January 29, 2011

西武新宿線の車内で省エネ

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 うちの最寄り駅は、各駅停車しか停まらない。
つぎの駅では急行や準急の待ち合わせのために大部分の列車が数分のあいだ停車する。先日、こんな車内放送が流れたのでおやっと思った。
「急行電車の待ち合わせのため3分ほど停車いたします。なお、省エネのため各車両のドアの一カ所をのぞき、閉めさせていただきます。」
どのドアが残るんだろうかと思って見ていると、ぼくの乗っていた最後尾の車両では、4カ所あるうちのうしろから2つ目が開いたまま残された。写真を拡大すると、左から2つめが開いていることがわかる。

 かつて雪国のディーゼル車は、駅に着いてもドアが自動的には開かなかった。
やや重いドアを手で引いて開き、閉じるのは自動だったのだが、それはちょっとおくれた電車なのだと子供心に思っていた。それが、車内のあたたかさをまもるためであることに気づいたのは、ずいぶんあとになってからのことだ。じつはエネルギー節約だけでなく、乗客だって寒くない方が快適なのだ。
 ドアの開閉のパターンをいくつか選べるようにすることは、それほど難しいことではないだろうが、既存の車両の改造はなかなか手がかかる。この車両は新しい型だから、はじめからそういう設定でつくられているのだろう。ドアの脇の座席には耳の高さくらいまでのスクリーンがついている。見た目には鬱陶しいが、これも風よけという配慮なのだろう。上りの終電車などは、乗客が少なくて寒さがひときわ身にしみるから、だれもがドアの脇の席は避けるものだ。

 車といい家電といい日本の製品には、なくてもいいような余分な機能がつけられことが多いけれど、これは日常の生活にも通じるいいサービスだなと思う。つぎには、勝手に電気を消費している自動販売機や明るすぎるコンビニの照明なんかもなんとかしてほしいものだ。

 電車はひと休みしたあと、いったん全てのドアを開けてから、ふたたび閉じて出発した。

投稿者 玉井一匡 : 09:00 AM | コメント (15)

January 16, 2011

「幸」と「辛」

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 ことしの新年のごあいさつは、干支の辛卯の「辛」を「幸」に変えたのをデザインしたのだが、それをEメールでさし上げたかたが思いがけない返信メールをくださった。
彼女は、ご自身の名前に「幸」という字をもっていらっしゃるからだが、幸という漢字の由来についてこんなことが書かれていた。

 2年前に字源の話を聞く機会があり、そのときに50人ほどの参加者の名前の文字についてそれぞれに説明してくれた。彼女の番が来ると、最後にしましょうと言われたので待っていたのだが、ほかの人たちの説明がすむと、そのまま終わらそうとしたので彼女の名前の説明を求めると渋々答えてくれた。
 手錠をかけられ、腰縄を巻かれて、はるか地の果ての敵陣に奴隷のように引かれて行く様をあらわしているのが「幸」の字だという。・・・会場は一瞬凍ったように静かになった。

というのだ。意外な話の展開にぼくも唖然としたが、ご本人はさぞやびっくりなさったことだろう。  

 その解説を信じないわけではないが、ぼくは自分の目で確認しておこうと白川静の「人名字解」を開いてみた。以前に、MADCONNECTIONのエントリー「人名字解」で知ったときに買った辞書だ。「幸」の項目はなかったが人偏のついた「倖」という字があった。たしかに、そこにはこう書かれている。

・・・形声。音符は幸。幸は、刑罰の道具である手枷の形。幸と丮(両手をさしだしている形)とを組み合わせて手枷を両手にはめている形が執で、とらえるの意味になる。両手に手枷をはめられて跪いている人を後ろから押さえる形は報(むくいる、こたえる)。手枷をはめられる程度の刑罰ですむのは、重い刑罰を免れて僥倖(思いがけない幸せ)とされたので幸に「さいわい」という意味がある。倖は幸から分化した字でさいわいの意味に用いる。・・・

 「幸」という字は手枷のかたちから発生しているという。じゃあ「辛」は何のかたちから来ているのだろう。「人名字解」には、当たり前だがこの字はない。近くの本屋に行って同じく白川静の大きな辞書「字統」の「幸」と「辛」を開いてみた。それによれば、「辛」は入れ墨のときにつかう、把手のついた針の形だと書かれている。たしかにこれはそういう形だ。痛そうな形をしている。

 ぼくも「禍福はあざなえる縄のごとしというごとく、幸辛は見方によって変わるものだと言いたいのです。」と新年のごあいさつに書きはしたが、これほどの辛辣なことは考えていなかった。
 現代社会は、「多ければ多いほどいい」という価値の物差しをつぎつぎとつくりだした。GNP、GDP、経済成長率、偏差値、かつては電気の消費量が「豊かさ」の物差しになったことさえある。多ければ多いほどいいという尺度は、かぎりなく大きくなれるという未来を前提とした価値だ。世界が有限であることが共通の理解になった(はずの)いまの時代では、手枷をつけられた状態にもさいわいがあるとする考え方は、じつは大切なことなのかも知れない。

「人名字解」には、いかにも手枷らしい形をしている甲骨文字がなかったので、はじめの写真は「字統」の「幸」の項目を、本屋の隅でひそかに撮ったから、ずいぶん歪んでいますが、ご容赦ください。

投稿者 玉井一匡 : 01:30 PM | コメント (4)

January 08, 2011

図解 いろは引 標準紋帖

HyojunMoncho1S.jpgClick to PopuPHyojunMoncho2S.jpg

 新年のごあいさつのエントリーにじんた堂さんがコメントをくださった。
そこに "「いろは引き紋帖」を開いてみました" と書かれていたけれど、ぼくは初めて目にする本の名称だったので、すぐにamazonを調べてみた。思いがけず、古本がすこぶる安い値段で出ていたがらさっそく注文したのが、昨日の午後に届いた。
 A5を横長にしたくらいの小ぶりの判型を和綴したもので表紙は紺の布でくるんである。紋所の歳時記といったところだ。「標準紋章百科」というのが一頁に20ずつの紋が246頁で5920+8=5928種類もあって、これが500円+送料だけで手に入ったのだから、たいへん得な買い物をした気分になった。その末尾には歌舞伎の役者の紋120などもまとめてあって、尾上卯三郎というひとのはうさぎが一匹、ちょうど役者が舞台に座って「隅から隅まで・・・」なんて挨拶するときのように両手をついている。

 さっそく、「う」の頁を開いて「うさぎ」を見ると、あったあった。しかし抱き波というのではなく「波ニ月兎」となっている。「二」は数字ではなく「に」のカタカナ表記だ。

 裏表紙の内側に貸出カードをいれる紙のポケットが貼ってあり、こう書いてある。図書館の本だったようだ。
 「     皆さん 
  ○読書の前後によく手を洗い
  ○ゆびをなめずにページをひらき
  ○表紙を巻きかえさず
  ○書き込みや折り目もつけず
  ○いつも気持ちがよいように
       よみましょう
       東京・丸善 PAT .P103353」     ・・・・だって
ぼくは、書き込みや折ったりすることはないが、きれいとは言い難い手でページを繰ることが多いので、ちょっと反省した。

 左の小口に目を転じると赤いゴム印だろうけれど印が捺してある。読みにくいのをあれかこれかと言いながら解読しようとしたが「**女學院**」と三文字しか読み取れない。表の表紙をみると、答えがあった。「服飾専門学校・常磐女学院図書館」というゴム印のほかに同じ印が表紙を開いた面にも捺してあって、これは「常磐女学院蔵書印」と読める。なるほど、この本は、そういうところで使われてきたのだ。図書館の本を誰かが売り飛ばしちゃったのだろうかと思いながら「常磐女学院図書館」をインターネットで探してみると、松坂屋の創設した家政専門学校だったが2007年に閉校している。これはそのときに放出された蔵書だったのだろう。

HyojunMoncho3.jpg 紋付きというものは色が黒ときまっているし、どれが誰のものか分からなくなってしまうから紋をつけることになったのだということに気づいた。しかも、冠婚葬祭の機会には同じ紋をつけた人があつまるから、それぞれがわかりやすいように衿紋というのもあって、それもいろいろ掲載されている。
 日本の紋章をあれこれ眺めているうちに、昨年の叔父の法事の時のことを思い出した。英語ではザクロはpomegaranateなんだという話になったので、pomeはリンゴ、granateというのはグラナダのことだそうですねと言うと、隣の席の親戚が「そういえば、グラナダの市の紋章にはザクロの絵がありますね」と言った。あとで調べてみようと思ったのをすっかり忘れていた・・・ということを思い出したので、例によってwikipediaを開くとなるほどその通りだった。
こうして較べてみると、グラナダのやつもいいんだが饒舌で子供っぽくみえるが、日本の紋章というのはなかなか洒落ているもんだなあと思いました。

■関連エントリー
図解 いろは引 標準紋帖/aki's STOCKTAKING
あけましておめでとうございます:抱き波とうさぎ/MyPlace

投稿者 玉井一匡 : 02:02 PM | コメント (8)

January 01, 2011

あけまして おめでとうございます:抱き波とうさぎ

Nenga2011Office2.jpg

 新年あけましておめでとうございます。

なぜそんなことをしたのか記憶にありませんが、家紋を検索していたときに「抱き波とうさぎ」という家紋があるのを知りました。素直にこれを読み取れば、太陽を背景にして波の上を兎が駆けてくるのだと、だれもが思うでしょう。そういえば、波頭が白く泡立つのを「うさぎ」と言うし、因幡の白ウサギは海を渡ったことも思い出し、来年の年賀状に使おうと思い僕はそれをデスクトップに残しました。

 今年の干支は「辛卯」(かのと・う)ですが、辛は「からい」ならまだいいけれど、新年早々「つらい」じゃ困る。さいわいなことに、辛と幸の文字はなぜかよく似ているので、すり替えてしまうことにしました。禍福はあざなえる縄のごとしというごとく、幸辛は見方によって変わるものですからね。

ということで、だれが何をしようとも、ことしもよい年を迎えてしまいましょう。
2011 -01-01 00:00:01にエントリーしました。

そうそう、書き忘れました。元旦の「旦」は初日の出のことだと先日知りました。だったら横棒が水平線なんだと思ったのですが、wikipediaによれば地平線だと書いてあります。しかし、日本では地平線をみることは滅多にできないけれど水平線のほうがはるかに見る機会が多いのではないでしょうか。
蛇足ですが、緑の線は言うまでもなく陸地で、円弧をつかって描きました。半径を365mmで描きました。

投稿者 玉井一匡 : 12:00 AM | コメント (39)