December 29, 2010

池田学展「焦点」とAIRSTREAM

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 市ヶ谷から飯田橋に向かって外堀通りと平行する一本裏の道をを歩いていると、にぶい銀色の光を放つアルミのトレーラーが駐車場に置いてあった。AIRSTREAMではないか。
駐車場は、その道と外堀通りの両方に面する小さなブロックをしめる建物のピロティにあって、通り抜けてもいいよという風情だったから僕はすぐに近づいてみた。
かつてパット・メセニーのAmerican GarageというLPをジャケ買いしたことがある。写真には牧場に牛が集うようにこのトレーラーが並んでいた。初めて見てさわる実物はやはりかっこよくて、どこかから舞い降りてきた物体のようだ。

 しばし眺めまわしたあとで外堀通り側に出ると、2階にゆく階段がある。その昇り口に "池田学展「焦点」" と書かれた小さな掲示を見て思いだした。池田学の個展をやっているのだった。上を見上げると「MIZUMA ART GALLERY」と書かれている。2年前の個展が開かれたMIZUMA ART GALLERYは中目黒だったが、あらたにこのギャラリーをつくり、今後はこちらを中心にして、中目黒は若手作家の場にするのだという。

 これまでは、1年も2年もの時間をかけたペン画の、たとえば前回の個展で中心だった「予兆」はフスマ4枚(1.9*3.4m)という大きな絵を描いてきたが、こんどはすべて27cm×22cmという小さな絵で2年ぶりの個展を開いた。個展の案内メールには、これまでの大作から今回は小品にしたことについて書かれている。
「・・・(これまでは)部分を積み上げ、外へ外へと膨らんでいくといったダイナミズムが面白かったが、内へ内へと入っていく世界にも大きな絵にはない面白さが潜んでいるのではないか」と。

 細いペンの線をいくつもいくつもいくつも加えてゆくことで絵をつくりあげてゆく。しかも、ひとたび描いた線は消すことも重ねた線によって覆いかくすこともできないから、はじめから最後まで加え続ける線は完成品の部分をなすのだ。彼の描き方は「部分を積み重ねる」ことから離れることができない。これまでの内から外へという構成は描く方法と一致していたのだが、外から内へという構成をすれば、それは描き方と逆になる。そこで、大きさを小さくするあるいは小さな部分を切り取るという形式が必要になったのではないか。

 左上の写真をクリックすると大きくなってメールに添付されてきた絵が見られる。
この絵が、視点を変えた今回の個展の方向を指し示している・・・・大きな海の一部を27*22cmの長方形の画面から見る。その海の一部を切り抜いたところから旅客機を見下ろす。その下には高速道路が走りビルが林立する都市。夜の窓の中には、これまで池田が描いてきた、たくさんの人間の生活が詰め込まれているはずだが、それは見えない。けれども、切り抜いた海を縁取る防波堤には、数人のおそらくは男たちが釣り糸を垂れている。その先の釣り鉤の餌には魚たちが集まっているだろうが、それは水面と波に隠されて見えない。
 けれども、これまで池田が描き続けてきたものを見ている僕たちは、境界の向こうの見えないところに、いかに多くの命や出来事がつまっているかを知っている。

 おびただしい量の情報に囲まれ首までそれに浸され溺れそうになってしまうぼくたちが、部分部分の情報にいちいち動かされず世界とは何かであるの本質を知ろうとすれば、釣り竿の手応えを感じる力を磨かなければならないのだ。もともとトレーラーは想像力を刺激して世界をひろげてくれるものだけれど、AIRSTREAMは小さな飛行機のような宇宙船のような姿で、さらにぼくたちの想像力をひろげる。

 ぼくにしては珍しく会期を残した時期に行くことができた。会期は2011年1月15日までミヅマアートギャラリー MIZUMA ART GALLERYです。
地図:東京都新宿区市谷田町3-13神楽ビル2F

■関連エントリー
池田学:「予兆」/MyPlace
■関連ウェブサイト
AIRSTREAM JAPAN

投稿者 玉井一匡 : 07:49 AM | コメント (10)

December 20, 2010

自転車が壊れた・・・そしてまたもうひとつ故障

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 もっとも愛用しているモノがふたつ、一週間ほどの間に相次いで壊れた。いずれも、すでにぼくの身体の一部と化して能力を拡げてくれている自転車とMacだ。つまり、こいつらがいないと能力が低下するというわけだ。
 まずは先々週の木曜日、帰りがけのペダルが重い。自転車を停めてホイールととブレーキの接点を見たが、もちあげてペダルを回せばホイールはスムーズに動く。だが走り始めるとまだ重い。また点検する。それを2回繰り返したあとに、とうとう、とても走れないくらいになった。やれやれと思ってまた見てみると、後ろフレームの下側のパイプが切れていた。上の半分はスッパリときれいな切り口だが下半分はジグザグになっている。はじめは上半分が切れて、乗っているうちに下の半分に亀裂が拡がっていったのだろう。
こんなことは滅多にないだろうに、ぼくにはこれが二度目で、同じところが切れた。前回は10年前だ。そのときの顛末を「ぼくのアレックス・モールトンが突然の重傷に見舞われた」というタイトルでウェブサイトに書いた。それをブログに移したつもりだったが、探してもみつからない。まだそのままになっていることに気づいた。

 高田の馬場からウチまで数キロを押してゆくつもりだったが、そのあたりに置いて電車で帰ってからクルマで拾いに来ればいいんだと、当たり前のことに気づいた。こうなっては盗まれる心配はないだろうけれど、念のために交番の前のガードレールにチェーンでつないで、下落合の駅から西武新宿線に乗った。

 前回は何が原因だったのかいまだに分からないが、今回はあれが原因だろうと電車のなかで思いあたることがあった。

 ぼくの自転車は、新宿区の設けた年間契約の駐輪場に置いている。
といっても、そこは駐輪場と言うより駐輪エリアといったところだ。外堀通りに平行して植え込みと人工的な水路のような浅い池があって、その植え込みに沿って歩道にペンキで線を描き区画をつくって駐輪場としているにすぎない。他には柵も機械的な設備もなしで抽象的な領域を示して駐輪場と表現のしているやりかたが、ぼくはなかなか気に入っている。球技のコートや、子供時代の「二重S字」という遊びのように線を描いて領域をつくるだけで夢中になる遊びを思い出すのだ。しかも年間5000円という安さがとてもありがたいが、それも余計な設備をしていないお蔭なのだろう。

 ところが、自転車がこわれる一週間ほど前の夜おそく、そこに行くとあるべき自転車がない。とうとう盗まれたかと思ったがまだあきらめるわけにはゆかない。まわりに目をやると、駐輪場のとなりの池の真ん中に2台の自転車が転がっている。しかし、ぼくのではないことは一目でわかる。ぼくのもそのなかだろうかと思って池の他のところを見回ったがみつからない。しかし、もうひとつ可能性がある。駐輪場の奥にアルミのフェンスで囲われているところを、念のためにのぞき込んだ。

 そこによこたわっていた。誰かがほうり込んだのだろう。なにしろ盗まれたと思ったものがあったのだから、まずは安堵した。けれど、ほうりこんだやつを思い浮かべて腹立たしさがやってきた。何の証拠になるかかわからないが、とりあえず記録を残そうと、滅多に使わないストロボをつけて写真を撮っていると4人組の警官の一行がとおりがかって疑わしそうに懐中電灯を向けた。腹立たしさのはけ口に、ぼくは彼らに八つ当たりをしてしまい、しばらくあれこれやりあった。あっちには、池の中にほうり込まれていると言うと、ひとりがそれを見に行って戻ってきた。ぼくが自転車のロックを外すのを確認して彼らは立ち去った。が、池の中の自転車はそのまま。ぼくが池の中から出してやるつもりだったが、またあらぬ疑いをかけられたら面倒だから、ぼくもそのままにして帰った。
 そんな余計なことをしていたから、自転車の点検を十分にしないまま、外れたチェーンを直しただけですぐにうちに帰った。その後1週間ほど乗り続けたのだが、おそらく、そのときについた傷が、徐々に拡がっていったのだろう。
 
Moulton-iMacS.jpgClick to PopuP
 そして今度はiMacだ。
つかっている途中に突然、細かいモザイクがかかったように画面がグチャグチャになってしまった。デスクトップには那覇の屋根に見つけた剽軽なシーサーの、こんな写真をつかっているのだが、何が何だか分からない。再起動を繰り返してもインストーラーのディスクで起動させても事態は変わらない。モザイクはかかっているがカーソルの動きやアイコンの反応があることは分かる。MacBookとつなげてみたらハードディスクの中身は異常がないし、とりあえずデータの移動はできるから、異常はディスプレイにあるのだろう。MacBookまでの4代か5代のラップトップはいずれも故障したが、デスクトップのMacは、これが初めてだ。

 Macはすでに5年、自転車は15年以上、毎日のようにつかい続けている。いつかは壊れるのは機械の宿命。モトはとっている。そうは分かっているのだが、悩みがまた増えた。
 そういえば、自分自身の生命システムだって、まったく停止せずたいした故障もなく動き続けて、これまで何十年も酷使している。いつ動かなくなっても、はたからみれば不思議はない。ちょっと早かったねと言われるくらいのものだろう。身体も、すこし大事にしてやろうかなどとと思う。

投稿者 玉井一匡 : 12:18 AM | コメント (4)

December 05, 2010

卵をめぐる祖父の戦争

「卵をめぐる祖父の戦争」デイヴィッド・ベニオフ 著, 田口俊樹 (翻訳) /ハヤカワ・ポケット・ミステリ

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 ひと月ほど前にaki's STOCKTAKINGのエントリーでこの小説を知って読みたくなったが、読みかけの本があったのでとりあえず図書館のウェブサイトに予約した。忘れたころに知らせが来た。
この本を読み始めたとAKiさんへのメールに書いたら、さっそく電話が来た。
「・・うふふ、どこまで読んだ?」・・・AKiさんが大好きな物語だから話したくてウズウズしているのだが、読んでいないヤツにあまり話せない隔靴掻痒が手に取るようにわかる。
 はじめの状況設定だけで当時のレニングラードの様子と戦争そのものへの批判的な姿勢をのみこませてしまう着想が見事だ。原題の CITY OF THIEVES(盗人たちの都市)よりも「卵をめぐる祖父の戦争」という日本語のタイトルの方がずっと魅力的に感じた。・・・物語に入り込みはじめたばかりだったぼくは、そんなことを話した。

 この戦いは、極寒のスターリングラード(サンクトペテルブルク)をナチスドイツ軍が包囲して補給を断ち、市民とソ連軍を窮乏に追い込もうとしていたということぐらいしか、ぼくは知らなかった。AKiさんの頭の中では、大好きな戦車T-34キューベル・ワーゲンなどが走り回っているのだろう。ぼくは、12個の卵が並ぶ表紙のデザインが気に入っていた。ほら、原作とならべて較べれば、こっちの方がいいでしょ?・・・その後も、二日続けてAKiさんの電話があった。

 早川書房のポケット・ミステリー・ブックは裏表紙にあらすじが書かれているけれど、ぼくは読む前にストーリーを知りたくないので本文を読み終わってから目を通すことにしている。自分でネタをバラしたくないが、多少の説明をしないとAKiさんとの会話ほども話すことができないから、そのあらすじをそのまま引用してしまおう。

・・・「ナイフの使い手だった私の祖父は十八才になるまえにドイツ人をふたり殺している」作家のデイヴィッドは、祖父のレフが戦時下に体験した冒険を取材していた。ときは一九四二年、十七歳の祖父はドイツ包囲下のレニングラードに暮らしていた。軍の大佐の娘の結婚式のために卵の調達を命令された彼は、饒舌な青年兵コーリャを相棒に探索に従事することに。だが、この飢餓の最中、一体どこに卵なんて?ーーー戦争の愚かさと、逆境に抗ってたくましく生きる若者たちの友情と冒険を描く歴史エンタテインメントの傑作。・・・

City25thHour.jpg 目をそむけずにいられない残酷なエピソードがところどころにあるのに、読後には爽快感が残った。残酷は、この時の物資の窮乏のほどとナチスのふるまいを伝える。それを主人公と読者が乗り越えられるのは、相棒のコーリャが徹底した自信家で楽観主義、絶えることのない下ネタ混じりだが饒舌なインテリであることも効果的だが、それにまして物語の構成が複雑で巧みなのだ。凝っているけれどわかりやすい。

 物語の書き手はデイヴィッドという小説家、この本の著者と同じ名だ。プロローグは、フロリダに移り住んで隠居生活を送る祖父を訪ねてレニングラード包囲戦の話を聞くところから始まる。「現代ー悠々自適の老人ーフロリダ」という時間・人間・空間の組み合わせが、「1942年ー少年ーレニングラード」という組み合わせと重なりかみあってつくられる世界がおもしろいんだ。ナチスドイツとスターリンソ連の作り出す凄惨で凍てつく寒さの世界の物語も、フロリダという未来が約束されていることをぼくたちは知っているから楽しむことができる。
 プロローグでは地の文の語り手デイヴィッドは「私」と書かれているが、物語の本文に入ると祖父のレフが語り手になって「わし」になる。彼は物語の中では17歳のレフだが、現代にいて1942年のできごとについて話している語り手としては、すでに老人なのだ。「わし」を目にするたびに、これは昔の話だということをぼくは再確認して、すこし安堵する。英語はどっちにしろ「I」なんだから、「わし」を選んだのは、もちろん翻訳者のしわざだろう。

 読後感が爽快なのは、これが戦争そのものについての物語であるよりはレニングラード包囲戦を背景にした青春の冒険物語だからだろう。青春は、己が何ものであるか、つまり世界とは何であるかを知ってゆくことだ。大佐の娘の結婚式のための12個の卵を手に入れるという、平時ならさしたる価値のないもののために命がけの行動に踏み出さざるをえない理不尽にあって、レフはすこしずつしたたかに変わってゆく。ぼくたちは、その体験をレフと共有することがうれしい。

 この著者のデビュー作だという「25時」(原題:The 25th Hour)は、スパイク・リーが監督した映画ギンレイホールで観た。これも、翌日の25時までの一夜という圧縮された状況を描いて、緊迫感に満ちていた。本はまだ読んでいないが、日本語訳は新潮文庫の「25時」がある。
この小説も、きっといつか映画になるだろう。

 この本は、自分のものとしてそばに置いておきたいと思った。紙を重ねた小さな直方体の中にある世界を、ぼくのものにしておきたいからだ。このごろ、amazonはもっぱらインデックスとして利用して、多少とも本屋の役に立つように店に行って買うことにしている。

■追記
amazonのCITY OF THIEVES のレビューを見たら、表紙の絵でふたりが雪の中を歩いている先にニワトリがいると書いてあった。絵を拡大してみるとなるほどその通りだった。もしやと思ってニワトリの足跡の数を数えると・・・12だ。卵の数と同じではないか。日本版のデザインの方が、ずっと上だと思ったが、あちらも頑張っているのだ。

投稿者 玉井一匡 : 03:14 PM | コメント (2)