April 27, 2011

UFWC:日本は非公式世界フットボールチャンピオン

UFWCTshirt.jpg 先週末にJリーグが再開してベガルタ仙台が1:0の劣勢を逆転して勝つなど、ひさしぶりに日本のサッカーを思い出させた。
 日本はアジアカップで無敗のまま優勝してアジアチャンピオンになり、その結果FIFAのランキングは29位から一気に17位に躍進した。その後は震災のため試合をしていないのに、なぜか先日発表されたランキングでは13位に上昇した。それどころか、じつはアジアカップの前に日本はUFWCの「世界チャンピオン」となり、それ以降いまだ負けを知らないままチャンピオンとして君臨している。

 UFWCとはUNOFFICIAL FOOTBALL WORLD CHAMPIONSHIPつまり「非公式世界フットボール チャンピオンシップ」の略である。日本が世界チャンピオンになったのは、昨年、チャンピオンだったアルゼンチンを降したからだ。写真のTシャツは、UFWCのマスコットである恐竜Hughie(ヒューイーというのだろう)が日本チームのユニフォームを着ている姿がプリントされている、日本の世界チャンピオン記念Tシャツで、ウェブショップで買うことができる。(£12,99 消費税込み送料別)いうまでもないが、日本がチャンピオンである間しか手に入れる機会はない。
 ところで、どうして日本が世界チャンピオンということになったのだろうか。

 サッカーの公式世界チャンピオンは、ワールドカップで優勝したチームがつぎのワールドカップの終わるまでの4年間、世界チャンピオンでありつづける。今はスペインだ。しかし、ボクシングではちょっと違う。世界チャンピオンに挑戦した選手が勝てば、その時点でチャンピオンシップは移動する。
 サッカーでもボクシングと同じようにしてチャンピオンを決めたらどうなるだろうというのがこの非公式世界チャンピオンなのだ。非公式とはバーチャルということ、お遊びということである。・・・では、初代チャンピオンはどうやって決められたのか。

 当然のことだが、歴史上初めて行われた国代表のチームによる試合の勝者が初代世界チャンピオンである。
公式ウェブサイトの「About」に書かれているところによれば、ときは1873年(明治6年)、当時ただ2つしかなかった国代表のチーム、イングランドとスコットランドの試合がグラスゴーで行われ0−0の引き分けに終わった。翌年3月8日にロンドンで再試合が行われ、こんどはイングランドが勝った。したがってイングランドが初代チャンピオンの座に着いた。

 その後、チャンピオンチームと戦って勝ったチームがつぎのチャンピオンになるというのを繰り返し、アルゼンチンに日本が勝ち世界チャンピオンになって以来、アジアカップでは一度も負けなかったので、いまもってチャンピオンの座にあるというわけだ。
つぎは、6月1日ペルーとの試合までは、間違いなく日本はチャンピオンでいられる。それまでの間は、間違いなくこのTシャツが買える。

投稿者 玉井一匡 : 09:22 PM | コメント (4)

April 15, 2011

政府の資料が「原発廃止は可能」を実証している

Genpatsu2003-1S.jpg2003年の原発稼働状況(クリックで全体を見る)

 先日、光代さんから送られたメールに注目すべき資料が添付されていた。
2003年の月ごとの原発運転状況を示す表だ。原発の事故が生じたので、総点検のために多くの原発が停止したのだ。この表を見ると、東京電力の原発の大部分が休止していたことがわかる。

 にもかかわらず、そのころ停電があったとはぼくの記憶にもないし聞いたこともない。今回の停電の結果くりひろげられた騒ぎは原発の必要性を印象づけるために影響の多いところを狙ったのではないかと思ったが、これはその見方があながち間違いではないことを物語る資料だ。そう考えると腹立たしいことだが、べつの見方をすれば、原発の撤廃は大きな犠牲をともなわずに実現できるという希望を抱かせる有力な資料だ。しかも、この表をつくって公開しているのが経済産業省のもとにある原子力安全基盤機構という独立行政法人なのだから、これまで原発を推進してきた経産省も資料の信用性を疑うとは言えない。

 ただし、この2003年の気候がどうだったかをwikipediaでしらべると、10年ぶりの冷夏だったとされていることは頭に入れておくのがフェアだろう。さらに、8年も前と現在では電気の需要が違うという主張もあるだろう。
 しかし、それらを考慮にいれたとしても、冷房負荷を減らすための技術を開発し、同時に生活スタイルの思い切った改善をすれば、暑い夏でも十分に可能な範囲だ。

 今回の事故は想定外の規模の地震と津波に襲われたからだと東電は釈明する。だとすれば、その「想定」の数値が適切だったのかどうかが、これから問題になるだろう。しかし、日本が地球表面をなす4つのプレートの交差点に位置しているからには、それらが動くのは地球にすれば日常活動の一部にすぎないのだから、いつかはそれが大きな地震をひきおこすことは確実なことだ。適切な「想定」について論議したり東電の責任を追及していては、それだけで何年もかかる。
 日本は特殊な地理的環境にあることを考えてすべての原発をやめるべきだ。原子力の技術者研究者の協力と、全国民を挙げての行動がかかせないことを考慮すれば、時間を無駄にするわけにはゆかない。東電に対する怒りをおさめて、原発の廃棄への協力を条件に免責を与えてもいいのではないか。黒人と白人の対立を納めるという大きな目標のために、かつてネルソン・マンデラが示した寛大さを見習うべきではないか。と言うそばから、東電の社長の会見では国が補償の肩代わりをしてくれるだろうと、はなからたかをくくっている様子を見ると、その思いも揺らぎそうだ。

 さて、この表を読み取ろう。東京電力管区の原発は全部で17基。内訳は、福島第一原発 6基、福島第二原発 4基、柏崎刈羽原発 7基。
・このうち、はじめの4月を見ると、福島第6だけ稼働率46.7%だが、ほかの16台はすべて稼働率ゼロ%だ。
・最も負荷の大きいはずの8月を見ても、東電の17基のうち11基が稼働率ゼロ%、1基は0.4%だからゼロに等しい。残りの5基のうち、いまではぼくたちにもすっかり身近になった福島第一の3号機は52.7%で、柏崎の3基と福島第一の6号機の1基だけが100%を記録している。
・同じ50ヘルツの東北電力からであれば融通してもらっているかもしれないので女川の3基を見ると、1基はゼロ%。余裕がないわけではないのだ。

■この表の出典をたどる(削除される前に)
KibankikoReport.jpg2003年の原発の運転状況

 この資料をつくった原子力安全基盤機構とは、経済産業省所管の独立行政法人である。そこがつくってウェブ上で公開している「原子力施設運転管理年報」に2003年の原発の運転状況を示す表がある。このエントリーの冒頭に挙げた表だ。このページに東電の原発がすべてふくまれているが、その次のページを加えれば、この年の日本全体の原発の運転状況がわかる。 こういう資料はいつ削除されるか分からないので、いまのうちに内容を確認しておこう。

「JESのご紹介」:原子力安全基盤機構公式ウェブサイト「JESのご紹介」をひらく→ここの一番上にならぶタグの中から「広報誌・年報」をクリックする
「広報誌・年報」をひらく:ここで公開している広報誌などが7種類ならぶ→「原子力施設運転管理年報」というタグをクリックする
「原子力施設運転管理年報」:平成16年版から23年版までの年表のタグがならぶ→平成16年版「デジタルパンフレット」を選びクリックする
平成16年版「原子力施設運転管理年報」:年報の表紙にたどりつく。とても反応のいいPDF版の資料だ→46,47ページをひらく
2003年の原発の運転状況:この年の日本の原発の稼働率が月ごとに整理され、表にまとめてある。

■原子力関係組織一覧
 テレビには、いろいろな肩書きの「専門家」が登場するが、とりわけ政府機関とおぼしき組織が似たような名称のものが多くて、よくわからない。よくわからないことが大事なのかもしれないが、こちらは分かりたいので比較のために4つの機関を列挙しておく。
原子力安全基盤機構/wikipedia:経産省傘下 公式ウェブサイト
原子力安全・保安院/wikipedia:資源エネルギー庁傘下 公式ウェブサイト
原子力安全委員会 /wikipedia:内閣府傘下 公式ウェブサイト
内閣府原子力委員会/wikipedia:内閣府の審議会(初代委員長は正力松太郎) 公式ウェブサイト

投稿者 玉井一匡 : 12:25 PM | コメント (6)

April 12, 2011

ここが家だ/ベン・シャーン画/アーサー・ビナード構成・文

KokoieS.jpgここが家だ/ベン・シャーン画/アーサー・ビナード構成・文

 MADCONNECTIONでこの絵本を知り、「このような時期に、公営の図書館がしかるべき役割を果たして欲しいと思いました。」(栗田さん)というコメントに共感してすぐに中野区立図書館を検索すると8冊の蔵書があるのにだれも借りだしていなかった。すぐに予約できたが、この時期に、この本を読もうとする人が一人もいないというのは残念なことでもある。

 絵を描いたベン・シャーンは、ぼくたちが学生の頃にはだれもが知っている画家だった。アメリカの月刊誌に掲載されたルポルタージュの挿絵として描かれた絵をもとに「ラッキー・ドラゴン」という連作として発表されたものを、日本在住の詩人アーサー・ビナードが日本語で文章を書いて絵本にした。図書館の分類では児童書のカテゴリーに含まれているが、こどもたちのためという形式をとった詩画集というべきだろう。

 船第五福竜丸でマグロ漁にでかけたが、ビキニ環礁のアメリカの水爆実験に遭遇して放射能を帯びた灰を浴び放射線障害で亡くなった乗組員と船の物語だから「ラッキードラゴン」とは「福龍」の英語訳であることはすぐにわかるけれど、「ここが家だ」というタイトルは、どういう意味だろうか。
巻末をひらくと、著者が引用しているベン・シャーンのことばがある。

「放射能病で死亡した無線長は、あなたや私と同じ、ひとりの人間だった。第五福竜丸のシリーズで、彼を描くというよりも、私たちみなを描こうとした。久保山さんが息を引き取り、彼の奥さんの悲しみを慰めている人は、夫を失った妻の悲しみそものもと向き合っている。亡くなる前、幼い娘を抱き上げた久保山さんは、わが子を抱き上げるすべての父親だ」

 久保山愛吉さんがマグロ漁船という特別な場所にいてこの災難に遭遇したという特別なできごとを描きながら、船という「家」にいた男たちの普遍的な生活が、水爆実験という特殊なできごとによって破壊された。久保山さんを、家でくつろいでいるあなた自身という特別な人に置き換えて考えようとのベン・シャーンの思いをこめて詩人はこの本に「ここが家だ」というタイトルをつけたのだ。

 そもそも核兵器はできるだけ多くの人間を殺すことを目的につくられるものだ。その点で、技術は確実に目的を実現した。だからこそ、オバマは核兵器の廃絶に動き出した。しかし、原子力発電は快適な生活や美しいもの人間の能力をたすけるものをつくることを目的にしている。しかし、それはいま人間の生命と生活をおびやかし、技術にはあきらかな限界があることがわかった。安いとされた原発は、じつはこうした社会的損失を考慮すれば莫大なコストがかかることも実感された。だとすれば、核兵器が、技術の達成したもののために段階的に廃棄されるように、原発は技術が達成できないものがあるのを知ったいま、同じように段階的にであれ原発をなくすべきではないか。

 もし、この事態を原発の修復や耐震強化のような対症療法で済ませ、根源的な危険に眼をつぶるなら、日本はハンディキャップを負って競争相手をあとから追いかけるにすぎなくなり、世界中に原発の数と事故の機会はますます増えてゆく。しかし、これを契機にまず福島原発を廃炉し、以後は原発をやめる方向に舵をきりかえ、電気の消費を減らすよう生産と消費の体制を転換することができれば、エネルギーシステムを変えることで、むしろ世界に多大な貢献ができるだろう。

■関連エントリー
ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸/MADCONNECTION:3つの映像へのリンクも貼ってあります
■関連サイト
BEN SHAHN/ARTCYCHLOPEDIA:ベン・シャーンの作品が見られます(英語サイト)
アーサー・ビナードの著作
第五福竜丸展示館
関西電力「オール電化情報サイト」:東電はさすがにオール電化のサイトを休止したが、関西電力は4月11日現在いまもって公開している

投稿者 玉井一匡 : 05:47 AM | コメント (4)

April 03, 2011

たんぼ沿いの土筆・川べりの桜

Tsukushi2011S.jpgClick to PopuP

 地震であれ津波であれ、自然の尺度では日常的な活動にすぎないものが人間の世界にとってはおびただしい被害をもたらす災害になった。それがまた技術の愚かさを露わにする大きな災難を導いた。それでも、自然は着々と季節の変化をすすめてゆく。
 新潟では、福島から避難してきた人たちを近くの体育館でも受け入れているが、ショッピングセンターではにぎわいも棚の商品も普段と違いがないし、まちの雰囲気も東京のように活気のなさは感じられない。県庁に勤めている隣のTさんにそう話したら、新潟県は全国でも一番多く避難のひとたちを受けいれていると教えてくれた。夜中でも、震度5を超える地震がくれば彼はすぐに県庁に行く。新潟は、災害への備えを日常生活のかたわらにいつも置いているようだ。

 火曜日に新潟から東京に戻ろうとしてバス停に向かっているとき、低い位置にある田んぼと歩道をつなぐ斜面に、まだ多くの草たちが冬枯れの葉をのこしているのに土筆が顔を出し埋めつくしていた。まだダウンパーカーがほどよく感じられるほどの冷たい風にも、春はもうやってきているのだ。
 カメラを取り出して写真をとったから、遅れを取り戻すべく走ったけれどおよばず、あと50mというところでバスが発車して、ぼくは新幹線の予定を一本おくらせた。

Sakura2011S.jpgClick to PopuPSakurasuzumeS.jpg

 金曜の朝、事務所にゆく途中の神田川べりの桜並木が、つぼみを開きはじめていた。いつもの春とおなじように、数本の木からクルクルクルと竹とんぼのように花びらを回転させながら一輪一輪と桜が舞い降りて、道路に春を散りばめていた。ぼくも、いつもの春のように帽子を左手にとって、一輪ずつ花をあつめた。見上げれば、二羽のスズメが枝をあちらこちらと渡りながら花をつついては落としている。毎年のように。

 東北にも、やがてさくらの春がくる。地震と津波がなにもかも奪い去ったが、それでも奪い残したさいわいがいくつかある。これから春に向かおうとする季節もそのひとつだ。桜の花の下にブルーシートを広げて綱を張り大声で酔っぱらう花見は風流からはるかに遠いが、さりとて、津波は天罰だと暴言を吐いた知事が掌をかえすように花見は自粛すべきだなどと言えば、きみにそんなことを言われる筋合いはないと思わずにいられない。
 それよりもむしろ、花と再生の季節に際して、日本と世界の骨格をつくるための大きな目標を提示すべきではないか。自然環境を破壊しない(原子力に依存しない)エネルギー形式、そしてエネルギーやモノを無駄に消費しない生活形式を目指して再出発しようというだけでいい。北国の春をともによろこび楽しむ花見をその出発点としよう・・・そんな発言に多くの人たちが応え、実現のための具体的な行動に立ち上がろうとする。それほどの信頼を得ることのできる人が、どこかにいるはずだ。

■関連エントリー
岩波書店の英断!世界1月号PDF公開/MADCONNECTION 3月28日:世界1月号の『特 集 原子力復興という危険な夢』をPDFで公開しているというエントリー。
ここでは、風力や太陽光発電の可能性についても論じています。
■関連ウェブサイト
「世界」1月号/岩波書店:上記のエントリーからのリンクと重複しますが念のために

投稿者 玉井一匡 : 04:21 PM | コメント (2)