February 16, 2011

タカムラ製作所 モールトンの再生

RavaneloShopFrescoS.jpgClick to PopuP(写真のできが悪いのでPhotoshopで加工しました)

 モールトンAPBをタカムラ製作所に持ち込んだら、ちぎれたパイプの溶接をこころよく引き受けてくれた。それだけでも、ほんとうにありがたいと思っていたのに、翌日の夕方にはもう携帯に連絡が来た。
「自転車の修理ができました。日曜日は店は休みですが、高村はいますからお急ぎでしたら取りにいらしてください」そのときぼくは、母の入院であいにく新潟に行っていたから、日曜には取りには行けませんが、できるだけ早く取りに行きますと答えた。

 月曜日に東京に戻ったので翌日の朝に引き取りに行くつもりだったが、思いがけない雪で延期することにしたら午後には日が射してきた。masaさんに電話をかけて誘うと、ちかごろ自転車に目のないこの人はすぐに話に乗ったので、桜台で待ち合わせる。
 駅からおよそ10分、痛々しくさびれてゆく商店街から枝道に入ると住宅地に変わる。前夜の雪が道路の脇に寄せられたのを集めて、こどもたちが雪合戦をしていた。ぼくたちを見ると、ひとりが声をかけて休戦してくれた。その先の角からラバネロの店の前で数人が談笑しているのが見えた。住宅街の真ん中にポツリと店があって、売る店ではなくつくる店、自転車好きのあつまってくる場所、STOREでなくSHOPなのだ。

RavanelloMoultonS.jpgClick to PopuP(今回と5年ほど前、二カ所溶接したところがあります)
 小さな女の子が、長毛のミニチュアダックスを抱いて店の前に腰を下ろしている。そのお姉さんとお母さん、そして高村さんが道ばたで話しているのだった。電話をかけておいたので、わがヤレた黒いモールトンが道路際のショウウィンドーの前に立てかけてあった。溶接したところは、肉が金色だ。キャリアの取り付け用パイプが前のやつも同じ色だったのを塗装せずにそのままにしてあるし、できれば今度のところも塗装しないでおこうと思った。

 「自転車を取りに来たのに、ママチャリに子供をのせてきちゃった。」と、子連れのお母さんは嘆いている。前後に子供用シートをつけた自転車に2人を乗せて、道路際に雪の残る道をやってきてしまったのだ。注文した自転車の調整を待っているところなんだという。あたらしい自転車を早く見たい一心で、帰りには自転車が2台になることをすっかり忘れてしまったらしい。

 おかあさんは自転車のそばに行きたくてウズウズしているのに、こどもたちはミニチュアダックスとたわむれて道路で遊んでいるから気が気ではない。ダックスは、毎晩高村さんといっしょに眠るという大事なヤツだし、滅多に来ないとはいえクルマが心配なのだ、おかあさんは。
「うちに子供と自転車をおいてから、また来ようかなあ」と迷い続けている。
「ちなみに、自転車はいくらでできました?」
「27万くらいだったけど、ブレーキを換えたから30万くらいになって、亭主のより高くなったからブーイングなんです」
「でも、自転車は長い間乗れるんだし、車検も保険もガソリンもかからないんだから、長い目で見れば自転車は安いですよ」
「そうですよね。ありがとうございます」
ご亭主は、口では文句を言いながら同じ趣味をもってくれる彼女を内心でよろこんでいるにちがいない。自分がもう一台つくるときの貸しもできたんだ。

 子供用にサドルを低く改造したフレームにRAVANELLOと書かれているかっこいい異形の自転車があった。それを見ながら高村さんに彼女がたずねる。
「こどもたちには、どんな自転車がいいですか?」
「子供には、ああいう普通の自転車がいいですよ。はじめから軽い自転車に乗ると、力がつかないから」と、彼女のママチャリを指さした。
異形の自転車は、子供用に改造した苦心のものであると、masaさんの質問に高村さんが答えた。とはいえ、ペダルを手で回すと、手応えは、なんという快感だろう。ぼくの自転車の手入れが不十分であることをぼくはひそかに恥じた。

 自宅から事務所へは、いつもは高台の足下の道を走るのだが、この日の帰り、ぼくはよろこひをキャリアに乗せて、というよりもうれしさにペダルを押してもらいながらかもしれない、千川通・旧目白通りという高台の尾根道を走り、江戸川橋で低地におりて事務所まで走った。
 帰り道を気持ちよく走ったのは、久しぶりだったことも、無事に自転車が治ったことも理由ではあるけれど、じつは変速機もブレーキもきもちよく調整されていたからでもあった。
前輪に空気が入っていなかったので試乗しないまま、出がけに空気を入れたから高村さんのところではこのことに気づかなかったが、高村さんは黙って調整してくださったのだ。
近いうちに、あらためて感謝のきもちを伝えに行きたいと思う。


■関連エントリー
masaさんは、一日早くこの日のことをエントリーした。もっと興味深い被写体とできごとがあったのだが、とりあえず僕の記念のための写真が選ばれていた。
*玉井さんとモールトン@ラバネロ/kai-wai散策
*ファースト キッシュ と 壊れたモールトンの救いの神/MyPlace

投稿者 玉井一匡 : 01:26 AM | コメント (4)

February 12, 2011

ファースト キッシュ と 壊れたモールトンの救いの神

QuicheS.jpgClick to PopuP

 きのう、初めてキッシュをつくった。
 ネット上にはたくさんのレシピがあるから、4つほどに目を通すと、それぞれに量や材料に違いがあるので、かえってつくりかたの幹と枝葉がわかる。ホウレンソウとチーズは冷蔵庫にあるが卵とベーコンさえ切らしている。生クリームもない。冷凍のパイシートはもちろんない。
 スーパーでシメジが安いのをみつけた。上にはアスパラガスとトマトを飾りたくなった。日本の農業のために野菜は国産を原則にしているけれど、ニュージーランド産カボチャがすこぶる安いのに抗いがたく、ポタージュをつくることにする。売れ残りのワゴンに乗っていたパプリカをサラダ用に。
 ポタージュをつくり、キッシュの中身を用意し、サラダもできたところでパイシートを伸ばしはじめたが、パイ型が大きすぎてパイシートに合わない。やむなく四角形の耐熱ガラスの皿を使うことにした。パイが湿っぽくなったことと丸い形でつくれなたったのは残念だが、味は家族の評判もすこぶるよかった。
 とはいえ、そもそもキッシュをつくろうという気分になったのは、壊れたモールトンに救いの神が現れてうれしくなったからで、ほんとうなら自転車に因んで円型にしたかった。

 以前、リアフォークのチューブが切れたときに代替部品を取り寄せてもらった和田サイクルに電話で相談したら、モールトンは大分まえモデルチェンジしたから今はもうAPBの部品はないかもしれない。それを調べたいから自転車をもってきてほしいというので現物をあずけておいた。
やはり取り替え用のリアフォークは輸入総代理店のダイナベクターにもないと電話があった。

 残念ながら、あずけてある自転車を引き取りに、西荻の和田サイクルに行った。
「溶接するしかないなあ」という和田さんに
「溶接できそうなんですか?」とたずねる
「職人さんの腕によりますけどね。・・・ラバネロか***かなあ?」と、和田さんは店の若い人に同意を求めた。(***は僕が忘れた。)
「前に、キャリアをつけるところがちぎれたのを直してもらったことがあるんで、まずは、そこに行ってみます」と僕は言った。塚原の自宅のそばの店だが、ぼくはもう場所を忘れたので同行してもらっていた。

QuicheRavanello.jpg 桜台の住宅街の真ん中にある自転車屋さんの看板を見ておどろいた。
 なんと「RAVANELLO」と書いてあるではないか。
 車から降ろした自転車を見てもらうと
「直りますよ、中に細いパイプを入れて溶接すれば、前よりむしろ強くなりますよ」平然と請け合ってくれた。
「このフレームは、博士のこだわりなんですね。ぼくなら、ここにこう補強をいれるな」という。捨てる神あれば拾う神だ。もしできないと言われたら、ものは試しだから自分でやってみようと思っていた。中にパイプを入れて接着した外側からFRPで包帯のように巻いてやるつもりだった。アフリカでつくられた竹の自転車を無印良品の展示で見たことがあった。それは、接合部をFRPで巻いてあった。

 あとになってネットで調べると、ここは「タカムラ製作所」というレース用自転車のフレームビルダーで、「ラバネロ」というのはここでつくられるフレームのブランド名であることを知った。いうまでもなく店のあるじは高村さんだ。彼自身が実績のあるトラックレーサーだったが、ロードレースのクラブチーム「スミタラバネロパールイズミ」も運営している。「スミタ」と「パールイズミ」は、スポンサーの名称だ。ラバネロとはイタリア語で二十日大根のことで、練馬大根に因んでつけられたそうだ。サラダにラディッシュを使えばよかった。

 あずけた翌日、携帯に連絡があった。
「自転車の修理ができました。日曜日は店は休みですが、高村はいますからお急ぎでしたら取りにいらしてください」
「もうできたんですか!すごくうれしい。どうもありがとうございました。ぼくはいま新潟にいるので日曜日には行けませんが、できるだけはやく行きます」と答えた。こんなに早く直してくれたのだから、すぐにも取りに行きたいのだが。
高村さん、ほんとうにありがとうございます。

■追記
How to Strengthen Rear Forks:モールトンのリアフォークに亀裂が入るのは、ぼくだけではなさそうで、こういうサイトがある。

投稿者 玉井一匡 : 11:48 PM | コメント (8)

February 07, 2011

李忠成 韓国系日本人

 Lee.jpgアジアカップの日本チームは、未調整での集合から出発し、はじめは先制点を与え、主力の負傷、レッドカード、アウェイのハンディキャップと次々とやってくる困難をすべて乗り越え、韓国とオーストラリアの二強をいずれも延長戦で直接に破って優勝するというこれ以上考えられない劇的な大会にしてしまった。ザッケローニは日本チームに合う、すぐれた監督であることを示した。さらに、この大会の最後を李忠成の美しいゴールで終わらせたことで完璧になった。国代表の試合が、ナショナリズムによる反目でなく、両者を結びつけることができるのを示したからだ。と、思いたいが、ことはそれほど単純ではない。

 日韓共催のワールドカップは、あきらかに日韓の関係を好転させる重要な契機になったが、李のゴールでそれがさらに新しい段階に行くだろうと思うが、それをかえって面白くないと思うナショナリストたちが両方の国にいるらしいことを、週刊誌の中吊り広告で知った。そう考える人間もいることはしかたないとしても、大手出版社の週刊誌の記事がそれに同調しているような扱いをしている。では、韓国のマスコミは李のゴールをどう扱っているのか知りたくなって「中央日報」と「東亜日報」の日本語サイトを開いてみた。

東亜日報では「日本の李忠成、決勝ゴールで英雄になった サッカーアジア杯」という見出しで、写真なしの記事だが好意的に書かれている。中央日報では、大きな写真入りで「“メード・イン・ジャパン韓国人”李忠成にインタビュー」という記事が掲載されている。彼は、かつて18歳以下のチームで韓国代表によばれたが、韓国語がうまくできずにそこでも疎外感を味わう。その後、北京オリンピックを目指す22歳以下の代表に呼ばれた時に日本国籍をとった。インタビューでは、この間のことや李忠成という氏名の文字をそのままに読み方だけ「ただなり」に変えて日本国籍を取得したことについて訊かれている。李はみずからを韓国系日本人と言っているのが新鮮に感じられた。
 この国は、南方の島々やアジア大陸や朝鮮半島からやってきた人類が住みついた島なのだ。人類が日本列島に起源をもつのでなければ、だれもがみんなどこかよそからやってきた。それは日本人が、じつは世界にひろく起源をもっているということだ。ぼくたちの世界がどこまでも拡がってゆくようで、なんともたのしくなるではないか。だれもが、どこか系の日本人なのだ。

 大会後には、イタリアで5連覇中のインテルが長友と移籍契約というエピローグまで用意されていた。できすぎかもしれない。

投稿者 玉井一匡 : 07:47 AM | コメント (4)