January 16, 2011

「幸」と「辛」

Saiwai1.2S.jpgClick to PopuPSaiwai2S.jpg
 ことしの新年のごあいさつは、干支の辛卯の「辛」を「幸」に変えたのをデザインしたのだが、それをEメールでさし上げたかたが思いがけない返信メールをくださった。
彼女は、ご自身の名前に「幸」という字をもっていらっしゃるからだが、幸という漢字の由来についてこんなことが書かれていた。

 2年前に字源の話を聞く機会があり、そのときに50人ほどの参加者の名前の文字についてそれぞれに説明してくれた。彼女の番が来ると、最後にしましょうと言われたので待っていたのだが、ほかの人たちの説明がすむと、そのまま終わらそうとしたので彼女の名前の説明を求めると渋々答えてくれた。
 手錠をかけられ、腰縄を巻かれて、はるか地の果ての敵陣に奴隷のように引かれて行く様をあらわしているのが「幸」の字だという。・・・会場は一瞬凍ったように静かになった。

というのだ。意外な話の展開にぼくも唖然としたが、ご本人はさぞやびっくりなさったことだろう。  

 その解説を信じないわけではないが、ぼくは自分の目で確認しておこうと白川静の「人名字解」を開いてみた。以前に、MADCONNECTIONのエントリー「人名字解」で知ったときに買った辞書だ。「幸」の項目はなかったが人偏のついた「倖」という字があった。たしかに、そこにはこう書かれている。

・・・形声。音符は幸。幸は、刑罰の道具である手枷の形。幸と丮(両手をさしだしている形)とを組み合わせて手枷を両手にはめている形が執で、とらえるの意味になる。両手に手枷をはめられて跪いている人を後ろから押さえる形は報(むくいる、こたえる)。手枷をはめられる程度の刑罰ですむのは、重い刑罰を免れて僥倖(思いがけない幸せ)とされたので幸に「さいわい」という意味がある。倖は幸から分化した字でさいわいの意味に用いる。・・・

 「幸」という字は手枷のかたちから発生しているという。じゃあ「辛」は何のかたちから来ているのだろう。「人名字解」には、当たり前だがこの字はない。近くの本屋に行って同じく白川静の大きな辞書「字統」の「幸」と「辛」を開いてみた。それによれば、「辛」は入れ墨のときにつかう、把手のついた針の形だと書かれている。たしかにこれはそういう形だ。痛そうな形をしている。

 ぼくも「禍福はあざなえる縄のごとしというごとく、幸辛は見方によって変わるものだと言いたいのです。」と新年のごあいさつに書きはしたが、これほどの辛辣なことは考えていなかった。
 現代社会は、「多ければ多いほどいい」という価値の物差しをつぎつぎとつくりだした。GNP、GDP、経済成長率、偏差値、かつては電気の消費量が「豊かさ」の物差しになったことさえある。多ければ多いほどいいという尺度は、かぎりなく大きくなれるという未来を前提とした価値だ。世界が有限であることが共通の理解になった(はずの)いまの時代では、手枷をつけられた状態にもさいわいがあるとする考え方は、じつは大切なことなのかも知れない。

「人名字解」には、いかにも手枷らしい形をしている甲骨文字がなかったので、はじめの写真は「字統」の「幸」の項目を、本屋の隅でひそかに撮ったから、ずいぶん歪んでいますが、ご容赦ください。

投稿者 玉井一匡 : 01:30 PM | コメント (4)

September 17, 2010

二代目のウエストポーチで思い出す三つの「ウエスト」

WaistPouch1S.jpgClick to PopuP

ちかごろ、ウエストポーチがひどく傷んできてみすぼらしいと言われるようになった。夕方、買い物に出たついでに、前に買った「Coco Carco」に様子を見に行ったら、同じものがひとつ置いてある。ちょっと寸法が大きくなっているので、やや不満に思いながら店の奥さんとおぼしき女のひとにたずねた。
「かたちを変えたんですね」
「いいえ、長い間おなじものです」
そうかなあと半信半疑のぼくは外してみせた。
「かたちが馴染んだんですよ」というから中身を取り出してふくらみをたたいてかたちを整えてみると、うーむ、たしかに同じ寸法ではないか。そうなのか。有り体に言えばかたちが崩れたのだ。並べてみるとずいぶんくたびれている。
「iPhoneが発売される前の年のはじめに買ったから3年弱だなあ、その間に2回修理している」というと、「いえ、もっと経っているはずです」といわれるとそんな気がするがiPhoneの発売を物差しにすると3年のはずだ。
帰ってから前回のエントリー「ウエストポーチ」を開いて日付を確認すると2007年1月。iPhoneは予告してから1年半で発売したことになり、こいつは4年近くつかったわけだ。

 ところで、少年の頃ぼくたちがよく耳にした「ウエスト」というカタカナ語には三種類あるようだった。西部劇や「日劇ウエスタンカーニバル」なんていうときに「ウエスタン」として使われた「ウエスト」、野球でピッチャーがわざと高めにはずす「ウエストボール」、そしてバスト、ウエスト、ヒップと三つ並べてつかわれることの多かった「ウエスト」だ。なんか違うようだとは思っていたが、それらが、westとwasteとwaistという別の英語であるんだということは、英語を習うようになってからやっとわかった。
 カタカナ語として耳にはいると、こんなふうに別の外国語が同じ表記をされてしまうことがあるが、逆に同じ外国語がカタカナ語ではまったくべつの表記をされてしまうこともある。なぜそんなことに気づいたがは記憶にないが、もしかしたらオードリー・ヘップバーンの「ヘップバーン」はヘボン式ローマ字の「ヘボン」と同じなんじゃないかと思って辞書を調べてみたことがある。両方とも「Hepburn」だった。

 ウエストポーチということばを使うたびに、この三つのウエストをぼくは思い出してしまう。「ウェイスト パウチ」というのが近いんだろうが、どのみちカタカナを使って外国語の発音を正確に表記するわけにはゆかないのだから別の言葉だと思ってつかえばいいと思うのだ。

■追記
wikipediaを見ると、おどろいたことにふたりのHepburnは同じ一族だと書いてあった。

 

投稿者 玉井一匡 : 11:03 PM | コメント (6)

May 30, 2010

「想像の共同体」とiPad

SozoKyodotai.jpg「想像の共同体 」/ベネディクト・アンダーソン 著/ 白石隆 白石さや訳/

 ぼくは自分ではまだiPodを買っていないし、TVや印刷メディアで取り上げたものもあまり見ても読んでもいない。日本での発売前に、打ち合わせでお会いした人のものを触わったことがあるだけだ。秋山さん五十嵐さんのiPodについてのさまざまなエントリーを読みながら、世間のメディアがiPadを本を読む道具としてばかり取り上げているのは、彼らはiPadがこわくて仕方ないからなんだろうと思いながら、ちょうどいま読んでいる途中の「想像の共同体」のことを思い浮かべ日本語について思った。

「想像の共同体」は、以前にエントリーした「日本語が亡びるとき」の議論で主要な拠り所としている本だ。そのときに、ざっと目を通したり拾い読みしたりしたままだったのだが、いまごろになって読みたくなった。
 「想像の共同体」の軸をなす論理は、国民国家という形式が作られてゆくにあたって「出版語」というものの存在がきわめて重要であったということだ。ここでは共同体とは国家のことを意味している。かつてはアジアであれヨーロッパであれ、地方によってさまざまな言語が使われていたが、印刷という技術と出版という事業が広まることで共通言語が確立してゆき、それによって国民国家という概念が作られていったのだとしている。反グローバリズムとしてのナショナリズム評価に取り上げられているようだ。
 そうした立場から見ると、iPadは出版というビジネスの形式にとっては脅威にもなり変える力にもなるだろうが、同時に日本語が滅びようとする流れを変えるかもしれないとぼくは思いはじめた。

 「日本語が亡びるとき」の論旨を荒っぽく縮めてしまうと、こうだ。
もともと英語は現在の世界語となっているが、インターネットによってますます力を増すとともに、放置すれば日本語は滅びてゆくというのだ。いや放置ではなく、学校教育で国語の時間を減らして英語を増やして日本語の滅亡に国家が手を貸している。しかし、自分で英語を学ぶ機会や方法などいくらでもあるのだから、むしろ母国語をきちんと教育するべきだ。文学は母国語でなければ書けない。書かれなければ読まれない・・と。「日本語が亡びるとき」では、もう少し丁寧にせつめいしてあります。

 空間がかぎりなく拡がること、つまり最新の世界中の情報と過去の情報が、画像や映像や音楽もふくめて拡がることをぼくたちはすでにパーソナルコンピューターで知っている。そこに「本」が置かれることになるのだ。
 iPadでは、日本の古典文学がインターネットの情報と同じポジションに置かれる。しかも青空文庫を開けば、漱石などの大部分とかなり多くの古典さえすぐさま読むことができる。むしろ、蓄積された自国の文学や思想といまの文学、いまの外国の本や新聞を同じ大きな机の上に拡げるようにして読むことができるということだ。
もし、Googleが考えているように、世界中の図書館の本をスキャンして読むことができるようになったときには、情報は空間ばかりでなく時間も広がる。さらに、各国の言語でそれがなされるようになれば、むしろグローバリズムが世界を均質化するという問題に立ち向かうための重要な武器になるのかもしれない。


投稿者 玉井一匡 : 07:25 AM | コメント (3)

March 28, 2010

ハットトリック

HatTrickS.jpgClick to PopuP
 日曜日、スーパーマーケットにワンパック10個で208円という安い卵があったので買ってきた。
プラスティックのケースから取り出して使おうと思ったらずいぶん小さい。冷蔵庫に残っていたやつと比べると、80%くらいの大きさだろうか。それなのに、小さな卵を割ってボウルに落としたら、鶉のたまごよりちょっと大きいようなのが寄り添って黄身が三つも入っていた、こんな小さな殻の中に。双子はたまにあるし、中にはふたごばかりの卵というのも売っていたといって、おみやげにいただいたこともある。しかし、三つ子というのは初めて見た。
 すぐに食ってしまうのももったいないから明日の朝飯にしてやろうと、食器棚からババロアかなにかの入っていた、長方形のケーキのうつわに入れてやると、すこし列をみだしながら横に並んだ。なかなかかわいい。

 双子は英語でtwinだが、三つ子は英語ではなんていうんだろうかと気になった。
日本語のwikipediaで多胎児という項目を開いた。そのページの「他の言語」から「english」を選ぶと、なるほどmultiple birthというんだ。その中に三つ子の写真が出ていて「triplet」と書いてある。四つ子は「quadruplets」、以下というか以上というべきか、「quintuplets」・・・・とつづく。11人なら「undecaplets」それが、ご丁寧に19人の「nondecaplets」まで並んでいる。

このエントリーのタイトルを「ハットトリック」にしたくなったのは、先週のバルセロナ対サラゴザ戦でのリオネル・メッシのハットトリックが記憶に残っているからだった。
メッシに敬意を表して映像をYouTubeで見てください。これをクリックすれば見られます。

HattrickMedamaS.jpgClick to PopuP
さて、これは吉兆であると思うことにしているが、明日はこのトリプレットをどうやって食べようか・・・オムレットかな。ハムを3枚添えれば「食べるべきか食べざるべきか」のハムレット。
・・・と、悩んだが、やはり三つ子らしさをそのまま生かすには目玉焼きしかないというわけですが、こんな妙な形に拡がってしまいました。
 

投稿者 玉井一匡 : 11:55 PM | コメント (5)

May 05, 2009

「日本語が亡びるとき」

NihingogaHorobiru.jpg日本語が亡びるとき/水村美苗/筑摩書房

 漱石の絶筆となった「明暗」のつづきを文体そのままに書いた「続 明暗」を読んで大胆さにおどろかされたが、それ以後この人が小説を書いたことは知っていたものの読んだことがなかった。
 日本語の乱れについての嘆きと腹立たしさについて書かれたエッセイだろうかと読み始めると、日本語論でもエッセイでもなく、普遍語としての英語と、その他の言葉の関係の現在と遠からぬ未来のありようを真正面から論じたものだった。ここ数年で、もっとも刺激的で面白い本だと思った。図書館で予約しておいたのがしばらく経ってから届いたのを読んだのだが、返却したあとに本屋で買ってもう一度読みかえし、あちらこちら存分に付箋と鉛筆の書き込みを加えた。

 この本では、ことばを意味する語がはなはだ多くつかわれている。それらをざっとあげてみると、拾い落としもあるだろうが、それでもこんなにある。
<普遍語><国語><公用語><現地語><方言><書き言葉><読まれるべき言葉><聖典><話し言葉><外の言葉><図書館><大図書館><母語><ボゴ><「蓋付きの大箱」に閉じこめられた言葉><自分たちの言葉><口語><俗語><口語俗語><非西洋語><学問の言葉><母国語><多重言語者><三大国語><文学の言葉><数式><国語の祝祭><自国語><出版語><聖なる言語><書き言葉><言文一致体><真名><仮名>
これら、言葉に関わることばの数々を組み合わせれば、この本の全体像ができあがる。さながらそれはジグソーパズルのようでもあるが、ジグソーパズルはどういう結果に至るのかがはじめから分かり切っている。ぼくは、それを面白いと感じられることが理解できないのだが、その点ではこの本はジグソーパズルとは、むしろ対極にあるのかもしれない。
著者がどのような立場に立っているのかについて、「續明暗」を読んだだけのぼくには前もっての知識が皆目なかったおかげで、どんな結論に導こうというのか最後まで分からないから、推理小説を読んでいるようだった。帰りがけにこの本を読みたくて、自転車を置いて電車で帰る途中、乗り換え駅のコンコースで紙面から目を離せず、靴の底で黄色いタイルをたどりながら歩くくらいなのだ。
さらに、この本の論理の軸をなす「想像の共同体」(ベネディクト・アンダーソン/山口隆、白石さや訳)という本について知らなかったことも好奇心を刺激したのだと、あとで思った。
空腹は最良のソースなのだ。Shishosetsu.jpg 著者は12歳のときに父の転勤で両親と姉と自身4人の家族としてアメリカにゆくが、ひとり部屋にこもって日本文学全集で漱石、鴎外、一葉、二葉亭四迷、谷崎ら日本の近代文学小説を読みふけり英語の世界あるいはアメリカ世界になじむことがない。たいそう偏屈な少女なのだ。「続 明暗」のころに初めて著者の写真を見たとき、だれかの目つきに似ていると思ったが、不思議の国のアリスだ。生きのいい悪意を秘めている。
このひとの二つ目の小説である「私小説 from left to right」には、大学院でアジア系学生として生きる主人公の目がこの間に読み取ったものを書いている。日本語の文章に英語による会話を混じえるため横書きというまれな形式を選んだ。だから「from left to right」という副題を添えたのだと、本書に書かれている。
 長じて日本に戻ったときの、このくにの文学の世界についての印象をこう書いている。
「いざ書き始め、ふとあたりを見回せば、雄々しく天をつく木がそびえ立つような深い林はなかった。木らしいものがいくつか見えなくもないが、ほとんどは平たい光景が一面に広がっているだけであった。『あれ果てた』などという詩的な形容はまったくふさわしくない、遊園地のように、すべてが小さくて騒々しい、ひたすら幼稚な光景であった。」
辛辣きわまりない書きようだが、外の世界から見ているぼくたち読者には痛快このうえない。
 日本の文学に対する、こうした嘆きと怒りを燃料に、「想像の共同体」という概念をエンジンとして搭載した乗り物で、日本語の世界に単身で乗り込んだのが本書なのだ。ひとの見方の影響をうけたくないので、ぼくは書評をまだよんだことがないけれど、批判的な指摘として「想像の共同体」の論理そのままではないかという人がきっといるだろう。だが、それでいいのだ。エンジンだけでは世界を変えられないのだから。それでどんな乗り物を作りどこに行き、何を見るのか何を伝えるかが問題なのだ。
 
本書の論旨は、およそつぎのようなものだ。アイオワにおける国際ワークショップ、パリの国際会議での経験によって生じた認識をもとに、「想像の共同体」による理論を駆使して日本の文学と日本語の歴史そのありようについて論じている。
・日本は、非西洋にあってほぼ唯一、自国語による近代文学をもつことができた。中国文化圏にあって、さまざまな幸運な条件のおかげで独特の文化受容をなしとげたこと、そしてやはり幸運のはからいで西洋の植民地となることを免れた。
・さらに、戦争の過程でアメリカは日本研究のためにきわめて優秀な人材を投じ、その結果、戦後にドナルド・キーンやサイデンステッカーのような人たちがやってきて源氏物語や明治の日本文学を英語で紹介した。おかげで、日本語は主要な文学をもつ言葉のひとつとして認識されるようになった。文学とは、自分の母語として身につけた言葉でしか書くことができないものであるから、そうやって伝えられ評価を受けた日本の文学と言葉はきわめて幸運な立場にある。
・しかし、明治以来、日本の政府は日本語をないがしろにしつづけた。初代文相の森有礼は英語を国語として採用しようとしたし、戦後に定められた「当用漢字」とは、いずれ表音文字化すべき日本語で当面つかいつづける漢字として定められたものだった。
・一方、英語は、アメリカの経済力・軍事力のおかげで、「普遍語」の地位を獲得した。
普遍語とは、かつてラテン語があるいは中国語(漢文)やフランス語がそうであったように、周辺の国々のある階層の人々のみが書き、それを読むことができるのだが、それによって人間の「叡智」が蓄えられうけつがれ磨かれてゆくものだ。
「ある階層の人々」は、自国語と普遍語のふたつを自在に使う人のことだが、インターネットの出現によって、英語は普遍語としての地位をますます強化してとどまるところを知らない。
・それでは、これから日本語はどうすればいいのか。というのが、本書が最後に掲げる命題である。推理小説の謎解きを書いてしまうことになるが、著者の結論は、公教育において英語の教育を強化するよりもむしろ日本語の教育を充実せよというのだ。英語の勉強を深める機会など、この時代はその気にさえなればどこにでも無料でころがっているのだからと。

 この結論そのものは、かならずしも独自のものではないかもしれない。しかし、本書の価値は結論に至るまでのところにあり、そこに持ってゆくまでの著者のものの見方の大部分にぼくは同意するし、著者の憤りにも価値観にも共感した。

投稿者 玉井一匡 : 05:00 AM | コメント (6)

November 16, 2008

お名前さま

Onamaesama.jpg
 先日、別々の店で接した店員が口にした同じことばづかいに驚いてしまった。
まずは園芸店でモミの木の予約をしたときに、つぎがその翌日、時代遅れで在庫のない蛍光灯の取り寄せをたのんだヨドバシカメラ秋葉原店でのことだった。
店員は受付カウンターの下から書類を取り出すと「『お名前さま』と電話番号をお願いします」と言うのだ。
 文字通り唖然としたのだろう、文句も皮肉も口にせずにぼくは氏名と電話番号を書いた。
いずれも男の店員だが、けっしてバカそうではなく親切でさえあったから、相手の態度に文句があるわけでもない。人並みの若者ですらこういう珍妙な物言いをすることに直面して、人間よりほかには頼る資源もないこの国の未来に不安を抱いたのだ。オレもトシだということでもある。その翌日、首相と呼ばれる男がお粗末な日本語力と人格を露呈した。ああいうオトナにならないように、彼らにひとことふたこと言ってやるべきだったかもしれないと、ぼくは思いなおした。

「お名前さま」という言葉遣いは、論理的に間違っているのだよ。
ひとの名前に「さま」をつけるのは、その名前の人物を敬うからだ。あるいは、相手に感謝しているからだ。さもなければ、敬っているとか感謝しているとか思わせたいからかもしれない。
「お名前さま」っていうのは、「お名前」というやつがいて、きみはそいつを敬っているということになる。さもなくば、「お名前」という名詞を敬うのか。
そうではないだろう。論理的にまちがっているのだよ。
だから「お名前」だけでいいのだ。
「お名前」が正しいのだ。
・・・今度、商品を受け取りに行くときには、そう言ってやろう。

 ぼくたちの親の世代くらいまでは戦前に受けた教育で、人間の身分や地位の上下関係によって社会の秩序を整理してきた。それが日本語の敬語のシステムをつくってきた。しかし、経済力はもとより地位や身分の上下と人間の価値とはかならずしも一致しないということが、現在ではほぼ共通の理解になってきたのと歩調をあわせるように、それまでの上下関係は弱くなって、代わりに相手を尊重することや感謝を示すことが敬語の基本をなすようになった。それ自体はむしろ、社会と言語の歓迎すべき変化であるはずだ。
 しかし、それが敬語を簡単にするという結果を生じた。たとえば、動詞はなんでも「・・・される」ひとつですませてしまうことになった。そのぶん過剰に相手をもちあげたり必要以上に卑下したりして敬語を数量的に増幅することで補おうとするようになったのだろう。そのあげく、言語の論理性さえおかしくしてしまったというわけだ。
ことばは時代や社会のありかたとともに変化するものであるなら、自分たちのことばは社会を反映すると同時に、社会を変えることもあるのだから、言葉は大切に育てなければならないのだと肝に銘じておこう。

投稿者 玉井一匡 : 01:34 AM | コメント (16)

May 11, 2008

「ゴシップ的日本語論」は、何度読んでもおもしろい

GossipJapanese.jpgゴシップ的日本語論/文春文庫/丸谷才一著

 スポーツの放送につきものである解説者の話は、おどろくような事実を話してくれることも、なるほどと感心する見方を教えてくれることも滅多にない。だから、できれば何も言わずにじっと座っていてほしいと願わずにいられない。
 けれども、丸谷才一の講演と対談という話し言葉をあつめたこの本には、その両方がたくさん入っている。つまり、ここでは「おどろくような事実」とは「ゴシップ」のことで「なるほどと感心する見方」は、さまざまな「日本語論」だ。
aki'sSTOCKTAKINGにこの本のがエントリーされたとき、すぐに買ってすぐに読んだ。読み終わったあとで、どの章をひとつ取り出しても繰り返し読んでも、そのたびに面白いんだ。

 連休の数日のあいだ、日本国憲法や昭和天皇を理由にした休日がつづくし、映画「靖国」が話題になったので、この本のことをぼくは何度か思い出した。とくに表題となった章「ゴシップ的日本語論」は、30ページにすぎないけれど、その中にはたくさんの事実と視点が詰まっている。

 昭和天皇が教育の失敗によって言語力のはなはだ乏しいひとになったということが2つの本(「昭和二十年」「昭和天皇」)に書かれているという指摘はこの中で最大のゴシップだが、さらには小林秀雄と中村光夫の評論の比較がおもしろい。明治憲法の文章は「立派で、なんだかドスーンと肝にこたえる」のに意味が分からないけれど、新憲法は「文章は本当に下手へたであるけれどもよくわかる」という対比を小林の評論と中村の評論の比較に重ねて、「私はこれでいいんだと思う」とする。明治憲法には不備があって、天皇が最終的な決断をしなければならない事態が生じるシステムだった。ところが、昭和天皇は言語によるコミュニケーションをとることがほとんどできなかったために、さまざまな事態に対処できず軍部の暴走をゆるし、日本と日本人それに周囲の諸国(これは書かれていないが)にとって悲惨な結果をもたらしたというのだ。

 明治維新と第二次大戦敗戦の二回、日本には、いっせいにヨーロッパとアメリカから近代文明と文化が押し寄せて、それを受容するために日本語はさまざまな方法をつくして対応した。しかし、その結果として生じた混乱を、いまにいたるまで脱していないどころかさらに混乱は深まっていることを指摘する。最後に、教育なんていう面倒くさいことは、たいへんな情熱をもってやらなければならない。だから教科書の検定をやめて、学校別に、できれば教師ひとりひとりが情熱をいだけるような教科書を選べるようにしなきゃあならない。言語教育は国運を左右し文明を左右するから、おろそかにしてはならないんだと結ぶ。

 この時代に生きるぼくたちの身に染みついた性で、ついつい積み重ねられた言語の層のもっとも新しいところだけをつかっているように思ってしまうけれど、丸谷はつねに日本語を古代から現代に至るまでの言語の長い流れと層の積み重ねとして考える。そのような意味で、丸谷は保守主義者である。しかし、同時に制度として形式としての伝統に固執しようとはしないから、天皇や明治憲法を神聖にしておかすへからさるものとはとらえない。
もし、生物の発生以来ぼくに至るまでのどこか一匹の動物が、ちょっとした気まぐれで別の行動をとっていたら、あるいはひとつの気まぐれがなかったなら、ぼくのかかえているDNAはいまここにはない。つまり、ぼくはここに存在しない。ぼくたちは、積み重ねられたDNAの層によってつくられた存在なのだ。ゆっくりと環境の変化に対応して書き替えられてきたDNAのように、ことばというものは少しずつすこしずつありようを変えてきたはずだ。しかし、環境に大変化が生じたときに、言語を制度として大変化させることによって対応せざるをえないときがある。そのときに間違いをおかすと、とんでもない結果になるぞということを丸谷は言いたいのだ。制度としての言語とは憲法であり、教育である。
数々の丸谷の発言を読んでいると、そのまま日本のまちあるいは都市のありように重なる。ゴシップから日本語論にみちびかれ、もういちど空間的ゴシップにもどり、終わることがない。だから、何度読んでも、この本はおもしろいのかもしれない。

■excite辞書にはgossipはこう書かれている
gos・sip /gsp|gs‐/→
1a [具体的には ] (人の私事に関する)うわさ話,世間話.
b (新聞雑誌にのる名士などに関する)うわさ話,ゴシップ.
2 人のうわさをふれ回る人,おしゃべり(女), 金棒引き.
動(+前+(代)名)
1 〔…と〕〔…について〕うわさ話をする 〔with〕 〔about〕.→
2 〔…について〕うわさ話[ゴシップ]を書く 〔about〕.
古期英語「名づけ親」→「親しい人同士のむだ話」の意; gossipy

投稿者 玉井一匡 : 09:28 AM | コメント (0)

December 16, 2006

おにぎりとおむすび

OmusubiS.jpg DVDになったやつを次女が借りてきたので「かもめ食堂」を見た。
ヘルシンキの街、小林聡美がひとりできりまわしていると言いたいがそれほど繁盛してはいないという風情の日本食レストランに、まずは片桐はいりが、つぎに、もたいまさこが加わって、いっしょにレストランをやってゆく。と、書いていると桃太郎のおはなしのようだと思ったが、淡々と、しかし気持ちよくきれいなシーンの中に個性的な女たちがあらわれる画面は、「動くku:nel」のようだ。アルヴァ・アアルトの家具だななんて思いながら、ちょっとフィンランドの説明っぽいところがあるのは気になったけれど、ぼくはとても気持ちよくみた。すきだと思った。
それを見ながらぼくは母の妹つまりぼくの叔母のことを思い出した。この店のメニューの軸がおにぎりで、「おにぎりは日本人のソウルフードだと思うの」という小林聡美の台詞が出てくるからだ。

 いつだったか、叔母がこう言ったことがある。
「あたし、どうも気になってしかたないんだけれど、おにぎりっていうのは間違いだと思うわ」
「なぜですか」
「両手を使ってつくるから、おむすびなのよ。お寿司は左手で握って右手は添えるだけだからにぎりだけどね」
「なるほど」ぼくは深く納得した。
そういえば、ぼくの小さな頃には、うちではおむすびと言っていたし、「おむすびころりん」というお話もある。いつのころからおにぎりになってしまったのだろう。
縁を結ぶという。実を結ぶという。印を結ぶという、そしてなにより手を結ぶという。
美しい言葉だ。
叔母のそのことばを、この映画でだれかの台詞にしてしゃべらせたら、もっとよくなったろうな、フィンランドの人たちにも知ってほしかったな、この映画をつくった人に教えてあげたかったなと、ぼくはしきりに思った。
このごろ、ときどき昼飯のためにおむすびをつくって持ってゆく。すると、なんだか、自分でつくったおむすびがいとおしいのだ。

■関連エントリー
わがやのお雑煮大会/MyPlace

投稿者 玉井一匡 : 07:10 AM | コメント (28)

March 15, 2006

真夜中 学習院下でタヌキと


昨夜、といっても午前0時をとうに回った頃だから日付けは今日になっていたのだが、学習院の馬場の下を、自宅めざして自転車を走らせていた。この時間、この道はほとんどクルマも人通りもないし、街灯もないから自転車で走るには快適このうえない。道路の向こうよりに黒っぽい犬が座っている。丸顔をこちらに向けているのを目を凝らして見ると、犬ではない、タヌキだ。ぼくはすぐに自転車を停めて向かいのテニスコートのフェンスに立てかけると、バッグからカメラを取り出した。いつもは切ってあるストロボをセットするものもどかしく、慌てて振り返るともう道路にいない。しかし、格子の扉のむこうに座ってこちらを向いている。格子の間にカメラを入れてズームを目一杯の望遠にしてシャッターを押すと、一瞬ストロボの光がタヌキの瞳孔をオレンジ色にした。ディスプレイを見るとタヌキは入っていない。今度は、画素数を最大にしてもう一度。ディスプレイをみると、また映っていない。

 そのとき、うしろから車のヘッドライトが光った。ちらっと振り返ると、パトカーがやってきて停まった。またカメラを格子の間に入れて構えた。む。狸はいなくなっていた。夜中に、格子の間にカメラを入れている怪しい行為を棚に上げて「おい、お前たちが明るくするからだぞ」と、鬱憤を晴らそうとして振り返ると、パトカーもいなくなっていた。不満をぶつける相手も写真を撮る相手もいない。彼らもタヌキだったのか、またタヌキに会った奴が一人いるよと思ったのか、何も言わずにいなくなった。トリミングをできるように画素数を最大にしたけれど、そのときに広角にするべきだった。望遠にしたから、視界から外れてしまったのだ。液晶ディスプレイは真っ暗でなにも見えないが、ファインダーを見ればよかったのにと、あとになって数々の反省をした。タヌキに化かされたというのもかえっていいか、と思うことにしよう。自転車をまたいで時計を見ると、0:40だった。

 落合のマンションの計画地のあたりにはタヌキがいると、ひところ話題になったけれど、それがこのあたりにもやってきたのだろうか。それとも、このあたりは樹木が多いから、独立の生計を立てているのかもしれない。しかし、人間の生活環境すら壊されてゆく東京のようなまちにタヌキがいるということを自分の目で確認できたのは、とてもうれしいことだった。
 かえりがけ、あるクライアントを思い出した。彼は、夜中に伊豆の山中を車で走っているときにタヌキをはねた。車を降りて見てみると、すでに死んでいる。どうせ死んだのだからと、彼はなきがらを車に乗せてきた。家に帰ると、ご亭主が腕をふるって解体し、タヌキ汁をつくってくれと奥さんに料理を頼んで食べちゃったのだそうだ。タヌキを食おうと思う亭主も亭主だが、そんな要望に応えてタヌキ汁をつくる奥さんも人物だなと、その話を聞いて、ぼくはひどく感心した。後日、親しい獣医さんに話したら、タヌキには寄生虫がいるからあぶないんですよと心配していた。虫がいたとしても、そのときにはもう手遅れだったろうが今も家族そろって元気だ。
 今朝、道路の写真を取り直した。はじめは、格子戸の前の道路にちょこんと座っていた。そのすぐあとに、格子戸の下をくぐって中に入ると右手奥に座って、こちらを見ていたのでした。

追記 060317 / Chinchiko Papaと妾番長さんの書いてくださったコメントに関わることを追記しておこう。このあたりのような河岸段丘の地形を「バッケ」あるいは「ハケ」ということばがあって、それは縄文語あるいはアイヌ語(頭、突端)由来の言葉とされているんだと、chinchikopapalogに神田川流域に残った「バッケ」と、もうひとつ世代で異なる「バッケが原」の位置というエントリーで書かれていて、このことばは「お化け」につながると結ばれている。もし、タヌキが昔からこの辺りに住んでいたのだとすれば、そのことが「ばける」あるいは「ばかす」ということと、何かのつながりがあるのかもしれない。
chinchikopapalogにはもうひとつ、「ハケの下落合」というエントリーに、バッケについての詳しい記述がある。

投稿者 玉井一匡 : 12:00 PM | コメント (13) | トラックバック

December 08, 2005

メメント モリ:長い影

 六本木ヒルズの森美術館の入場券で展望台「シティービュー」にも行ける。なにしろ、高台に高いビルが立っているのだから、ここからは東京タワーを眼下に見下ろすほどだ。午後2:40ころには、六本木通りをアメリカ大使館宿舎の近くまでとどくような長く黒い影を落としている。
 なぜ、こんなに高いビルを高台に建てなければならないのか、なぜこんなに大規模な建築を作らなければならないのかという、根源的な疑問が湧いてくる。もうオフィスビルの供給は十分だと言われてから久しいのに、空室を抱えているようでもない。
 「アースダイバー」に書かれているように、縄文期の丘の頂には古墳や墓が多く、それがのちに神社になったのだとすれば、六本木ヒルズの塔も仏塔のようなものだ。仏教寺院の塔、ストゥーパは日本では漢字で卒塔婆となって、墓の周囲に立てられているが、塔というものは、そもそもは釈迦の墓なのだ。
 六本木ヒルズの塔は、ひそかに墓としてつくられたのかもしれないと、ぼくは長い影を見ながら思い始めた。「メメント モリ」ということばを思い出したからだ。

 ぼくがこの言葉をはじめて知ったのは藤原新也の「全東洋街道」だった。「死を忘れるなかれ」という意味だと書かれていたと思う。現代の日本人は、死というものを、人間のであれ食用とする生き物たちのものであれ日常の世界から排除し忘れてしまおうとしているけれど、アジアの多くの国では死が、生きている人々のすぐそばにいるというのだ。しかし、ぼくはこの言葉を自分で直接に調べたことはなかった。googleで検索すると、「山下太郎のラテン語入門」というサイトがあった。ラテン語格言集というところの「Memento mori.」の項目にはこう書かれている。
「『メメントー・モリー。』と発音します。動詞 memini(メミニー) 『覚えている』の命令法が memento で、『覚えていなさい』。moriは、動詞 morior(死ぬ)の不定法の形。」
「死」は、近縁のイタリア語でMORTE、フランス語ではMORTだ。英語にも形容詞としてMORTAL(死すべき)がある。外国人に指摘を受けることは多いだろうに、ラテン語で死を意味する「mori」を会社の名称としてMORI BUILDINGが使い続けるのは意図的だろうが、なぜなのだろう。何かの「死」を葬る塔のつもりなのだろう。これができたおかげで空室が増えて取り壊される小さなビルなのか、もとの姿がすっかり分からなくなってしまった地形とともに消え去った、このまちの記憶なのか、それとも他になにかあるのだろうか。
 いずれにせよ、ぼくは、死とは生の一部分なのだということを忘れずにいたいと思う。

投稿者 玉井一匡 : 09:19 PM | コメント (9) | トラックバック

June 01, 1972

コモリガエル、カモノハシ・・・異常論 

Click Flog to PopUP 30年以上も前のものを読み返すと、気恥ずかしい書き方があったりあちらこちらに難点が見つかったりするけれど、いじりだしたらきりがないし、あのころ何を考えていたのかを記録することに意味があるのだと思って句読点を少し直すにどとどめた。

<「建築」1972年6月号100pより>

コモリガエル、カモノハシ・・・異常論

妙にひとを魅きつけるものがある。
自分のものにしたいというーーーたとえば惚れた女、漁船が甲羅星をする小さな湾、革命直後の精神の昂揚といったたぐいのーーー感情によるものではなく、その在り方が異常であるという点で魅力的なものだ。

コモリガエルは異常である。
それは、卵を生みっぱなしのはずのカエルが体内で卵をかえすという点においてではない。タツノオトシゴが父親の腹の中で卵からかえるのはさして異常ではないし、少なくとも、キモチワルイものではない。
科学の事典でコモリガエルの挿画を見た秋山*は、その話をするとき肩をすくめてとびあがり、さながら自らカエルになったようにキモチワルがる。
ぼくはこどものころもっていた動物図鑑で見たのだが、それは色つきで右のページの下の方に、赤いツノの生えたカエルと一緒に載っていた。

モゾモゾと蠢く子ガエルのかたまりが、その異常さなのではなく、それが親の背中に掘られた穴ボコの中にいるということであり、あるいは、背中にビッシリと穴があいていること自体なのだ。その光景は、見ているいこちらの背中に穴があいて、そこを無数の蛆がはい回っているというようなことを想い起こさせるからに違いない。蓮の実にある穴ボコの中に、種子がつまっている有様は、コモリガエルに似ていないではないけれど、それはさして異常ではない。むしろあのカエルは、アメリカの兵士がぶら下げているベトナムの子供の肉体のちぎれた片割れに似ている。

カモノハシは、やはり妙な興味を引き起こす。
彼は、ケモノでありながらくちばしがあり、ビーバーのような尻尾がありながら卵を生む。そんなやつがいるのか!という驚きは、コモリガエルのものとは異なる異常さである。
コモリガエルはその形態をぼくらに投影したときに異常さをつくりだす。カモノハシの異常さは、その形自体から来るのもではない。彼の形は愛らしくさえあるのだから、それはむしろ、彼が、ぼくらのもっている体系の中からはみだしてしまう存在だという点において異常なのだ。ああいう毛皮に覆われた動物は、卵を産んだりしてはならない、ましてや、くちばしなどは断じて所有してはならない。
カモノハシの存在は、いわば犯罪である。なぜなら、体系を外れているからだ。

カモノハシがとびだした体系は、われわれの(独断と偏見にみちた)生物学的分類の体系だったが、われわれをとりまく体系の典型は言語と法律である。

言語は表現の体系であり、法は行動の体系である。表現は行動の一部であり、同時に行動は表現の一部であれば、ふたつの体系は不可分のものとなる。

さて、ことばは不連続である。ぼくらが、あるイメージをもっている、それを表現する(ことばによってでも、行動によってでも)ーーーその段階では、イメージとことばは、1対1に対応している。だが、つぎにそれを受けるとき、そのことばのつくりだすイメージは、その人の中では1対1に対応しているものの、はじめのひとのイメージとは必ずずれが生じる。約束ごとは、「もの」を媒体としているので、ものの連続性のもつ限界は、イメージの連続性に対応しきることができないのだ。
約束ごとのもつ不連続を超えるには、約束ごとそれ自体を超えなければならないのだが、その連続性を獲得する手段が文学であり、芸術であり、冗談であり、皮肉である。約束ごとを超えるとは、約束ごとにない表現を行なうことであり、約束ごとをやぶることだ。ところが、約束ごとを破るとき、それが何かを表現しうるには、更に高次の、といってわるければ、新たな約束ごとが必要になる。陳腐さと醜さを賞揚するとき、それが新たな何かをを表現し、伝えるには、彼が陳腐でもなく醜くもないものを作ることができる必要があるし、ぼくがニクソンの肖像を壁に飾ったりすることが(もちろん、単に、たとえばの話だが)冗談として通用するには、ぼくが彼をできるならオリの中にいれてかざっておきたいと思っている、ということをひとに知っておいてもらわなければならない。でなければ、それは約束ごとに組み込まれ、親米愛国の表現になってしまう。
そんな、約束ごとの多重構造は、それこそ「連続的」に連続性を追求することになって、永遠にくりかえすことになる。

表現(表現としての行動を含めて)の体系に対する連続性を求めての反抗が芸術であり、行動の体系に対する反抗が犯罪である。
カモノハシはおもらいくんである。それは、姿はかわいらしく、けれども、存在自体が犯罪であるからだ。

第二第三のカモノハシを*!

   

投稿者 玉井一匡 : 12:00 AM | コメント (0)