November 29, 2008

明治百話

meiji-hyakuwa.jpg 神楽坂をのぼり切って大久保通りを曲がると、ほどなく「theatre iwato」と書かれたビルがあった。(ここからストリートビューに跳ぶ・・・こんなふうに使えるのだ。1階部分を緑色に塗ったビルです)
調べてみると、そこは装丁の平野甲賀氏が館主の小劇場で、黒テントの本拠地なのだった。平野甲賀氏は、晶文社でつくられた本の大部分の装丁を手がけ、サイのロゴマークも彼の手になるものだ。今にして思えば、ぼくはまずデザインに惹かれて晶文社の本を手にとったことが多かったようだ。もちろん中味を味見してから本を買うのだが、まずデザインが声をかけてきたのだ。
 そんな話をしたら、あそこはいい小屋だからそのうちライブをやりたいと思っているんだと夕海が言っていたのだが、こんど、かりんといっしょにiwatoがプロデュースする芝居に参加することになったと聞いたときにはまだ数ヶ月さきのことだった。それがもう数日で始まることになって、いまは稽古の真最中。それをkai-wai散策でエントリーしてくださった。

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 この芝居の原作は、明治20年ころに書かれた「明治百話」という本だ。岩波文庫、同じくワイド版、角川選書などがある。説話集のような内容なのかと思わせる題だが、市井の人たちの話の聞き書きだ。新聞記者だった著者篠田鑛造は、現場主義とみずから言うように、その人が実際に体験したり目で見たことを語らせてそのことばだけを書いた。代々首斬りをしてきた山田浅右衛門にはじまり、芸者、くるまひきなどあらゆる人におよぶ明治時代の話がほんとうに興味深い。歴史からはかならずこぼれおちる細部から明治のまちと生活がじつにいきいきとよみがえってくる。同じ著者の「幕末百話」という本も、前年に出版されている。
ぼくはまず図書館のサイトで予約して取り寄せて読みはじめたらひどく面白い。しかし一気に通読しておわりというよりは、そばに置いて時々開いてみるという種類の本なので、さっそくamazonに注文した。

 iwatoのプロデューサーである平野公子さんは、長年この本を芝居にしようと構想をあたためていたのだという。明大演劇科の大学院で研究をしている稲津真という若い女のひとに1年半の時間と構想をわたし脚本を任せた。演出は黒テントの若手の河内哲二郎。それにやはり黒テントのベテラン役者が脇をかためる。
そういう構成の中に、役者と芸者という役で夕海かりんは置かれることになった。神楽坂で芸者をやるっていうのは挑戦的だね、いちど試しにお座敷に上がってみたらどうだ。とかりんに言っても動じない。なんたって箏弾き、三味線も腕におぼえなのだ。そういえば近くには宮城道雄記念館もあるのは知ってるんだろうな。

 先日、BSのブックレビューで「おかしな時代/ワンダーランドと黒テントへの日々」という本が紹介されていたので、テレビを見ながら図書館のサイトを検索したらすぐにみつかったから予約した。数日後にメールが来たから受け取りに行くと新着本だ。それによれば、この本の著者・津野海太郎は大学を出てすぐに友人の戯曲集を追悼出版する。そのときにやはり武蔵美を出たばかりの平野甲賀に出会っている。ほかにも黒テントの佐藤信や、「アメリカの鱒釣り/R.ブローティガン」などを翻訳した藤本和子、別役実、唐十郎、植草甚一などが登場する時代の熱さと豊饒に胸が躍る。先に読んだほうがいいよと夕海にわたしたら、これほどのことを私たちはできているだろうかと言いながら稽古に通っている。
 天照大神が岩戸を開いて現れるか否かは、ひとえにそのまえで演じられる「明治百話」の出来次第なのだ。
11月30日12月1日は公開稽古だそうです。よかったら見に行ってやってください。
ぼくは、行けないのだが。


投稿者 玉井一匡 : 11:15 PM | コメント (18)

November 26, 2008

UNIFEMのサイトへの署名

UnifemNicole.jpg
先日、友人から「UNIFEMの女性に対する暴力に反対する署名について」というメールが届いた。
差出人とタイトルを見て署名しかけたが、内容を知らなければひとさまに勧められない。
「UNIFEM」とは何かさえ、ぼくは知らなかったからGoogleで公式サイトをさがした。UNITED NATIONS DEVELOPMENT FUND FOR WOMENの略称で、女性の地位向上のため、とくに途上国の女性に力を貸す国連の機関だ。よく見たら、送られてきたメールにリンクされていた。日本にも、ユニフェム日本国内委員会というNPOがある。

このUNIFEMの親善大使(goodwill ambassador)としてニコール・キッドマンが活動しており、この署名を呼びかけているので、彼女が主演した映画「ドッグヴィル」を思った。人に追われて小さな村に逃げ込み、そこに潜んでいるうちに奴隷のような生活を強いられる若い女を演じた。つらい状況にありながら誇りを保ち続ける女の役を、床に線を引いただけで家とまちを表現する舞台劇のような象徴的なセットを背景に演じて、緊迫と屈辱と憤怒への共感に引き込むのだ。

UnifemCharlize.jpg メールを受けた翌日の朝日新聞には、ちょうどシャーリーズ・セロンが国連平和大使(UN messenger of peace)になったという記事があった。シャーリーズ・セロンが南アフリカにいた少女時代、父がアル中で家族に暴力をふるい、娘の生命の危険を感じた母がその場で射殺したが、のちに正当防衛が認められるというすさまじい経験をした。数年前に結婚したときには、同性同志の結婚が認められるまでは法的手続きをしないことを宣言した。ということがいずれもWikipediaに書かれている。
先日見た「告発の時」では、イラクから休暇で帰国中に殺された息子の死を捜査する父親に協力して、戦場のできごとの関わりを究明する警官を演じた。ニコールキッドマンもシャーリーズ・セロンもアカデミー賞主演女優賞を受けている。ちなみに、ジョージ・クルーニーも国連平和大使に任命されていて、アカデミー助演男優賞をうけているのだが、なにか関連があるんだろうか。

あらゆる国がそうだが、とりわけ途上国では女性が差別をうけ犠牲を強いられる。UNIFEMは、さまざまなかたちでそういう女性たちの力になる活動をする。どこでどんな活動をしているかはUNIFEMのサイトまたはユニフェム日本国内委員会のサイトに具体的に書かれているのを読んでみてください。

友人から届いたメールは、こう書かれていました。
  *  *  *  *  *
皆様
国連機関の一つである国連婦人開発基金(UNIFEM)では、女性に対する暴力の根絶に向けて「女性に対する暴力反対キャンペーン」を展開しており、署名への参加を呼びかけています。内閣府も「女性に対する暴力をなくす運動」の取り組みとして連携しています。

英語での署名はホームページから、日本語ではファクスで内閣府に送るようになっています。
二コールキッドマンの呼びかけとファクス用紙を添付しました。

(関連サイト)
UNIFEM親善大使ニコール・キッドマンの呼びかけはこちら(日本語表記)
UNIFEM「女性に対する暴力反対キャンペーン」のページはこちら(英語表記)
UNIFEMのホームページはこちら(英語表記)

締め切りがせまっておりますが、どうぞよろしくご対応お願いいたします。
NPO法人全国女性シェルターネット
  *  *  *  *  *

投稿者 玉井一匡 : 11:00 PM | コメント (4)

November 19, 2008

クルマの顔

OdesseyFaceS.jpgClick to PopuP

ひところ、地下鉄のコンコースなどにホンダ・オデッセイの横長の大型ポスターが2枚つづきで張ってあったから合わせるとゆうに2mを超えていた。
左の写真はiPhoneのカメラで撮った横長の写真だけれどPanoで貼り合わせたパノラマ写真ではない。iPhoneの写真をPhotogeneをつかってトリミングしたあとで、切手の縁をつける加工をしたものだ。
こうやってジョージ・クルーニー(wikipediaを見て、彼がローズマリー・クルーニーの甥だと知った)の笑顔と並んでいるのを見ると、ふたりは口元がよく似ていると思わないか。
オデッセイのデザイナーがジョージ・クルーニーのようにつくったわけではないだろうが、少なくともポスターのデザイナーは、このふたりが似ているのを意識して並べたにちがいない。これを、いい傾向だとぼくは思うのだ。

 近ごろの日本のクルマときたら、ことごとく造作が大袈裟でごつく、目をつり上げ歯をむきだした知性のとぼしいマッチョ顔が多くて、ぼくはどうにも好きになれない。しかも、全体に丸っこくて皮下脂肪の多い体型だから、デブのくせにマッチョぶった間抜けなデザインなのだ。この10年ほどで、かわいい顔をして無駄のないデザインのクルマを探しても、初代Vitzくらいしか思いつかない。前にオデッセイがモデルチェンジをしたときのPRビデオでは「スパルタンなフロントデザイン」だと佐藤琢磨に言わせていた。
 「ちかごろのクルマや家電のデザインは、ガンダムみたいなのばかりだね」と、ソニーにいる友人に言ったことがある。「ちいさいころガンダムで育ったデザイナーが多くなったんだよ」というので合点がいった。有明など、ガンダム風の建築が立ち並ぶ索漠たる都市ができた。建築にも似たような傾向があるのだ。
 「いいクルマがすきです。男だから」なんて、男をおだてようというコピーはどうかと思うが、戦闘的なロボットでなくジョージ・クルーニーに似ているのがうれしい。

投稿者 玉井一匡 : 04:37 PM | コメント (23)

November 16, 2008

お名前さま

Onamaesama.jpg
 先日、別々の店で接した店員が口にした同じことばづかいに驚いてしまった。
まずは園芸店でモミの木の予約をしたときに、つぎがその翌日、時代遅れで在庫のない蛍光灯の取り寄せをたのんだヨドバシカメラ秋葉原店でのことだった。
店員は受付カウンターの下から書類を取り出すと「『お名前さま』と電話番号をお願いします」と言うのだ。
 文字通り唖然としたのだろう、文句も皮肉も口にせずにぼくは氏名と電話番号を書いた。
いずれも男の店員だが、けっしてバカそうではなく親切でさえあったから、相手の態度に文句があるわけでもない。人並みの若者ですらこういう珍妙な物言いをすることに直面して、人間よりほかには頼る資源もないこの国の未来に不安を抱いたのだ。オレもトシだということでもある。その翌日、首相と呼ばれる男がお粗末な日本語力と人格を露呈した。ああいうオトナにならないように、彼らにひとことふたこと言ってやるべきだったかもしれないと、ぼくは思いなおした。

「お名前さま」という言葉遣いは、論理的に間違っているのだよ。
ひとの名前に「さま」をつけるのは、その名前の人物を敬うからだ。あるいは、相手に感謝しているからだ。さもなければ、敬っているとか感謝しているとか思わせたいからかもしれない。
「お名前さま」っていうのは、「お名前」というやつがいて、きみはそいつを敬っているということになる。さもなくば、「お名前」という名詞を敬うのか。
そうではないだろう。論理的にまちがっているのだよ。
だから「お名前」だけでいいのだ。
「お名前」が正しいのだ。
・・・今度、商品を受け取りに行くときには、そう言ってやろう。

 ぼくたちの親の世代くらいまでは戦前に受けた教育で、人間の身分や地位の上下関係によって社会の秩序を整理してきた。それが日本語の敬語のシステムをつくってきた。しかし、経済力はもとより地位や身分の上下と人間の価値とはかならずしも一致しないということが、現在ではほぼ共通の理解になってきたのと歩調をあわせるように、それまでの上下関係は弱くなって、代わりに相手を尊重することや感謝を示すことが敬語の基本をなすようになった。それ自体はむしろ、社会と言語の歓迎すべき変化であるはずだ。
 しかし、それが敬語を簡単にするという結果を生じた。たとえば、動詞はなんでも「・・・される」ひとつですませてしまうことになった。そのぶん過剰に相手をもちあげたり必要以上に卑下したりして敬語を数量的に増幅することで補おうとするようになったのだろう。そのあげく、言語の論理性さえおかしくしてしまったというわけだ。
ことばは時代や社会のありかたとともに変化するものであるなら、自分たちのことばは社会を反映すると同時に、社会を変えることもあるのだから、言葉は大切に育てなければならないのだと肝に銘じておこう。

投稿者 玉井一匡 : 01:34 AM | コメント (16)

November 08, 2008

「彼らの居場所」と「クルディスタンを訪ねて」

KurdCardS.jpgClick to PopuP 

 ふた月も前のことだがアコーディオン奏者の岩城里江子さんからメールをいただいた。友人の写真家が新宿で個展をやっているので時間があったら見てほしい。国を持たない民族クルディスタンを撮り続けている写真家です。明日が最終日なのだが・・・とあった。masaさんと一緒に見に行ったら、玉井にも見せたいといわれたのだという。岩城さん自身のブログ「う・らくんち」に、この写真展についてのエントリーがあった。

 写真展は「彼らの居場所」というタイトルの、トルコのクルド人たちの生活を撮ったものだった。
 女たち子供たちの写真の多くは、こちらを見つめている笑顔が生きる喜びだけからから生じたものではなく、さまざまな悲しみや憤りを包む勁さのあらわれのようだった。
 彼らがイラクやトルコに住む少数民族として弾圧されていることや、かつて難民として受け入れを求めるクルド人を日本政府が強制送還したことを知ってはいた。しかし、イラクやアフガンへのアメリカ侵攻のかげに隠されて、どういう人たちがどんなところにどんな風に生きているのかという具体的なありかたを、これまでぼくは何も知らなかった。知らないということに気づいてさえいなかった。この写真展はそれを気づかせてくれた。
 写真展のタイトルは、このブログのタイトル「MyPlace」と重なる。しかも、佐藤真が監督したエドワードサイードについてのドキュメンタリー映画「OUT OF PLACE」とも関わる。

KurdVisit.jpg 会場には松浦範子さん自身がいらしたので、じかに話をうかがうことができた。じつは、ほんとうに伝えたいことを撮った写真は見せることができないのだという。そこに生活している人たちに迷惑がおよぶからだ。いつまでも会場で話をうかがうわけにはゆかないから、会場に置かれていた本を後日あらためて読んだ。
「クルディスタンを訪ねて」(文・写真 松浦範子/新泉社)
は松浦さんが文章を書き写真を撮った本だ。
 クルディスタンとはクルド人のくに・・・「彼らの居場所」だ。「アフガニスタン」がアフガン人の国であるなら「クルディスタン」はクルド人の国であるはずだ。しかし、クルディスタンは文化を共有するひとびとの集まる「くに」ではあるけれど、制度としての「国家」ではなく国土も持たない。クルド人はトルコ、イラク、イラン、シリアなどの数カ国に分かれて生き、「くに」は思いとして存在するだけだ。いや、クルド人が数カ国に分散して生きているという言い方は正しくない。彼らははるか昔から遊牧民として広大な草原を自分たちの居場所として生きてきたにもかかわらず、あとから来た「先進国」がそこに国境線を引いて、クルド人の生きてきた場所を勝手にいくつかの国に切り分けてしまい、そこに生きる人たちも切り離されてしまったのだ。同じように、現実の人間の生活と無関係に国境線を引いてしまった結果、内戦が生じているところが、世界中のいたるところにある。

 これはただの旅行記ではない。だが、みずから旅をしてさまざまな人やさまざまな出来事にふれ、それらをみずからのうちに肉体化し熟成して印画紙に残し文章にする。その意味では、たしかに旅行記である。はじめ別の目的でトルコを訪れたときに、クルド人の多い東部を訪れる。そのとき、著者はクルド人たちが差別や弾圧を受けている事実を知る。以来、カメラをかかえてクルド人の住むまちを何度もおとずれ、ときに小さなホテル、ときに友人のすまいに泊めてもらう。その家の娘たちの部屋に寝起きして、彼女たちの日常を共にする。女たちや家族のなかに堆積しているトルコ支配の残したきずを記憶に写し取ってきた。
 報道のために来たのかと追及をうける。軍に連行される。観光のために来たのだと言い続ける。みずから戦いの場に行くことはないが、命をかけて独立を勝ち取ろうとする人たちのあることを身近にする。政府によるクルド弾圧の話をしてくれる人たち、宿を提供してくれる人たちがいる。
文章と写真は対応していない。それは、受け容れてくれたクルドのひとびとにおよぼす影響を最小限にとどめようとする配慮からなのだろう。

 はじめに写真展を知らせるメールを読んで、ぼくは大石芳野さんの写真を思った。「クルディスタンを訪ねて」を手にしてみると、腰巻きには、すでに大石さんの推薦文が書かれていた。いずれも、戦いに家族を傷つけられる女たち、こどもたちを撮っている。大石さんは多くの国で、主にこどもたちに眼を向けているが、松浦さんはトルコのクルド人たち、それも女たちに重心が置かれているように思う。

 クルド人たちが自分の国家をもつことは、どうすれば実現できるのだろうかと、ぼくも考えずにはいられない。しかし、ユーゴスラビアやアイルランド、パレスティナ、つぎつぎと悲惨な歴史が思い浮かび、「麦の穂をゆらす風」で見たアイルランドの、肉親やかつての同志と戦わねばならない辛さをぼくは思い出す。
 クルディスタンの実現は可能なのかという思いに、松浦さんは立ち止まることもあるにちがいない。彼らに武器をとって戦うべきだとはいえない。言いたくない。なにをしてあげられるのかと自問するだろう。しかし、この写真や旅行記が、彼らの状況やひとりひとりの人間として生きかたをつたえて、遠くに住む人がそれを知り、思いを分かちあっていてくれる・・・すくなくとも、そう思えることだけでも大きな支えになるだろう。
 たしかなことは、世界中を切り刻んで山分けしようとしたことに対する逃れようのない責任が、西欧先進国にあるということだ。そして、ぼくたちの国家も同じことをしようとした歴史がある。

■追記(2008.11.12)
 松浦さんの2冊目の本が、近々刊行されるそうです。イランのイラク国境近くのクルディスタンを描いたものです。
「クルド人のまち」イランに暮らす国なき民:写真・文 松浦範子/新泉社刊/2300円

投稿者 玉井一匡 : 06:21 PM | コメント (10)

November 04, 2008

OBAMA

DONATE-OBAMA.jpgClick to open Donate format page

 きのう、妹の亭主スティーブと電話で話した。シアトルのBainbridge Islandというところに住んでいる。

あした鮭を釣りに行くんですよ。
 釣れる数に制限があるんでしょ、何匹まで釣っていいの?
2匹だけど、1匹で充分だから1匹しか釣らないよ。カニの網もセットしておいて、鮭とカニで大統領選挙のあとにお祝いします
 しかし、マケインはまだしもペイリンてのはひどいね。どうしてあんなのを副大統領候補にするんだろう?
アメリカっていう国は、ああいうところがあるんですよ。これでもし共和党が勝ったら、もうアメリカはだめだよ。このあいだ、オバマが30分以上の演説をしたんですよ。
 知ってる。日本でも話題になったよ。
オバマは、ほんとに立派な人ですよ。あんな人、ぼくは見たことがない。
 そうなのか。そういう人が大統領になりそうなのはうらやましいなあ。

 半年ほど前に、オバマのサイトを開いて見たあとにメールマガジンの登録をした。オバマを支持するというよりは選挙とオバマについて知りたいと思ったからだった。以来、毎日のように届くメールにはオバマのメッセージや選挙戦の様子が書かれているが、細かく読んだことはあまりなかった。メールには、かならず 「DONATE」と書かれた赤いタグがある。「寄付を」という単純明快なメッセージだ。クリックすると寄付のフォーマットが開く。これまでの間に、オバマに勝ってほしいと思うようになってきたが、寄付をするなら他にまだあると思って、とうとうクリックしたことはなかった。11月2日にとどいたメールはObama for Amerikaという差出人からYour backstage passというタイトルだった。 Tシャツの写真があって「$30(あるいはそれ以上)の寄付で選挙の夜をOBAMAの仲間として過ごそう・限定Tシャツつき」とあった。タグには「DONATE NOW」とある。開くと、「Make a Donation to Receive Your Shirt -- You Could Get a Front Row Seat to History」「寄付をしてTシャツをもらおう。ーー歴史の最前列の席につける」ちょっとかっこいいTシャツだし少し心が動かされたが、申し込みはしなかった。
 
 以前に「アメリカ再読」というエントリーに書いたことがあるが、スティーブと家族は、7年前までニュージャージーに住んでニューヨークに勤務したあと、会社を辞めて1年ほど休んだあとに、いまのまちに移った。
先日、たまたまリーマンブラザーズの破綻と株の大暴落の直後に電話をかけたときに、アメリカの経済の大混乱について2時間近く話した。(もちろん日本語で)なにしろ彼は投資コンサルタントみたいな仕事をしているから、直接に影響をうけているはずなのだ。
 「大変だろう」と尋ねると
ぼくは二週間前に株は売ったから大丈夫だけれど、とにかくアメリカは大変だよ。こんなことまでは考えられなかった。もうアメリカでは、なにかをつくるという仕事をしている人はすくなくなってしまった。この町なんか、ほとんどいないですよ、ぼくもそうだけど。
 こんなときに大統領になるなんて大変だね。負けた方がよほどいいかもしれないね。イラクだって、撤退すればいいってものじゃないんだし、ブッシュのやったバカなことの後始末するんだからね。
ほんとですよ。こんなときに大統領になろうなんて、考えられない。
・・・なんていう言いかたをしていたのだが、いまは絶賛するようになった。

そろそろ東海岸では投票が始まった。

投稿者 玉井一匡 : 11:19 AM | コメント (12)