December 31, 2007

クレヨンで描いた絵に重力が Crayon Physics

CrayonPhysics.jpg Click to Jump to YouTube
もう先週になった。
ちょっと素敵なソフトが開発されていると本間さんがメールで教えてくれた。
やがて今年も終わりですが、ちょっとひとやすみして、ムービーを見てください。このソフトについての記事がここにあります

では、よい年を迎えましょう。   よい年にしましょう。

投稿者 玉井一匡 : 04:40 PM | コメント (6)

December 18, 2007

ストリートビュー:Googleマップを歩く

StreetViewSmall.jpgClick to Jump to the Street View

 ジャック・ケルアック「オン・ザロード」は、若者たちがクルマを走らせてアメリカ中を縦横無尽に移動する小説なので、地図を見ながら読むとはるかにおもしろい。だから脇にMacBookをおいてGoogleマップを開いた。すると、画面にあたらしいボタンが増えているのに気づいた。「ストリートビュー」と「渋滞状況」だ。これをクリックすると、Googleはまたしてもぼくの期待していた以上のものを提供してくれる。
地図、衛星写真、地形のどのモードでも、「ストリートビュー」のボタンをクリックすると地図の上にカメラのアイコンが出てくる。それが出ている都市で「ストリートビュー」を見られるということだ。

 この左上の小さな写真(これは、あえて間違ったDakota Houseのままにしてあります)をクリックすると、ところはニューヨーク。セントラルパークウェスト沿いのストリートビューに、かつてジョン・レノン家族が住みジョンが玄関の前で殺された「the Dakota」が見える。
はじめ、ぼくはこの通りのもう少し北のところにあるDakota Houseがジョン・レノン終焉の地だと思ってそこをリンクさせていた。ところが、漂泊のブロガーいのうえさんが、こんなメールをくださった。
「Aのダコタ・ハウスはジョン・レノンとは関係なく Iの ザ・ダコタ(1W 72nd St)が 彼の住居だと思います。いやあ まぎらわしいというかわかりにくいですねえ。1980年の12月はNYに住んで最初に迎えた冬。煌めくばかりのロックフェラーセンターとは裏腹に事件直後は深い悲しみに街が浸されました。」
とあったので、この通りを少し南に下ったところにあるThe Dakotaのストリートビューに跳ぶように変えた。

 ストリートビューの矢印をクリックすればその方向に進み、画面をドラッグすれば左右に方向を変える、そうやってぼくたちは自在に道を移動することができるのだ。

 ぼくは知らなかったけれど、インターネットで調べてみると、アメリカでは5月頃から見られたらしい。もしかすると、日本でももうとっくに見られたのかもしれない。ストリートビューは、こういうカメラで写真を撮ったのだそうだ。

  *  *  *  *
はじめからやるなら、つぎのような手順だ

・Googleマップを開く
・「ストリートビュー」のボタンをクリックする
・カメラのアイコンのある都市を選ぶ
・「ズームイン」すると、こけし型の人間のアイコンが一人立っている
・これをドラッグして行きたい場所に下ろす。Clickすると、そこに立って見る街路の写真が出てくる。(移動する間、このこけし型アイコンの脚は、空を飛んで風になびくようになる)
・画面をドラッグすれば前進後退も自由自在。右折左折もできる。ちょっとなら上を見あげることもできる
・矢印のアイコンをクリックすればその方向に少しずつ移動する。押し続ければ、ずーっと進み続ける。そのとき、地図も一緒にスクロールして、その上をこけしアイコンが移動していく
・「全画面表示」をClickすると、ディスプレイいっぱいに「ストリートビュー」が広がる

これができるのは、現在はアメリカの主要都市だけだが、すぐに世界中に広がるだろう。
そのつぎには、きっと建物の中に入っていけるようになるにちがいない。
まだまだGoogleはおもしろい。

*追記
 wikipediaで調べると、ジョンのすまいはダコタハウスではなく「ザ・ダコタ」The Dakotaだったことがわかる。バーチャルお上りさんたるぼくは、「ダコタハウス」でジョンが殺されたとばかり思い込んでいた。はずかしい!
いのうえさん、ありがとうございました。
いのうえさんは、かつてアメリカ勤務の時代にマンハッタンとニュージャージーのリッジウッドというまちに住んでいらしたことがあって、それについてメールをくださったことがある。そのときにぼくはアメリカ再読というエントリーをした。

*蛇足
 ジョン・レノンが殺されたのはアメリカ時間で12月8日、日本時間の12月8日は真珠湾攻撃が『成功」した日だ。しかし、アメリカ時間でいえば「Remember Pearl Harbour !」は12月7日。ぼくの誕生日は、もちろん日本時間で12月7日なのだ。遠回りの連想ゲームで、自分の誕生日の日付は真珠湾とジョンの死にリンクされている。

投稿者 玉井一匡 : 12:25 PM | コメント (18)

December 07, 2007

コモリガエル

Click Flog to PopUP 


 「川合健二マニュアル」が10日ほどまえに送られてきた。
そこにおさめられている、川合さんのインタビューは雑誌「建築」の1970年7月号に掲載されていたものだよとAKiさんが言われるので、話しながらコードレスの電話機を耳に当てたまま本棚をさがすとすぐに見つかった。それが出たころは、ぼくはまだ学生だったはずで、その数ヶ月後に東事務所に行ったのだからAKiさんとはまだ会ったことがない。
その1,2年あとに「在庫品目録」と題して、建築を語らずに建築を語るという理屈をつけて東事務所の全員がそれぞれに好きな絵と文章を書くというのを「建築」でやらせてもらったなあという話になった。在庫品目録とはstocktakingということばを日本語にしたものだがそのタイトルを提案したのはAKiさんで、のちに彼はblogのタイトルを「aki's STOCKTAKING」とした。
 あのとききみは、気持ち悪いカエルの絵を描いたねということに話が及んだが、たしかにそのときぼくはコモリガエルという変なやつを描いた。それが掲載された「建築」も受話器を片手にさがしてみたが見つからない。
 おれのところにはあるからカエルのページをスキャンして送るよと言って、AKiさんがメール添付で送ってくださった。読んでみると、そのころに産みつけた世界観の卵がいまもってぼくの背中の穴から、ときどき孵化するようだ。

 AKiさんから送られたスキャン画像は「建築」1972年6月号の100ページ目。jpgの画像ではちょっと読みづらいのでテキストにして加えると、ずいぶん長くなってしまったので別にエントリーした。click→「コモリガエル、カモノハシ・・・異常論」:「建築」1972年6月号100頁

これを書いた頃、ぼくはまだコモリガエルの実物はおろか写真さえ見たことがなかった。その後、上野動物園の水族館で小さな水槽の中にいるのを見つけたけれど、底に近く30°ほどの角度をなして手足をのばしたままだらしなくじーっとしている退屈なやつで、すっかり期待を裏切られた。背中の穴も見えない。ただ、ひどく平べったい草鞋のようなやつだということは、実物を見て初めて知った。さらにその後、インターネットで探しても、pipapipaというなかなか可愛い名をもっているらしいとは知ったが同じような姿の写真しかない。

komorigaeru3.jpg komorigaeru4.jpg 先日、久しぶりにもう一度googleを検索してみた。すると、YouTubeの中に、ぼくの探していた映像があった。背中にたくさんの卵を貼りつけたままの雄ガエルが水槽を泳ぎ回るビデオと、底に横たわる親ガエルの背中にあるたくさんの穴からつぎつぎとこどもガエルが浮かび上がってくるやつだ。それまで、こどもガエルたちは、陸上にうずくまる親ガエルの背中の穴からモゾモゾとにじみだして来るものだとばかり思いこんでいた。図鑑のイラストを見ると、親ガエルは地上に平伏しているように見える。もしかすると、昔はそう思われていたのかもしれない。予想を裏切られたよろこびにしばし浸りつづけて、ぼくは何回もビデオを再生した。
(ふたつのカエルの写真は、クリックするとムービーが見られます)

「コモリガエル、カモノハシ・・・異常論」の文末に書いた「第二、第三のカモノハシを」というちょっと性急にあらわれた言葉は、「第二、第三のベトナムを!」というゲバラの言葉を下敷きにしている。川合健二自身と川合健二邸のありかたは、建築世界の正統から逸脱することによって正統に対して批判をつきつけるコモリガエル・カモノハシだった。人間も自然の一部として生きようという原理的な視点に立てば、家も車も錆というかたちに変えて自然に返そうとした川合こそ、むしろ正統な生き方をしたと、現在ではだれもが認めるだろう。しかし、ぼくたちの国では大規模な開発を進める自由を誘導する一方で、さまざまな規制や手続きの強化がすすめられ、川合的な反乱はむしろむずかしくなっている。


 

投稿者 玉井一匡 : 04:44 PM | コメント (38)