March 28, 2010

ハットトリック

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 日曜日、スーパーマーケットにワンパック10個で208円という安い卵があったので買ってきた。
プラスティックのケースから取り出して使おうと思ったらずいぶん小さい。冷蔵庫に残っていたやつと比べると、80%くらいの大きさだろうか。それなのに、小さな卵を割ってボウルに落としたら、鶉のたまごよりちょっと大きいようなのが寄り添って黄身が三つも入っていた、こんな小さな殻の中に。双子はたまにあるし、中にはふたごばかりの卵というのも売っていたといって、おみやげにいただいたこともある。しかし、三つ子というのは初めて見た。
 すぐに食ってしまうのももったいないから明日の朝飯にしてやろうと、食器棚からババロアかなにかの入っていた、長方形のケーキのうつわに入れてやると、すこし列をみだしながら横に並んだ。なかなかかわいい。

 双子は英語でtwinだが、三つ子は英語ではなんていうんだろうかと気になった。
日本語のwikipediaで多胎児という項目を開いた。そのページの「他の言語」から「english」を選ぶと、なるほどmultiple birthというんだ。その中に三つ子の写真が出ていて「triplet」と書いてある。四つ子は「quadruplets」、以下というか以上というべきか、「quintuplets」・・・・とつづく。11人なら「undecaplets」それが、ご丁寧に19人の「nondecaplets」まで並んでいる。

このエントリーのタイトルを「ハットトリック」にしたくなったのは、先週のバルセロナ対サラゴザ戦でのリオネル・メッシのハットトリックが記憶に残っているからだった。
メッシに敬意を表して映像をYouTubeで見てください。これをクリックすれば見られます。

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さて、これは吉兆であると思うことにしているが、明日はこのトリプレットをどうやって食べようか・・・オムレットかな。ハムを3枚添えれば「食べるべきか食べざるべきか」のハムレット。
・・・と、悩んだが、やはり三つ子らしさをそのまま生かすには目玉焼きしかないというわけですが、こんな妙な形に拡がってしまいました。
 

投稿者 玉井一匡 : 11:55 PM | コメント (5)

March 26, 2010

ミニランドセル

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 前回のエントリー「ものをつくる人がまちにいるということ」で、バックパックを神楽坂で直してもらったということを書いたのだが、AKIさんのコメントに「増田さんって何を作っているのですか」という疑問が書かれていた。その疑問は当然のことで、ぼくはそれについてちょっと出し惜しみをしていたのだった。そこまで書くと長くなりすぎるし、ストーリーが2つできてしまいそうだったからでもある。

 増田さんは、役目を終えたランドセルの皮をつかって、たてよこ10cmほどのミニランドセルをつくるのだ。そのとき、注文主はそのランドセルにまつわる思い出を書いた手紙を添える。その手紙を読み込んでから、ランドセルに書かれていた名前、思い出深い疵や汚れが残されるように注意深く皮を切り取る。
 それがどんなに特別の思いの込められたものであっても、使い古しのランドセルの中は空っぽになって、代わりに寂しさが残されているものだ。ところが、それがミニチュアのランドセルに生まれ変わると、そこに愛情と記憶が詰められるようだ。おそらく、いいことであれつらいことであれ、過去と向き合うことで、それをこれから生きてゆくためのスプリングボードにすることができるのではないか。

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 修理の終わったぼくのバックッパックを渡しながら「NHKで前に放送したのを、こんどの土曜のNHKアーカイブというので再放送するので、よかったら見てください。私もすこし出たんです。番組表のコピーがそこにあります。」と増田さんは言った。
 土曜日の朝10時をだいぶ回ってから、ぼくはそのことを思い出して、いそいでテレビをつけた。まちを紹介する番組の一部にでも出てくるのだと思っていたから、間に合わないだろうと思いながら見はじめたが、その後40分以上も番組はつづいた。じつはその番組の1時間半ほどのすべてが、増田さんのつくったミニランドセルをめぐるさまざまな家族の愛情や悲しみやよろこびの物語をつたえるドキュメンタリーなのだった。もとの番組がつくられた1999年当時すでに8,000、現在では13,000ものミニランドセルをつくったという。NHKのアーカイブにある数多くのドキュメンタリーから選ばれただけに、とてもいい番組だった。

 この物語に僕たちはとても心動かされたのだが、それだけではない。彼のあり方が、ちょっと大袈裟に言えば、これからのぼくたちの世界が目指すものの、とてもすてきなモデルのひとつではないかと思うのだ。・・・可燃ゴミとなるしかない古ランドセルが、あたらしい価値と意味を与えられる。それが家族をむすぶ。・・・消費される資源と廃棄物が限界に達している世界、ひとりひとりが自立するのでもなく孤立していることの多いこのくにで、彼のしごとは人と人を結ぶことができる。そして、ひとつの経済活動でもある。
 バックパックを直してもらったぼくも、劇的でこそないがとてもきもちよく、毎日を移動している。気やすく修理を引き受けるのも、それがぼくたちによろこびを知っているからなのだろう。いまも彼の店「夢小路」の入り口には「古いランドセルがあったらください。(研究の材料にします)」と書かれている。

■追記
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 aiさんが、さっそくコメントを書いてくださった。そこに「5色のランドセルを作ったご家族で、20年余り前からのお客様」が、番組のことを教えてくださったと書かれている。番組に登場した増田さんの後日談によれば、このご家族に夫妻で盛岡に招待されたそうだ。
その5人のこどもたちの小さな写真がNHKアーカイブのサイトに掲載されていた。

投稿者 玉井一匡 : 12:56 PM | コメント (2)

March 22, 2010

ものをつくる人がまちにいるということ

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 二年ほど使ってきたバックパックが壊れた。
時と場合によっては肩掛けをポケットにしまい込めば縦型の手提にできる「2wayバッグ」だが、その取手の一端がとれてしまったのだ。「エース」のACEGENEというシリーズのものだが、 取れてしまった個所を見ると、お世辞にも縫製が丁寧とはいいがたい。もっとも力のかかるはずの取手の縫製が すこぶる簡単にすませてある。平凡なデザインだが布地もしっかりしているし丈夫そうなのを見込んで買ったが、たまにしか使わない手提げが取れてしまった。
 それを買った東急ハンズへ修理に持っていくと、メーカーに見積もらせて連絡すると言う。それから、ひと月ほどでやっと電話が来た。まわりをはがしてやり直すので八千数百円かかるという。普通に使っていたのに取っ手がとれてしまったということを恥じるところがない。現在のモデルは取っ手の構造が変えられてだいぶしっかりしているらしい。同じように壊れたことがあったのだろう。
 20,000円ほどで買ったものだから5000円くらいまでなら修理を頼もうと思っていたが、もう少し足せば、ものによっては新しいやつが買えそうなくらいなので、修理は頼まないと答えた。バッグが戻ってきたとハンズが電話をくれたのは、それからさらに一ヶ月後だった。戻ったら自分で手縫いしてみるか、新しいバッグを買おうと思って後継も決めていたが、神楽坂にバッグの修理をしてくれるところがあるときいて行ってみた。

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 外から見ると、いささか雑然とした間口1.5mほどのちいさな店だった。中に入ると奥では階段の下のスペースが使えるのですこし横にひろがっていて、ぼくと同年配くらいの人がそこでひとり作業をしていた。
「ここがミシンに入れられれば修理できます。夕方までにやっておくから、取りにいらしてください」と言われたが、その日はおそくなったので翌朝にした。

 無精ヒゲを一面に生やした人なつこい笑顔が「できましたよ」と渡しながら「600円です」という。直っただけでもうれしいのにその料金じゃあ申しわけないから、お釣りはいいですよと言って1000円札を渡したが、「そういうことにしていますからこれでいいんです。また何かあったら来てください」と言ってお釣りの400円を渡してくれた。
不思議なものだが、簡単にこわれたことを「エース」が恥じることのない時には、バッグへの愛情まですっかり薄れたのに、直って戻ってきたら同じバッグが以前にも増していとおしく感じられるようになった。

 こんなふうに気持ちが変わるのは、思いがけないことだった。なぜなんだろうかと考えてみると、なにも安い料金で修理をしてもらえたからだけではない。
モノをつくり直してくれる店が、歩いて5分ほどのところにあるというのは偶然にすぎないにしても、生活圏の中にものを直してくれるひとがいて、直接に話をして手渡してくれるということが、とても気持ちいいのだ。そういうまちに生活することを気持ちよく、また元気になったバッグを使っていることがうれしいのだ。修理してくれたひとにとっても、客にうれしさをじかに手渡すことができるのが気持ちいいのだろう。
 「エース」では、中国の工場の労働者にやらせるのだろうが、修理を中国に送るわけにはゆかないから国内の下請けにまわすと、いくつもの手を経て実際に修理する人に辿り着いたときには、大袈裟な修理のスペックと手数料と輸送料が幾重にも重なっているにちがいない。

 かつて、どこのまちにも、ものをつくる店や町工場が身近にあったが、いまのまちの多くは、ものを作る人は少ない。経済上で合理的とされる生産と販売のシステムの結果だ。そのシステムを支えるのは国際間の賃金の格差、経済力の違いだ。製品を輸送するために石油を消費し海と大気を汚す。安く買って、それが壊れたら捨ててしまうと廃棄物がまた汚染をうむ。そういうシステムは、どこかおかしいと、おそらく誰もが直感しながらそれに依存しているんじゃないだろうか。

 バッグをなおしてくれた人は増田さんという。増田さんが、こんなふうに気持よく修理できるのは、彼がすてきなモノをつくっている人であるからなのだということを、ぼくは数日後になって知った。

■関連エントリー
ミニランドセル/MyPlace

投稿者 玉井一匡 : 10:05 PM | コメント (10)

March 03, 2010

ブンギン島:超高密度の島/インドネシア

 Bungin.jpg
 このひとつ前のエントリーに加嶋裕吾さんが長いコメントを書いてくださったのは、インドネシアの旅行からお帰りになってすぐだったが、そのあとにもっともっと長いメールをくださった。その旅の紀行文で、バリ島の東隣のランボック島から、そのもうひとつ東にあるスンバワ島へ、ことばのほとんど通じない定期バスに揺られる長い長い道中が書かれている。いろいろなことを考えさせられる興味深いものだった。
 そこで、海の上にたくさんの住宅が浮かんでいるのが見えたが、あまり面白そうではなかったと書いていらしたが、念のために僕はGoogleマップで航空写真をみた。そんなことはないよ、ぼくたちにとっては胸ときめくものだった。

加嶋さんの説明によれば、そこはブンギン島(BUNGIN)という人工の島だという。Googleマップの範囲をさらに拡げると、この北東にももうひとつの島が成長しているのに気づいた。 それだけではない。もっと欲張ってさらに北東にゆくと、潟を囲む長い腕のような洲の先端に、やはり同じような家並みの集落ができかかっている。
加嶋さんには、これが面白く感じられないほどに、もっと興味深い世界がバスの旅にあっわけだ。

加嶋さんが引用していらっしゃる「インドネシア文化宮」というブログは、インドネシアの24時間ニューステレビ局『METRO TV(メトロテレビ)』東京支局がプロデュースしているものだが、そこでは、島の中の写真も見ることができる。説明によれば、もともとは珊瑚礁だったところに次々と新しくやってきた男たちが石を積んで島を拡げていき、いまでは人口およそ3000人、350m×250mの大きさになった。夕方から男たちが漁に行って女と、夜には子供と年寄りばかりの島になるのだが、まわりを海に囲われているので近寄れないので安全だから、男たちは安心して漁に専念できるのだそうだ。いまでは本島まで細い道がつくられているが、このほかには道がないので、今でもこの島は安全なのだという。

投稿者 玉井一匡 : 11:05 PM | コメント (2)