April 27, 2010

浪曲の夕べ:伊丹秀敏師匠の三味線で浪曲を聴く

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 よかった。ああ、たのしかった。演奏についてであるのはいうまでもないけれど、盛況になったこともうれしかった。
ぼくたちはすでに ほんの数十秒とはいえ演奏を耳にしていたからなおさらに待ち遠しく楽しみでならなかったけれど、それをなしにひとが集まってくださるかどうか気になった。ところが、十畳ひとつと八畳間ふたつをつなげて舞台をしつらえ椅子と座椅子が並べられた会場は満員になった。ぼくは3時間も前に松戸に着いていたのにちょっと外に出て戻ってきたら、おおかたの席はうずまっていて、一番前の2列だけに遠慮が座っているようだった。もうしわけないけれど、ぼくたちは前から2列目の座椅子にありがたく腰をおろすことにした。

 なにをかくそう、ぼくは浪曲を生で聴くのは初めてのことだったから浪曲三味線の解説がいちいち興味深く、好奇心が膨らんだところにすぐその場で音になるとあってはおもしろくてしかたない。これが花魁道中、こういうのが勇ましい場面だという説明のあとに鋭い眼差しでまっすぐに背を伸ばした秀敏師匠のはりつめた撥さばきが糸をはじく。三味線は太鼓に糸を張ったような珍しい楽器なんだそうだと言われて目を転じればなるほど四角い太鼓に棹をつけて糸を張ったものにちがいない。
 浪曲の三味線は背景を描き出し、かけ声が場面を転換させる。「三囲(みめぐり)稲荷の由来」では浪曲の伝統に則って、この日の主役である曲師はかげに隠れて富士路子さんがうたい語るのだ。障子のかげで糸をはじく演奏者が見えないから、音楽によって情景を表現する力がかえって増すのだ。目をつぶって聴いていると即興演奏なのだとは信じがたいほどだが、姿勢を崩さず表情も変えず情と風景を描き出す様子が目に浮かぶ。

Itami2BentohS.jpg穴子弁当を大きくする
 一部が解説、二部で実演、そのあとに折りたたみテーブルを拡げて第三部に控えし穴子弁当がまたうまかった。写真を拡大してください。これをつつきながらビールで師匠一行を囲む会でも運よくとなりに師匠ご自身がお座りになった。三味線を抱えて撥を手にしたときの厳しい顔つきからは一変して、すっかりやわらかい表情になった。わたしは天丼がいいとお選びになったが、こんどは穴子丼をすすめよう。

「どなたかとくに影響を受けた方はいらっしゃいますか?」とI氏が質問した。
「師匠の伊丹秀子さんです。あれほどの人は他にいない。美空ひばり以上の人がいないのと同じです。どこに行っても花道にも舞台にも人がいっぱいになりました」
「CDやレコードは買えるところがありますか?」
「浅草のイサミ堂にあります」
それほどの人を、ぼくは名前も知らなかった。niijimmaさんが、伊丹秀子さんについて「Across the Street Sounds」に「端座する名人の背は伸び撥踊る、声色許多で間を走る(2)」として、エントリーしていらっしゃる。

次回は5月15日、伊丹秀敏師匠と水乃金魚さんの二丁三味線を披露してくださるそうだ。
即興なので、よほど息が合っていないと二丁三味線はできないんだと、金魚さんはおっしゃる。こんどもまた楽しみだ。

■関連ブログ
席亭 宇「浪曲の夕べ」/kai-wai散策
宇 光景/kai-wai散策
端座する名人の背は伸び撥踊る、声色許多で間を走る(1)/Across the Street Sounds
端座する名人の背は伸び撥踊る、声色許多で間を走る(2)/Across the Street Sounds
三囲稲荷/Googleマップ

投稿者 玉井一匡 : 11:56 PM | コメント (6)

April 24, 2010

新島さんから送られたメール


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 一昨日の夜中、新島さんからメールをいただいた。ぼくは昨日の朝になって開いたのだが、3月22日の毎日新聞の記事と、浪曲の歴史について書かれた本からスキャンされた伊丹秀敏の師匠伊丹秀子の写真、同じ本に掲載されていた浪曲師の一派である桃中軒派の師弟関係の系図だった。新聞の記事は、浪曲の曲師・沢村豊子のDVDがつくられたという興味深い内容だ。
 新島さんのブログは「ACROSS THE STREET SOUDS」というタイトルに独特の語り口の文章で複雑に屈折させたサイトだ。先日のアイリッシュミュージックのライブでお会いしたときに浪曲三味線の会がひらかれることをお教えしたのだった。以前にも、石上がCDに焼いてくれた小唄のCDのことを話したら、とても興味をお持ちになったのでお貸ししたことがあったので、浪曲の三味線にも興味があるだろうと思ったのだ。

ちょうど浪曲三味線の会が開かれようという日の二日前に、この記事が掲載されたということにおどろいた。席亭宇の稲葉さんと桜井さんにも、さっそくメールを転送した。

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 記事によれば、沢村豊子は浪曲師・国本武春の曲師。国本武春は、NHKのトップランナーに出演したのを見たことがあるが、浪曲をラップミュージックのような新しい音楽として歌ったので、こんなことをやっている若いひとが浪曲界にいることに目を瞠った。
 ちょうどこの時期にこの記事が掲載されたのは、偶然ではないのではないか。伊丹秀敏の三味線に注目して開かれる会をアシストしようということなのかもしれない。国本が浪曲のニューウェーブとして現代に登場したのだとすれば、伊丹秀敏の三味線は、音楽として時代を超えた力を持っているとぼくたちは思った。ロックやジャズを聴いてきたが日本の芸能をほとんど聴いたことのなかったmasaさんをあれほどに惹きつける普遍性をもっているのではないか。
 wikipediaの「浪曲」という項目を開いて読んでいると「伊丹秀子」という名を見つけたので、これは伊丹秀敏と関わりがあるのではないかとメールに書いたところ、新島さんが浪曲の本の中から師弟関係を示す系図と師匠の写真を見つけて送ってくださったというわけだ。

投稿者 玉井一匡 : 09:00 AM | コメント (7)

April 20, 2010

伊丹秀敏の三味線 4月24日土曜日

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 まだまだ先のことだと思っていたが、伊丹秀敏さんの三味線をきく「浪曲の夕べ」が、もう今週の末に開かれる。ぼくは、あの三味線を聴くのが楽しみでしかたないのだ。

 いつのことだったか、音の具合を確かめるために伊丹さんが会場にいらして三味線をひいた。ためしに弾いただけのことだから聴き手は四人、時間もわずか数十秒ほどにすぎなかっただろうに、それだけに全身に染みこむすてきな音だった。ぼくたちが三味線に陶然としていると、同行の弟子の水乃金魚(みずのきんとと)さんが「師匠は浪曲もうたえるんです」とおっしゃる。じゃあぜひ唄もきかせてくだいと、言わずにいられなかったが、照れくさそうにしてなかなかウンと言わない。が、やがてじゃあと言ってアーだったろうか、ひと声ふた声出して様子を見たあとに西洋音楽で言えば一小節ほどをうたった。それがまた美しかった。それほどのひとが、あんなに照れるというのも、なんともいえず好もしく思われた。
 「浪曲をうなる」という言い方をするが、浪曲はうなるものばかりでなく、むしろうたうものなのではないか。きっと、うたう浪曲師は演歌を歌う人になってしまい、浪曲の世界にはうなる人が残ったということなのかもしれない。

ItamiPortraitS.jpgClick to PopuP 伊丹敏秀像(by masa)
 昨年、この会場・席亭 宇で講談の田辺一鶴さんの一門会が開かれた。その数ヶ月後、突然、一鶴さんが亡くなってしまった。今年になってから田辺一鶴を偲ぶ会が開かれ、それに出席して兄弟子の話などを聞いていると、一鶴さんの元気な最後の講談をきけたことは幸運なことだったと思いながら、こんなふうにして貴重な芸をもう二度ときけなくなってゆくということが、これから何度も起こるのだろうと思うとなんとも惜しくなってきた。 

 そんなことがあったあと、伊丹さんの三味線を聴く会を「席亭 宇」で開いたらどうだろうかと思いついてmasaさんに相談した。彼はアメリカの音楽を主にきいてきたので、日本の伝統的な芸能のことはほとんど知らなかったというが、玉川スミ米寿記念の会を見て、伴奏をしていたひとの三味線がとてもすてきだということを感じとって、その後も何度か演奏を聴きに行ったと聞いていた。
 玉川さんの舞台がはねたあと、ぼくたちが道で立ち話をしていると小屋の前でmasaさんが誰かと話しているのに気づいた。あとになって、あれはだれなのかと訊ねると、さっき三味線の伴奏をしていた人で、あまりによかったので話を聞いていたのだというのだ。ぼくは主役に目を向けるばかりだったのだろう、まったくそんなことに気づかなかった。しかし、masaさんが惚れ込むんだからきっといい三味線だろうと思っていた。
 そんなわけで、席亭 宇で伊丹さんの三味線を聴きたいとmasaさんに相談したのだが、彼はすぐに水乃金魚さんに電話で相談し、ぼくは席亭 宇の桜井さんに相談した。話はトントン拍子に進んで関宿屋の主・稲葉八朗さんと会場でお会いすることになったのだった。冒頭の話は、そのときのことだ。

ふつうの場合には浪曲の伴奏者は衝立のかげに隠れて演奏するから、客席からは見えないんだということも、会場の下見のときに水乃金魚さんにきいて驚いた。今回は、むしろ三味線と伊丹さんに焦点をあてて解説と浪曲を聴こうという、おそらく稀な機会であるということも、楽しみでしかたない理由のひとつだ。

「そこのおにいさん、おねえさん、聴かないと損をするよ。ワンドリンクと弁当つきで3,500円だよ」という声のきこえそうな柴又とは、江戸川をはさんで向かい合う位置に、松戸はあるのだ。

■関連エントリー
「浪曲三味線」はいかが?/kai-wai散策
曲師 伊丹秀敏/kai-wai散策
田辺一鶴翁/kai-wai散策
松くずし/kai-wai散策
田辺一鶴一門会/松戸「席亭・宇」/MyPlace
■浪曲
浪曲/wikipedia


投稿者 玉井一匡 : 12:00 PM | コメント (6)

April 16, 2010

曲がり角の垣根

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 電車でうちにかえるときに、乗り換えずにもうひと駅先まで行ってから歩いて帰ることがたまにある。道中にちょっとした楽しみがあるのだ。
遠くから見れば竹の垣根に張り付いた茶色の固まりとしか見えないやつに近づくと、シュロ縄でつくった亀であることがわかる。こんな東京に、いまだ農家の風情を残した家が一軒。竹の垣根をめぐらせている道路際に大きな欅が数本立っていて、幹の半分ほどが垣根の外にはみ出している。そこでは幹のかたちに沿って垣根をふくらませているから竹でつくった円柱のようだが、垣根の高さより上には切妻屋根のように竹を結んで載せてある。ここには欅の幹も枝もないから、樹は枯れてしまったのだろう。亀は、長生きした欅をしのぶアイコンなのかもしれない。
 この家についてたずねたいことはいろいろあるのだが、天気のいい日は自転車で別の道を通るし、雨が降れば電車に乗ってわざわざ通り道をしようとも思わないから、ぼくがここを歩く機会は少ないせいもあって、この家で人を見かけたことがない。だから、住んでいるひとたちにこの家のことをたずねたことがないのだ。そのうちにたまたま遭遇する機会ができるだろう。

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 大きな樹木があるから、真夏でもこの前の道をとおれば涼やかな空気が漂っている。向かいの住宅でも、この家と同じように大きな木が塀を中断させて道路にはみ出しているのだが、さすがに役所も文句を言わないのだろう。そんな、木への気配りだけでも充分に気持ちよいのだが、この家が外にむける表情もすこぶるおおらかだ。これほどの大きな家であれば、おおかたは瓦をのせた門を設けたりするものだが、ここには屋根はおろか門柱もない。道路に立って視線をむければ、平屋の大きな瓦屋根が、ひろびろとした砂利敷きの前庭の奥にある。写真に見えるのは、おそらく倉庫だろう。庭木をきれいに刈り込むような手を加えているわけではないからたしなむための庭ではないけれど、手入れの行き届いた仕事場で感じることの多いすがすがしさが、ここにはあるのだ。それが、このいえに農家の風情を感じさせるのだろう。

 この道を行くと、つきあたって左に曲がれば案内板が立っていている。
ここは「垣根の垣根の曲がり角・・・・」という童謡「たき火」に歌われていた曲がり角の垣根なのだと、その案内表示に書かれている。

■追記:ケルト文様
iGaさんのコメントで、ぼくはケルト文様というものを初めて知った。wikipediaには「Celtic knot」という項目と「Eternity Knot」という項目がある。なるほど、knotつまり結び目なのだ。Aon Celtic Artsというサイトには、スッポンとおぼしきデザインもある。竹を編んでつくる垣根と編み目の模様、亀の甲羅の編目模様、長命のシンボルとされる亀と「Endress」という組み合わせ、さまざまな意味が重なっているようだ。

*Celtic knot/wikipedia
*Endless knot/wikipedia

投稿者 玉井一匡 : 08:13 AM | コメント (7)

April 11, 2010

「Irish meets Latin」というライブ

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 数日前に、いのうえさんからおさそいのメールをいただいた。
渋谷のスンダランドカフェで、「Irish meets Latin」というライブをやるから来ないかというのだった。アイリッシュミュージックのフィドルふたりとギターにパーカッション、それにラテンのパーカッションが加わるという。スンダランドカフェは、いのうえさんの友人Kさんの店で、昨年も一度いのうえさんと共通の友人といっしょに、ここで集まったことがあった。明治通り沿いのビルの5階に陣取っている。
 この日、ぼくは参加が遅くなったうえに先に帰らなくてはならず、あまりゆっくりできなかったのだが、このごろいろいろの場面や場所でアイリッシュあるいはケルトの文化に気づくことがあるので、ケルトミュージックをやる日本の若者たちの演奏に接したいと思った。

渋谷駅の反対側で仕事の打合せを終えたあとでスンダランドカフェに着いたときには、これが船だったら喫水線をこえているだろうと思われるほど店に満載された人たちはすでに盛り上がっていて、いのうえさん五十嵐さん新島さんの面々もとうに燃料がまわっているようだった。

 ぼくにとっては、アイルランドといえばイギリスの支配に対してしぶとく闘ってきたこと、北アイルランドではつい何年か前までは戦争状態が続いていたことなどがいつも念頭からはなれないので、「麦の穂を揺らす風」に描かれていた美しい風景と裏腹につらい闘いと悲しみがあったように、テンポの速く楽しいフィドルの裏にはいつも悲しみが流れているように感じられてしまう。
ここで演奏する陽気で気持ちのいい若者たちは、それをどんなふうに受け取り、感じたものをどう表現しようとしているのだろう。時間があればそんなことをきいてみたいと思っていたのだが、それはまたの機会にとっておくことにしようと思いつつ途中で席を立った。

投稿者 玉井一匡 : 05:21 PM | コメント (8)