February 23, 2009

Tokyo Picnic Club:東京ピクニッククラブ

PicnicClub1.jpgClick to Fly them onto Newcastle/Gateshead
 2月20日の夜、HUMという集まりに参加した。
 正式な名称は武蔵住宅都市懇話会。メンバーのひとりが、自分の追求しているテーマについてレクチャーをする。それについて質疑・論議をおこない、のちに懇親会に移行する。住宅と都市についてある程度の共通する関心をもって高校の同窓生が集まるという会なのだ。そういうものがあるということは参加した友人の話で何年も前から知ってはいたが、ぼくはこれまで行ったことがなかった。今回は友人が転送してくれた案内のメールに好奇心を刺激されて、打合せで30分ほど遅れたからそっとドアをあけて入っていった。(むっ、40人ほどが席についていて、建築の内田祥哉先生や高校時代の数学の先生にして担任、のちに校長・大坪先生・・大先輩もいらっしゃる)
 話し手の太田浩史氏は、東京ピクニッククラブなるものを夫人とともに主宰している。遅れたせいで彼がピクニックに関心をもったきっかけについては聞き損ねたが、本職は建築家だ。彼は61期ぼくは38期、その差23。はじめぼくは、ピクニックなどという軟弱をちょっと気に入らないが何をやっているのだろうかと話を聞きはじめたのだが、聞くうちに行動力と企画にすっかり感心してしまった。

 太田氏は、イギリス人の蒐集したピクニックセットのコレクションをオークションで落札した。受け取りに行くと、ぼくは世界でいちばんのコレクターだから今度はきみが世界一になったんだよと言われる。
 東京ピクニッククラブは、あちらこちらの公園や公開空地、空き地(ブラウンフィールドと呼んでいる)、はては中央分離帯など、都市につくられながら放置に近い扱いをうけている空地(くうち)から何の手も加えられずにいる空き地にいたるまで、命をふきこみ、もちろんみずからは楽しむために、ラグを敷いてピクニックバスケットを開き酒食を楽しむ。
 デザイナー、フードコーディネイターなども加わり、さまざまなモノを企画・製作したり行動したりする。それについては東京ピクニッククラブのウェブサイトに詳しいのだが、サイトには、たとえばつぎのような項目がある。

*ピクニックの心得(15Rules):ピクニックをたのしむための15のルールの制定
公園や緑地の乏しい日本の都市に、ツールを用意し行動をくわだて、屋外に一時的とはいえ開放的生活空間をつくり出す行動とするべく15のルールを設けた。
たとえば RULE 02にはこうある・・・「 屋外の気候を活かすべきである.蒸し暑い日には涼風のナイトピクニック,寒い日には陽だまりのランチピクニック,適した時間と場所を見つけて楽しむべし」野生生物のように環境にみずからを適合させるのだ。

*Works:これまでにつくったモノ、行動したコト
 新しいピクニックセットのデザインの提案、Portable Lawn(キャスター付き可動芝生)のデザインと制作、ボディに芝生模様の塗装をほどこしたSMARTのデザインと制作・・・等々ピクニックをたのしむための29の実積があげられている。
PicnicClubAngel.jpgPicnicClubMilleniumBridgeS.jpg中でも特筆すべき「Work」はモノではなくピクノポリス(Picnopolis)とよぶイベントである。
イングランド北部の都市ニューカッスル/ゲイツヘッド(川をはさんで北にNewcastle Upon Tyne、南にGatesheadがある)から「ピクニック・イベントを企画 して欲しい」という依頼をうけておこなったものだ。公園の芝生の一部を飛行機の形に切り取る。そこに残された土には「Grass On Vacation」という看板を立てて芝生の不在を報せ、切り取った飛行機型の芝生はPortableLawnに姿を変えて期間中あちらこちらに移動する。その芝生(mother plane)に率いられるようにグリーンの飛行機型エアマットを配置につかせて10日間に10カ所でピクニックをひらいたのだ。
 ニューカッスル/ゲイツヘッドには、プレミアリーグのニューカッスル・ユナイテッドFCがある。巨大彫刻エンジェル・オブ・ノースや動く橋ミレニアムブリッジをつくった。12億円ずつ10年間にわたり、市が費用を負担してさまざまな施設をつくったりイベントをおこなったりする制度が設けられている。その一環としてこのイベントが行われたのだ。こういうことをやらせる自治体があり、それを導く政治家がいて、それをつくる市民が健全であるはずだ。
 エンジェルをつくったアントニー・ゴームリーは、はじめ市民の90%がこの彫刻に反対だったのに対して、何度も何度も訪れて市民に説明し対話をおこなった末にこれをつくった。そういう過程もアートの一部分なのだと彼は考えている、とてもすてきな人なんだと、この日の参加者のひとり田中孝樹氏は話してくれた。
 さらにその背景には、かつて産業革命を起こして牽引し、おそらくは工場労働者を劣悪な環境で働かせ、資源や販路を手に入れるために植民地を手に入れた時代があり、さらにはイギリスの産業の没落があっただろう。そこに橋やエンジェルのようなモノたちやを置いて活動をうながすことによって、この都市を再生させたのだ。

太田氏の本来の研究テーマは「都市再生」だという。

HUMの懇親会では、このイベントのときに地ビールの会社と提携してつくられた草の香りのビールの差し入れがあった。

■追記
 この芝の飛行機を見てエンジェル・オブ・ノースに似ていると思ったので、ぼくは会場でその関係について質問をしたのだが、そういえばJリーグ百年構想のMr.PITCHはあるく芝生だったなと思い出した。サッカーもイギリスに起源があるのだ。
 Google Earthでイギリスの郊外を飛行すると、羊の散在する牧草地がどこまでも続く風景が多くて、だらしなく都市が広がる日本の都市郊外と較べるとなんと美しいのかと、いつもうらやましく思う。芝生というものは、イギリスにとっては飼い慣らした自然のたいせつな記号なのだ。
 日本で芝生の意味するものは、決してイギリスと同じではないだろう。だからこそ、芝生を飛行機に見立てて英国にとんでゆくというのはうまい考え方だ。では、地形も歴史も違う日本にとって、イギリスの芝生にあたるものは何なんだろう。

 都市につれてきた自然のもとで人々が集うという意味では桜だ。芝生は下にひろがる床、桜は上をつつむ天井。芝生の広場にさくらが点在するというのが日本の公園の典型のひとつになったのは、慣れ親しんだ桜と西洋の芝をあわせた結果なのだ。
15Rulesの10番目に「ラグに上がりこむのではなく,ラグを囲んで座るべし.ラグは集まりの象徴であるから」とある。ラグは床ではなくテーブルというわけだ。日本の花見で毛氈の上に座るのは、毛氈で床をつくるからなのだ。
 
とにかく、花見を美しくたのしむにはブルーシートでなく、きもちのいいものを使うようにしたいものだ。

 

投稿者 玉井一匡 : 02:35 AM | コメント (8)

February 18, 2009

アカガエルと不耕起栽培

Akagaeru1S.jpgClick to PopuP
 近頃ではアカガエルを見ることさえ滅多にないが、先日の日曜日、彼には恐怖を味あわせてしまったけれど、ひさしぶりに手にとってみることができた。田んぼの中にはタマゴもたくさんある。中には、オタマジャクシになりかけているやつも沢山いる。卵を手に掬って近くで見ると、ひとつひとつが球形のゼリーの中にまもられているのがタピオカのようでちょっとうまそうにみえた。
 そこにはニホンアカガエルとヤマアカガエルの二種類がいるときいたので、その場でiPhoneを取り出しGoogleで探す。「ヤマアカガエル、ニホンアカガエル」と打ち込むとカエルのサイトがみつかったが、なにさま片手にカエルを持ったままでは、はなはだ扱いにくい。写真をとって、あとから調べることにした。目の後ろから背中に伸びる線のパターンで見分けがつくと書かれている。
こいつを放してやってから、水路に潜んでいるやつをみつけたので腹ばいになって3㎝ほどまでカメラをちかづけて写真を撮った。これは、ニホンアカガエルのようだ・・・と、あとになってインターネットで確認した。もちろん、カエルは田んぼに返してやりました。
 が、アカガエルにかぎらずアマガエルもそうだが身体の表面をつつむ液体は有毒なので、カエルをさわったままの手で目をこすったりしないようにしなければならないと書いてありました。こどもたちにさわらせるときには、あとで手を洗わせるようにしなきゃいけないわけだ。

 田んぼにメダカが棲まなくなったということが世間で言われるようになったのは10数年前のことだろうが、実をいえばそれまでぼくは気づいていなかった。何十年も、年に何回も新潟と東京を行き来していたのにだ。アカガエルがいなくなったのは、メダカがいなくなったのと同じく、乾田化が理由だ。産卵時期に田んぼの水がなくなってしまったのだ。
 農業を効率よく営むためには、機械をつかってできるだけ大規模に米作りをするのがいいと考えられてきた。鋤き起こすときには土が乾いてしっかりしていないと、大型の農業機械が田んぼの中に乗り込むことができない。それに、いったん水をなくしてやると稲は水を求めて深く根を伸ばすのでしっかり稲が育つのだと、農家のひとに教えてもらったこともあった。それぞれにいろいろな理由があって、不耕起栽培に踏み切る人はまだまだ少ないそうだ。

Akagaeru3S.jpgClick to PopuP
 アカガエルを見たのは、千葉県多古町の桜宮自然公園だ。ここは、面倒をみることがむずかしくなった谷津田を、周囲の里山をふくめて自然公園として公開した。その田んぼの一画を、不耕起栽培とその普及活動をしていらっしゃる鳥井報恩氏が米作りをひきうけた。不耕起の田んぼは大型の機械で田を鋤き起こすことがないので、冬も水を張ったままでおく。刈り取ったあとの稲もそのままにしている。二番目の写真で、残されたままの稲の切り株(というのだろうか)が水の中から顔を出しているのがわかる。
 だから、アカガエルをはじめとしてさまざまな生き物が育つのだ。カエルがいれば鳥はカエルを食いに来る。ヘビもふえたそうだし、カワニナも育って、それを食べる蛍も飛ぶようになったそうだ。人間が自然環境の一部分をとりはずすと、そこに依存していた生き物やその生き物に依存していた別の生き物が減ってしまうけれど、取り外したものをもとにもどしてやるとこんどはまた少しずつ生き物が増えてくれるのだ。里山は自然そのものではなくて、長い時間をかけて人間が飼い慣らした自然だが、放置された田んぼが増えればむしろ自然が広がるはずなのに、谷津田が生き返るとむしろ自然が生き生きしたように思えるのはなぜなんだろう。
 農業は人間と自然の境界にある。なかでも谷津田は自然と人間の領域がうまく重なり合っている領域だったのだ。グラデーションのように徐々にやさしくなっている人工と、おだやかになった自然が混じり合っているところなのだろう。

■関連エントリー
1.やせがえる/MyPlace
2.やせがえる・後日譚、というよりも先日譚/MyPlace
3.コモリガエル/MyPlace
■追記:アマガエルの目力(「メカ」ではなく「めぢから」と読んでほしい)
wikipediaのニホンアマガエルの項目にはおどろくべき記述があった。彼らの目はリトラクタブルなのだそうだが「大きな獲物は眼球をひっこめ、眼球の裏側で口の中の獲物をのどの奥に押しこんで呑みこむ。」というのだ。目の玉がとびだすってのはあるが、目の玉で食い物を押し込むっていうんだからとんでもないやつだ。

投稿者 玉井一匡 : 06:53 PM | コメント (6)

February 11, 2009

「天から降りてきた日本のマナ」:岩渕真奈

Mana1S.jpgClick to PopuP
 昨夜の、サッカー2010年ワールドカップのアジア予選で、日本はオーストラリア相手に0−0で引き分けた。
同じ相手にドイツ大会で3−1で敗れ、しかも日本がとった1点は幸運の手助けをうけたのだったから、11日の結果はよくやったというべきなのかもしれないが、ファンとしては満足できない。岡田もこのまま続いちゃうんだろう。
 このごろ、日本のスポーツの多くの分野で女子の方がすぐれているのは周知の通りだが、昨年のオリンピックのサッカーも女子の方が楽しみであることがあきらかになった。それにもまして、昨年の10月から11月にかけて、ニュージーランドで開かれた女子の17歳以下ワールドカップでは希望を抱き胸が高鳴った。といっても、ぼくはテレビでは見られなかったので、FIFAのサイトの記事を追っていた。
 日本チームはグループリーグを圧倒的な強さで1位突破した。
女子サッカーでは世界最強のアメリカを初戦で3−2で破ると、2戦目のフランスにはじつに7−1、パラグアイに7−2で圧勝した。だが、残念ながらトーナメントではイングランドに2−2からPK戦で負けてベストエイトに終わった。にもかかわらず、大会の最優秀選手(adidas Golden Ball)3人のうちの一番目に、日本の岩渕真奈15歳が選ばれた。FIFAのホームページの速報は、試合ごとに彼女と日本のチームを絶賛した。

 そのうちにNumberででも取り上げてくれないかと期待していたが、なぜか日本のマスコミでは、このことを取り上げない。まだ中学生だからそっとしておこうというような心遣いを、日本のマスコミがしているのだとすればうれしいことだが、FIFAのサイトからも、いつのまにか予選の詳細はなくなってしまったので、記録を残しておきたくなった。それにもまして、ぼく自身が日本語で読みたかったのだ。さいわい、アメリカに勝った初戦とイングランドに負けた最後の試合だけは記事と写真を保存しておいたので、まずはアメリカ戦の記事をブログに残しておこう。YouTubeのビデオを見ると、かならずしも岩渕だけが傑出しているのではなく、チームそのものがすこぶる魅力的なサッカーをしているのだ。

初戦のときの記事を日本語訳して写真を添えておこう。

Mana2S.jpgClick to PopuP:FIFA.comより
      *  *  *  *  *  *  *
「天から降りてきた日本のマナ」(予選リーグの試合速報/FIFAによる)
(真奈という名前と、荒野で食べるもののなくなったユダヤびとにマンナという食べ物を神が降らせたという旧約聖書のエピソードをかけた見出しなのだろう。wikipediaには、当然ながら「マンナ」より「manna」の方が丁寧な記述があります。)
 
 なんという選手だ。わずか15才にして、いずれ彼女は女子サッカーのスターになるだろうという私の思いに、だれも異論はあるまい。
この思いはわたしだけではない、ハミルトンにあるワイカト・スタジアムに居合わせた全ての観客の間にもつぎつぎと伝わり、2戦目で日本チームとあたるフランスチームの監督ジェラール・セルジャンさえ例外ではなく、だれしも日本の10番・岩渕真奈に夢中になった。セルジャンの目の前で、ヤングなでしこのプレイメーカーはニュージーランド2008の大会の中でも傑出したパフォーマンスを示し、優美と技と狡猾でニュージーランドの観客にスリルを楽しませ、アメリカのサポーターを苦しめた。
 セルジャンが眉をひそめ岩渕にマーカーをつけるべきか否かと頭を悩ますのをよそに、真奈の監督吉田弘は秘蔵っ子について尋ねられると、手を左右に動かすしぐさで彼女のしなやかですばやい動きを示しながら笑みを浮かべる。岩渕は15才にして日本のチームに欠かせない「うちのキープレイヤー」だという吉田の言葉をまつまでもなく、足をすくわれたアメリカ選手たちがいさぎよく賛辞を送り、チームのスターのひとりに「あの子は、ずば抜けているわ」とさえ言わせた。
「前半は、ちょっとナーバスになっていました」と岩渕はFIFA.comに話した。「初めての試合だったし、なにしろ相手が強いアメリカでしたから。でも、わたしたちはとにかく自分らしくやれたので、それがわかってからはすっかりリラックスして試合を楽しめるようになりました。」

ーわたしには、グループ戦をトップで突破することが、とても重要なんですー

岩渕は、目標を高くおいているのだ。
「わたしたちには、グループ戦をトップで突破することが、とても重要なんです。それには、全勝しなければなりません」
 目標にしている選手は?ときかれると、岩渕はリオネル・メッシと女子サッカーのマルタをあげた。スピードにあふれたアルゼンチンの天才メッシや女子サッカー最高のタレントとは、まだ肩を並べるのは早いにしても、技術には通じるところがあるのはまちがいない。身長がないというところは彼女のアイドルたちと同じだが、15歳という若さは、パワーと身体能力をマルタまで伸ばす時間が充分にあるということだ。今大会の参加者中で二番目の軽量44㎏という身体で、すでに蝶のように舞い蜂のように刺すという域に達している。
 彼女を体格の差で阻止しようという試みは、はじめ泥沼にはまったものの後半戦ではときにパニックに陥りながらも二人がかりの守備がある程度成功した。にもかかわらず、同じやり方は通用しないと岩渕はフランスに警告している。「後半は、前半ほどには思うようなプレイができませんでした。アメリカのプレッシャーが強くなったんです」と認めながら「でも、こういう戦術を実際に経験できたのは、とてもよかったと思います。もう相手の出方が予測できますから、つぎの試合ではなんとか対応できると思います、きっと」
レ・ブリュエット(フランス女子)にとってはやっかいなことだが、ニュージーランドに来てから、まだ彼女のベストを見せていないというのだ。
「わたしも、チームも、アメリカとやったときよりもずっといいプレイができます」と。
北米代表を相手に見せたアジア代表の攻め上がりは、すでにとても美しい戦い方だったから、それよりももっとよくなるというのはおどろくべき発言だ。たしかに、岩渕はベストに達しないまま安住するプレイヤーではない。あこがれていたチームを破ったということは日本もタイトル争いに名乗りを上げたということだねとたずねると、躊躇なく答えた。「もちろんです」
まもなく彼女の自信が検証される時が来る。指揮官の大胆な予言からすれば、これは信ずるにたる予測のようだ。    (玉井訳/誤訳があるといけないので以下に原文を添えます。)


--Japan's Mana from heaven--

"What a player! She's young - only 15, I think - but you can she is a future star of women's football."
These words, echoing the thoughts of everyone inside Hamilton's Waikato Stadium, belonged to France coach Gerard Sergent, and were devoted to Japan's brilliant No10, Mana Iwabuchi. Sergent had just watched the Young Nadeshiko playmaker provide arguably the outstanding individual performance of New Zealand 2008 to date, thrilling the Kiwi crowd and tormenting favourites USA with a display of grace, skill and cunning.
While Sergent furrowed his brow and pondered the merits of assigning a marker to follow Iwabuchi's every step this Sunday, her own coach, Hiroshi Yoshida, merely grinned when asked about his talisman, moving his hand quickly from side-to-side to symbolise her lithe, darting movements. It certainly didn't require Yoshida labelling Iwabuchi "my key player" to identify the 15-year-old's importance to Japan's cause, with the heavily-tipped Americans left to graciously pay tribute to a player hailed as "outstanding" by one crestfallen US star.
"I was actually a bit nervous beforehand," Iwabuchi told FIFA.com, "just because it was the first game and it was against a great team in the US. But we managed to play our own style against them and once I saw that we could do that, I became more relaxed and started to enjoy the match.


--It was a great one for us to win because my ambition is to finish top of this group.--

Iwabuchi is setting her sights high.

"It was a great one for us to win because my ambition is to finish top of this group. And to do that, we're going to need to keep on winning."
When prompted, Iwabuchi named Lionel Messi and Marta as the players upon whom she has modelled her game, and while comparisons with Argentina's darting genius and women's football's greatest talent are perhaps premature, the technical similarities are nonetheless too obvious to ignore. Like her idols, she also lacks in height, and while the 15-year-old would benefit from developing Marta's power and physique - at just 44 kilos, she is the second-lightest player in the entire tournament - she is already well capable of floating like a butterfly, stinging like a bee.
The Americans' attempts to dominate her physically certainly floundered and while their panicked plan of ‘doubling up' succeeded to an extent in the second half, Iwabuchi warned France that the same ploy will not work twice. "In the second half, I wasn't able to control the play as I had in the first because of the pressure the Americans put on me," she admitted. "But it was a good for me to experience that kind of tactic and now I know what to expect, I'm sure I can cope with it in our next match."
Worryingly for Les Bleuettes, she also insists that New Zealand hasn't seen anywhere near the best of her yet. "I can do a lot better than I did against the US," she said. "I know I can. And so can our team."
This might seem a remarkable statement, given the stylish manner in which Asia's runners-up disposed of their North American counterparts, but Iwabuchi is clearly a player unaccustomed to settling for anything short of the best. Indeed, when asked if beating the favourites meant that Japan too could now be considered candidates for the title, she responded without hesitation. "Oh yes. Definitely!"
Only time will tell whether her confidence is justified, of course. As for Sergent's bold prediction, that looks to be a safer forecast altogether.

投稿者 玉井一匡 : 11:59 PM | コメント (15)

February 09, 2009

PATRIA O MUERTE:祖国を、さもなくば死を

CheCoinS.jpgClick to PopuP
 以前、友人の塚原がキューバみやげに、ゲバラの肖像のはいった3ペソのコインをくれた。ミーハーといわれてもしかたないが、ぼくはこんなものがうれしいのだ。ビエンチャン、バンコクなどでもゲバラのTシャツを買った。このコインは直径26mm、ゲバラの肖像の上に「PATRIA O MUERTE」と書かれている。「祖国を、さもなくば死を」は、アメリカ独立戦争の前にパトリック・ヘンリーが演説で言ったという「自由を、しからずんば死を(give me liberty or give me death!)」にちょっと手を加えてアメリカに投げ返したのにちがいない。
だが、キューバでは外国人であるはずのゲバラにとって、ここで言う「祖国」とは何を意味しているのだろうかと、気になっていた。
ゲバラの映画「CHE」の一本目、「チェ 28歳の革命」をまだ見ていないうちに、上映している映画館がほとんどなくなってきた。インターネットで調べると、ユナイテッドシネマとしまえんではまだ21:30からの回だけやっているのを知って金曜の夜に駆けこんだ。

 昨年の秋、「ゲバラの映画がカンヌで上映されて評判がよかったらしいから、日本にもきっと来ますよ」と、ギンレイホールの藤永さんが新聞の切り抜きを手渡して知らせてくれた。「モーターサイクルダイアリーズ」やその原作「チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記」の話をしたことがあったからかもしれない。日本で上映されるにしても単館上映だろうと思っていたが、全国のあちらこちらで上映されることになった。
 監督はオーシャンズ11スティーヴン・ソダーバーグであるし、商業的な成功もねらおうというのだ。そんなことが可能になったのは、監督が言うようにブッシュがあまりにもひどかったこともあるだろうし、ゲバラの人気が広がったことや、アメリカ合衆国にとってゲバラがもう「危険」でないと思われるようになったせいかもしれない。

 さて「PATRIA O MUERTE!」だが、この映画では1964年、国連でアメリカの経済封鎖を非難しキューバの革命政府の正当性を主張するゲバラが演説の最後に言い放つ。右のYouTubeの映像ではゲバラの国連演説の声が聞けるが、ここにはそれらしいことばが聞こえない、ぼくには。
 オートバイで南米の国々をいくつも越えて巡り国境を越え、後年メキシコでカストロと出会い一緒に小船グランマ号でキューバに渡る。ゲバラにとって祖国とはアルゼチンでもなくキューバでもなくて、中南米のアメリカ諸国のすべてを意味していたのではないか。それらはヨーロッパからやってきた連中が勝手に切り分けたにすぎない。だとすれば国境というものを別の何ものかに変えようと考えるのは当然だ。
 南米諸国に手を伸ばし利益を吸い上げるアメリカの貪欲に対して、それぞれのくにが独立を保ちつつ共生し、グローバリズムに対抗する南米を祖国として、ゲバラは自然な思いでボリビアに渡ったのではないか。

 キューバを愛し、国境に頓着しなかった外国人といえばもうひとりアーネスト・ヘミングウェイが思い浮かぶ。彼は、やはり国境を越えてスペインの内戦に参加してフランコの軍と戦った。ファーストネームERNESTがゲバラのERNESTOと同じだったのは偶然だったにしても、銃によって自殺した文豪ERNESTと、閣僚の座を捨てて喘息の身をジャングルの苦しい戦いに投じたERNESTOの最期に共通するところがあるのは、偶然ではないように思えてしかたない。
ふたりとも、外国で死を迎えたとは考えなかっただろう。

ゲバラのTシャツは、いくつかもっているけれど気恥ずかしくて人前では着たことがないが、こんど東京ハンズで部品をさがして、コインをペンダントに仕立てようか。
が、その前に「チェ 38歳の手紙」の、つらいボリビアを見なければならないのだ。
去年見たフランスのテレビ局の長時間インタビューが思い出される。
「信じられないよ、あいつは喘息の薬を置き忘れてボリビアに行ったんだよ!」と
何十年も前のことを、外国のジャーナリストに話していたカストロの、いつもながらのあふれ出る情熱とことば
弱点や欠点をたくさん持っていて、ときにはうんざりさせられるんだろうが、だからこそなおさら敬愛される
なんと魅力的な男たちをふたり、歴史は出会わせてくれたのだろう。
この映画が描くのは、英雄の悲劇より、革命の成功より、かくも魅力的な二人の男なのではないか。

■関連エントリー
CHE /aki's STOCKTAKING
知られざる豊かな国キューバ/MyPlace
モーターサイクルダイアリーズ/MyPlace
アメリカ帝国への報復/MyPlace

投稿者 玉井一匡 : 12:20 PM | コメント (0)

February 07, 2009

タラキモ

Tarakimo3S.jpg Click to PopuP
 新潟のスーパーマーケットでマダラの肝をみつけた。
 日本中、どこもかしこも同じような都市になり同じものを売っているが、魚屋や八百屋には地方の特色が残されている。生産量や漁獲高がすくなくて流通ルートに乗りにくいものや傷みやすいものが均質化の魔手からこぼれおちるのだろう。新潟では、スーパーマーケットの魚売り場でも、ときどきめずらしいものがみつかる。アンキモは人気ものになってしまったから、値段が高いか中国産であることが多くてあまり欲しいと思わないのだが、タラのキモは新潟では安い。新潟産で364gが211円、100gあたりにすれば58円にすぎない。同じ店で、以前にマンボウのキモを買ったこともあったが、それも同じような値段だった。並べて比較したわけではないが、いずれも味の甲乙はつけがたいと思う。

Tarakimo2S.jpgClick to PopuPTarakimoS.jpg
アンキモの作り方はだいぶ前に叔母にきいたので、それを思い出しながらタラキモも同じようにやる。記憶の定かでないところはGoogleで探して確認した。
 蒸すだけのことだが、その前にちょっと手を加える。表面の薄皮をむいて軽く塩をして酒を振りアルミフォイルで円筒形に包んでハムのミニチュアのような形にする。(写真を撮ることに気づいたときには、ひとつを食べ終わってしまった)
なにもアルミのゴミを増やすこともあるまいと思ってそのまま蒸したこともあるが、皿に載せたときにいかにも摘出した肝臓という風情で、手術に立ち会ったことのある人などは食欲をそがれるだろうし幾何学的な形ではないから切り分けると大小の違いがはなはだしいから、家庭でも居酒屋でも分配がむずかしい。アルミフォイルの代わりにラップフィルムを使ってみたら、形がととのわない。やはりアルミがいいようだ。両端をキャンディの紙つつみのようにねじればしっかり形が固定する。蒸気が通るように楊枝でぶつぶつと穴をあけて蒸し器に入れるだけだ。
アンキモはくすんだオレンジ色だからなかなか美しいが、タラのキモはグレイがかった肌色で、ちょっと食欲の邪魔をされる人もあるかもしれないから、すこし派手な器に入れた。ぼくはこの316gを二回に分けて、大部分を自分で食べてしまった。
 このとき、40cmほどの生きのいい鯖もみつけたので「この鯖は締め鯖にできる?」と、奥の加工場にいるお兄さんにたずねると「シメサバはむこうにあります」と、できあいのシメサバのあるあたりを指さす。中まで真っ白になった締め鯖なんて食べたくないと思うから黙っていると奥にいるおばさんが大丈夫ですよと言ってくれた。新潟では地元の鯖がすくないらしく、シメサバにできるといわれたのはひさしぶりだ。
 タラの肝150g近くとシメサバの半身を食べるのだから、魚のだとはいえ脂肪が多い。酒の肴でなく白い飯のおかずにするというと飲み助はもったいながる。(ぼくは食べ急いで、シメサバの写真を忘れてしまった)野菜は小鉢にいっぱいの大根おろし。

KanyuDrops.jpgカワイの肝油ドロップ 
ぼくたちの子供時代に肝油ドロップというのがあって、ときどき学校で配られたが、その原料がタラの肝油だと言われていた。「カワイの肝油ドロップだ」というコマーシャルソンが頭のすみに残っていたから、ためしにGoogleで「カワイの肝油ドロップ」を検索してみると、まだ存在しているではないか。しかし、Wikipediaによれば、現在の河合製薬の肝油ドロップはタラの肝油をつかわずに、ビタミンAをいれたものなのだそうだ。

投稿者 玉井一匡 : 10:20 AM | コメント (2)