花を手に入れると、ていねいに形を整えて、薄紙にはさんで厚い図鑑や電話帳のあいだにいれる。
それをいくつも重ねてさらに石やレンガや鉄板だの重いものを総動員して数週間。
葉っぱ、花のまんま、花びら、大きいやつ小さいやつ、雌しべ・雄しべ、ツルの先端・・・みんな二次元になっている。
それらを見ているうちに、なにかの生き物や家や楽器に、あるいは大木に森に見えてくるらしい。
どの箱に何があるかを憶えていて、数年前に作ったやつも取り出してキャスティングをする。
物語が始まる・・・深い夜には、彼らが動き出す。
真夜中に活動する人である。 おおかた起床は午後、就寝のときは、たいてい日が昇ろうとしている。
若い頃には、夜中に自分のやりたいことをしながら、朝にはちゃんと起きて家事を完璧にこなしていた。関白亭主に文句は言われたくないと思っていたのだろう。
入念なひとである。 起きたあとに、毎日毎朝、自己流の体操を1時間ちかく欠かすことがない。入浴したときにも30分ほど、また別の体操をしているらしい。とにかく丁寧に身体を整える。若い頃に大けがをして長生きはできないと医者に言われたことがあるから、自分のことは自分で護ろうと心に堅く決めているのだ。
地震が、たいそうこわい人である。 ゆらゆらと揺れ始めただけで表情が引きつる。地震がおさまると「どうも揺れる気がした。やっぱり来た」という。まわりの人間は、いつものことと笑いをかみ殺すが、空襲で防空壕の梁の下敷きになったことがあるのだ。
そのときに、腕の中で幼い子を亡くした。
愛情の深い人である。 鉢植えの植物は、葉っぱの一枚一枚を拭いてやる。気孔が埃でつまらないようにと。
皮膚病で毛がすべて抜けて裸になったハムスターを、夜通しマッサージしてやった。
にもかかわらず、生の花をみるとすぐに花を取って押したくなってしまう。
水族館の魚から刺身を思い浮かべるやつのようだが、ドライフラワーをつくるときには、花びらを一枚一枚はずして、接着剤で花のかたちをととのえる。
写真の「真夜中の冒険」は、おそらく二枚のアイビーの葉を見て想像が果てしなく拡がったのだろう。
大きな包容力と笑顔をたたえた生き物は、胸に時計を埋め込んでいる。こいつの時計になら喜んでしたがおうという気分になりそうだ。
「漂泊のブロガー2」のいのうえさんが、この個展「米寿のBABAの花しごと」を紹介してくださった。
作者は満87歳、数え年で八十八歳の、ぼくの妻の母つまり義母である。なんだか照れ臭くてエントリーしないうちに、ひさしぶりの個展も明日が最終日になってしまったが、いのうえさんのエントリーと、娘のブログ「Psalm of the sea」のエントリーに背中を押されて、駆け込みエントリーすることにした。
友人にしてクライアントでもある矢野さんの奥さん・瑠璃子さんが、うちの店で個展をしないかと勧めてくださった。ふだんは主に器などをおいている、東中野の「間・KoSumi」だ。拡幅した道路の例に漏れず、距離を拡げ交通量を増した道路がまちを分断して索漠たる道になった山手通り。新しくできたビルの2階、早稲田通りとの交差点から二軒目にある。この店は、矢野さんたちが自分たちの手で内装をほどこして、とてもいい雰囲気をつくりあげた。夫の森一さんは屈指の舞台監督だから、もとよりこういう仕事は得意なんだ。瑠璃子さんは、道路の拡幅という環境悪化に抗して東中野をよくしようとする会でも活動している。20年ほど前に、ここから近くにある矢野さんのいえを、ぼくたちは設計したのだった。
■関連サイト
*「間・KoSumi」の展示の案内
*「米寿のBABAの花しごと」/「漂泊のブロガー2」
*「米寿のBABAの花しごと」/「Psalm of the sea」
「Brushes」というiPhone用のアプリケーションに、ぼくはちょっと夢中になってしまった。
Brushesというのは絵筆のことだろうが、それをつかって初めて描いたのが左のドーナツたちの絵だ。何日か前に食べたドーナツの写真を見ながら一部をトリミングするように描いたものだから、スコッチのメンディングテープではない。そのときには、テープのことは知らなかったのです、ぼくは。
タッチパネルの上で指先を滑らせると絵を描けるんだとことばで説明しても、そうかいと言われて終わりになってしまいそうだが、自分でやってみるととても面白い。タッチパネルなんていう電子的な道具を使うのに、指を筆にして絵を描くというすこぶる身体的な描きかたをするのがいい。
これを見つけたのは偶然、ほかに見たいものがあったので「ニューヨーカー(THE NEW YORKER)」のウェブサイトを初めて開いたときに気づいたのだった。
ニューヨーカーの「Brushes」紹介ページへ
「THE NEW YORKER」のトップページをすこしスクロールして左横の欄を追っていると、「FINGER PAINTING」というタイトルの下に小さいがチャーミングな絵があって、クリックししてくれと言っているようだ。clickすると新しいページが開いてムービーの画面が出てくる。右向きの三角の印の下に「PLAY VIDEO」とある。これもクリックする。
・・・絵の描かれてゆく過程を一筆ずつスピードを速くしてムービーで見せてくれる。
もちろん、これが「Brushes」をつかって描いたものなのだ。そのひとつを、もしかするとすべてかもしれないがニューヨーカーの表紙のデザインに使ったらしい。
こんな絵が描けるのかい?と半信半疑のまま、ぼくはAPPからBrushesをダウンロードした。筆の太さとタイプ、絵の具の色や透明度などは自由に変えられるし、細かく描くときには、もちろん絵を拡大すればいい。この絵を描いているのはJorge Colomboなる男だ。
次女は、自由学園の幼稚園というべき「幼児生活団」というところに通っていた。
そこは新宿区の落合にあったから「落合幼児生活団」といった。
と、過去形にしたのは、落合にはその後なくなったからだが、全国では今も12個所あるという。
ここには毎日通うのではなく一週間に一回だけ、その代わり朝から夕方までいる。
親もいっしょにいて、昼の給食をつくったりしながら、生活を通じて教育をすることについて教育をうけるのだ。
ひばりヶ丘の自由学園の隣にある自由学園幼児生活団だけは
2007年に幼稚園としての法的な位置づけを得て毎日開かれるようになったそうだ。
自由学園は羽仁もと子流に解釈されたキリスト教が背景にあるからクリスマスを大切にしているが
そのときの習慣のひとつに「天使さまがくださるおくりもの」というのがあった。
クリスマスの前にこどもたちが描いた絵を、「天使さま」がぬいぐるみにしてくれるのだ。
天使さまたちは寝る間を惜しみ必死でおくりものをつくる。
なにしろおおかたの天使さまは女性であり、子供と同じ家に住んでいる。
だから、作業はこどもが寝静まってからにしなければならない。
それがクリスマスの日に子供たちに生活団で渡されるというのは、天使さまにとってはなかなか大変だけれど、それだけにすてきな慣わしだった。
ところが、クリスマスの日に贈り物をうけとると、うちの娘は天使さまたちの見まもる中でそれを手に泣き出した。
「あたしの絵は、こんなへたじゃなかった・・・」と
ぼくはその現場には居合わせなかったが、これをつくった天使さまは、けっして手先の器用とは言い難いほうだが
刺繍やアップリケがなかなかよくできたと満足していたから、ひとかたならぬ落胆に見舞われたことだろう。
もう20年も前のことだから、ずいぶんぬいぐるみはくたびれてしまった。
でもぼくは、このぬいぐるみをなかなか気に入っているのです。
■ところで、日本時間では午後4時に、サンタクロースがソリを出発させます。NORADによる追跡放送はこちらです
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さきごろ友人が設計した住宅に「ヴィラのようなもの」というタイトルとつけたと知って、そういえば、去年つくったこの仕掛けのことは「水琴窟のようなもの」といえばいいのだと思った。なかなかいい音を出しているし姿もまあうつくしいと思うから「のようなもの」というのは、卑下しているわけではなく、水琴窟のあるべき条件を満たさないから、これが水琴窟だとは言えないのだ。
「窟」とはほらあなである。洞穴であるからには地中に空洞をつくりひそやかに水と大地がひびかせる音をたのしむものでなければならない。が、これは甕を白日のもとにさらしている。水琴窟はあそびである。あそびであるからこそ、本来のありようをまもることには忠実でなければならない。地中に埋めていないという一点で水琴窟と名乗ってはならないのだ。
「日本水琴窟フォーラム」という、水琴窟好きのあつまるNPOがあって、西に古い水琴窟があるらしいときけば調査におもむき、東で土が溜まって音が出なくなったものがあれば洗浄して復活させる、北から水琴窟をつくりたいのだがときかれれは指導に出かけるというような活動をしている。ぼくはその門前の小僧のようなものなので、ひとのすなるすいきんくつのようなものをつくらむとするなり、というわけだ。
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水琴窟のしかけは、地中に空洞をつくり中に10cmほどの深さで水が溜まるようにしておいてそこに水滴を落とし、音をひびかせるというだけのものだ。そのために底に穴をあけた甕を伏せて埋め、水に一定の水位を保たせる水抜きをつくる。「日本水琴窟フォーラム」のサイトに、歴史や構造についての説明があり、音も聞くことができるので、開いてみてください。
しかし、土に埋めてしまうと試行錯誤がほとんどできない。いったん作ってしまえばもうちょっと水を深くしてみようかとか甕のかたちを変えてみようなんてことを思ってもあとの祭り至難の業だ。
だからぼくは、研究者がそうしているであろうように土の中に埋めずに水位の調節も可能な仕掛けをつくることにした。ぼくのやつの材料は、まずは紹興酒の甕、そして平型の大型の植木鉢、素焼きの植木鉢、内径10mmほどの銅管、浴槽のゴム栓、それに緋扇貝の貝殻をつかった。
紹興酒の甕の底に電動ドリルで穴をあける。それを大きな平型の素焼きの植木鉢の中に伏せて水を張るのだが、植木鉢の底には穴があるから、それをふさがなきゃあならない。で、ぼくは風呂のゴム栓をつかうことにした。それで水を溜められる。
しかし、水位を一定に保たなければならない。ゴム栓の中央に穴をあけて銅管の一方の端を差し込んで、甕の下をくぐらせて甕と植木鉢のあいだにもう一方の端を出した。水が増えればその管から外に流れて水位をその位置に保つことができる。エルボーのところを回転させれば水位を調節することもできるのだ。
・紹興酒の甕の上に乗せた小さな植木鉢の中には布とシュロ縄をいれて、その上に花びらにみたてた緋扇貝を重ねた。甕を露わにしているだけに水をかけた後にすぐに反応するのではあまりにおもしろみがない。だからしばしの時間をおいて音をだすようにするための仕掛けだ。貝殻のたくさんついている溝にも水がしばらく留まる役に立つだろうとも思った。
・脇に漬け物の甕にためてある水を貝殻を柄杓にしてすくいとり緋扇貝の上にそそぐと、乾いたときにはこんなに色の褪めていた貝殻が、たちどころに鮮やかな色をよみがえらせる。だから、水をかけるたびに、ぼくは水がいとおしく思うのだ。
少し時間をおいて水が下から流れるとそれが甕の穴から内側に回って、水面に落ちる。
水滴がおちたとき甕の中で音を響かせる。その音がふたたび紹興酒の底の穴から戻ってきて、上にのせた植木鉢と甕の間からきこえるのだ。
・水滴が水面に落ちて音をだすというメカニズムについては、上記の日本水琴窟フォーラムのサイトの「水音研究所のページ」に詳しい論文が掲載されています。
ひところ、地下鉄のコンコースなどにホンダ・オデッセイの横長の大型ポスターが2枚つづきで張ってあったから合わせるとゆうに2mを超えていた。
左の写真はiPhoneのカメラで撮った横長の写真だけれどPanoで貼り合わせたパノラマ写真ではない。iPhoneの写真をPhotogeneをつかってトリミングしたあとで、切手の縁をつける加工をしたものだ。
こうやってジョージ・クルーニー(wikipediaを見て、彼がローズマリー・クルーニーの甥だと知った)の笑顔と並んでいるのを見ると、ふたりは口元がよく似ていると思わないか。
オデッセイのデザイナーがジョージ・クルーニーのようにつくったわけではないだろうが、少なくともポスターのデザイナーは、このふたりが似ているのを意識して並べたにちがいない。これを、いい傾向だとぼくは思うのだ。
近ごろの日本のクルマときたら、ことごとく造作が大袈裟でごつく、目をつり上げ歯をむきだした知性のとぼしいマッチョ顔が多くて、ぼくはどうにも好きになれない。しかも、全体に丸っこくて皮下脂肪の多い体型だから、デブのくせにマッチョぶった間抜けなデザインなのだ。この10年ほどで、かわいい顔をして無駄のないデザインのクルマを探しても、初代Vitzくらいしか思いつかない。前にオデッセイがモデルチェンジをしたときのPRビデオでは「スパルタンなフロントデザイン」だと佐藤琢磨に言わせていた。
「ちかごろのクルマや家電のデザインは、ガンダムみたいなのばかりだね」と、ソニーにいる友人に言ったことがある。「ちいさいころガンダムで育ったデザイナーが多くなったんだよ」というので合点がいった。有明など、ガンダム風の建築が立ち並ぶ索漠たる都市ができた。建築にも似たような傾向があるのだ。
「いいクルマがすきです。男だから」なんて、男をおだてようというコピーはどうかと思うが、戦闘的なロボットでなくジョージ・クルーニーに似ているのがうれしい。
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先日、友人からメールが来た。
ランドマークタワーの横浜有隣堂書店で「エッフェル塔の図面集」(TOUR DE 300 METRES)を買った。シュリンクパックだったので内容を見られなかったが、5,900円で衝動買いしたけれど、帰ってから見たら図面がきれいなのでびっくりした。残念ながら重たくて持って行けないので、今度うちに来たときに見ていってください。あとで調べたら有隣堂以外では15,000円だった・・・という。
メールには写真も添付してなかったけれど、これは自分のそばに置いておきたい本だと思わせる説得力と彼の眼を信用して、こんど横浜まで取りに行くから買っておいてくれないかと、すぐに返信した。土曜日、国立博物館で「大琳派展」を見たあと、横浜にいくことにした。石川町で待ち合わせて本を受け取った。
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昼飯を食べたあと、自転車屋によって大桟橋まで行ったあとに、珈琲を飲みながらやっとおちついて本を開いた。パラパラと見ただけで、すっかりうれしくなった。
本が大きい。縦45cm横30cmだからA3サイズ。
そこにびっしりと書き込まれた図面が美しい。
見開きでA2の図面が47枚。それをディテールの図と文字が埋め尽くしている。
そのうち実に21枚がエレベーターの図面なのだ。エレベーターというものが、エッフェル塔にとってかくも重要なものだったということを図面の構成が物語っている。たしかに、建築としては3階建てとペントハウスがあるにすぎないのだ。
巻頭に、8カ国語でそれぞれ3ページずつをつかってエッフェル塔の背景と概要があって、日本語は最後の8番目。図面の書き込みがフランス語というのが難点だけれど、日本語で読んだ解説をガイドマップにして、40年以上も前に習ったフランス語の記憶を発掘しながら隙間なく書き込まれた図面を見ていると、そうだったのかと新しいことを知り、すぐさまそこからあらたな疑問が生じるのがうれしい。
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エレベーターは水圧式と概要に書かれているのだが、水圧をどうやってエレベーターの移動のための動力に変換したのかわからない。パイプがめぐりタンクが各所に置かれているのを見つけたが、いまだにぼくには謎が解けずにいる。wikipediaによれば、1889年にOtisが電動エレベーターを開発し、1890年には日本で初の水圧式電動エレベーターがつくられたという。
じつはぼく、まだエッフェル塔に昇ったことがないから、なおさら面白いのです。2階のフロアは、四面の外周を展望ギャラリーがめぐり、その内側を半階高くして劇場がひとつとレストランが3つ置かれている。レストランのひとつがフレンチなのは当然だとしても、残りのふたつがロシアレストランとRestaurant Americainアメリカレストランであるのはなぜなのだろうという疑問といっしょに、ギャラリーをめぐる人々の興奮、その頭越しにカフェのテラスから町をみる客、かれらのたてるざわめき。この塔が、いかに重要なすてきな機械だったかということが、いたるところがらよみがえる。
この本のことを話したので秋山さんが調べたところ、amazonで26ドルちょっとだったという。早速調べたらその通りだったけれど、ちっともくやしいとは思わない。5900円+消費税という価格も、この内容を比べれてみれば、それだって充分に安いという気がするのだ。
■追記
*山梨県の清春芸術村にエッフェル塔の螺旋階段があるそうだと、秋山さんに電話でうかがいました。ラ・リューシュ (LA RUCHE)とよばれる、正12角形の平面型の宿泊施設の中で使われているそうだと。ぼくは、清春芸術村には行ったことがあるのに、そのことを知らなかった。RUCHEを仏和辞典で調べると蜜蜂籠、蜜蜂房のことで、1900年のパリ万国博のときに、エッフェルが設計してつくられてワイン蔵とそてつかわれた建物のことを、当時そう呼んだのだそうです。・・・この追記について秋山さんからコメントの書き込みがあって、螺旋階段は屋外にあるんだよと指摘された。大切なものを雨ざらしにしていいのかと、ぼくはちょっと気になったのだが、考えてみればたしかにエッフェル塔の螺旋階段だって吹きさらしのところにある。近々、見に行かなきゃだな。
・清春芸術村
・La Ruche/Wikipedia
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夜おそく自宅に帰ると、テーブルの上に瓶のかたちをしたものが載っていた。
紙を材料にしているのだが、それがかっこいいのだ。
どうみても一輪挿しのようだ。
プラントボックスから、開きすぎたチューリップを一輪切り取って入れてみる。
夜中だが、すぐに試してみたくなったのだ。
なかなか、よく似合うぞと、満足してしばらくながめた。
大きな一輪挿しはランニングコスト対効果がすこぶるいいのだといって、友人の陶芸家のつくった60cm角ほどの大きな一輪挿しを、高級旅館の女将が買っていったというはなしを聞いたことがある。旅館じゃあ、花をきらすことができないから、はじめに一輪挿しに投資するほうが安いというわけだ。これも、一輪だけの花がとても大きく感じられる。
かたちもいいが、それ以上につくりかたがかっこいい。言ってみれば、こんなぐあいに作られているのだ。
・ペーパーバックの本の、紙を貼り合わせた背表紙の側はそのままにして、反対側を自由な曲線で切り落とす。もっとも、じっさいに厚い本をすっぱりと切り落とそうとすれば容易なことではないだろうが、あくまでも頭の中の話だ。
・その切り口に色をつける・・・端を裁ち落とされた本を開き、ほぼ360°開いて、表の表紙と裏表紙をぴったり貼り合わせる。
・そんなふうにすれば、こういうものができる。ぼくたちが子供のころ、七夕の飾り物に、そういうしかけのものがあった。
そうすると、背表紙の面が円筒形の穴をつくり、そのまわりにCADでいう回転体ができるのだ。翌朝、あれはどうしたんだと娘にたずねた。

ちえこが誕生日プレゼントにくれたもので、本屋さんがつくったのだという。誕生日はもう半年以上も前の7月のことだからそれをいまごろになってくれるというのもおもしろい話だが、デザインはもっと面白い。半年遅れの誕生プレゼントにしたくなるほど面白いと思ったのだろう。ちえこは、Psalmのこのサイトをデザインしてくれたデザイナーなのだ。
だれがデザインしたのかは、娘は知らなかったが、やはり本から発想したものだった。中央の穴にアルミの試験管のようなものがさしこんであって、そこに水を入れて花を生けるようになっている。
段ボールの箱も手作りで、細長い箱の底とフタの中央に円筒形の白い軸が固定されている。一輪挿しの上下の穴を、ここに合わせてフタを閉じれば、箱の中で移動することはない。白い軸は、よくみると厚いトレーシングペーパーを固く巻いたものだ。あくまでも、紙の二次元を三次元にかえてしまおうとしているところに、ふかく好感を持った。
CADソフト(Vector Works)で「3D多角形」をつくり「配列複製」してみると、3Dの一輪挿しができた。こいつはまだまだプロポーションが気にいらないけれど、似たようなものは簡単にできた。これを見ると、紙でできた実物は一枚ごとの紙がきちんとした平面でなくてヨレヨレなところがいいのだということがよくわかる。
アースダイビングの続編をエントリーする前に、ちょっと寄り道をしないではいられなくなった。
「これはすごいです」というタイトルのメールが来た。友人・本間さんからで、アドレスをひとつペーストして「これはすごいです。恐るべし。」とだけ書いてある。すぐにアドレスのブルーの文字をクリックしてみたら、本当にすてきなことが起こるのでびっくりしてしまった。2次元の絵がゆっくり宙を回転して降り立つと、形代(かたしろ)のようなペラペラの人形になって、リズムに合わせて踊りだした。跳ねる、回る、腕を振る、上体を後ろに反らせる。つぎからつぎへといろいろの人形が出て来る。へたくそな絵も丁寧につくられたやつもあってさまざまだが、みんなそれなりにおもしろい。絵じゃなくて、動きと展開が面白いからなのだ。MASAYUKI KIDOという福岡在住1975年生まれの日本人がつくったとプロフィールにある。
*しかし! このサイトはアクセスが殺到してサーバーがパンクしたようで開かなくなっちゃったようなので、少し細かく説明を加えることにしました。
もしかしたら、この人形は自分でつくれちゃうっていうことなのかと思って探してみると、たしかにできそうだ。
ぼくはさらに興奮した。
簡単なお絵描きソフトがついていて、それを使ってツールと色を選んで人の絵を描くとパーカッションだけのバックに合わせておどりだすのだ。ひとりが、新聞紙の折り紙でつくったような小さなステージの上に乗り、沢山のクローンがまわりを遠巻きにして群舞を繰り広げる。
ぼくも、自分でそのソフトをつかって絵を描いて、動かしてみた。クリスマスツリーの上に「I want to dance with you,not mes」と書いた。「きみと踊りたいのに、まわりじゅうオレと同じやつばっかりだよ」というところだろうか。そんなものは、文法にないだろうが「mes」はmeの複数形のつもりだが、文法に従えば本当は「mies」とするべきだったのかもしれないとあとで思ったが、それもご愛嬌だということにして、つぎに「OK」のボタンを押す。
首・胴・腰の3つ、そこからから出ている四肢は、腕と脚はヒジとヒザを境に二分されるから合計11の部分に分かれて動くようになっている。「CANVAS EDIT」というボタンを押すと11のパーツの範囲を変えることができるのだが、それからはみだした部分は、切り落とされて「ひとがた」ができて形代ダンサーになるはずだ。
「OK」のボタンをクリックすると、描いた絵の全体が鉛直の軸を中心にしてクルクルと回り始める。それが宙を飛んでいき、形代ダンサーになってステージに降り立つと、上のような群舞がはじまる。・・・・ 上の絵は、その群舞のスティル写真のようなもの。クリックすると、踊りだします。
あーおもしろい。 みなさんもぜひお試しください。
* 11月29日現在googleで「PICTAPS」を検索したら329,000 件、ちなみに僕が上記のダンサーに「TREEJOY」と名付けて登録したときには、そのID番号が247339でした。かならずしも、これが1からはじまったというわけではないかもしれませんから、これだけの人形が今は楽屋で出を待っているというわけではないのかもしれませんが。
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aki's STOCKTAKINGで、AKiさんが買った赤いiPodの「REDプロジェクト」を取り上げて (RED) というタイトルでエントリーした。エイズ、結核、マラリアの患者の救済のために、売り上げから一部を寄付するというプロジェクトについて「これが新しいcommunismの方法なのだ」と書いたら、これに「通りすがり」なる人物がコメントでかみついた。
「世界を牛耳るアメリカ大企業の商業チャリティがcommunism??
アメリカ主導のグローバル資本主義に反旗を翻しつつある南米の
左派反グローバル活動家が聞いたら呆れると思いますが」と。
ただ単純に読み取れば、それはその通りだ。・・・しかし、と言って反論することはせずに、AKiさんはオトナらしく「communism」を「commies」と訂正した。commiesということばそのものに含まれる逆説的な含意に下駄をあずけたわけだ。AKiさんは思想堅固なコミュニストなんかじゃないし、ジョブズがコミュニストだと思っているわけでもない。AMEXやconversは、通りすがりさんのいうような矛盾を両手からこぼれるほど、いや、トレーラーに積み残しができるほど抱えているやつらだということを、当然わかったうえで括弧付きのcommunismと書いたのだ。皮肉や逆説というのはなかなか高度な言語表現と読み取りの遊びだ。だれがどういう事象についてどういう背景でどういう時期にいっているのか、たくさんの意味のレイアを同時に読み取らねばならない。REDというのは血の色であって、三つの感染症は血と深い関わりがある。
おなじようなことを、つい2月ほどまえに僕自身も感じたことがあった。ビエンチャンで「カマトンカチ」印のTシャツを買った時だ。
「ビエンチャンこどものいえ」に行った時のこと、エリート然としたお父さんが奥さんを連れてやって来た。彼は真っ赤な胸に「カマトンカチ」の黄色く染め抜かれた真新しいTシャツを着て、髪はハサミも櫛もきれいに跡が残っているような様子だったから、「あれは党のエリートでそのお印にあのTシャツを着ているのだろう」などと、僕たちは話していた。ラオスは社会主義国で、ラオス人民革命党がただひとつの政党。ソ連にならって鎌とハンマーを交差させたやつがシンボルになっている。とはいえ、けっこうゆるやかで、ひとびとは自由にくらしている。あれはなかなか買うわけにはいかないのでしょうねと、くわしい日本人にきくと「なにも、そんなものじゃなくて、市場にいけばいくらでも売ってますよ」という。じゃあ、ひとつ買いにいこうよというわけで、その日の午後に市場に行ってみた。
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「いまは、赤いのはないなあ。でも黒ならあるよ」と店の奥から引っぱりだしてくる。同行者は、黒ならいらないというが、なかなかかっこいいと思ったので、ぼくは黒をひとつ買うことにした。たしか2ドルだった。
「けっこう、これを着るのはむずかしいね」
「マジで着ていると思われるとちょっとちがうからなあ。赤だったら、もっとマジだと思われるぞ」
「だから、もし赤を買って行くとしても、パジャマにするんだよ」
「そうだよな、きみだったらまともに受け取られちゃうかもしれないな」といってぼくは黒のTシャツを買ったけれど、まだだれにもあげず、自分で着てみたこともない。やはり、これは強力なメッセージがあることをつい考えてしまうのだ。
はじめて、試しに着てみたら、けっこういい。
追記
「カマトンカチ」は英語では Hammer and sickle というようだ。
まず、写真をクリックしてみてください。友人、石上が送ってくれたもので、彼もまた友人から送られたメールで知ったものです。
Little Girl Giantというタイトルそのものが逆説的だが、このムービーの内容は技術の逆説がたまらなく面白い。人間の技術は人間の能力を拡大することにある。その大部分が、身体の能力を対象にしたもので、できるだけ少ない力でできるだけ沢山のものを生産する、沢山のものを移動する、地球の向こう側の音を聞く、空を飛ぶ。そして、とうとう指一本を動かせば何十万何百万の人間を殺すことができるようになった。破壊と殺戮のために洗練させた技術は、つかうことができない莫大な無駄だ。
ところで、このビデオだが、あやつり人形を巨大にしてクレーンをつかって人間がうごかす。しかし、人形を制御するには、コンピューターをつかわない。人間の身体を制御する臓器である脳の能力を拡大する技術、コンピューターは、いま、あらゆる機械の上に立って支配しているけれど、それを排除するという不合理な条件をもうけながら、巨大で力持ちだが、このうえなく不器用な手であるクレーンの助けだけを借りて、たくさんの糸と多くの人間の手で巨大な人形を動かすのだ。
テクノロジーとスキルをむだに費やしているのかもしれない。これはお祭りなのだ。「お祭り」と「戦争」は、むかしから現在まで続けられて来た無駄の双璧というべきものだ。しかし、滅亡を約束する核兵器の無駄、戦争の無駄とくらべると、祭りの無駄はいかにゆたかなものであることか。
追記1:Chinchiko Papaのコメントにある「ガブ」の説明はこのサイトにあります
追記2:コメントをくださったkadoorie-aveさんも、Blog「ONE DAY」に、この人形のことをエントリーしてくださった。
「The Sultan's Elephant」について、つぎのサイトにリンクされている。
*wikipediaの記事
*The Sultan's Elephantホームページ
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週末に新潟に行っていたので、AKiさんが送ってくださった3D VIEWERを手にしたのは。やっと昨日の夜だった。今朝は、ワールドカップのことを思い出したくないので、おのずと別世界に目も心も転じてしまう。僕の希望したのはホッパーの「ナイトホークス」だったのだが、スキャンして上質の用紙にプリントされたブリューゲルの「バベルの塔」とフェルメールの「牛乳を汲む女」も添えられていた。
このふたつが添えられていることが、とても効果的だった。(ワールドカップに加えて、ぼくを悔恨と腹立たしさに沈めることがもうひとつある。デジカメに大けがをさせてしまったのだ。だから、こころならずも携帯電話の写真に、依存することになった。ぼやけた写真はそのためであって、老眼鏡なしの視覚世界を再現したわけではありません)
三つを見比べると、立体を平面の上に表現するという、絵画の宿命について考えずにはいられない。とかく立体視は、切り抜いた平面を前後に重ねたようにみえるものだが、バベルの塔の表面をつくる曲面、空に浮かぶ雲、広がる大地、フェルメールの人物の顔や胸のふくらみ、テーブルの上の食べ物の立体感、みな生き生きとした奥行きが見える。また、ナイトホークスでは、そこに描かれているもの、あるいは描かれていないもの・・・「そこに何かがない」ということが、いっそうわかりやすい。
どうやってこれをつくったのか知りたくて、ぼくは右と左の目を交互に開閉して見比べてみた。大きなボリュームは左右の絵をずらし変形してあるようだ。しかし、小さなボリューム、たとえば顔の中の鼻の見えかたまでは変えていないように思える。このような部分的な立体感は、おそらくもともと画家がキャンバスの平面の上で表現した立体表現の力によるものだろう。ビュアーをのぞいてみえるのは、いわばハイブリッドの立体表現なのだ。
似たようなものがあったなと考えてみると、Google Earthでみる3Dの地形がこれに似たハイブリッドの立体表現ではないか。地形の3D画像の表面に人工衛星からの写真を張り付けただけなのに地形の立体感は胸躍らせるものがある。そういえば、飛行機の中で見た映画「キングゴング」の世界は液晶の小さな画面の中なのに、ときおり飛行機がストンと高度を下げるとエンパイアステートビルをよじ上っていたりしたので、すこぶる緊張感があった。あの空間表現もハイブリッドだなと思い出した。
コンピューターの手をいっさい借りることなく、画家たちが平面の上に絵具のさまざまな組み合わせをのせるだけで空間と光と影と質感を表現したことに、あらためて驚かずにいられない。同時に、三次元に見事な変換を加えて二次元の世界に取り込んでしまった北斎らの到達した独自の地点をも思わずにいられない。
五十嵐さんがaki's STOCKTAKINGにコメントとして書いているように、六角柱を変形させることでレンズと絵との距離を変えるという単純きわまりない仕掛けがすてきだ。しかも、六角柱をつぶすと葉書の大きさの平面になってしまうのが3Dビュアーだというのも、ひねりが効いていていて、ぼくはすきだ。
雑誌「MEMO」の最新(8月)号に、ガーナのガー族のアート棺桶なるものが出ている。装飾棺桶という呼び方もある。
大胆、ユーモラス、そして美しい。ぼくはちっとも知らなかったが、知っている人は知っているらしい。国立民族博物館で開催中の「アフリカのストリートアート展」にも展示されているし、「ベリードスピリット」という本もあるようだ。とはいえ、1950年代から始まって、数人の制作者によってつくられているというから、そんなに昔からの風習ではない。これほどのものを作りながら、死者とともに土に返すのを、僕たちの感覚で言えばもったいないと感じるけれど、古代の墓の副葬品の豪華さを見れば、こんな棺をつくることも不思議なことではないのかもしれない。
ガー族のひとびとにとって、葬式は終わりよりもむしろつぎの生の門出なんだと考えられているから、この派手な棺はそのためなのだといわれると思い出す曲がある。塚原のもっている「JAZZ BEGINS」というレコードに、黒人たちの葬式で、墓地への往復で演奏されるニューオリンズジャズの曲だ。
行きはしめやかにゆっくりとした演奏だったのが、帰りには意気揚々と、むしろ喜こびにあふれたような演奏に一転する。たとえば、雨上がりの夕方のような開放感。それが、いずれもこころをゆさぶるんだ。
まさか手ぶらになったことを喜んでいるわけではあるまいから、墓地へゆくときには死者とのわかれを悲しむが、帰りには別れた人の新しい人生を喜ぶのにちがいない。本人も、生きていたときのつらい世界とは、喜んで別れていったのだろう。ガー族の葬式にも、きっと音楽が演奏されるのだろうが、それもきいてみたいものだ。
「ニッポンプロダクトの一つとして」の会場になったウィメンズプラザの前にあるオーバルビルの1階にシトロエンのショールームがある。7月2日の午後、講演と懇親会の間の時間にちょっと抜け出して見てきた。ぼくにとっては、久しぶりに好奇心をそそられるクルマ、シトロエンC3プリュリエルの現物が置いてあるのを行きがけに見つけたからだ。長いあいだ、CITROENのホームページの上だけでしかみられなかったやつだ。
クルマというものは、もうとっくのむかしに基本的な部分は完成してしまったと、ぼくは思う。その点では、建築によく似た状況なのかもしれない。屋根と壁と開口があればそれは建築だというのは紀元前から変わらない。このところのクルマたち、とりわけヨーロッパのメーカーのクルマが新しい方向に変わり始めていると、ぼくは感じていた。とりわけそれが顕著なのがプリュリエルだと、ぼくは思う。
iMacがアップルを救ったのも、パーソナル・コンピューターが同じような環境に達したときだった。パーソナル・コンピューターというものの基本的なありようと性能がおおかたできあがったころ、そしてアップルが青息吐息だったころにスティーブン・ジョブズが帰ってiMacを企画して発表した。コンピューターの概念とデザインを一変して、うしろからも見てほしいようなかわいいヤツになった。フロッピードライブがない。USBなんていうものがついた。インターネットがあるからこれでいいんだというのも、そのときは実感がないまま、ぼくたちはMacへの思いを新たに深めた。パーソナルコンピューターとコミュニケーションのあいだが切っても切れない関係になるときだったのだ。
4つのタイアに人間の腰掛ける空間を載せて、エンジンを回して移動させるという、クルマの基本的な概念は、発明されてから現在まで変わらない。しかし、大きな物体が人をのせて道路を移動するという性格上、安全という特別なそしてもっとも重要なハードルを常にこえつづけ、排気ガスという障害物も加わった。それでもクルマは、本質的にはほとんど変わらないまま現在に来た。
このところのクルマたちの変化は、車内の人間をどうきもちよくさせるかということを、考え始めたことにある。プジョーが、屋根のほぼ全面をガラスにしたら。ホンダもさっそくエアウェイブをつくる。その前に、ホンダはフロアシフトをやめてコラムシフトに変えることで、ふたつの前席の間に隙間をつくろうとした。車内の空間が連続した。シートのレイアウトのパズルには、トヨタさえ熱を入れている。
プリュリエルは、はじめは雑誌で見たのだったと思うが、5つのタイプがあるのだとぼくは思った。シトロエンのホームページを見ると、そうじゃないんだ。サルーンと言っている状態からキャンバストップ(正確にはキャンバスではないし、4層で構成される)が電動で開き、リアウィンドーを回転させてトランクの下におさめ、キャンバストップのガイドであるアーチを外せばすっかり開放的な状態(スパイダー)になる。リアゲートを後ろに倒すとそこに腰掛けることもできるぞというのだった。ディテールも魅力的につくられているし、色もちょっとくすんでしゃれている。クルマの写真をみてぼくは久々に胸を躍らせ、ブックマークをつけた。それから1年以上が経った。(いまでは本家のサイトよりも、むしろシトロエン・ジャポンのサイトの方が、説明が充実している。もちろん日本語で書かれている)
こいつは、最高速度やゼロ4加速なんて数字であらわす性能にはなんの頓着もない。たのしい、気持ちいいということが、なにより大切なのだ。そういう価値を重視する時代の車なのだ。十年以上のながいあいだ、ぼくはクルマに惹かれるということはなかったけれど、こいつは違うと思った。
ショールームでほんものに触ってみて、屋根も開閉してもらったし運転席にも座った。予想と違ったのは、思いのほかしっかり重厚につくられていたことだ。シトロエンは、エンジンの大きさの割に体がおおきくて、だから軽くてちょっと薄くつくってある。でも、中に入るときもちいいというやつだったとぼくは思うが、ドイツの車のようにしっかりしている。ユーザーというのは全くわがままなものだ、ぼくはシトロエンらしくないなと、ちょっと肩すかしを食った気がした。しかし、こんなに可動や取り外す部分があっては、いい加減な精度ではすまされないのだろう。
乗用車は、とにかく速くしずかに移動するという基本性能は当たり前のことになって、気持ちよく車内にいられることにとどまらずに、開放的であることによって周りの世界へ溶け込もうとするようになったようだ。でかいほどいい、黒ガラスで中を見られないようにしてバーまで付いているぞなんていう車とは、正反対の方向にある。
そこで、建築を思う。Be-h@usが50年間の88ひとつだとされたのは、そのシステムに基本性能をあずけて、きもちよくまちに開くすみかを考えることに力を注ぐんだよという意味なのかもしれない。
追記0708
ところでplurielってなんだろうかと思って仏和辞典を調べたら「複数の」とあった。フィアットのムルティプラも僕はとても好きだけれど、これも英語でいえばmultiple「複数の」という意味に違いない。同じく「いろんな使い方ができる」ということなんだろう。「世界の自動車」という本が毎年出ていたのを子供のころに愛読していたが、その中の数々の車でも好きな車のひとつがフィアット・ムルティプラだった。それはフィアット500の兄貴分というかんじのやつで、ワンボックスの後ろが緩やかに低くなっているようなのがかっこいいと思った。ぼくも元々そういうくるまが、すきらしい。
いろいろ言うわりには、十万で譲り受けた黒塗りのセドリックやゼロ査定のローレルを外国に行く友人から引き継いだりして、いまは、死んだオヤジが十年も乗ったのにメーターに3万キロ台の数字が残されていたプリメイラに乗っている。だから、「きみも思想のあるクルマに乗ったら」なんてことを言われたりする。
でも根底には、車は道具だという思想を持っているつもりなのです。
土曜日の昼前にチャールズ&レイ・イームズ展に行って、ぼくはとても気持ちよく帰ってきた。
近頃はイームズが人気なのだそうだが、そのわりには土曜日の昼すぎという時間帯にしてはすいていて、ゆっくりと見ることができた。人気が「イームズ」をブランドにしてしまわないように、この展示はイームズ夫妻の考え方見方を伝えることに重心を置いたからなのだろうか。
どんな些細な身近なものの中にも美しさがあり、宇宙を含めた世界を理解する鍵が潜んでいることを、イームズは表現し伝えることができた。「Pwoers of 10」では、ミシガン湖とおぼしき湖のほとりでピクニックをたのしむ二人をとっかかりにして、十億光年の単位(10の+21乗)の宇宙からオングストローム、もっと小さいフェルミ(という単位があるのも知りませんでした)の単位の原子核(10の-18乗)まで、わずかな時間の映像で10倍ごとにスケールを表現してみせた。だから「10の力」なのだ。
ぼくがイームズの椅子を世界観や生き方と結びつけて考えられるようになったのは、川合健二の自宅にイームズのラウンジチェアとオットマンがおかれ、外にはベンツのトラックとポルシェが置かれた写真を見て、オフィスの役員室や金持ちのリビングルームのための椅子ではないことを知ったときからだったのかもしれない。この椅子の原型になった、合板の椅子も展示されていた。この椅子の方が、ぼくは惹かれる。
ある会議で同席したイームズ夫妻を、チャールトン・ヘストンが描いた鉛筆のスケッチがあった。イームズがヘストンを描いたのかなと思うくらいのもので、となりに並んでいたイームズによる他の人のスケッチよりもむしろいいくらいだったから、「ボウリング・フォー・コロンバイン」にあらわれた時の情けない様子のヘストンを、ぼくはちょっと見直した。そう思ってみると、アメリカの銃を保有する権利というのは「革命権」を認めることなのだときいて感心した高校時代のことも思いだした。
大丸ミューシアムで3月14日(月)まで