December 17, 2008

「図書」臨時増刊号「わたしのすすめる岩波新書」

Shinsho70.jpg
きのう、AKiさんが突然いらした。そのときに岩波の「図書」の最新号を見せられたのをぼくが興味深く見たので、「また本屋でもらうから」と置きみやげになり、それがさっそくaki's STOCKTAKINGにエントリーされた。コメントを書きはじめたらかなり長くなりそうなので自分でエントリーすることにした。

 218人が3冊ずつ人によっては1冊もしくは2冊の岩波新書を選んで、それに簡潔なコメントを書いている。その中からさらに「各界の読書人218人のアンケートから精選した50点54冊」を選び創刊70周年記念フェアをおこなっている。
 先日亡くなったばかりの加藤周一「羊の歌」を選んでいる人も多いが、加藤周一自身も選者のひとりであるはずだから彼は何を選んでいるのかと思ってさがして見ると、「万葉秀歌 上・下」「物理学とは何だろうか上・下」「昭和史 新版」という、すこぶる基本的原理的なものを挙げている。そんなぐあいに見てゆくと、ああ、この人はこういう本を選ぶのかと納得したり、これを読みたいなと思ったりして、すこぶる楽しい。無料でくれる小冊子なのに永久保存版にしたくなる。

 選者たちが書き残したコメントはとても短いのだが、おそらくだれもが本気で記憶を洗い出して選び、それらについてとても丁寧に考えたものにちがいない。ざっと流し読みすると、書かれた時代と著者と選者、さらに、対象となっている世界の起伏ゆたかな地形が眼下にひろがっているようで、Google Earthの画面を思い浮かべた。

なにしろ増刊号だから、「図書」では異例のカラー表紙で絵が描かれている。宮崎駿の手になる三枚翼の飛行機が沢山の乗客を乗せて離陸したばかりで草を揺らしている。AKiさんの説明によれば「伊カブローニ社の Ca48 旅客機」なのだという。もしかすると、この飛行機に乗って、Google Earthのように世界を一望にしようよと、宮崎さんは言いたいのではないか。
 アンケート以外にも岩波新書についての興味深い文章が書かれていて、その中に、宮崎駿の表紙のわけが潜んでいるように思った。吉野源三郎が岩波新書の創刊当時のことを書いた文章がある。企画がはじまったのは創刊前年の1937年のことだったそうだが、ナチの台頭以後ドイツで出版が弾圧されて日本に入らなくなり、ペンギンブックスやペリカンブックスのようなアメリカの本がリベラルな思想を運んで来た。こういう本をつくらないかと、同じ課にいた小林勇と一緒にとりかかり、そこに三木清を引きこんで50冊ほどの目録を決めてあれこれ練っているころ、新しい小説も含まれていた。「そういううちにサンテクジュペリの「夜間飛行」がはいっていたのを覚えています」と、吉野は書いているのだ。宮崎駿はサンテクジュペリの「夜間飛行」が好きで、かつてNHKの「わが心の旅」という番組で、サンテクジュペリが不時着した砂漠に行ったことがあって、ほんとうに無邪気なよろこびをあらわしていた。表紙に宮崎さんを選んで飛行機の絵を依頼したのは、そんなわけだったのではないかとぼくは思った。

もしも毎日、朝から晩まで本を読んでいることができたら、このなかの本のを手当たり次第に読んでいくと何日で読み終わるだろう。きもちのいい「昼夜飛行」だろうが、あちらこちらで不時着することになりそうだ。

投稿者 玉井一匡 : 11:52 PM | コメント (4)

December 15, 2008

nabaztaG

Nabaztag2.jpgClick to open nabaztaG site.

ちょっと魅力的なかわいいやつを見つけてしまった。
白いウサギだ。
だが歩くわけではない、手も足も省略されている。
しかし、ウサギだから耳は長い。
耳は電波を聞く。匂いもわかる。
それに、人間の言葉がわかるらしい。
知性派なのだ。

五カ国語ができるという。
フランス生まれで、仏語のほかに英語、伊語、西語、独語、葡語
それぞれ得意な言葉が違うのかもしれない。
まだ、いまは日本語は使えないらしいが、いずれ習得するそうだ。

電源を入れると、Wi-Fiとつながる。nabaztag.comにつなげ、名前をつけて登録すると、インターネットとつながるロボットになる。
メールの到着を知らせる・メールを読んで聞かせてくれる・あしたの天気は?ときけば天候や気温を知らせる。顔色が変わって何かを報らせる。耳をうごかす(動かしかたがかわいいのだ)。持ち物の匂いを嗅がせると、においで識別する。ときにはよそのnabaztaGと恋をするらしいから、もしかすると勝手なことをしてしまうかもしれない。
日本では来年の1月ころに発売されるそうだが、日本語のメールを読めるようになるんだろうか。日本の首相をみて、漢字の読み方に色々あるんだということを知らずに甘く見ているかもしれないが、なかなか苦労しているのではないだろうか。下手な日本語よりは、外国語を勉強するつもりで英語やフランス語のやつとつきあうのもいいかもしれない。

上の絵をクリックするとホームページに飛んで、この子がムービーで動き出し、何をするやつなのかどれくらいかわいいやつなのかが分かります。百聞は一見にしかず。
ところで、値段は約150ユーロだから、現在のレート124円で計算すると18600円になる。われらの国ではクリスマスの季節を逃してしまうのも、日本語対応に苦労しているからなのでしょう。
パリ情報のサイト、「カイエ・ド・パリ」のブログ「フランス・パリ ブログ:白猫・三毛猫のカイエ」に、このウサギのファッションショーのことがエントリーされています。

投稿者 玉井一匡 : 10:14 PM | コメント (2)

December 07, 2008

「憲法って こういうものだったのか!」

KenpouKouiu.jpg「憲法って こういうものだったのか!」/姜尚中、寺脇研/ユビキタ・スタジオ/1785円

 図書館の新着図書の書棚に置かれていた本のタイトルと表紙のデザインが目をひいた。表紙のデザインは、中央にタイトルを置いてその左右に二人の氏名がある。「憲法って、こういうものだったのか!」というのは、もちろん二人の発言ではなく、この本を読んだ読者が発するであろうことばだ。じつはぼくの読後感もこういう思いだった。
姜尚中氏は、ぼくにとってその発言に同感するところの多い人だが、寺脇研氏のことを、ぼくは名前さえ知らなかった。かつて文部官僚として、ゆとり教育を中心になってすすめ、のちに、学力低下を招いたとして批判にさらされ2006年に退官した。こういう経歴とこの対談の発言からすると、ぼくたちが官僚についてつくりあげている概念からは大きくはずれた人物のようだ。概念という型にはめて人を見たりものごとを理解することことのあやうさは自覚・自戒しているのだが、概念がはずれたことがうれしい。

JapanKenpo.jpg この二人は、対照的な経歴をもっていながら価値観には重なるところが多い。姜尚中は学生時代のある時期までは日本名永野鉄男を名乗る在日韓国人として、自分は日本国憲法の枠の外にいるととらえていただろうが、寺脇研は日本国憲法という枠組みの只中で国家を運営する立場にあった。憲法に対してかくも対照的な位置にあったふたりが、いまは前者が公務員の一員として、後者は公務員という枠組みから自由になって、この本では日本国憲法を論じているのだからおもしろいのは当たり前かもしれない。
 自分が生まれ育った場所については、よく知っていると思うから地図をみることが少ない。意識的な対象として場所を見ることが少ないのだ。外からその場所にやってきた人は、地図を手にしてまちを把握するので、かえって全体的な構成やありようを認識することができる。姜尚中は自己の外にあるものとして日本という国家を対象化したのに対して、寺脇は国家公務員として自己を律するツールとして憲法を対象化していたのだ。

 寺脇によれば、国家公務員がはじめに辞令をもらうとき日本国憲法のもとにつぎのような宣誓をするという。「私は、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務すべき責務を深く自覚し、日本国憲法を遵守し、並びに法令及び上司の職務上の命令に従い、不偏不党かつ公正に職務の遂行にあたることをかたく誓います」と。 
ぼくたちは、官僚とは国民を支配する法令をつくり運用する権力者と思いがちだが、憲法は公務員を国民に「奉仕」するものとしているのだ。寺脇のことばでこれをきくと、公僕ということばがただの建前ではながったのかもしれないと感じる。憲法には、国民が公務員を選ぶと書いてあって、政治家が国民を支配するのでもなく、官僚が国家を操作するのでもなく、国民の代理人の集合としての国会が法をつくり、多数党の代表がつくった内閣が法にもとづいて国を運営する。その源は国民なのだというだれもがわかりきったつもりの原理が感覚としてわかるのだ。

 この本では天皇についての言及が思いのほか多い。「第一章 天皇(一条から八条)」と「第二章 戦争の放棄(九条)」は一体のものだという指摘が、ぼくには新鮮だった。文化的存在としての天皇を象徴とすることによって、武力でなく文化によってこの国をたててゆくことを示したもので、天皇はそれを意識しているからこそ訪中やサイパンの慰霊訪問を実現させ、いずれは韓国訪問も実現させるだろうという。
 
 Wikipediaでふたりについての記述を読んで気づいたが、この二人の接点はコリア国際学園にあるのではないか。サイトにアクセスしてみると、寺崎が役人の時代に設立されたとおぼしき在日韓国・朝鮮人のための小規模な中学・高校で、「越境人」を育てるとしている。ほんとうはコリア越境学園としたいところだったのかもしれない。興味深い学校だ。

 じつを言えば、これまでぼくは姜尚中の著書を読んだことがなかった。テレビや新聞・雑誌での発言には同感するところがとても多いので、本を読まなくとも何が書いてあるかわかると感じたのかもしれない。けれども、この本を読んだあとでは、彼の著書を読みたいと思った。寺脇研については何も知らなかったから、ゆとり教育について書かれたものを読みたいと思う。

■ 日本国憲法全文を掲載したサイトがあります。
■携帯用の日本国憲法(上の写真):昨年、「川の地図辞典」を買いにいったときに、信山社・岩波ブックセンター「日本国憲法」小さな学問の書①/童話屋編集部 発行/300円という薄い文庫本を見つけて買ってきました。
日本国憲法の全文に英語訳と教育基本法が加えられています。こどもたちにあてた2ページの「まえがき」のほかには、何も余分なむずかしい解説がないので、憲法ってこんなに少ないのかと、身近に感じることができるような気がします。
■関連エントリー:「映画 日本国憲法」

投稿者 玉井一匡 : 10:35 PM | コメント (4)

December 04, 2008

「明治百話」の初日

MeijiHyakuwaUraS.jpgClick to PopuP

 Psalmのふたりが出る「明治百話」の初日を見た。
 いつ来てほしい?ときくと、お客さんの入りの善し悪しは芝居のできを左右するから初日に来てくれるのがいいなという。
行ってみればお客は歩道に行列をなしている。思いのほか客足がよくて満員の盛況だった。
コンサートであれスポーツであれ、始まりの時はみんなそんなものだが舞台も客も相手のふところに入り込むことができずにぎこちなかったけれど徐々にこなれてきて、なかなか面白かった・・とは多くの声だった。が、明治百話を読んでおくと別の楽しみがある。
masaさんと電話で話したら「明治百話」の本にはじっさいにちょうど百の話があるという。自分でも目次の表題を数えてみたら、たしかにその通りだ。
ちょうど話が百あるというのなら、たとえば百枚のカルタをつくる。そのなかから5枚のカードを取り出して、それにジョーカーを一枚加えてひとつの芝居にしたてるのだ。芝居を見ながらここはあれ、さっきのはあそこだなとつきあわせるのがもうひとつの楽しみだ。念のためにつけ加えておくと、ジョーカーとは脚本家(稲津真さん)があらたにつけ加える人物と筋書きというほどのつもりだ。
明治百話は平野公子さんが目をつけたのだそうだが、面白い趣向だ。つぎつぎと、いろいろな明治百話ができる。

 てっきり地階にあると思いこんでいたiwatoは1階にあるのだった。ビルのドアを入るとすぐ右に置いた机がチケット売り場兼もぎり、すぐ左に劇場の入口がある。ロビーだのホワイエだのなんてものはなにもない。だから行列は道路にあふれ盛況を誇示し、休憩のときにも客は歩道にこぼれだす。ちょっと窮屈だと思うが、それがいいのだ。むしろ、道路を劇場に取り込んでしまうようなものではないか。何の看板もないけれど、ひとの賑わいで、そこに芝居小屋があるのだと知れる。いっそ歩道にベンチや椅子を持ち出してにぎわいをおすそわけしたいところだ。下ろしたシャッターの前が、ベンチをおくにはちょうどいい。テントで芝居を打つということは、芝居の世界がまちにこぼれ出すということなのだ。シャッターを岩戸に見立てれば、いつかはシャッターが開いて芝居がまちにくりだすんだろうか。

 この芝居の狂言回しには九代目山田浅右衛門を立てている。「明治百話」の本のいちばん始めに登場する人物を、そのまま芝居の始めに持ってきて、前口上を語らせる。明治中期に斬首刑がなくなるまで、代々首切り役人を務めいていながら知行をもらわず、代わりに死体をもらい受けて死人の肝を使った薬を売ることを許されていたので、たいそうな財をなしたという。先代は幕末だったから吉田松陰などを斬ったときのようすを、本では九代目が語っている。唯一、芝居の登場人物の中では歴史に書かれている人物だ。

 この芝居、じつはいのちについてのものがたり、いのちを物差しにして時代を測るたくらみかもしれないと、いまにして思う。つい百年すこし前、日常の近くに死があり、今ではとてもいのちを大切にするようであるけれど、遠くでたくさんのないがしろにされ利益のタネにされたいのちが消される。じつはいのちの価値はいまの方が高いとはかならずしも言えないのではないかという気がしてきた。      おもしろかった。

 そうそう、芝居の途中、ひとのいまわの際という重大な場面で携帯の呼び出し音をならすやつがいた。バカめ!と思っていたら音が近い。実はぼくの携帯だった。こういうところでならしたのは初めてのことだし、たいせつな場面だったからさすがに慌てた。あわてるからなかなかみつからない。みつけたら機械をひねりこわしてやりたいと八つ当たりを思ったが、なにしろヘビーデューティーの携帯とあってそれもならず、昨日かりんにそれを白状して平身低頭した。夕海には、そうだと思ったと言われた。

投稿者 玉井一匡 : 12:55 AM | コメント (10)