May 21, 2007

新宿文化絵図

ShinjukuBunkaFront.jpg
新宿文化絵図-重ね地図付き新宿まち歩きガイド
新宿区地域文化部文化国際課 編集・発行 1,260円

「新宿区の中央図書館の建物は、新宿区の図書館で一番古くてきたないかもしれないけれど、資料がとても充実しているんですよ」
「そうなんですか、23区の図書館でいちばん陰気で、ボロくて、なんだか入りたくならないとおもっていましたが」
ひさしぶりに寄ったカフェ杏奴で、もっとひさしぶりにChinchiko Papaといっしょになったので、あれこれ新宿のことが話題になった。この本のことは話題になったわけではないが、その日の夕方に本屋に寄ると、入り口の近くに平積みになっていた。副題には「重ね地図付き新宿まち歩きガイド」とある。狭義の新宿ではなく新宿区についての本だ。手に取ってパラパラと中身をのぞいてみると、新宿区はなかなかやるではないか。あまり意識したことはないけれど、ぼくはこれまでの半分以上の年月を新宿区に住むか仕事をするかしてきたし、自転車通勤では毎日のように新宿区を横断するので、ここには少なからぬ愛着がある。
A4版219ページの本体に特別付録(初版限定)「江戸・明治・現代重ね地図」9冊もついてケースに入っているこの本の、腰巻きに書いてある価格を見て驚いた。1260円で、amazonに注文したら送料がかかるという値段は、どうみても普通の値段の半値以下だ。

 本体は2部に分かれ、「第1部 新宿町歩き10コース」9〜162ページと「第2部 新宿 漫華鏡」163〜205ページ、巻末に「新宿ゆかりの精選120人・新宿人物事典」という人名事典と最後に索引も用意されている。
 *第1部には、それぞれのコース順にまちと歴史と人について書かれた文章に写真と図版が豊富に加えられている。
 じつをいえば、はじめぼくはガイドマップがあるのを気づかずに、この本は「コース」といいながら地図を入れないのは勇気あることだといたく感心した。手厚い情報にならされていると、ついついガイドマップがあれば、そのルートに従って歩いてしまう。すると、せっかくの時間と空間と人の織りなす複雑な世界を、ひと続きの線状の理解に閉じ込めてしまう。だからあえてルートマップをなくして読者の自由な想像力に任せようというつもりなのかと、勝手に想像したのだった。しかしそれはぼくの早とちりで、実はれぞれのコースの扉にルートを描き込んだイラストマップがあった。ちょっと、興奮して損をしたような気がした。とはいえ、それでも力作ではある。

 *第2部の 「新宿漫華鏡」は、さまざまな切り口で九人の著者が新宿を書いている。たとえば川本三郎の「シネマの町新宿」、海野弘の「新宿戦後グラフィティ」、交通博物館学芸員の奥原哲志氏による「120年を超える新宿駅の歩み」などがある。

*別冊の「重ね地図」も力作だ。A3の厚手の紙を二つ折りにしてむろん表側は表紙だが内側の右に現代の地図がある。左側は凡例で、トレーシグペーパに印刷した江戸の地図の右端をそれにのりづけしてある。さらに、右ページの現代の地図の右端にはトレペに印刷した明治時代の地図の端を接着してある。つまり、現代の地図の左右に江戸と明治の地図があって、好きな方を折って現代に重ねれば、現代と比べながら見られるというわけだ。
 新宿区のサイトによれば,この本は初版5000部がつくられ区内の一部の書店で販売されているそうだが、ぼくは飯田橋の芳進堂という書店でみつけて買った。皮肉なことに、この本屋の入っているのは江戸城の外堀を埋めるという蛮行によって東京都が作ったテナントビル「ラムラ」なのだ。
重ね地図は、初版だけの特別付録なのだそうですよ。

*追記
新宿区中央図書館の建物をけなしているようだけれど、とかく公共施設は器ばかりに金をかけて中身がないものが多いことを考えれば、これは悪口ではなくてむしろ褒め言葉なのです。新宿区は、地域図書館はきめ細かく配置されているし、新宿御苑の入り口の近くの図書館は、数年前にあたらしく建て替えられた建物で区の出張所などと一緒の建物だが、とてもきもちよくできている。
ONE DAYで最近エントリーされた「図書館に行く!そしてカフェ杏奴でひとやすみ」でも、カフェ杏奴といっしょに新宿区の中央図書館のことが書かれています。このときカフェ杏奴でもOVE DAYとkadoorie-aveさんのことが話題になっていたのでした。

投稿者 玉井一匡 : 01:25 PM | コメント (19)

May 09, 2007

タリアセン・ウェスト:TALIESIN WEST


MADCONNECTIONのエントリーにそそのかされて、Google Earthを開きハーレン ジードルンク(46°58'23.93"N 7°24'46.78"E)を見ると、川のほとりの小高い森の傾斜地にそって階段状に集合住宅をならべてアトリエ5のつくりだした生活環境は、今もとても気持ちよいものであることがよくわかる。周囲は緑濃い森のまま残されている。
 森を迂回する道路の切り通しも集合住宅の敷地の傾斜も、地形を分かりやすく見せるから、まだ実物を見ていないぼくはそれだけで十分に心がときめく。集合住宅は森を切り開いてつくられたが、斜面をたどる階段状の屋根の上は、芝生で覆われている。切り取られた森と芝生の屋根とゆるやかにうねる川はコルビュジェの思想の見事な実現だ。Google Earthで建築の衛星写真が地表にはりつけられてつくり出す二次元半を僕が大好きなのは、文字通り建築が地形に溶け込んでしまうからだ。ここの場合は建築の意図がそこにあったからなおさらなのだ。それを見ているうちに、F.L.ライトのタリアセン・ウェストはまだ見ていないぞと思い出して、Google Earthに乗って行ってみたくなった。タリアセン・ウェストは、こことはまたかたちのちがう関わり方を大地との間につくりあげているはずだ。

「TALIESIN WEST」と書きこむだけで飛んでいく画面( 33°36'17.89"N111°50'46.64"W)は、対角線に沿って斜めに走る道路によって二分されている。その北東側には山並み、 南には大規模な住宅地開発でつくられたらしきまち。斜めに走る道路と見えるのは近づいて見れば川だが、それがどこも同じ幅で定規をつかったような弧を描き、いかにも人工であることがわかる。地表に近づくと、おだやかな傾斜の丘のつらなりを背景に、遊牧民のテントのように散在する建築群。タリアセンウェストだ。・・・・と、これで十分に感動してしまうのも、ハーレンジードルンクと同じように、じつはここにもぼくはまだ行ったことがないからなのかもしれない。それだけに、地表を斜めに傾けて見ると、見る見るうちに背後に丘がふくらんで想像をかたちに変え、そのかたちがあらたな想像を目覚めさせる。川の南側に近づけばタリアセンとは対照的に、それぞれがプールを抱え込んだ家が地表を埋めている。かつて見た写真の、人里離れた砂漠という環境からは、ずいぶん変わってしまったようだ。
 ライト一行がここに来る数年前、彼らはリゾートホテルの計画のためにアリゾナに滞在していたことがある。その間、彼らは砂漠の真ん中に木造の箱の上にテントをのせたような住居群をつくり生活と仕事の拠点とした。それがのちにタリアセンウェストの原型となった。その後、改めて冬のための仕事場としてここにタリアセンを作りはじめた時、ライトはすでに70歳をこえている。といっても、それから20年を越える間、建築家としての活動をつづけたのだから、まだまだぼくたちは若いわけだ。

 アメリカ合衆国が他人の土地を奪ってつくられた国であることに、ライトはひそかな疑問あるいは居心地のわるさを感じつづけていたのだとぼくは思いたい。彼はタリアセンの周囲から掘り出した大きな石を積んでコンクリートを流し込み壁をつくり、それをふたたび大地の一部のようにした。屋根はテントの進化形でありつづけた。木部には、周囲の赤い土と同じ色を塗った。持ち上げた屋根を支える細い支柱はインディアンの槍や羽根飾りのようだ。彼はここを、定住したインディアンの建築にしようとしたのではないか。
F.L.WrightFoundation.jpg かつてライトは、フィリップ・ジョンソンMOMAで企画したインタナショナル・スタイル展への出展を拒んだ。世界中どこにも同じ価値をひろげることをこころざすインタナショナルではなくアメリカを、アメリカ合衆国ではないアメリカをこころざしたからだ。南米のインディオの造形をコンクリートブロックに彫り込んだのもそのためだ。「モーターサイクルダイアリーズ」の若きチェ・ゲバラが、旅をするうちにアルゼンチンという国家から、普遍的な「アメリカ」にアイデンティティを移していったように、ライトはアメリカ合衆国という国家から逸脱した「アメリカ」に自分を結びたかったのではないか。だとすれば、国家をこえる普遍的な世界をめざした「インタナショナル」と、じつはライトは通底していることになる。ただし、彼は「場所の力」をよりどころにし、それを大切にした。そして、チェ・ゲバラの「アメリカ」にはアメリカ合衆国は含まれない。ライトに美術館をつくらせたグゲンハイムは、チリの鉱山で奴隷のようにインディオたちを働かせて財を成したのだと、「モーターサイクルダイアリーズ」で主演したガエル・ガルシア・ベルナルがインタビューで語っていたのが忘れられない。

 

投稿者 玉井一匡 : 08:48 AM | コメント (7)

May 01, 2007

FON が、やっと緑色になった


FONの登録はできたし、じっさいにテストもして、スターバックスでつながることも確認した。しかし、FONマップにはアクセスポイントの存在を示す緑色の印が表示されず、小さなオレンジ色の円形があるだけで、凡例を見ると「登録しているフォネロが住んでいる場所です」と説明されている。設定のページに行ってあれやこれや住所などの書き方を変えて試してみても変わらない。AKiさんがとっくに星印になっていたのは、ぼくにFONをそそのかした張本人なのだから当たり前としても、そんなことをしているうちに KARAKARA-FACTORYのNOZさん、 りりこさんfuRuさんと、つぎつぎに先をこされていった。
「ソーシャルルーターの設定」というところで住所を記入する。しかし、これが自動的にマップに反映されると思っては大間違い。しかるべき位置にマップを連れて行って、ダブルクリックをしなければならないということは、「個人情報」の設定のときに経験していた。しかし「ソーシャルルーターの設定」で住所を記入しても、その脇の地図は一面のグレイになっていて、地図が表示されない。先週はAKiさんがうちの事務所に立ち寄られて、いっしょにいじってみたがやはりどうもわからない。

AKiさんの電話で知ったので、やっと登録できたと4月29日のBlogに書いたfuRuさんに電話をかけて相談してみた。しばらく、あれこれと話していたがわからない。
「もしかしたら、+ か - のボタンで地図の大きさを変えてみたらどうですか?」とfuRuさん。
数回つづけて - をクリックしてみると、出てきた、地形が出てきた。世界地図の下の端、なんと、ここは南極大陸だ。地図が表示されなかったのではなくて、南極大陸を、それもずいぶん近づいて見ていたので一面のグレイになっていたのだ。「ソーシャルルーターの設定」の地図を神楽坂まで引っ張ってきて位置を指定した。「FONアクセスポータルのカスタマイズ」には、「BlogでFON設定の顛末を読んでみて下さい」と書き加えた。
さて、FONマップを開いてみる。・・・・あるある。白い星の真ん中にオレンジ色の円形まである。白い水仙のようだ。オレンジ色の円形は、FONの設置位置ではなく自宅の位置を表示するものらしいとようやく合点がいったが、当分はこのままにしておくことにする。
「FONがやっと」というエントリーをしたのが3月6日だから、それから2ヶ月近く経ってしまったが、なんとか連休中にできてひと安心だ。

投稿者 玉井一匡 : 05:07 PM | コメント (6)