November 19, 2011

「ハーブ & ドロシー」

HerbDrothy.jpg「ハーブ & ドロシー」:アートの森の小さな巨人/監督・プロデュース 佐々木芽生

 ハーブとドロシーのヴォーゲル夫妻は現代美術有数のコレクターである・・・とは、この映画で知った。このドキュメンタリーフィルムを観ているあいだ、ぼくの体中には温かくおだやかなうれしさと痛快さが満ちてきて、最後までそれは引くことがなかった。

 常盤新平がニューヨークのバーで飲んでいるときにバーテンダーにきいたという話をエッセイで読んだことがある。「ビジネスマンが飲んでいるとアートの話題になるんだが、アーティスト同志だと金儲けの話になる」というのだ。ニューヨーク在住の絵画のコレクターといえば、おおかたは並外れた大金持ちだ。
 ところが、この小柄なふたりは経済的にはまったく「普通のひと」でありながら、アートへの思いの強さ深さ、作者とその仕事に対する接し方がすてきに型破りであるし、売買で儲けようなどという気はさらにない。ひとに見せて自慢しようという気もまったくなさそうだ。好きなものを見つけ出してそばに置いておくだけでいい。そのコレクションときたらさまざまな意味であきれるばかりだ。どんなぐあいにしてそんなことになったのかを、書きたくて仕方ないのだが、この映画を観る楽しみを奪わずにおきたい。

 夫ハーバートは 1922年生まれ、ハイスクールを中退してから1980年に退職するまで連邦郵便局に勤務して仕分けのしごとを続けた。妻ドロシーは1935年生まれ、大学院修士課程を修了、ブルックリン図書館(Brooklyn Public Library)の司書として勤務した。ニューヨークのど真ん中のワンルームのアパートメントに同居するのは、わがもの顔にふるまう猫、水槽の中を徘徊するアロワナ、数匹のカメ。そしてなによりもおびただしい美術品のコレクション。

 もともと美術が好きだったハーブと、結婚してから美術に踏み込んだドロシーは、一緒にニューヨーク大学の講座で絵を学び描くようになったが、やがて鑑賞と蒐集に専念する。以来、ふたりはいつも手をつないでギャラリーをのぞき、アーティストのスタジオを訪ね、電話で様子を聞き、歩きまわる。妻の給料で生活をまかない、夫の稼ぎはすべて作品の購入にあてたということくらいは言ってしまおう。そういう暮らしをするなら、ニューヨークという街に住めば楽しくて楽しくてたまらないことだろう。
 映画の大部分が、このふたりと現代美術のアーティスト、美術館のキュレーター、批評家などのインタビューと会話によって構成されている。二人が大金持ちでないにもかかわらずこんなコレクションをつくり、アーティストたちと特別な世界を築いたというのではない、むしろ普通の立場にある人だからこそできたのだと気づく。ただし、傑出した鑑識眼をそなえている。同じように、この監督はアジア人の、しかも若い女のひとだから彼らの世界に踏み込むことができ、こんなドキュメンタリーフィルムを撮ることができたのだろう。

 残念なことに、劇場上映を見逃してしまったので、ぼくはWOWOWの放送をダビングしたDVDで見たので、機会があればこんどは劇場で見たいと思っています。

■関連ブログ
『ハーブ&ドロシー』/お江戸から芝麻緑豆/ こももさん
■関連ウェブサイト
NATIONAL GALLERY OF ART :ワシントン 国立美術館公式ウェブサイト
Herbert and Dorothy Vogel/Wikipedia:寄贈した美術館、作品を購入したアーティストの膨大なリストがすごい
BROOKLIN PUBLIC LIBRARY:ドロシーが勤務したブルックリン図書館ウェブサイト
■関連エントリー
「美の猟犬」と安宅英一の眼/MyPlace:安宅英一とヴォーゲル夫妻は、まったく立場がちがうけれど、気に入ったものに対する情熱の燃やし方には通じるものがあると思うのだ。

投稿者 玉井一匡 : 02:10 AM | コメント (6)

November 13, 2011

「Steve Jobs 」英語版が届いた

SteveJobsatHomeS.jpgClick to PopuP
 大きい、厚い、しかし軽い。キッチンスケールで計ってみると英語版990g日本語版2冊合計985gで、ほとんど差がない。「Steve Jobs 」の英語版がやっと届いた。
 表と裏の表紙の見返しは、見開きで全面にジョブズが書斎の机の前に座っている同じ写真だ。机の上のiMacのディスプレイの中では、妻のローリーンが息子のリードの肩に腕をかけて笑顔がこぼれている。サンダルを履いたジョブズは椅子を下げてうしろに寄りかかっていて、黒のタートルをパンツインといういつもの姿で、デスクトップには目の前に愛用の眼鏡、右端には小さな箱が無造作にかさねられている。彼のボブ・ディランへの傾倒ぶりからすれば,この箱はブルースハープが入っているのではないだろうか。ディスプレイの上にはiSightカメラがついているし、SKYPEで2人と話しているという風情だ。こういうジョブズがあったのかと感じさせるいい写真だが、日本語版では下巻のとびらの「スティーブ・ジョブズ Ⅱ」という文字の下に小さく印刷されているにすぎない。同じ写真でも、扱い方ひとつで伝わるものがまったくちがうことがよくわかる。

 日本語版を初めて手にして開いたとき、ぼくは内容を読む前にデザインを不満に思った。表紙は英語版に日本語を加えたくらいのことだからそれほど悪くなりようがないが、目次と本文のページがどうにも間が抜けているし、写真はそれ自体ひと昔前の新聞のようなぼやけた代物であるうえに文字との関係もしまりがなくて愛情をこめてつくった本にはとても感じられず、読者であるぼくの方も愛情をいだけない。著者と主人公の国でつくればまさかこんなものにはしないだろうから、やはり英語版がほしいと思った。おおよそは、先に届いていたAKiさんの電話でうかがっていたが、日本語版と英語版は大違いだった。しかも、むこうは値段が安いんだ。:英語版 2,131円、日本語版上下合計3,990円なのに、日本語版は内容を省略、デザイン省力、編集簡略なんだから、為替格差のせいにはさせない。

 日本のamazonで1,400円台のペーパーバック版を見つけて注文したが、数日経っても発送通知のメールが来ない。amazonを見直すと、スペイン語版であることがわかった。あわててキャンセルの手続きをすると、さいわい間に合った。それからまた数日経、発送のメールが来ない。こんどは、まだ注文手続きを完了していなかったらしい。三度目の正直の注文をすましてやっと届いたのだった。
 日本語版を読み終わると、ありったけの力をそそぎ製品を生み出したジョブズの生涯を描く本を、こんなもので済ますはずがないと思ったとおり。日本語版は多くを省いている。aki's STOCKTAKINGにあるように、「ACKNOWLEDGMENTS(謝辞)、SOURCES(出典)、NOTES(覚書)、INDEX(索引)、ILLUSTRATION CREDITS(挿絵クレジット)」それに登場人物リストも削除。英語版の写真ページは紙質も印刷もきれいで文章のページの間にあるが,日本語版は文字と同じ紙に印刷して巻頭にまとめる。さらに、英語版では各章のはじめにあるスティーブの写真も日本語版では捨ててある。

 もうひとつ、理由の分からない違いがあるのに気づいた・・・章の数が違うのだ。英語版は42章あるのに日本語版は41章。つきあわせて比較すると内容が削られているのではない。英語版は20章の「A Regular Guy: Love Is a Four-Letter Word」、21章の「Family Man: At Home with the Jobs Clan」とあるものを、日本語版では第20章の「レギュラーガイ:凡夫を取り巻く人間模様」のひとつにまとめている。
 ジョーン・バエズをはじめいくつかの恋、生みの母と妹や父の消息探し、かつて認知を拒んだ娘リサなどを書いた第20章。ローリーン・パウエルとの出会いから結婚を経て3人の子供たちと築いた家庭、そこでリサもハイスクール時代を過ごす第21章のプライベイトな世界。その2章である。テレビのバラエティ番組のような副題「凡夫を取り巻く人間模様」とは、大切にしているとは思えない。別れた人たちを辿る第20章と、安定した家庭を築く第21章は、GuyとMan、RegularとFamilyを対比させる。それをひとまとめにして俗な副題をつけるどんな理由があるのか想像もつかない。表紙の見返しの大きな写真も、ジョブズの激しい生き方とは別のレイアに「Family Man」の穏やかな日々があったことを感じさせる。ちなみに、A Regular Guyとは、実の妹モナ・シンプソンが兄をモデルに書いた小説のタイトルである。

 日本語版は、編集時間が少なかったのは分かる。といって、削除しなくてもどれだけの時間がかかっただろう。まして上下巻にわけるなら、下巻を少し遅らせればいい。今からでも、削除したものを別冊にして店頭で配布してくれないか。それもできないなら、ウェブサイトに公開すれば費用はかからないし、PDFでなくテキストで公開すれば、編集もプリントも製本も読われわれが自由にできる。
 パーソナルコンピューターが先頭を切っていた時代はそろそろ終わるという意味でも、ジョブズのインタビューをもとにした伝記は最初で最後という意味でも、これが大切な本であることが理解されていない。内容も理解しないまま、つくられたのかもしれない。APPLEなど知らない「ビジネスマン」なら人間の名前など興味がないし、APPLEを好きなやつは、すでに分かっていると思ったのか。日本人の読者には少しでも安いことが重要だとみくびったのか。・・・だとしたら、日本語版にかかわった諸君、もう一度この本を読んでみてくれないか、そういうものじゃないとジョブズが教えてくれるだろう。
SteveJobsHarmonica.jpgClick to PopuP
■追記  上の写真で机の右端に積んである小さな箱はブルースハープだろうと思って、裏をとろうと写真を検索したがみつからない。写真を添付してmasaさんにメールで質問すると、しばらくして返信がきた。「やはり、Hohner社のmarine bandというシリーズのハーモニカの箱ですね、間違いないと思います」という。Hohner社のサイトを見てみると、なるほど間違いなさそうだ。ボブディランのサイン入りのものもあって、ちょっと魅力的なのだ。wikipediaの「ハーモニカ」には、ブルースハープという名称はホーナー社の商品名だったのが、単音10穴のハーモニカを言うようになったとある。ジョブズがもうすこし長生きしたら、Garage Bandのレッスンストアで、ボブディランがハーモニカを教えてくれたかもしれない。

投稿者 玉井一匡 : 01:45 PM | コメント (8)

November 09, 2011

「スティーブ・ジョブズ Ⅰ,Ⅱ」

SteveJobs1「スティーブ・ジョブズ」/ウォルター・アイザックソン 著/井口耕二 訳 /講談社
 小さな筺の中に完結したひとつの世界が詰め込まれているというものが僕は好きだ。
図鑑、博物館、動物園、植物園、調和水槽、Mac、そして、伝記。もちろん、それが魅力的につくられたものでなければならない。
 これはジョブズがうなずく最初で最後の伝記なのだ。なにしろ、本人の依頼ではじまったインタビューは2年以上の間に40回を重ね、何を書いても構わない内容に口出しをしないという言葉をジョブズと妻ローリーンはまもり、著者ウォルター・アイザックソンはその信頼を正面から受け止めて、批判も賞讃もほめられない事実も詰め込みながら、透明な美しい筺にしてジョブズに手渡したのだから。

 しかし、日本語版にはジョブズが笑みを浮かべるわけにはいかないだろう。表紙に日本語が割り込むのは当然としても、ページを開くと中身の薄いビジネス書のように平凡で間のぬけたデザインが期待はずれだった。
 この伝記は、完璧なものをつくることを目指してジョブズがいかに生きたかを書いた本である。ジョブズの最期のときに作る本に、そのことを反映させないとはどういうわけだろう。もとの本はこうではないだろうと思ってぼくは英語版を読みたくなり、amazonに注文した。しかし、二度の間違いによってまだぼくは英語版を見ていない。(11月11日に、やっと届いた)

 たしかにジョブズは、多くの敵、競争相手、交渉の相手を罵倒し、ときには仲間さえ切り捨てた。そして、MacOSを他のメーカーのマシンに提供せず、iPod、iPhone、iPadとMacをitunes、icloudによって家族のように結びつけてきた。そういうことが、ジョブズ個人の「攻撃性」と、ジョブズを含めたAPPLEの「閉鎖性」として何度も批判の対象にされてきた。しかしその激しさと執着は、いずれも完璧な製品とシステムをつくるという目的への抗いがたい情熱のなせるものだったということが、この伝記の重要な軸である。

しかし、AKiさんが入手して英語版と比較されたところによると、(Steve Jobs/aki's STOCKTAKING)間が抜けているどころか日本語版では削除されたり改悪されているところがたくさんあるそうだ。文字通り一部分が抜けているのだ。
*索引→削除 登場人物リスト→削除 (ぼくは、登場人物リストの代わりに「REVOLUTION in The Valley」を横に置いて読んだ) インタビュー記録→削除 *出典→削除 *謝辞→削除 写真のクレジット→削除 *英語版では写真ページは紙質と印刷がいい→文章と同じ紙質と印刷 *英語版では写真ページを文章のページの間に入れてある→巻頭に写真を集める・・・・こんな具合だ。
 この本の重要な軸を無視してまでページ数を減らし、編集の手間と時間を節約するために構成を変え、結果としてジョブズを侮辱し日本の読者を欺いた。落丁本として受取人払いで送り返したいところだが、戻ってこないと癪だしなあ。少なくとも講談社は削除したものを小冊子にして配布するくらいはしたっていいだろう。索引や人物リストは、別冊になっていた方が使いやすいということもある。講談社はこの本で大儲けするはずだもの。

 本の内容に戻ろう。  この伝記はジョブズが死をおだやかに語って終わるが、そこで読者にも安らぎをもたらしてくれる。ジョブズは、かつて認知を拒んだ娘Lisaも引き取って他の子供たちと一緒に育てていたこと、妻は進んでそういうことを引き受けることのできる人であったこと、自分が養子に出されたあとに生まれた実の妹Mona Simpsonと生みの母を見つけ出し、最期のときにも妹はそばにいてくれたこと、育ての父と母を愛し誇りに思っていたこと。そういう時と人々がジョブズのまわりを包んでいたことを知って、ジョブズとAPPLEのファンであるぼくたちは安堵して読み終えることができた。

 そうそう最後にもうひとつ、iPhone4のアンテナに欠陥があるとして世界中で非難にさらされたとき、緊急の取締役会をひらくためにジョブズは旅行先から飛んで帰る。そのピンチを自分の眼で見ておけといって息子リードを呼んで立ち会わせるというエピソードもいい話だった。息子にAPPLEを継がせようなどというさもしい根性ではない。ギリギリのピンチに父がどう立ち向かうかを見ておいたほうがいいというのだ。息子は医学部で遺伝子を研究している。
 ジョブズがマシンたちに与えようとしたものは、いつだって何よりもユーザーインターフェイス、つまり人と機械がこころを通わせることだったじゃないか。

■ジョブズの遺伝子
*APPLE追悼セレモニーにおけるジョニー・アイブ(APPLEのデザイン責任者)のスピーチ:英文・日本語訳・映像/maclalala2
*スタンフォード大学メモリアル チャーチの追悼式における妹 Mona Simpsonの弔辞:英文・日本語訳/maclalala2
*フォスターアソシエイトの設計によるApple Campus 2の計画/CUPERTINO市 公式ウェブサイト
*1984年スーパーボウルにおけるCM:ジョブズが、いつまでも反抗者でありつづけようとしたステイトメント/YouTube
all about Steve Jobs.com:ジョブズ情報満載のWebSite
APPLE追悼セレモニーの映像:10月19日 Apple Campusの中庭・晴れ

投稿者 玉井一匡 : 11:10 PM | コメント (0)