June 21, 2011

神の火

Kaminote.jpg神の火/高村薫/現在は文庫/新潮社

 いつものように、表紙の見返しに書かれた短い解説さえ避けて読みはじめた。とはいえ、サスペンス+スパイ小説であることは知っていたし、「神の火」というタイトルが原子力を意味することは容易に想像がつく。どのみち2,3ページも読めばすぐに原発をテーマにしていることがわかるのだから、すこし背景について書いてしまおう。

 あえて規範から逸脱することをおそれない、にもかかわらず、ひとに深い愛情を持つことのできる男たちを著者は共感をもって描写するので、男たちはそれぞれ魅力に満ちている。
2段組で325ページにおよぶ厚い本は、原発をテーマにして今から20年前、9.11から10年も前、ソ連が崩壊した年に出版された。小説の中では、巨体をもてあまして余命いくばくもないソ連が、肩で息をしている頃らしい。

 冒頭の、巨大な建築物の工事現場の描写をちょっと読めば、いまのぼくたちにはすぐに原子力発電所であることがわかる。さっそくGoogleマップを開き地図モードで「音海(おとみ)」というキーワードを打ち込むと、若狭湾の中に複数の半島が延びてつくりだしている小さな湾のひとつにぼくたちは跳ぶ。
 おだやかな水面に浮かぶ生け簀、繋留された漁船、潮の香り、地図を見るだけでうっとりするような湾がつらなる。原発は、かならずそういう美しい海を狙ってやって来るらしい。音海のある半島の根元に関西電力の高浜原発がある。

TakahamaNS.jpg高浜原発:Click to Open GoogleMap
 モードを航空写真に切り替えると高浜原発の施設が見える。拡大してゆくと、これが平時の原発なのだと気づくが、ぼくは水素爆発したあとのとっ散らかった原発にばかり関心をもっていたのだ。半島の東西の湾に水路がつながっているから、一方が冷却水の取り入れでもう一方が排出用の水路なのだろう、ふたつの水路が半島を横断して根元で断ち切っている。水路の泡立ちで、西側の内浦湾が排水口であることがわかる。原発は健康だが、じつは半島と湾は根本で断ち切られている。おそらく住民の間にも険しい対立をつくりコミュニティを分断したのだろう。

 「神の火」は、この原発をモデルにしているに違いないが、「音海原発」はこの敷地のすぐ北あたりに位置する。小説には地形が具体的に書かれているから、GoogleEarthを見ながら読まずにいられないのだが、そのあたりを写真モードで見ようとすると、なぜか白い雲におおわれている。事故後にGoogleマップを曇り空にするようだれかが要請したのだろうか。あるいはもっと早く手を打ってたのだろうか。
 原子力発電所内部についても詳細な描写があるから、平面図をおおざっぱに書いて見ながら読んでいきたいところだが、ストーリーを追いたいスピードにとっては、そんなことをしている余裕がない。またあらためて原発研究のために音海原発にもどることにした。

 巻末にはこう書かれている、「1991年8月、単行本として刊行された『神の火』は、文庫化にあたって全面的に改稿が施され、単行本は絶版になった。本書は文庫判を底本として、新潮ミステリー倶楽部の一冊として新たに刊行したものである。」と。
高村薫は改版するときには原稿に手を入れるひとであるとは聞いていたが、そのときに電力会社や経産省からの「強い要望」があったのだろうか、出版社の自主的な政治的配慮もはたらいたのだろうか。興味はつきない。

 このひとはジョン・ル・カレが好きなんだろうなと思いながら読んでいたが、図書館で手に取ったジョン・ル・カレのスパイ小説の腰巻きに、高村薫の言葉があった。
 たしかに、ベルリンの壁がなくなってから、ジョン・ル・カレもフリーマントルも読んでいて緊張感を失った。にもかかわらず、今になってもこの小説が緊張感を持って読めるのは、北朝鮮がまだあいかわらず生きているからでもあり、それにもまして「核」が冷戦構造と同じくらいの断層、ベルリンの壁のような排他的な閉鎖社会をつくり暗黒を抱えこんでいるからなのだろう。

投稿者 玉井一匡 : 01:00 AM | コメント (1)

June 16, 2011

市民グループ『みんなで決めよう「原発」国民投票』のよびかけ

VotePeaple.jpgCLICK →『みんなで決めよう「原発」国民投票』公式サイト

 朝日新聞は、ぼくのまわりでは近ごろつとに評判が悪く、どんどん購読者を減らしているのだが、その朝刊に 「脱原発2人 削減9人 知事アンケート 32人明確にせず」というなさけない結果を伝える記事があった。全国の知事に今後の原発の可否を問うアンケートをおこなったところ、「やめる」が2人、「へらす」が9人、31人が「どれでもない」もしくは無回答だったという。撤廃と答えた山形と滋賀の知事はいずれも女性知事だということは注目すべきだろう。さすがに増やすという回答はなかったようだから、原発推進派の都知事は無回答だったのだろう。息子の石原伸晃が代わりにイタリアの国民投票の結果を「集団ヒステリー」だと言いはなった。

 福島をはじめとする日本中が放射能におびやかされているのを見れば、たとえこれまで原発推進だったとしても、今までの間違いを自己批判して原発廃止のために力を尽くすと宣言する政治家が出てきそうなものではないか、いっこうに現れない。彼らは、有権者が何というかひたすらに風見鶏を決め込んでいるに違いない。だとすれば、国民の意見を目の前につきつけるしかないだろう。

 ちょうど昨日6月14日、菅原文太が記者会見を開き、原発の是非を問う国民投票を行う立法措置をすすめる運動を立ち上げたという記事がネットにあった。呼びかけ人には湯川れい子、落合恵子などのほかに一水会の鈴木邦男なども加わり、賛同人には谷川俊太郎などがいる。この問題に、左翼も右翼もない。

 このような原発の事故を起こしたのは、自民党を中心とする政治家と電力会社、それに群がった諸産業、大マスコミ、そして東大をはじめとする大学の推進派研究者だ。政治家を、今も動かす官僚もいる。それに対して、孫正義が先頭に立って自然エネルギーの活用に踏みだそうと提案し、ふつうの国民が参加する6.11デモが成功し、こうして国民投票の提案がなされるようになった。近頃の日本人の行動としてまれに見る主体的な動きが出てきたのは、実は、なさけない行政府の存在のおかげかもしれない。彼らはみずからの判断のもととなるべき思想を欠いているのだから、「国民の声」があればよろこんでそれに身を委ねるつもりだろう。

 今日、「国民投票 菅原文太」でもう一度検索してみると、すでに『みんなで決めよう「原発」国民投票』というサイトがつくられていた。
そこには、下記の3項目があって、この国民投票までのスケジュールに加えて選挙法案まで示されている。
【みんなで決めよう「原発」国民投票】の紹介
「原発」国民投票実現スケジュール
 国民投票の実施手続市民案

 これは、単にネット上でアンケートをとって圧力を加えようというのではない。もう一歩踏み込んで国会が認めた公式の「原発」国民投票をできるように、法改正をおこなおうではないかというよびかけである。憲法を改正する国民投票のための法改正だけは、2010年5月ひと足先にちゃっかり行われている。この国民投票の法案はそれを参考にしているそうだ。

■関連ウェブサイト
さようなら原発1000万人原発アクション公式ウェブサイト

■追記 1
*NHKによるもうひとつのアンケートに答えよう/iGaさんのコメントより
KokumuntohyoNHK.jpg Click→NHKスペシャルのアンケートへ
NHKスペシャル「”フクシマ後”の世界」〜私たちは原発とどう向き合うのか〜という番組のために、原発についてのアンケートを求めている。

■追記 2
*「原発廃炉推進が82% 全国世論調査、3人に2人新増設反対(中国新聞)」/iGaさんのコメントより
上記の朝日新聞に書かれている首長の回答や石原伸晃の発言は、ふつうのまともな国民感覚とは大きな隔たりがあることを示している。
原発廃炉推進が82% 全国世論調査、3人に2人新増設反対/中国新聞オンライン

投稿者 玉井一匡 : 10:45 PM | コメント (15)

June 13, 2011

「6.11新宿 原発いらないデモ」

Nonukes-VW-SS.jpgClick to PopuP
 これまで週末ごとに何度も脱原発のデモがあったのに、ぼくは一度も参加することができなかったが6月11日はあの日からちょうど3ヶ月。原発から自然エネルギーへの転換と地震・津波による破壊からの回復には、まだ長い時間がかかるだろうが、それを忘れないためにも、この「6.11 脱原発100万人アクション」という行動には参加したいと思った。

 この日、東京だけでいくつものデモが計画されていた。ぼくは1時から4時まで新宿にいるがそのあとにしか参加できないので、3時に新宿中央公園を出発する「6.11新宿 原発やめろデモ」に途中から加わることにした。最後尾が集合場所を出るまで1時間かかるくらいの参加者はいるだろうと期待した。前夜、帰り際にプラカードをつくるためにA3の用紙にTEPCO印を加工した。

 AKi  iGa Matz 諸兄、 tacも新宿のデモに参加することは前夜に聞いていた。Yumから「いま、中央公園にきたらtacさんとmasaさんに会った」とメールが来た。masaは、このところずっとこの活動を撮っている。4:20ころiPhoneで連絡をとるとAKiさんたちはもう終点のアルタ前に着いたというので、Yum、tacたちがいるというヨドバシカメラの前あたりで隊列に加わることにした。
 道路の左端を歩くようにという警官の指示にしたがう、シュプレヒコールを叫びはしない、ヘルメットもない、機動隊の盾も催涙弾もない。しかし、大組織による動員をかけたわけでもないのに、三々五々あつまった人たちは大部分がひとりひとりの意志や友人たちと声をかけてやってきている。それをつないだのはインターネットだ。

6.11DemoS.jpgClick to PopuP
 途中からAKiさんたちがもう一度くわわって行き着いた終点のアルタ前には、どんどん人が増え、あふれるようになって定常状態に達している。警官が張ったヒモの外に出ると、もう戻れない。延々と続く軽快なパーカッションにあわせて「原発いらない」「今すぐ止めろ」「子供が大事」「命がだいじ」「命を守れ」と声をかける。中央でエイサーのように踊る人がいる。ビラを配る人がいる。ギターと歌でなくパーカッションと踊りであるのは、この集団にまだ歌ができていないからなのだろうか。しかし、鳴り続ける打楽器が気持の底に潜むものを騒がせて、立ち去りがたかった。フォーク集会の40年前から進化したのか、もう一度発生と進化をくりかえすのだろうか。どこかではきっとラップなんだろう。

 だが、それにしても学生らしき年頃の連中が少ないのはどういうわけだろう。いちばん時間が自由になり、ものごとを考える年代であり、これから放射能の影響を受ける年代だというのに、どこにひそんでいるんだ。就活にマイナスだと考えているなら、放射性物質のせいにしてマスクをかければいいじゃないか。代わりに、ボランティアで東北に行ってるのかもしれない・・・マラカスの中の小さな粒たちのように、たくさんの思いがあちらこちらを行き来した。

 Yumからのメールで、Isくんと東口地下のベルクにいるというので合流。
近頃の大学は、立て看を出したり学生会館に政治臭のあるがあようなところには金が出ないという管理システムができたので、学生たちはどうしようもなくなっているんだと、10年前には学生だったIsが嘆く。大学のありかたも大手マスコミと同じ構造、同じ振舞いなのだ。大学には国や企業の補助金や研究費があり、マスコミには企業の広告費がある。社会を変えようとするときに先頭に立つべき大学と報道が、世の中を変えたくない側にしがみついているわけだ。

 こんな危機的な事態におちいりながら、大学もマスコミもみずからの意見を示そうとしない。システムが大きくなればなるほど、ひとりひとりはわずかな部分しか感知も関与もできなくなる。そうしているうちに巨大なシステムは勝手に動き出し、やがて大きな破綻をきたす。そのときにはもう、ひとりひとりには手の出しようがなくなっているのだ。ぼくたちはもう、大学や新聞やテレビに多くを、あるいは深いものを期待しない。

 いま、原発というシステムが不合理きわまりないものであることが明らかになってきているのは、実はさいわいなことかもしれない。原発という産業資源がいかに巨大とはいえ、ぼくたちの国家そのものや世界全体の経済や支配のシステムからすれば小さく、理解もしやすい。世界の抱える矛盾を可視化したものが原発なのだ。世界をたてなおすためには、これを解決することは第一歩にすぎないが、それを足がかりに文明の大転換を実現しなければ、人間という種の寿命は遠からず尽きてしまうだろう。

■関連エントリー
6.11 新宿・原発やめろデモ!!!!!/aki's STOCKTAKING
6.11脱原発100万人アクション/MADCONNECTION
6.11新宿 原発やめろデモ (前半)/kai-wai散策

 

投稿者 玉井一匡 : 07:28 AM | コメント (2)