July 27, 2010

二酸化炭素温暖化説の崩壊

Co2Earth.jpg『二酸化炭素温暖化説の崩壊』/広瀬隆/集英社新書

 地球温暖化が二酸化炭素によって引き起こされているということは、いまやほとんど疑う余地のない人類共通の認識のようなものになっている。だからといって、二酸化炭素の排出が少ない原子力発電は環境にやさしいクリーンエネルギーなんだと電力会社にいわれると、どこかおかしいんじゃないかと思わずにいられない。
 かつてマイクル・クライトンが小説「恐怖の存在」で二酸化炭素による地球温暖化説を批判し、NHKの長時間インタビューでこの本のことを語っているのを見た。二酸化炭素を減らすことに集中するあまり本来するべき対策を怠ることになるのは危険だと主張していた。以前にこのブログでも、そのことを「不都合な真実」と「恐怖の存在」というタイトルでエントリーしたことがある。
 ぼくはどちらの説も一方だけを信じる気にはなれないが、その後マイクル・クライトンが世を去り、鳩山由紀夫やオバマまでいずれも原子力発電の推進を温暖化対策の重要な柱にすると言い出すようになると、さすがに心配になった。余談だが、前後関係を調べているうちに、マイクル・クライトンが死んだ2008年11月4日はオバマの大統領選挙勝利が決まった日だということを知った。

 著者の広瀬隆は、30年ほど前に「東京に原発を」という本を書いた。いうまでもなくこのタイトルは逆説で、主旨は反原発である。安全だというなら、原子力発電所を新宿の新都心にでもつくれば廃熱を地域冷暖房に活用できる。でもそれをやれずに日本海がわに原発をつくるという非効率をあえてしなければならないのは、原発が危険であることを知っているからだという主張だ。この本でぼくは、原発というものは核反応による熱で水を温めて蒸気をつくり、それでタービンを回すというだけの装置にすぎず、核エネルギーのうち2/3は利用しないまま熱として海に捨てられ、電気になるのはわずか1/3であることを知った。

 本書では、二酸化炭素地球温暖化説の根拠とされている数々の現象を取り上げて、その仮設が間違であると指摘し、むしろ太陽の活動やエルニーニョ現象、冷房によるヒートアイランドなどが原因であると主張する。異常な高温と裏腹に起きている異常な低温についてはメディアもあまり報道しないという。具体的なグラフなどを提示しての論理には説得力があり、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)はCO2による地球温暖化の研究でアル・ゴアとともに2007年のノーベル平和賞を受賞したが、データの使い方を意図的に曲げているところもあり、ノーベル賞を返還すべきだとしている。まして、CO2 削減の対策として原子力発電を増やそうとしているのは大きな間違いだとしているのは、いうまでもない。

 著者・広瀬隆は、こう言う・・・多くの資料は、だれもが入手できるものだから、私の言うことをそのまま信じないで、自身で調べて確認してほしいと。(じつは、読み終わった本をすぐにあげてしまったので手許にないから、ぼくは正確な引用ができない)ぼくは、まだそれを確認していないから、温暖化についての彼の説が正しいかどうかはまだ自分では確信できない。
 しかし、仮にCO2が地球温暖化の原因だとしても、その対策としてエネルギーを原子力に頼ろうというのは間違いだとは思う。炭酸ガスは、動物が生きているかぎり必然的に排出するものだから、それが増えたとしても量の増加に過ぎないが、順調に動作しているときでさえ原子力発電がつくり出す放射性廃棄物や、事故がおきれば大量にまき散らされる「死の灰」は、もともと自然状態では地球上に存在しなかったものだ。われわれ人間は、それをどう処理すればいいか今も知らないから、そのうち誰かが何かの方法を考えつくまで地下深く貯蔵しておくことにしている。

 かつて学んだ確率論の基礎の基礎を、ぼくだって今も少しは憶えている。ものごとの起きる確率とそれによって得られる利益の大きさの積を「期待値」という。たとえばルーレットのルールでは、どういう賭け方をしても期待値が同じになるようになっている。調べてみたら英語では「Expected value」。それが「マイナスの利益」つまり損害をもたらすときには「期待値」はマイナスになるはずだが、マイナスの期待値を何と呼ぶのかを僕は知らない。
 これまで原子力発電所でときどき起きた事故を見れば、事故の確率はそれほど低いとは言い難い。一方、それのもたらす「マイナスの利益」はどれだけ拡がるか、どれほど深いものであるか見当がつかないほど大きく放射能がひどく長くつづくことは分かっている。しかも遺伝による被害が何世代伝えられるものなのか、想像がつかないほど大きい。・・・だから「マイナスの期待値」はとてつもなく大きいのだ。だとすれば、ぼくたちは原子力エネルギーの利用に対してはあくまでも慎重でなければならないと考えるのは、あたりまえのことではないか。

■関連エントリー
正しく知る地球温暖化―誤った地球温暖化論に惑わされないために/MyPlace
「不都合な真実」と「恐怖の存在」/MyPlace
■参考ウェブサイト
IPCC公式ウェブサイト
地球環境・気象/気象庁公式ウェブサイト
地球温暖化/wikipedia
気候変動に関する政府間パネル 略称:IPCC/日本語wikipedia
Intergovernmental Panel on Climate Change/Wikipedia
 

投稿者 玉井一匡 : 11:18 PM | コメント (0)

July 22, 2010

岩城里江子 求道会館ライブ

OkaeriSnowballS.jpgClick to PopuP スノードーム

 7月18日、本郷の求道会館に行った。
「レコ発ライブ」って、なんだろう?とはじめにチラシを見たときには思ったのだが、岩城里江子さんのレコード(CD)発売記念ライブなのだ。
 この日、ぼくは夜に新潟に行かなければならないので、しごとの切れのいいところで出ようなんて思っていたら気づいたときにはもうあと20分で開演という時間だ。あわてて南北線の地下鉄に跳び乗って「東大前」で下車、Googleマップを開いたiPhoneを片手に走っていくと、木造三階建ての下宿屋・本郷館がまだあった。解体されるといわれて見に来てからずいぶん経つのに、まだ生き延びたのかと安堵するが、「私有地 立入禁止」と書かれている。見学者が多くて迷惑しているのだろう。求道会館はその一軒おいた隣だ。

 玄関前にふたり、若者がいた。「はじまりました」と言ってくれる。一曲目が終わったらはいりますというのに、大丈夫ですとドアを開けてくれた。正面の中央にアコーディオンを抱えた里江さんが、満員の聴き手を前に演奏している。背後には、阿弥陀像だろう仏像が六角形をなす祭壇の中央にある。建物を一度見に来たことがあるのに、なんだか不思議な気がした。あとになって考えると寺院では僧が祭壇に向かってお経をあげるのに、里江さんは阿弥陀様にお尻を向けて人間たちに笑顔を見せているからだったのだろう。
 二曲目との間に、ふたりの娘たちといっしょにベンチにすべりこんだ。キリスト教会のような建物だが浄土真宗の建物なのだ。求道などと、肩に力の入った名称の会場で彼女がライブを開くことになった経緯をぼくはまだ聞いていないが、演奏を聴いているうちに、ここがふさわしいことだったと感じはじめた。僧が仏よりもひとびとに向かって語ること、僧でないひとも人々にむかって語りかけることとこそ、創設者がここをキリスト教会のような場所にした意図なのだろうと感じたからだ。

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 里江さんのCDのタイトルは『O-KA-E-RI』という。この一年間、ライブをせずに見たり感じたり聴いたり曲をつくったりして過ごしたあとに戻ってきたから、「おかえり」なのだ。
しかし、ふつうなら「ただいま」っていうだろうに自分に自分でおかえりなのか?ということに気づいたのは、数日後のことだった。この人のばあい、それが不自然なことに感じない。「おかえり」って言ってくれるたくさんのひとたちの立場に立っているからなのだろう。ステージにいる里江さんのほかに、向きを変えてもうひとりの里江さんが客席に座っているのだ。そういえば、「アコーディオンは鍵盤が演奏者には見えないんです。わたしは目をつぶって弾くから同じことですが」といっていた。もしかすると、このひとは演奏者である前に自分が聴き手だと思っているのではないか。文字を逆向きに読むと「RI-E、AKO」になるんですなんてことも言っていた。(「アコ」はアコーディオン)あちらからもこちらからも見るのが好きなんだね。

 あたりまえだが曲目は大部分がCDからの曲で、アコーディオンとのなれそめからメコンやハワイへの旅を話しながらの演奏がここちよい。音は演奏者からだけでなく上からもよこからも後ろからも、身体に染みこんでくるようだったのは、キリスト教会のような空間のせいなのかもしれない。アコーディオンは笙の笛がルーツらしいと、よく彼女は話すのだが、ぼくは、どこかで読んだことだったかやはり里江さんの話だったのか、そのむかしバグパイプの代わりに船乗りが持っていくようになったという話を思い出す。ひと月ほど前に、ぼくは初めてバグパイプを近くで目にしてちょっとだけ触らせてもらった。

 スノーボールを作ってもらったんだときいていたので、会場で実物をみつけるとすぐに手に取ってみた。雪ならぬ桜吹雪が、スキップをする里江さんに降り注ぐ。これは、スノーボール作者である友人がジャケットの写真からつくってくれたという。ジャケットの写真も友人の松浦範子さんがイラクに出発する寸前に撮影してくれたから夏に桜吹雪になったそうだし、おみやげにひとつずつ渡してくださったパウンドケーキは友人が焼いたものをその息子さんがずっと籠に入れて捧げ持って配ってくれた。たくさんの人たちがよろこんで支えている。
音楽も、ひとも、そして場所も、とても気持ちのいいライブだった。いつもの演奏がエネルギーに満ちたものであるとすれば、この日のライブはおだやかな風のようだった。

 会場の求道会館は、名称をまっすぐそのままの建築で、浄土真宗の僧・近角常観が、建築家武田五一に設計を依頼して設立された。おそらくキリスト教会における牧師と信者のような関係を仏教寺院にもつくりあげたいと考えられたのだろう。信長にさえ立ち向かった浄土真宗の門徒は、当時のキリスト教の影響も受けなかったはずはないのだから、もしかするとこういう形式の仏教教会がかつてはつくられていたのかもしれない。近角常観の孫にあたる近角真一氏が中心になって修復し東京都指定の有形文化財の指定を受けた。・・・などと知ったふうなことを書くけれど、ぼくがこの建築を知ったのは友人が教えてくれたからで、近角真一氏が学生時代一年後輩だったから、なおのこと興味をいだいたのだった。
 公式サイトによれば、設計に12年かけたが工事には6ヶ月、40年ほど使われたのち44年閉鎖され6年をかけて修復、今年で6年になる。
この時間の流れ方と、ここに注がれたもの、ここが生み出したもの。まわりのまちといいこの場所といい、ぼくはいつのどこにいるのかをすっかり忘れた。

■関連エントリー
O-KA-E-RI/aki's STOCKTAKING
O-KA-E-RI/kai-wai散策
荘厳なステージへO-KA-E-RI/LOVEGARDEN
ただいま/う・らくん家

投稿者 玉井一匡 : 11:35 PM | コメント (10)

July 17, 2010

「芸能的な由緒正しさの終幕」:小沢昭一

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 前回のエントリーに加島裕吾さんが長いコメントをくださった。小沢昭一の談話として朝日新聞に掲載された記事について触れ、記事を紹介したサイトのリンクも付け加えてくださった。じつは、はじめぼくは池澤夏樹と馳星周のエッセイとともに小沢昭一の記事を加えた三つのことを書こうと思ったが長くなりそうだから別の機会にエントリーすることにしたのだった。じつをいえば、前のふたりよりも、小沢昭一の発言の方がぼくも好みだ。
 加島さんの小学生時代、父上が大学の先生として松本にいらした。そのとき、芸者置屋の二階を借りて住んでいらしたので、裕吾さんは美しいお姐さんたちにかわいがられて育つという、すてきな(あるいは教育上よろしくない)少年時代を送った。孟子と老子はかくも違うというべきだろうか。だから、裕吾さんは小沢昭一の話に共感できるとおっしゃる。

 小沢は、子供の頃、あまり強くはないけれど美男で人気の力士が贔屓だったので、千秋楽の打ち上げにつれていってもらったことがあった。そこで、後援会長である名古屋の遊郭の大店の女将のことばを聞く。
「関取、大髻を崩して勝つより、負けてもいいから様子よくやっておくれ」
それをきいて、なるほど相撲の世界には別の価値観があるのだと子供ごころに思ったというんだから、ませたガキだ。
「芸能的な由緒正しさの終幕」:2010年7月7日

 相撲は芸能であり、彼らは常人とははなれた異界をつくってきた。そういう世界があるほうが面白いじゃないか、しかし、この様子ではそれももう終わりだなあというのが小沢昭一のつぶやきならぬ嘆きだ。ちなみに、だいぶ前のことだが、丸谷才一も相撲は芸能だと山崎正和との対談で言っている。「半日の客 一夜の友」

 今回のできごとで、「賭博」をした力士や親方ばかりが責められることを、どこかおかしいと感じるのは小沢だけではないだろう。むしろ大部分の人がそう感じているはずだ。相撲取りが堅気の人間を博打に引きいれて借金地獄に放り込んだわけではない。力士たちはカモにされたのだ。金を賭けずに麻雀をやるやつがいるか、二十歳前に酒を飲んだことのないやつがいるかと、思わないやつはどうかしている。

 これを機会に相撲の世界を「健全」なものにしようという改革はなされるのだろう。だからといって、この出来事を突破口にして純粋な加害者たる暴力団そのものを壊滅させてしまうことはけっしてありえない。なぜなら、やくざは犯罪者の秩序を形づくる重要なしくみのひとつとして機能する側面があるからだ。

小沢昭一が「芸能的な由緒正しさの終幕」というとき、「由緒正しさ」とは日常の我々の世界からいえば社会的な規範からの逸脱という伝統のことだ。芸能は社会的規範や制度からの逸脱を特性としているということだ。秩序と、それからの逸脱とは対立するものではない。それは補完するものなのだ。社会的規範へ反抗しようとも否定しようともせずに、ことは彼らの世界のなかで完結させなければならないというのが不文律である。だから、お縄を頂戴しようとも異界に生きるひとびとは悪うございましたと頭を下げるばかりなのだ。パチンコは現金でなく景品だから合法にされているはずだが、必ずすぐ近くにある交換所を通り抜ければたちどころに現金になる。

 そもそも賭博そのものは決して悪ではないことは、国家が示している。なにしろ、国家が胴元になって儲けている博打には、競馬競輪競艇と数多い。悪いのは賭博をすることそのものではなく、国家や自治体を胴元としない賭博をすることなのだ。殺人でさえ、国家が制度のもとにおこなう死刑や無差別の空爆は正しい行為とされる。

 中世までは博打も芸能の一種だったと網野善彦は書いている。古代の中国から、戦の前には占い師の力を借りて吉凶を知ろうとした。占いと博打とは、ほとんど同じ根から成長したものだ。博打の多くは、寺や神社の境内で開かれ、寺銭ということばの起源になった。そういう小世界が幾重にも重なっている世界のほうが味わいがあると思わないか。相撲取りたちがトレーナーを着て、ファミコンだのパチンコなんかばかりで暇をやり過ごす姿を想像しても、ぼくはちっとも楽しくない。

■関連エントリー
「初めての相撲:場所と時代と四季」/MyPlace

投稿者 玉井一匡 : 12:33 AM | コメント (5)

July 11, 2010

菅直人への期待と岡田武史への批判:池澤夏樹と馳星周

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 今朝、というよりも昨日の夜中に、ワールドカップの三位決定戦がおこなわれた。監督の掲げた目標が達成されたら日本がやっていたところだが、ドイツとウルグアイの試合のテレビ放映はどこもやらない。それよりも、今日は参議院選挙の投票日だ。
 先日、ふたりの小説家がそれぞれ一人ずつの人物について書いたエッセイが朝日新聞に掲載されていた。いずれも興味深いだけではなく、ぼくの思うところを書いてくれているのがありがたい。またしても駆け込みだが、投票前にエントリーしておきたい。

 小説家は池澤夏樹と馳星周、それぞれ菅直人と岡田武史について書いたもので、前者は消費税10%を口にしてからマスコミがことごとく批判的になった菅直人について肯定的な側面を評価している。後者は、マスコミがこぞってヒーロー扱いしている岡田武史に批判的だ。
・・・写真をクリックすれば、全文を読むことができます。

 どの新聞も多数と同じ立場に立つのであれば、マスコミというのは、群集心理をそのまま活字にする装置に過ぎない。ここにあげた記事は少数意見だが、すこぶるまっとうな指摘をしている。紙面の一隅において、ひとつの少数意見をもないがしろにはしないことを表明するためのものにすぎないのではなく、まっとうな考えをもつ人もマスコミにいるし、ひとりひとりのなかにまっとうな見方も潜んでいるのだと希望をもちたい。

 沖縄に住む池澤は、沖縄に対する政策の批判を踏まえつつ菅への期待を短い文章で表現している。民主党代表として登場した時にはあれほど持ち上げた菅のことを、消費税の増額を口にしてから支持率という指標の低下をきっかけにマスコミはこぞって否定に転じた。池澤は、消費税の増額という問題を選挙前の時期に口にすることをフェアな態度だとむしろ肯定する。また、「最小不幸の社会」という目標を「久しぶりに質量のある政治家の言葉」であるとして高く評価し、小泉政権のすすめた「自由」は強者の最大幸福を実現し、優位にあるものの立場をますます強化するものとして対比させる。また、首相の座を世襲政治家が継承してきたが、菅が市民運動を出発点としていることも政治の基本であると指摘している。そのとおりではないか。

 一方、馳は、新聞がヒーローとして持ち上げる岡田の、日本代表チームの監督としての能力についての疑問を書いている。監督に奪われていた自信を、幸運の手伝ったカメルーンに対する勝利で監督に奪われ続けた自信を取り戻した選手たちがグループリーグを突破した途端、ふたたび元に戻った。幸運に助けられて達成した結果を過大評価して岡田のしたことを肯定していては、今後の成長はないと指摘する。
 これまで、負けそうになると視線は宙に浮かび、敗戦後のインタビューをすっぽかし、ディフェンスの若いバックアップを一人も育てようとせず、ベスト4を目指すというスローガンを信じないやつは代表に呼ばないと言い放ってきた代表監督。サッカーファンの大多数は、岡田が監督でありながら選手たちはあれだけやれたのだから、オシムが監督だったらどんなサッカーをやっただろうかという思いからはなれられない。それなのに、岡田は「もう一試合やらせてやりたかった」と記者会見で言った。つまり、おれはここまで選手を連れてきてやったと言いたいのだ。この大会の実績のおかげで協会の会長などになることのないように願いたい。
 勝つことで注目が高まった。それを強化に利用するのは結構なことだが、まっとうに評価を下してほしい。しかし、それをできるひとがそういう権力の位置にいるのだろうか。

 谷垣禎一が、ふたたび日本を「いちばん」にすると言うのを聞くと、岡田がベスト4を目標に掲げたのを思い出す。たしかに、かつてある指標からは日本が一番だと言われた。しかし、そのありようがぼくたちに何を残したのか、そして何を目指すべきなのかを考えることは、サッカーの問題よりはるかに深刻だ。

投稿者 玉井一匡 : 07:11 AM | コメント (6)