November 21, 2009

THIS IS IT

ThisIsIt.jpgClick to Jump to the site of "THIS"
マイケル・ジャクソンの「THIS IS IT」を見た。
 この映画のことを知ってすぐに、売り切れを心配して前売券を買った。どれくらい歌えるのか、どれくらい身体を動かせるのか、そして、どんなステージがを自分の眼でみたかったのだ。
YouTubeで見たら、ちゃんと踊って歌っていることに安心してそのまま日が過ぎていき、いつのまにか見ないまま終わってしまいそうになった。娘たちは、ぜったいに大画面で見た方がいいという。光代さんからは、ぜひ見るといい、もう三回見たとメールをいただいたし、田んぼ仲間の木村君は、今まではマイケル・ジャクソンにはなんの興味もなかったけれど、きのう初めて映画でみたらほんとによかった、ああいうメッセージを伝えようとしていたなら、殺されたというのは本当かもしれないという。

 どこの映画館にしようかとあれこれ悩んだ末に有楽町の丸の内ピカデリーにした。新宿は満員だということだったが、9時近くに始まる回だったせいか5割ほどの客だった。ひさしぶりに大きな画面だったので見上げるようにするとステージを見ているようだった。

 上映を待っているうちに、ここでマイケルと一緒に踊っていたかもしれない日本人の話を僕は思い出した。Kento Moriという。
この映画のことを知る前に、たまたまウェブサイトの記事で読んだのだが・・・彼はマイケルにあこがれてダンスを始めアメリカに渡り腕を磨くが、マイケルのステージはない。そこで、おそらくは激烈な競争を勝ち抜いてマドンナのステージのダンサーのオーディションにパスする。そのあとで、マイケルのロンドン公演が開かれることを知ると、オーディションに挑戦せずにいられない。彼はそれにも選ばれる。マイケルはマドンナに電話をかけると、Kentoを使わせてくれないかと頼むのだがマドンナはそれに応じなかった。
しかし、マドンナはそれだけでは終わらせない。マイケルの死後に、Kento へすてきな贈り物をしたという、とてもいい話なのだ。この 「ガジェット通信」というサイトに詳しく書かれています。

 この映画には、マイケルが大好きだという表情のこぼれる若者がたくさん、楽器を抱え、歌い、踊り、登場する。そのひとりひとりが、Kentoのようにマイケルジャクソンへの思いと年月を重ねて腕を磨いてきた日々があるにちがいないのだ。彼らの二倍ほどの50才になったマイケルは、若者たちと一緒に踊っていても、いささかも衰えを感じさせない。マスコミにたたかれながら、この状態を保ちあるいは回復させたことに、ぼくはのどの奥があつくなった。
 目標としてきたマイケルと一緒にリハーサルのステージに上がる若者たちは、背後にいてもマイケルの光に隠れるのでなく、彼らもさらに輝きを増しているようだった。マイケルは自分の思うところを決して曲げないのだが、仲間に対して威圧的にならずに、ひとつのステージが築かれてゆく。観客を歌と踊りで引き込んでゆくのと同じように、みずから歌い踊り、語りかけることで共演者たちを引き込んでゆくのだ。
 初めてマイケルを見た東京ドームの「BAD TOUR」コンサート、いまかいまかと主役の登場を待つ何秒かの、期待がふくらませる緊張の静寂。そして、この映画のリハーサル映像のあとにおとずれた主役の不在。
彼がそこにいないことによって、むしろ想像力や期待をふくらませることができるひと。それがスターというものなのかもしれない。

 帰りがけに、出口に人が立って招待券を配っていた。「上映の事故がありご迷惑をおかけしました」という。ああ、やはりあれは事故だったのかと気づいた。途中、十数秒だろうか、画面が真っ黒になって音声だけが聞こえるところがあった。そういう演出なのか壊れたのかと思っていたが、故障だったのだ。
ありがとう。もう一度見にいらっしゃいということなのだと思うことにするか。

■追記
ロンドン公演の開かれる予定だった会場とその環境は、こんなにかっこいいのです:O2アリーナ/ロンドン/GoogleMap
 

投稿者 玉井一匡 : 12:36 PM | コメント (4)

November 19, 2009

ストリートビューに遭遇

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 自転車で走っていると、停車中の白いプリウスにすれ違った。
 ん?・・・そういえば屋根の上に黒い物体を載せた画像が視界の端に残っている。
 一度は通り過ぎてから自転車を停めてふりかえった。
 あいつだ。クルマの若者が外に出ている。ぼくは自転車の向きをかえて押しながらプリウスにもどり
「ストリートビューですか?」とたずねると、やや緊張を走らせながらそうですと答えた。
「ぼくは、ストリートビュー大好きなんだよ」と、思いをうちあける。
「そうなんですか」白いポロシャツを着た、みるからに好青年という面だちの若者から緊張が消えた。

「文句を言われたりするの? ちょっと神経質すぎると思うけどなあ。外国の小説を読むときなんか、舞台が都市にくると、ぼくはたいていストリートビューを見ながら読むんだよ」
「そうですか。行ったことのあるところなんかいいですね」
「むしろ知らないところの方が、想像力がはるかにひろがっていいんだよ。行ったことのないところが大部分だし」もっとうれしそうになった。
「写真で見たカメラはボールみたいに丸かったけれど、これは八角形だね。上向きのはいくつあるの?」
「日本のはみんなこれです。上向きにはひとつだけです」合計9つのレンズがあるわけだ。
「写真とっていい?」とたずねると、またちょっと心配そうになった
「これで撮るし、ナンバーは入れないから大丈夫」と、構えると画面をチラリと見た。
「iPhoneなんですか」
「iPhoneでストリートビューを見ると、ますますリアリティがあっていいよね。はじめて見た時は、ツールが画面に出てこないからやり方がわからなくてね。偶然に画面を縦にしたら見えるし水平にしたら航空写真になるでしょ、飛行機に乗っているみたいだからひどく感動したよ」
「どこか行くときにはいいですね」
「そうそう。実物のまちと見較べながら歩くと分かりやすいよね」

 そのとき、自分の脚に寄りかからせていた自転車がズルズルとすべって横になった。
でも、iPhoneがパシャッタ!という音をたてている最中なのだ、そんなことに構ってはいられない。すると彼は自転車を起こしてくれながら、かっこいい自転車ですねと言う・・・いいやつだ。アレックスモールトンという自転車なんだよと、こんどはこちらが説明する側になった。
ほんとうは、ぼくも入れた記念撮影を撮ってもらいたいと思いながら言い出せない、憧れのスポーツ選手に会った少年のようだった。聞きたいことがいくらでもあるし、向こう側に回って逆光でない写真も撮りたかった、ダッシュボードには何があるのかも見たかったけれど、なんたって初対面だもの、このあたりでありがとうと言って、思いを残しながらふたたび自転車をまたいだ。
いい朝で一日が始まった。

投稿者 玉井一匡 : 08:05 AM | コメント (4)

November 14, 2009

「Walking the High Line」

WalkingHighLine.jpgWalking the High Line/写真: Joel Sternfeld

 「Walking the High Line」が届いた。
amazonで探して新本もあったが古本を注文した。新本より少し安い程度だし時間がかかるだろうがそれよりも外国の古本屋から届けられるということに興味があったからだが、二週間ほどたってとどいたのをみると、ほとんど新本のようにきれいで、送り状にも「Used-Very Good」と書かれている欄があった。
 外国の本には腰巻きがない代わりに裏表紙に説明が書かれていることが多い。この本の裏表紙の解説は、すこぶる簡潔でわかりやすくて、もう余計な説明を必要としないくらいだから、それを訳しておこう。

*裏表紙の解説

 9月11日の攻撃を受けたあと、2001年のニューヨークにつづいた暗い日々のさなか、ジョエル・スターンフェルドはゲルハルト・シュタイデル(でいいんだろうかGelhart Steidelと書かれている)のもとを訪ねると、すぐにも出したい本があるんだと切り出した。
その2年前からスターンフェルドは、マンハッタンのウェストサイドを南北に走る、使われなくなった高架鉄道High Lineの軌道敷の写真を撮り続けていた。それは「フレンズ・オブ・ハイライン」というグループとの協同の活動で、彼らはHigh Lineを解体からまもり公園として蘇らせようとしていた。その不動産価値に目をつけるものや政治的に利用しようとする連中が、ハイラインを解体して跡地を開発する計画を、当時の混乱に乗じて一気に進めようとしていたからだ。
 スタイデルがスターンフェルドの依頼を引き受けると、わずか6週間後には本ができあがってニューヨークにあった。体裁こそ薄かったけれどその本は、それまで秘密に閉ざされていた鉄道敷に、季節ごとの美しい風景があることを、初めてニューヨーカーの眼に教えたのだった。さながら、ウィリアム・ヘンリー・ジャクソンの1870年代に撮ったイエローストーンの写真が、当時の議会を国立公園の設立へみちびいたように、スターンフェルドの写真はハイラインパークの実現への大きな転換点となった。
この、初めての出版から数年が経ったいま、今度は「ウォーキング・ハイライン」の写真に加えて、鉄道がつくられそれが変容していった現在に至るまでを写真と解説によって編年体でまとめ、あらたな一冊の本としてまとめられた。
    *  *  *  *  *

 ぼくは、本をひらいてまず写真を見たから、ページいっぱいの24枚の写真は公園になる前のものばかりであることに、ちょっとはぐらかされる気がしたのだが、そういうわけだったのだ。その写真のハイラインは、ひどく非現実的な印象だった。・・・・・どれも曇り空で、昼間なのに人影はひとつもない。廃止されたレールの上はいうまでもないが、ビルの窓にも人影がない。曇天だから影や太陽を手がかりに時間を想像することもできない。同じような場所で同じ方向を、季節を変えて撮っている写真があるのに、よく見ないとそれも気づかない。線路のずっと向こうまで、周りのビルに焦点が合っているのだ。

 ニューヨークをよく知る人は、見なれた建築、住みなれたまちに、こんな別世界があったことに驚いたのだろう。マンハッタンをつつむ格子状の街路にブロードウェイだけが曲線を描いてニューヨークのリズムに刺激を与えてきたのだが、このハイライン・パークは、クルマもいない空中の公園をニューヨークにつくり出して、素敵な効果を生むにちがいない。Googleマップができたいまは、ぼくたちはいつでも鳥になってHigh Lineを見下ろすことができるようになったのだ。2010年には、残りの工事が終わるそうだ。

■追記:ひと
*ジョエル・スターンフェルド
・Joel Sternfeldのことを、これまで僕は知らなかったが、こんな写真を撮ってきたひとなのだ。
「American Prospects」をはじめとするたくさんの写真集がある

*スティーヴン・ホール
 ウェブサイトで、この計画のコンペの審査員を見ると建築家スティーヴン・ホールの名前があった。彼にはBridge of Housesという計画案がある。高架線の上に集合住宅を載せるというすてきなものだった。それはHigh LIneを生かす提案だったのだと、今になって知った。

■関連エントリー
High Line:ニューヨークの高架鉄道あとの再生

投稿者 玉井一匡 : 09:11 AM | コメント (4)

November 03, 2009

RAMLA × ギンレイホール シネマフェスティバル

GinreiPostersS.jpgClick to PopuP
 飯田橋の改札を出て徒歩数十秒の間近にある「飯田橋ラムラ」で、11月1日から11月10日まで「RAMLA*ギンレイホール シネマフェスティバル」 という催しが開かれている。
飯田橋の名画座「ギンレイホール」は創業35年をむかえた。二本立てで二週間上映するから、1年に約60本。35年間で2000本を超えるわけだ。
その2000本以上の映画のポスターとスチール写真を展示している。はじめは、すべてのポスターを壁に展示する予定だったが、会場の面積の限界のためすべてのポスターを壁にかざることはできなくなった。そのかわりにポスターを写真に撮って小さくしたものを1年に48本ずつを年代順にすべてならべた。それを見ると、ひところは日活ロマンポルノばかりを上映していた時代があったこともわかる。
実物は、可能な数をパネルに張って展示して、残りはすべて年度別にファイルに綴じたものを置いてある。写真をインデックスにして、みたいもの探して実物をテーブルの上に運んでみるというわけだ。以前に中野でポスター展を開いたが、データの整理が進んだので、はるかに面白く見やすくなった。

駅からの入り口の前には、映画看板画家の手になる手描きの看板絵がならんでいる。夜には野外映画会が開かれる。以前にギンレイで使われていた古い映写機を置いて、二本の映画が日替わりで交互に上映される。「白い馬」と「赤い風船」である。映写機も屋外のテントの下に置かれているので、映写の様子を間近でみることができる。ときに機械の調整に手間取ったり、カタカタという音が身近に聞こえるアナログが、かえって楽しい。
 なかなか充実した展示になりそうだと思っていたら、NHKが取材に来るという。それが、2日、午後11時台のニュースの天気予報前の枠で、しっかりと取り上げられた。今朝のNHKのラジオのニュースでもこの催しについて伝えたそうだ。

GinreiPosterRed.jpgGinreiPosterWhite.jpg 日本中の都市の郊外には大型の商業施設がつくられ、まちはどこも同じような店で構成されるから、自分がどこにいるのかわからないくらい、似たり寄ったりのまちになってしまう。そうやって、古くからある街がどんどん衰えている。
 こうした商店の現状と同じようなことが映画館の世界でも起きているようだ。いたるところに大型のシネコンがつくられて、古い映画館が閉館に追い込まれてゆく。そのうえ家庭のテレビは大型化してゆく時代にあって、ギンレイホールは、良質でありつつマニアックに偏ることのない演しものを選びながら上映しつづけることで多くの観客を集めているのだ。
 この期間、神楽坂商店街では多くの店が参加して「神楽坂まちとびフェスタ」というイベントがおこなわれている。ギンレイホールの催しは、このイベントの一環として参加しているのだ。神楽坂には、古くからの商店のほかに料亭さえあるが、チェーン店に置き換えられたところが増えてきたが、それでもまだ大型の商業施設の進出は許していない。この商店街もがんばっているのです。

■追記
イベントの詳細:ギンレイホール イベント情報 

*映写機:ギンレイホールの映写室はドアをガラス入りにしてあるので、映写する様子をすぐそばでみることができるのだが、なにさま狭いロビーだから観客席に入るときには席を取るのに慌ただしい。さりとて、帰りには後ろに人が続くから立ち止まることができない。しかも上映中は席についているのだから映写室を見られるわけがない。早めにロビーに行って、前回の上映中に見なければならない。だからそれをのぞいてみる人はあまりいないのだ。
 この野外映画でつかわれる映写機は、ぼくたちがイメージするように、二つのリールをつけてフィルムを巻き取るしかけなのだが、現役の新しい機械はずいぶんやりかたが違う。大きな丸テーブルのような金属製の円盤のうえにフィルムが次々と吐き出されるのだ。

■関連エントリー
映画ポスター・スチール写真展
映画ポスター・スチール写真展:アーク灯の映写機
くらら劇場の映写機
野外ギンレイホールと水琴窟:日比谷公園ガーデニングショー2008


投稿者 玉井一匡 : 08:00 AM | コメント (0)