June 26, 2010

真夜中の冒険者

MayonakaBokenS.jpgClick to PopuP「真夜中の冒険」

 花を手に入れると、ていねいに形を整えて、薄紙にはさんで厚い図鑑や電話帳のあいだにいれる。
それをいくつも重ねてさらに石やレンガや鉄板だの重いものを総動員して数週間。
葉っぱ、花のまんま、花びら、大きいやつ小さいやつ、雌しべ・雄しべ、ツルの先端・・・みんな二次元になっている。
それらを見ているうちに、なにかの生き物や家や楽器に、あるいは大木に森に見えてくるらしい。
どの箱に何があるかを憶えていて、数年前に作ったやつも取り出してキャスティングをする。
物語が始まる・・・深い夜には、彼らが動き出す。

 真夜中に活動する人である。 おおかた起床は午後、就寝のときは、たいてい日が昇ろうとしている。
若い頃には、夜中に自分のやりたいことをしながら、朝にはちゃんと起きて家事を完璧にこなしていた。関白亭主に文句は言われたくないと思っていたのだろう。
 入念なひとである。 起きたあとに、毎日毎朝、自己流の体操を1時間ちかく欠かすことがない。入浴したときにも30分ほど、また別の体操をしているらしい。とにかく丁寧に身体を整える。若い頃に大けがをして長生きはできないと医者に言われたことがあるから、自分のことは自分で護ろうと心に堅く決めているのだ。
 地震が、たいそうこわい人である。 ゆらゆらと揺れ始めただけで表情が引きつる。地震がおさまると「どうも揺れる気がした。やっぱり来た」という。まわりの人間は、いつものことと笑いをかみ殺すが、空襲で防空壕の梁の下敷きになったことがあるのだ。
そのときに、腕の中で幼い子を亡くした。
 愛情の深い人である。 鉢植えの植物は、葉っぱの一枚一枚を拭いてやる。気孔が埃でつまらないようにと。
皮膚病で毛がすべて抜けて裸になったハムスターを、夜通しマッサージしてやった。
にもかかわらず、生の花をみるとすぐに花を取って押したくなってしまう。
水族館の魚から刺身を思い浮かべるやつのようだが、ドライフラワーをつくるときには、花びらを一枚一枚はずして、接着剤で花のかたちをととのえる。

 写真の「真夜中の冒険」は、おそらく二枚のアイビーの葉を見て想像が果てしなく拡がったのだろう。
大きな包容力と笑顔をたたえた生き物は、胸に時計を埋め込んでいる。こいつの時計になら喜んでしたがおうという気分になりそうだ。

MayonakaWallS.jpgClick to PopuP「間・KoSumi」での展示

 「漂泊のブロガー2」のいのうえさんが、この個展「米寿のBABAの花しごと」を紹介してくださった。
 作者は満87歳、数え年で八十八歳の、ぼくの妻の母つまり義母である。なんだか照れ臭くてエントリーしないうちに、ひさしぶりの個展も明日が最終日になってしまったが、いのうえさんのエントリーと、娘のブログ「Psalm of the sea」のエントリーに背中を押されて、駆け込みエントリーすることにした。

 友人にしてクライアントでもある矢野さんの奥さん・瑠璃子さんが、うちの店で個展をしないかと勧めてくださった。ふだんは主に器などをおいている、東中野の「間・KoSumi」だ。拡幅した道路の例に漏れず、距離を拡げ交通量を増した道路がまちを分断して索漠たる道になった山手通り。新しくできたビルの2階、早稲田通りとの交差点から二軒目にある。この店は、矢野さんたちが自分たちの手で内装をほどこして、とてもいい雰囲気をつくりあげた。夫の森一さんは屈指の舞台監督だから、もとよりこういう仕事は得意なんだ。瑠璃子さんは、道路の拡幅という環境悪化に抗して東中野をよくしようとする会でも活動している。20年ほど前に、ここから近くにある矢野さんのいえを、ぼくたちは設計したのだった。

■関連サイト
「間・KoSumi」の展示の案内
「米寿のBABAの花しごと」/「漂泊のブロガー2」
「米寿のBABAの花しごと」/「Psalm of the sea」

投稿者 玉井一匡 : 10:00 PM | コメント (4)

June 02, 2010

Mさんの門:テイカカズラの花とタネ

TeikakazuramonS.jpg うちの玄関前の鉢植えの植物をいじっていると「おはよう!」という声がする。
振りかえると、いつも笑みをたやさないひとが手を挙げている。
彼は、背をまっすぐに伸ばして軽やかにあるく人でもあるから、会ったあとにはしばらくぼくもいい姿勢になる。
彼はDPEのあたらしい袋を持っていた。
「フィルムのカメラなんですか」
「そう、あたらしいのはダメなんだ。
川の擁壁の工事が面白くて、このごろ毎日、写真を撮りにいくから現場のおじさんたちもなかよしになっちゃった」と写真を見せてくれた。
それが昨年のことだ。近くの川の流量を増やすために、川底を1mほど深くする工事を始めて2年ほど経っていた。
たいていの人は音がうるさいの振動するのと言うけれど、工事を見ているのが面白いと思うひとは少ない。

 Mさんのすまいは、坂をすこしのぼったところにある、大谷石の擁壁に支えられた角地。
板張りの壁に瓦屋根という古い家の玄関前には、簡素な屋根をのせた門がある。
そこに蔓性の植物が巻きついていて、初夏には白い花が柑橘系の甘い香りをあたりに漂わせるので
ぼくはその名をたずねたことがあった。
テイカカズラっていうんだよ」
藤原定家ですか?」
「そう、定家みたいにしつこく墓石にまとわりついたりするから」
おおかた想いを寄せた女のひとの墓だろうが、定家がどんな風にしつこかったのかをぼくは知らなかったけれど
そのときはゆっくり話をしている暇がなく今もってたずねそびれたままでいた。
けれども、そんなふうに言われれば二度と忘れない。 
あるとき、Mさんは門を作り直した。
切妻の屋根は、竹を組んで藤棚のような形式にしたので下から見上げてもテイカカヅラが見えるようになった。

TeikakazuraMonnakaS.jpg 先週、そのテイカカズラが満開になった。あたりをただよう香りはそこはかとないおだやかな甘さだ。
朝、通りがかりにカメラを構えていたら向こうからやってくるひとがいる。Mさんではないか。
「テイカカズラの門がきれいだから写真を撮らせていただいています」
「中から見るのがいちばんいいよ」と、Mさんは門をあけてくださった。
大谷石の階段を数段上がるので、ふりかえると見おろすような位置になる。視界いっぱいにテイカカズラが広がっている。植物はそれだけではない。家のまわりには、数え切れないほどのさまざまな植物が埋めつくしている。ユキノシタ、木瓜、木賊、富貴草、オダマキ、ホトトギス、お茶の木、ヤマブキ、枝垂梅、アジサイ、ムラサキツユクサ、スグリ、胡桃・・・・すべて在来の植物なのだ。それに、生きのいいヤブ蚊もふんだんにかけた香辛料だ。

TeikakazuraTaneS.jpgTeikakazuraACS.jpg「ちょっとまって」と言ってMさんは玄関に入って小さな木の箱を手にしてあらわれた。
「これ、なんだかわかる?」
「・・・・・」
「テイカカズラの実とタネなんだよ」
おもいがけない形だった。細長いサヤの中に細長いタネがお行儀よく並んでいる。
サヤを開くと左右に一列ずつ。ちょっと触れるとタネがサヤからでて、タンポポのような羽毛をひろげる。それが風にのって翔んでゆくのだ。

「これ、ぼくが作ったの。傑作でしょ」
エアコンの室外機の目隠しが、独創的だ。作り替える前の門の柱だろう古い角材と植木鉢を積み重ねて、植木鉢の水抜きの穴に針金を通して縫い合わせてある。
「素人がつくるときにはプロみたいにつくろうとするんじゃなくて、プロより素敵なものをつくろうとするほうがいいとぼくは思う。こういうのはプロではできないですよ」と、讃辞をおくった。
 しかも、こういう古い和風の家のあるじが、かつてバレーリーノであったという取り合わせを思うと、ぼくはなんだかうれしい気分になるのだ。バレリーナっていうのは女の人で、男はバレリーノっていうんだと教えてくださったのもMさんだった。新国立劇場の舞踊部門チーフプロデューサーをやめたとうかがってから数年になるから、年齢はもう70をこえただろうが、20数年、Mさんは姿もふるまいもちっとも変わらない。

■追記
 テイカカズラの名称と定家の関係をまたMさんに質問すると、内親王の霊の出てくる能の話があったと思うよということだったので、今度はWikipediaの力を借りた。後白河天皇の皇女、式子内親王に思いを寄せる定家の恋を描いた「定家」という能の物語が、テイカカズラの名の由来なのだということがわかった。

投稿者 玉井一匡 : 09:51 AM | コメント (2)