May 31, 2011

原発をやめようとしない人々

Fukushima-2S.jpgClick to PopuP
 福島原発の事故から2月半を過ぎたが不思議でならないことがある。
 この事故によって、もしかすると日本の国土の一部は人間の尺度では永久に近いほどのあいだ農業ができず住むこともできなくなるかもしれない。もし水蒸気爆発が起きれば複数の原発が連鎖して東京も住めないことになるだろう。これまででも、周囲の国にとどまらず世界中に大きな迷惑をかけている。日本国民に対して及ぼしている迷惑ははかりしれない。

 にもかかわらず、これまで原発を推進したり是認あるいは黙認してきた人々の中に「これまでの、原発についての私の考え方は間違っていた。これからは、原発をできるだけ早く廃止するのと平行して自然エネルギーへの転換を進めるために力をつくしたい。」と発言する人が出てこないのはどうしてなんだろう。
そう言うべき人は、政治家も学者も、「ジャーナリスト」も、組織としての大手マスコミも、数え切れないほどいるではないか。
そう言えないのはなぜなんだろうかと、理由をいろいろ想像してみる。

① 原発に否定的な意見は、いまだに読んだことも聞いたこともない。
② 原発の問題点を指摘する説明をきいても、むずかしくて理解できない。
③ これまで原発を推進(賛成)してきたからには、いまさら立場を変えることはできない
④ 電力会社から多額の献金を受けているので、裏切るわけにはいかない
⑤ どんな地震が来ても事故を起こすことのない原発をつくることができる。もちろん、これからの数百年間、どんな地震が来ても廃棄物を安全に保存する方法がある・・・と思っている。
⑥ 外国の侵略を阻止するには核兵器は必要である。そのときのためにはプルトニウムをたくさん用意しておかなければならない。
⑦ 所属派閥の長老が原発推進の先頭を切っていたのに、いまさら逆らうわけにはいかない
⑧ これからも原発をつくり、あるいは続けて行こうとしている国があるのに、日本だけがやめて迷惑をかけるわけにはゆかない
⑨ これから、わが国はアジアに原発を輸出しようとしているところだ。
・・・・・まだまだ、いくらでも考えられるが、これくらいにしておこう

 政府が、中部電力に対して浜岡原発を防潮堤ができるまでの停止しか求めないのは、ベトナムをはじめとする外国へ原発を輸出する商談に菅直人自身もすこぶる積極的だったからだろう。しかし、彼がまだ日本と世界に貢献したいと考えているならこう言えばいいのだ。
「原発の危険性についての私の認識が間違っていた。
しかも、すぐに原発をなくしても、多少の節電をすればやってきえるし、自然エネルギーはすでに原発より安くなっていることを知らなかった」と。
「・・・だから、私が首相として原発の廃止と自然エネルギーの開発に命をかけます。」と続ければ、これまで原発を推進してきた歴代の政府と官僚を批判する優位な立場に立てるだろう。
できればもうひとこと「わたしは、とうてい首相の器ではないが、衆知を結集して原発の終息と被災地の復興のためにつくしたい。いや、これを契機にして、これまでの人類の誤った方向をただす戦いの先頭に日本が立とうではありませんか。それは、人類と地球を救うための第一歩になるでしょう」と言ってほしい。

 しかし、G8の首脳の一部になっただけでうれしさを隠せないでいた人に、それは期待できないように思う。できるなら、G8の場でそう演説したはずだ。だとすれば、脱原発の指揮は、これまで反原発の立場を続けてきた河野太郎にしかできないのかもしれない。
解散・総選挙をせずに野党の党員を首相にする方法はないのだろうか。

投稿者 玉井一匡 : 07:12 PM | コメント (8)

May 17, 2011

原発を推進した人たち

HiroshimanoGenbaku.jpg
 池田香代子さんのtwitterに、彼女の友人が二日前にブログを始めて「広島は福島に謝らねればならない」とエントリーしたことが書かれている。
どういうことなのだろうかと興味をおぼえて、それを開いててみた。
「残しておきたいこと」というタイトルのブログだ。一昨日に書き始めたから、今日は「広島は福島に謝らなければならない(3)」という三つ目のエントリーだった。
 広島生まれではないが長く広島に住み、原爆についてきかれたときには、相手が子供であるときにかぎらず『絵で読む 広島の原爆』という、すぐれた本をすすめることにしていると、この人は書いている。ところが、この本に添えられた年表の記述に「1955年1月 米下院議員、広島に原子力発電所建設提案」とあったのにおどろいて、ブログを書くことにしたというのだった。

 それというのも、戦後間もないこのときは原爆を落とされた広島を原子力の平和利用の出発の地にしようとしていたのであろうが、広島の市長からもむしろアメリカに働きかけたというのだ。
 現在の文脈で言えば、アメリカ人は原爆を落としたうえに原発まで押しつけようとしたのかと腹立たしく感じる。しかし、この広島市長の考え方は、当時にすれば大部分の日本人の考え方だったかもしれない。原子力の平和利用とされた原子炉というものがどれほどの大きな危険をはらんでいるのかなど、われわれはまったく想像していなかった。鉄腕アトムが10万馬力で空を飛んだり「悪い」ロボットと死闘を演じるときには、日本を原子炉の落下と爆発の危険に曝していたんじゃないかと、僕が気づいたのはスリーマイル島事件の起きたあとのことだ。「アトム」の生みの親・手塚治虫は、その後も原発の広告に積極的にかかわっていた。

 正力松太郎や仲曽根康弘などの政治家が先頭に立って原発を進めたのは、視界の半分に利権をとらえていたにしても、エネルギー確保という問題を解決しようという、当時はまっとうな動機も一部にはあったこともたしかだろう。出発点では同情に値するかもしれない。
しかし、今回の事故が生じた後になってもなお読売新聞はいち早く朝刊の一面に仲曽根康弘の意見を掲載した。そこで彼は、事故を克服して原発をすすめるべきだと主張している。

Koide*Ohashi.jpgプルサーマル原発の是非をめぐる討論(2005)の映像(3/3)

 東大大学院教授である 大橋弘忠氏(システム量子工学専攻)は、原発の危険の可能性について十分に想像できる現代にありながら、あえて原発を推進する論陣を張ってきたようだ。さいわい、2005年に開かれたプルサーマル原発の是非を問う公開討論で、小出裕章氏との論争がYouTubeで見られる。(左上の写真をクリックしてください)この映像は2012年6月2日現在 削除されている
 こういう映像を、きちんと公開できることでYouTubeは世界を変える有力な武器になるだろう。ここでぼくたちは双方の論議そのものの正否を判断できるばかりでなく、周囲の人間を見下したような大橋氏の態度が、科学者としていささか見苦しいものであることも映像によって感じ取ることができる。

 二酸化炭素が地球温暖化の原因であるとする理論が、原発を再び推進する論拠になってきたが、それは原因の一部分に過ぎないとする見方がある。二酸化炭素の影響を否定するわけではないが、長期的に見れば地球は小氷河期からの回復過程にあり温暖化はその要因が大きいとする考え方である。ぼくは、むしろその説の方に理があると思っているが、いまふたたび温暖化についての論議を深化して、YouTubeやUSTREAMで公開してほしい。

■敬称について
上記の記述で、人名に敬称をつけている人がありながら、場合によっては省いている。省いた人は、すでに歴史上の人物であるからであって、好き嫌いや善悪で区別しているわけではない。大橋氏は、実在の「プルト君」としてプルトニウムは飲んでも大丈夫だと上記の討論でも主張し、原子力推進に影響を持つ人であり敬称をつけている。しかし、大橋研究室のサイトには、なぜか研究テーマの中に原子力発電の推進が書かれていない。みずから原発については歴史上の人物たらんとしているのかもしれない。

■地図
玄海原子力発電所/Googleマップ

■討論
プルサーマル原発の是非を問う公開討論/YouTube(1/3)
プルサーマル原発の是非を問う公開討論/YouTube(2/3)
プルサーマル原発の是非を問う公開討論/YouTube(3/3)(上記のものと同じ)
■関連エントリー
「正しく知る地球温暖化―誤った地球温暖化論に惑わされないために」/MyPlace
「二酸化炭素温暖化説の崩壊」/MyPlace

投稿者 玉井一匡 : 10:00 PM | コメント (2)

May 05, 2011

原発作業員のために「自己造血幹細胞」を保存しておこうという提案

SaveFukushima-50.jpgClick

 福島第一原発の後始末をしている作業員(フクシマ50)の生命をまもるための提案への賛同を、虎ノ門病院の医師団がウェブサイト「Save Fukushima 50」で呼びかけている。
福島原発で作業しているひとたちが、多量の放射線をあびるような不測の事態に遭ったときのために、本人の「自己造血幹細胞」を保存しておこうというのだ。
すこぶるもっともな提案だとぼくには思われるが、関係者や専門家たち日本学術会議には反対意見があって実行に移されないという。
詳しくは上記のサイトに書かれているので、クリックして読んでみてください。

 それにしても、これに反対する人があるとは、どういうわけだろう。
おそらく、反対する理由は *それほど危険な作業をさせていると受けとられたくないこと *作業員だけでなく際限なく多くの人たちに範囲がひろがり東電に巨額の費用が請求され、それが他の責任にも及ぶことを恐れていること。 この2つくらいしか考えられない。患者となる可能性のある人たちのことを優先するべきなのに、会社の利益が先ずはじめに来ているのだろう。自分のいのちを危険にさらして、この島国、地球をまもろうとしているひとたちなのに。

 放射能を浴びると血液をつくる能力が損なわれる。そのときに「造血幹細胞」を血液に入れて血液をつくる能力をたすけ回復させる。しかし人間にそなえられた免疫力は、細菌や他人の血液が入れると、それを侵入者とみなして身体は猛烈な攻撃を加えて排除する。
だから免疫力を抑える薬を投与しなけれならないが、それは同時に感染症に対する抵抗力をなくすなどの副作用が大きい。だから、できるかぎり患者の血液に近いものを使うため、近親者や血液のタイプの適合する人を探さなければならない。しかし、それはとても難しく時間のかかることだ。
 だったら、あらかじめ本人の血液から必要な成分をとりだして保存しておこうではないかというのが、この提案なのだ。

■この提案についての日本学術会議の見解があった
 日本学術会議は公式ウェブサイトで「学術会議とは」と自己規定している。そこでは次のふたつを目的としている。
 ・科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。
 ・科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。
だとすれば、この提案を却下したことは、これが「実現をはかるべき重要事項」ではないと判断したわけだ。
したがって、PDFで「原子炉事故緊急対応作業員の自家造血幹細胞事前採取に関する見解」を表明して、自家造血幹細胞事前採取は「事前に採血保存することは不要か つ不適切と判断する。」と書いている。そのような危険な事態を招くような危険な環境ではないと言うのだ。
わずかひと月前に「想定外」の地震や津波におそわれたことを、この学者たちはもう忘れたのだろうか。

■追記:5月5日朝刊には朝日新聞でさえ、現場で働く人たちの待遇がひどいという記事を社会面の半分近くをつかい「原発作業 もういや」という大きな見出しで載せている。
ネットでは、すでに伝えられていた情報だが、体育館で寝泊まりをさせられていて滅多に風呂にも入れないとか、自身が津波や地震の被害者である人もいるから、休みの日には避難所にいる家族のもとに帰るのだが東電の社員だということで白い眼で見られるというまったく割の合わない待遇を受けているというのだ。
しかし、これもなぜかAsahi.comにはいっさい記述がない。
■関連エントリー
Save Fukushima 50/aki's STOCKTAKING

投稿者 玉井一匡 : 08:59 AM | コメント (4)

May 04, 2011

XL by XS

XLbyXSS.jpgClick to PopuP
 連休の合間、快晴の朝に自転車を走らせていた通勤の途中、クルマの脇で信号待ちをしているあいだに、うしろから歩いてきた二人連れに追い越された。
1m90cmをゆうに超えていそうなけれどもおだやかなまなざしの若者と、腰の曲がったちいさくなった老人。
歩道にはほかに人はいないのだけれど、そのとき若者は老人の背中にわずかなすきまをおいて右手をのばし、彼女を護ろうとしているようだった。老人の背中の大部分は前に大きく傾いているのに。
 若者はくすんだ空色のジャンパーを着て、サンダルを引っかけた素足は踵が大きくはみ出している。お年寄りは、杖をついて和服に草履。T字路の信号を渡って、ぼくは川沿いの細い道をゆくつもりだったがふたりは左折して行ったので、ぼくも自転車を押して左にまがった。

 とてもすてきなうしろ姿だったから、ぼくは慌ててバックパックからカメラをとりだした。こういうときには、折りたたみ式ディスプレイの小さなカメラはいい。ことさらにカメラを構えないでいいから、被写体に踏み込まないですむのだ。
 ぼくは橋の上から見ていると、ふたりは近くのバス停で立ち止まった。彼女をバスに乗せて、若者はいえにかえってゆくのか、それともどこかへお出かけする先まで一緒にいくのか、ふたりはどういう関係なのか興味津々だったが、被疑者を尾行する探偵じゃあるまいしと、自転車にまたがってそこを離れた。

 信号のない裏道を走りながら、ぼくは二人の様子を見ていて感じられたものをたぐり寄せていくと、あいつとちょっと話してみたかったなという心残りの中に、アメリカンフットボールやアメリカ軍のようなものが浮かんできた。
ShiawaseKakurebaS.jpgClick to PopuP
 去年見た「幸せの隠れ場所」という映画の気配が近いようだ。巨体をもちながらさしく内気で、しかし運動能力のずば抜けた若者を自宅に引きとって、フットボールのオフェンスガードとして育てるという物語で、サンドラブロックが、アカデミー賞の主演女優賞をもらった。あとになって映画の公式ウェブサイトを見ると、ふたりが似たようにならんだポスターの写真があった。そこでは護るものと護られるものが逆になっている。

 自分の撮った写真に、想像の先にあるものをたぐり寄せる糸口がもうひとつある。彼のジャンパーに書かれていた文字「USS MIDWAY CAPTAIN'S CUP 1ST PLACE」だ。wikipediaには「USS」は、組織の略称として8つあって「United States Senate」や「United States Steel Corporation」なんてものもあるが、どうも似合わない。
しかし「USS may also refer to:」として11項目がある。その中のひとつを、これにちがいないと思った。「United States Ship, typically as a ship prefix in the United States Navy (includes submarines)」:「合衆国の艦船、とりわけ合衆国海軍の艦船(潜水艦を含む)の名称の頭につける」だ。これなら「CAPTAIN'S CUP 1ST PLACE」にぴったり合う、「艦長杯優勝」ということだろう。何で優勝なのか分からないが、おそらくフットボールだろう。

 なるほど。  つぎは「MIDWAY」だ。
「USS Midway (CV-41)」の項目がある。航空母艦の名称のようで、日本語版wikipediaの記述もある「ミッドウェイ (空母)」という項目だ。 ミッドウェイは、1945年3月に進水、1945年9月に就役だから日本とは戦っていない。大西洋艦隊、第7艦隊に配属されベトナム戦争へゆく飛行機の根拠地になり、ベトナム戦後に横須賀を母港としたこともあった。現在はサンディエゴで「USS Midway Museum」:ミッドウェイ博物館になって余生を送っているという。サンディエゴに行くことがあれば動物園を見たいと思っていたが、これも面白そうだ。学生時代のぼくたちが目の敵にしていた米軍のベトナム攻撃の拠り所だったわけで、あの悪名高いチェイニーが退役まえのスピーチを送ったそうだ。(ミッドウェイ博物館の地図/GoogleEarth)

 そうそう、彼のジャンパーの胸にあった「CAPTAIN'S CUP FIRST PLACE」ってなんだろう。WINNERでなくFIRST PLACEであるのは、どういう場合なんだろう。
いつかまた、会うことがあるかもしれない。そのときは、初対面ではないから、話をしてみよう。日本語だってできるんだろう。もしかすると、あの護られていたひとが英語をしゃべるのかもしれない。

投稿者 玉井一匡 : 08:36 AM | コメント (0)

May 01, 2011

「朽ちていった命―被曝治療83日間の記録」

KuchiteittaInochi.jpg「朽ちていった命」-被曝治療83日間の記録 /NHK「東海村臨界事故」取材班/新潮文庫

 小出裕章氏は、先にエントリーした講演の中で2枚の写真を見せて、この本と事故について触れている。
 1999年9月30日、燃料をつくる作業の途中でウランが臨界状態に達して放射線を発し、作業をしていた人たちがそれを浴びた。この本で焦点をあてる大内久さん(35歳)は83日後に、もうひとりの篠原理人さん(40歳)は211日後に亡くなった。小出氏が見せたのは大内さんの腕の、事故当日と10日後の写真だ。当日は、ちょっと腫れているという程度だったものが、10日後には皮膚がすっかり剥がれている。原爆の被災者の皮膚がごっそり剥げ落ちるという記述は、何度か読んだことがある。それが、日常的な作業の過程で原爆とおなじことが起きたのだ。劇映画でさえ、ぼくは残酷なシーンでは目をつぶることが多いが、写真を見てこの本を読まなければならないと思った。
大内さんと治療に当たった医師団そして家族の、おそらくは敗北におわることを自覚した戦いを描いたドキュメンタリー番組をNHKが制作し、それを本にまとめたものだ。

 小出氏の話によって、原発が事故を起こせば想像をこえる広大な範囲に被害をもたらすこと、しかし、じつは原発をやめることは可能であることをぼくたちは知った。そしてこの本で、被曝したひとが想像を絶する苦しみを強いられた挙げ句に、たったひとつの命を奪われることを知る。

 福岡伸一の「生物と無生物のあいだ」は、生命とは何かという命題について納得できる説明をしてくれた。生物は、摂取したものを分子レベルまで解体して、それをあらたな細胞として構築してみずからを更新しつづけているのであると。

 放射線によって遺伝子をこわされれれば、細胞を再生産することができなくなる。とりわけ皮膚や粘膜、血液のような新陳代謝の活発な部分が機能しなくなるのだ。皮膚を「第三の脳」と呼んだ本も、かつて生命について新たな眼を開いてくれたが、大内さんは、放射線を受けなかった背中が健康な状態でありながら、照射された身体の正面は皮膚が再生産できなくなり、表皮のない状態のまま表面から体液が失われていき、体内への侵入者とたたかう細胞や血液をつくることができなくなった。細胞の再生産と外敵の排除という、生物の根幹をなす機能がうしなわれたのだ。
この事故の、大内さんの被曝量は20シーベルトとされた。

 何億年もの進化を経てつくられた、巧妙精緻のかぎりをつくした生命というシステム、それを含む自然というさらに大きなシステムを、ただ大量にお湯を沸かすというだけの単純きわまりない目的のためにつくられた原子炉という巨大な道具のために無残に踏みにじられるのだ。大規模な爆発が生じれば、何万の人間が大内さんの苦しみを味わう。あまりの不条理というものではないか。こんなものをつくり続け使い続けることは、どうみても間違っている。

■ 関連エントリー
小出裕章氏の講演とインタビュー/MyPlace
「生物と無生物のあいだ」/MyPlace
「第三の脳——皮膚から考える命、こころ、世界」/MyPlace

■ 関連ウェブサイト
高木学校:原子力の危険性について警鐘を鳴らし続けてきた高木仁三郞氏が科学教育のために設立した。そのホームページでは、放射線量は1ミリシーベルトをこえてはならないと訴えている。
よくわかる原子力/原子力教育を考える会・持続可能な社会をめざして・・・・
東海村JCO臨界事故/wikipedia
シーベルト/wikipedia:すっかりお馴染みになった単位だが、なにをどう表示するのかと考えるとよく知らないことに気づいてwikipediaをひらく。
生体の放射線被曝の大きさの単位だから線種によって重さをつけているのだ。通常の行為で受ける被曝量のリストがwikipediaに出ていて、単位はミリシーベルトで表記されている。
CTは7-20ミリシーベルトとなっている。だから現在の放射線量は大したことはないという文脈で語られるけれど、医療現場では「屋内待避」するほどの放射線を浴びせているという言い方もできる。
大内さんの受けた20シーベルトは20,000ミリシーベルトだから、とんでもない被曝をしたわけだ。

投稿者 玉井一匡 : 06:00 PM | コメント (0)