は、ヴェトナム、カンボジア、ラオス、アフガニスタン、コソボの子供たちが大部分を占める。これらどの地域でもどの戦争でも、平和を守るためといってアメリカがやってきて事態を悪化させ、そこに住み続けて来たひとびと、まち、自然、コミュニティを傷つけ破壊した。しかし、この写真たちは、けっしてそういう大状況をじかに写しはしない。ただ、子供たち女たちを写しながら、むしろ戦争を深く物語っている。

 写真とは、事実そのものの代わりに事実の痕跡を印画紙の上に残すものだ。このこどもたちの上に、中に、あるいは背後には、さながら彼らが印画紙や感光素子であるかのように、戦争の痕跡が焼き付けられている。従軍して撮った戦争写真とはちがって戦闘や兵士が写されているわけではなく、それに巻き込まれたものたちばかりだ。それだけになおさら見るものにつらい思いが残されて、戦争とは何なのかをぼくたちの心にじかに刻み込むのだ。
 けれども子供たちは、ぼくたちをつらさのままにとり残しはしない。はたから見れば耐えがたいほどの悲惨のなかにあっても、決してこのままでは終わらないよと、彼らの表情がつたえるからだ。 いうまでもなくそれは、大石さんの写真が、こどもたちのにじませる小さな輝きをしっかりと受けとめ捕らえているということだ。男だから女だからということは、ぼくはあまり言いたくないけれど、女でありながら、わざわざつらく危険な世界にやってきた人だからこそ、子供たちが見せてくれた表情があるにちがいない。

 子供というものは、どこにいてもどんな状況にあっても、希望をもつことができるという能力があると大石さんは語り、イーデス・ハンソンさんは想像力というものがとても大事だと言った。
人間の持つべき、もっとも大切な能力は、いますでにあるものの中に価値をみつけることではないか。荒んだと思われる状況のなかに、他者の中に、滅びようとしているものの中に、ありふれたものの中に、かすかであれ美しい輝きを放つものを見つけて、想像力でそれに磨きをかけて育てる能力だ。「満州走馬灯」に生きる子供たちにもそのことを実感したけれど、こどもたちはどんなにつらい環境の中にあってもわずかな希望の光を感知し、それがどんな可能性を秘めているかを想像する能力を与えられているにちがいない。だからこどもたちは、そしてあらゆる生き物は、みずからを環境に適応させることができ、それをさらに乗りこえるしたたかさを自然に発揮することができるのだろう。
 われわれおとなたちは、そういう子供たちをみて、まだ世界は捨てたものじゃないと勇気づけられる。自分自身の子供であろうとなかろうと変わりなく、おとなが子供を守ったり育てると同時に、おとなが子供たちに勇気づけられ育てられるのだ。
 こどもたちが大切な存在であるのは、生産力や労働力のためではなく、生きる力をもっているからなのだ。ただ統計の数量を増やそうと姑息な操作をして子供の数をふやし、教育の管理を強めることで、どんな子供が育つというのだろう。そこから生きる力をもつこどもたちが育つはずはないだろうに。

投稿者 玉井一匡 : 03:30 AM | コメント (0)